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クリスマスが無事に過ぎて、夫はLVの実家に行った。 その晩、突然インターネットに接続出来なくなった。 チェックした所、ワイヤレスネットワークの機器は正常だけれど、 ルーターに異常があることが判明。 でも既に深夜だったので、新しいルーターを買いに行くわけにもいかない。 仕方なく夫に、状況を知らせるテキストメッセージを送った。 夫から電話がかかってきて、 「明日ルーター買いに行って直す。」と言うと、 全く私のことを信用していない夫は「ダメだ。」と言う。 それくらいのこと、出来るんだけど。 そういう仕事、(日本で)していたんだし…。 でも言い争うのも面倒で、だから仕方なく3日ほど インターネット無しの生活をした。 買って、まだ読んでいなかった本を読んで。 TV JAPANでドラマを観て。 『99年の愛~JAPANESE AMERICANS~』というドラマ。 観ていると収容所のこと、日系人社会のことなど、 知りたい事が出てきた。 でも、いつものようにウィキペディアで調べることも出来ない。 iPhoneは正常に使えるけれど、私は未だに初代iPhoneを使っているので 遅くてイライラしてくるので…結局検索は諦めた。 NHKの音楽番組を観て、曲を購入したくなっても、 iTunes Storeへアクセス出来ないので我慢するしか無い。 メールだけはiPhoneでチェックしたけれど、 普段なら目を通すお知らせメールは削除して、 本当に大事な私信だけ読んだ。 夫が留守の間にNetflixで観ようと思っていた映画も、 インターネットに接続できない以上、観ることが出来ない。 インターネットが使えない。 それだけのことなのに、ものすごく不便で。 私がインターネットを始めたのは、確か96年だったと思う。 15年程で、こんなに生活に欠かせないものになっていたんだなあと、 改めてインターネットに如何に依存して暮らしているのか、 どれだけ便利に使っているのかを思い知った。 iPadがあるのだから、持って近所のスターバックスにでも行けば とりあえずインターネットを使うことは出来る。 でも、それもなんだか面倒に思えて…結局インターネット無しで 過ごしてしまった。 私は引きこもり状態の上、睡眠障害が悪化しているので、 (最近は入眠が難しく、一度入眠すると起きずに眠り続けてしまう。) 昼間でもぼーっとしているし、外出するのがとにかく面倒で。 必須食料品であるコーヒーが切れてしまい、仕方なく外出した以外は 郵便物を取りに行くのと、ゴミ捨てにしか外に出なかった。 猫たちは大喜び。 普段ならPCをいじり通している時間帯、それが出来なくて暇なので、 猫たちと思いきり遊んで、構って、ふざけて。 夫がいないのもあって、猫たちは私のそばを離れない。 思う存分「お撫ぜなさい」という要求に応え、 延々じゃらし棒を使って遊んで。 ふと思った。 インターネットをやっていなかった頃、 インターネットを使い始めていたけれど、 まだダイヤルアップ接続+月20時間までの契約という状態だった頃、 私は今ほどだらだらとPCをいじりまくっていなかった。 もっと本を読む時間や、植木の世話をする時間、 家事をする時間をゆったり持てていた気がする。 仕事は忙しかったけれど。 私は下戸だから、アルコールに依存することは無かった。 (昔、飲めないのに無理に飲んでいた事はあったけれど。) 煙草もカッコつけでふかしていただけだったし、 簡単に止められた。 ギャンブルには手を出さない。 小学生の時にインベーダーゲームにハマってしまい、 お小遣いを全部使ってもまだやりたくて、 知り合いの(ご近所さん)お兄ちゃん達がゲーム機に向かっている時に、 「お願いだから1回やらせてよう~」と泣きついて。 それを続けていたのが親にバレ、こっぴどく叱られてからは ゲームを避けるようになった。 妹はファミコンやゲームボーイを持っていて、やっていたけれど。 私は自分の中に“依存症の芽”があるのに気づいて、 だからゲームと距離を起き、 パチンコには足を踏み入れず、ゲームセンターにもなるべく立ち寄らず、 マカオのカジノでは日本円にして1000円分しか使わず、 ラスベガスのカジノでは僅か1ドルしか使わなかった。 それでよかったのだと思う。 心の何処かで、私が本当に境界性人格障害ならば、 何らかの依存症になっていても不思議ではないのに、 どうして自分は何の依存にもなっていないのだろう?と思っていた。 自分が既に、完全なるインターネット依存症であることに 全く気づくことも無く。 まだ日本にいて、PCのインストラクターの仕事をしていた頃、 同僚の一人が言った。 「俺たちってさ、何かあるとすぐに “お、じゃあネットで調べてみよう!”ってなるじゃない? むしろ調べない奴に対して、“まずは自分でネットで調べろよ!”って 言っているじゃない? これってさ、立派なネット依存だよね。 全てにおいて“ネットありき”っていう前提で動いちゃってるし。」と。 正直私は思った。 「そんな“依存”なんて大袈裟な。 あくまでもこれは道具!仕事や生活の、道具の一つでしか無いよ~。」と。 だけどもうその時点で、私のネット依存は既に始まっていて、 自分では気づかずにいただけなのだと思う。 仕事を失って引きこもりの生活になって、 本当に一日中コンピュータを触り続けているものなあ。 特に最近は、サイバーエージェントの罠にまんまと嵌って、 ピグライフという、所謂ソーシャルゲームの一種を延々やってるし。 ![]() 唯一の救いは、1銭も現金はつぎ込んでいないこと。 アメゴールドというアメーバ上での通貨を購入出来るシステムだけれど、 海外のクレジットカードは使用出来ないので お金をつぎ込むことが出来ないから、気長に点数を貯めていくしかない。 (点数は何らかの課題をクリアすると貰える。) でも、時間はたっぷり注ぎ込んじゃってるんだよなあ。 夜眠れないと、ぼーっとこの画面を見てるしなあ…。 まずいなあ。 引きこもりになって、ネット漬けの生活になって。 なんだかまた働き始めることが出来る、だなんて 全く思えなくなっている。 本当に、また働くことが出来るんだろうか? ESLのクラスに参加できるかどうかは、1月の半ばを過ぎないと分からない。 どうなるんだろう。 「毎日歩いて下さい。」 「毎日深呼吸をして下さい。」 「何か運動を、身体を動かすことを始めて下さい。」と、 カウンセラーさんに言われているけれど、 ジムに行くよりPCをいじっているほうが、正直ラクでいい。 運動しなくてはいけない、という義務感はあるけれど。 今の私はボロボロだ。 何も誇れる事も無く、何の生産性も無い。 社会の役にも立たず、誰かの助けにも何もなっちゃいない。 ただ、コンピュータとネットに依存しているだけの日々。 食べて、コンピュータをいじくりまわして、寝て… その繰り返しだけの日々。 自己嫌悪を感じるけれど、だからといって何か変えることも出来ない。 年が明けたら、気持ちを切り替えて もう少しちゃんとした暮らし方に出来るだろうか。 しなくちゃ。 この生活から抜けださなくちゃ。 そう思う。
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2011/12/31 10:45:50 AM
先日、『ほぼ日刊イトイ新聞』に掲載されていた 糸井重里さんの『今日のダーリン』を読んでいて、 全くそのとおりだなあと思ったことがあった。 それは「ばかにされること」についての文章だった。 残念ながら『今日のダーリン』のバックナンバーは無いので、 (そういう方針なのだそうだ。) 確認出来ないのが残念なのだけれど。 大体こんな内容だった、と思う。 “ばかにされるのが好きな人はいない。” “ばかにされたと感じると、その相手を嫌いになるものだ。” “犬だって、ばかにされるのは嫌いだ。” ホントそうだよね、と思った。 「むかっ!」と来る時って、バカにされたと感じる時じゃないか。 無礼な物言いも、応対も、 要するにバカにしてるんだよ、って言う印のようなものだろうし。 相手を大事に思っていたら、たとえ上手にスムーズにはいかなくても、 丁寧に大事に応対しようとするだろうし、 たとえその応対が拙くとも 気持ちは大体伝わってくるものだし。 オアフに行く直前、カウンセリングに行った時。 カウンセラーさんの様子がいつもと違った。 なんだかイライラしているように思えた。 どうしてだろう? でも会うなりそういう感じだったのだから、 別に私が原因ではないだろうし。 しかし、その日のカウンセリングはそれまでと全く違っていた。 私の性格や行動、考え方について、 はっきりとした否定的な言葉をカウンセラーさんは使ったのだ。 「あなたは独りよがりですね。」 「あなたは自分勝手。」 「あなたの心、考え方ははとても幼い。」 そんな風に、真っ向から否定的な言葉を投げかけられた。 正直、戸惑った。 それまでのカウンセリングでは無かったことだし、 彼女の様子もいつもとまるで違っていたから。 帰り際に「体調がお悪いのですか?」と、恐る恐る聞いてみたら やはり「そうです。」と仰った。 人間だから、仕方がない。 そうは思ったけれど、 その日から私はカウンセリングに行くことが段々億劫になって、 「また何か(否定的なことを)言われるのではないか」と 不安になるようになった。 実際、「あなたが言っているのは全部言い訳。」とか 「あなたは全然わかろうとしていない。」 「この間言っていたことはどこへ行ったのですか? 全然実行していないということ?」等、 否定的だったり 私が出来ていないことを責められるように感じる、 そんな言葉をかけられることが多くなってきた。 カウンセリングに依存することを防ぐため、なのかもしれないけれど。 だとしたらそれは成功しているけれど、 一方で私の精神状態は悪化してきていて、 カウンセリングに行く度に激しく落ち込むようになっていて。 もうカウンセリングに行くのを止めようか、 そう思うようになって来た。 カウンセリングに行っても、意味が無いのじゃないか。 どう思うようになってしまっているから。 つい先日のカウンセリングの際、 アスペルガーについて聞いた私に向かって カウンセラーさんはこう仰った。 「「アスペルガーだと考えることであなたの気分がいのなら、 はい、じゃああなたはアスペルガーです。 これでいいですか?」 この言葉を聞いた時、「バカにしてるの?」と思った。 少なくともこちらの気持ちを尊重していたら、 こういう風には言えないのではないか。 そう、思った。 カウンセリングには、信頼関係が必要だ。 信頼出来ない相手の言うことは聞けないし、 話も出来なくなってしまう。 英語で自分の微妙な心の動き、感じることを言い表せる程に 私の英語力は高くはない。 日本語でだから自分の言葉で、微妙な部分まで言い表せる。 日本人のカウンセラーさんだから、今まで私は彼女の元へ通っていた。 親身になってくれるとも思っていたし、信頼していた。 一線は完全に引かれているけれど、それは当たり前のこと。 カウンセラーとクライアントは、友達では無いのだから。 先日の言葉…バカにされてるの?と思った言葉を反芻すると、 なんだか情けなくなってくる。 もし私が不満を漏らしたら、ドクターもカウンセラーさんも 「やっぱり“境界性人格障害”だから…」と思うのだろう。 境界性人格障害には、“ゼロか百か”“白か黒か”“善か悪か”という 極端な区別しか出来ない、とされていて 中間のグレーゾーン、曖昧な部分を認識出来ないと定義されている。 確かに私は“白か黒か”な人間だ。 それは認める。 でも、アスペルガーのことについて考えていることを 「はいじゃああなたはそうですよ。これで満足?」な、 そんな対応をされたら…境界性人格障害ではなくても、 「嫌だなあ」と思うのではないか? 普通の人は「信頼関係が揺らいじゃったな」とは思わないで、 「ああいう言い方もアリだ。」と判断するのだろうか? アメリカの医療制度の下では、 所謂ドクター・ショッピングはそう簡単に出来ない。 保険の制約が多いから。 日本語でのカウンセリング、となると これはもうカウンセラーが存在しただけでもラッキーな状態で。 だから我慢するしかないのだろう。 嫌な事を言われたら、 「そういう言い方はイヤです。」とか 「そういう話はイヤです。わかりません。」と言えばいいのかもしれないが、 そもそもそれを言える私だったら、今の病気にはなっていないだろう。 鬱病にもなりはしなかっただろうし、 PTSDで長く苦しむことも無かったかもしれない。 「まあいいか、と考えなさい。」とか、 「人間社会は白黒つけられるものじゃない。」とか、 よくそういう事を言われるけれど、 曖昧な状態や適当に流すということが出来る人間だったら、 今の私にはなっていなかっただろうし、 過去の私の仕事等で実績を出すことも出来なかったと思う。 「まあいいかー」で日々を過ごしてしまっていたら、 独学で身に付けたスキルや知識は…きっと持ち得なかっただろう。 “ばかにされること”は、誰だって嫌いだよね。 ふざけて笑いを取るのと(笑われるのと)、ばかにされるのは違うし。 無礼な、見下された扱いを受けて喜ぶ人は少ないだろうし。 それが“決して対等ではない関係”において行われたら、 「嫌だ!」と言える人はなかなかいないのではないか。 医者と患者、教師と生徒、上司と部下、先輩と後輩…。 明らかな暴力だったりすれば「止めて!」と言えるかもしれないけれど、 グレーゾーンの「なんだか嫌だなあ」だと、言える人は少ないと思う。 我慢してしまうことが多いのではないか。 それは私に限ったことではなく。 アスペルガーだったら言いたいことを言うはずだから、 だから私はアスペルガーじゃない、と言われるかもしれない。 だけど40年以上生きてきて、暴力にもさらされて生きてきて、 だから身につけた“対処法”を使っているというのは 有り得ないことなのだろうか? 私は異常者だから、カウンセラーに 「はいじゃああなたはそうですよ。これで満足?」と言われても、 それは仕方が無いことなのだろうか? 異常者をまともに相手をする必要は無い、ということなのだろうか? 異常者かもしれないけれど、だからと言って 簡単に言いなりにはなれない。 私は理由や理屈、根拠を知りたい。 それから言うことを聞くか、受け入れるかを決めたい。 でも、論理的な言葉が返って来ることは少ない。 これもやはり、異常者だから言っても無駄、だからなんだろうか。 日常のちょっとしたことにも不安を持つ私。 自分で行こうと決めた学校でも、 「大勢の人の中に入っていかなければならない」という現実を考えると 足がすくんでしまう。 不安で堪らない。 それについて話すと、 「嫌なら行かなければいい。お前の好きにすればいい。」 そう言われる。 確かにそうなのかもしれないけれど。 突き放されると不安は更に増すばかり。 私はこれからどうしていけばいいんだろう? また、どこかの集団に入っていかなくちゃならないのか。 無理して合わせていかなくちゃいけないのか。 とにかく…ばかにされるのは、異常者であってもイヤなんだ。 異常者だから、余計にイヤなのかもしれない。 ばかにされるのも嫌だけど、 人をばかにする人はもっと嫌だ。 こう考えるのも、私が異常だからなのだろうか。 大事にされたい。 当たり前に、ごく当たり前の敬意をお互いに持って、 そうやって会話なりやり取りなりをしたい。 そう思うのは、私のような人間がそう思うのは 望み過ぎ、高望みというやつなのだろうか。 どんどん、しんどくなっていく。 カウンセリングにも、DBT(弁証法的行動療法)のクラスにも、 行きたくない。 人と接するのは、しんどくて面倒なだけ。 そう思うのも、私が異常者だからなのだろうか。 わからない。
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2011/12/26 04:04:12 PM
とにかく身体を動かすように、 身体があることを意識して動くようにと言われたけれど、 確かに身体は鍛えないといけないのかもしれないけれど、 それ以前に知りたいのは 「私は存在していてもいいんですか?」ということだ。 私自身がその許可を自分に与えなくてはならない、と言われても やっぱり自分が自分に許可をするのは…よくわからない。 カウンセリングに行っても、言われていることが理解出来ない。 もう慣れたから、「多分ここではこう答えるべき」というのがわかるので、 その“多分模範解答”な言葉を口にしてはいるけれど、 実際はほとんどが読んだ本(境界性人格障害や心理学の)に 書かれていた情報、受け売りに過ぎないんだよね…。 自分のことを話す時以外は、ほとんどそれで切り抜けている気がする。 …本を沢山読んできた。 雑誌、新聞、百科事典、小説、マンガ… とにかく雑多な知識を身につけた。 根気よく教えて下さる先輩や上司、 社員教育を徹底して施してくれる職場にも恵まれてきた。 その仕込まれた知識と、過去の経験を基にした予測を主にして なんとか手探りで適応してきた気がする。 どこの職場でも。 やっぱり、診断テストを正式に受けてみたい。 なんだかものすごく違和感がある。 世の中の普通に平和に健康に暮らしている人達は、 みんな心と身体がきちんとつながっているんだろうか? みんな脳と身体のバランスや連携が、いい状態なのだろうか? 私が身体を鍛えさえすれば、運動の鬼みたいになりさえすれば、 そうすれば全部の問題が解決するんだろうか? 毎日身体に話しかけたり、身体の声を聞いているつもりになって、 なんというか…つながっていると思い込めば、 全部解決していくんだろうか? 誰がどういう基準で、心と身体のつながりの度合いについて 評価を下すんだろうか?それは相対的なものなの? 何か判断の目安があるのだろうか? 私のように、カンで予測した“多分模範解答”を言っても、 それを見ぬいて「あなたはニセモノ」とか、 「適当でしょ」とか言えるんだろうか? とりあえず運動に依存しさえすれば、それでいいんだろうか? わからない。 全然わからない。 この言われていることへの分からなさ具合が、 そして基準とか“多分模範解答”な言葉についてとか、 やたらと考えて疑心暗鬼になってしまう辺りが 自分の症状というか、異常というか、ヘンなところなんだろうな。 でも、身体の声を聴ける・常に理解出来てる人って、 世の中にどれだけいるんだろ? 出来てないのは私みたいな異常者だけなの? 全然、全く、自分のいる座標が分からない。 …英語力の程度(座標)が全く分からないのと一緒で。 この“分からない”具合が、非常に気持ちが悪くて… どうしていいのかますますわからなくなってしまうんだよね。 本当に、毎日運動すればそれだけで解決するの!? …それは違うと思う。 電車の中でもつま先立ちしたり、 (ぶら下がりはしなかったけど)腕に力を込めて懸垂のようなことをしたり、 両手に荷物を持って、まるでケトルベルを上下させるようにしながら 駅から職場まで(バスに乗らずに)歩いたりしていたこともあったけど。 身体は引き締まっていたけれど、問題はいっぱいあった。 だんだん、カウンセラーさんの言葉が分からないことが増えて、 だんだん信じていいのかどうかも分からなくなってきて。 私はどうしたらいいんだろう。 ドクターに話しても、納得できる(理屈や筋が通った)答えを 返してもらえるとは思えないし。 …私は多分、理屈が知りたいんだ。 納得出来る理屈、理論、治療の見通しが知りたいんだ。 でも、皆言うことは同じ。 「先のことは誰にもわからない。」 そして、 「決めるのはあなた自身。」 …それじゃ全然訳が分からないから、困っているんだけど。 私の困っていることと、治療者の言葉や意図が 全然噛みあっていないように思える。 そりゃあ「健康な肉体に健全な精神が宿る」とは言うけれど、 犯罪を起こすアスリートもいるじゃないか。 (メダル保持者でも、問題を起こしているじゃないか。) これは屁理屈なのだろうか。 考えれば考えるほどわからない。 誰か私の“分からない”に、簡単明瞭な答えをくれまいか。 本当に、どうしていいのか分からない。
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2011/12/23 04:43:12 PM
カウンセリングに行き、カウンセラーさんに尋ねてみた。 「家族にアスペルガーじゃないか、って言われたんです。 アスペルガーの甥と、子供の頃の私の言動があまりにも似ていると。 自分でも疑ったことはあったし、そうなんじゃないかなと思うんですが。 どうでしょうか?」と。 一寸驚く回答を頂いた。 「違うと思いますよ。 アスペルガーの人は内に篭ってしまうでしょ? 周りのことなんて関係ない、見えないで、 自分の世界に生きちゃっているでしょ? あなたは周りを気にしすぎている。 私としてはむしろ、 もっとアスペルガー寄りになって欲しいと思っているんですよ。」 「家族の方とも話が出来る、ご主人ともコミュニケーションが取れる、 カウンセリングにもこうして来て、話をしている。 だからアスペルガーだとは思えません。」 …正直、「えっ!?」と思った。 私は自分の殻に閉じ篭っている、 内面的にも現実世界でも“完全引きもこり”状態だ、という認識でいたから。 …違うの? 私って、全然引きこもりじゃないってこと? カウンセリングに行く以外、ほとんど外出もせずに リクライナーの上に陣取って、コンピュータを触るばかりの日々で。 誰とも話をせず、何処にも出かけず、パジャマかジャージ姿で。 カウンセリングにはきちんと出かけて、 きちんと言われたとおりにするし、話も(努めて)きちんとするから、 だから引きこもりには見えないのかなあ…と思った。 最近では食材の買い物に行くのも億劫で、 というのは出かけるとなると必ずパニック発作を起こすし、 出先で目眩が酷くなって倒れそうになることもあるからなのだが。 カウンセリングに行くにも、前日から準備をして… 出かける何時間も前から支度を少しずつしないとダメで。 それでもやはり、出かける直前になると発作を起こしてしまう。 車を運転しなくてはならないのに、安定剤を流しこまないと出かけられない。 映画を見ている時、本を読んでいる時、 興味のある情報を探している時、大好きなシュノーケリングをしている時、 好きな音楽を聞いている時には充実した気持ちを持てるけれど、 それ以外の場面ではずーっと 「自分はここにいていい人間なのか?」 「違和感~。早く家に帰りたい。」 とばかり考えている…ほとんどの場面で。 英語のクラスに参加することも、「また人と接するのか…」と思うと 情けないけれど億劫で、恐ろしくて、不安で…堪らない。 逃げ出したくなる程、いっそ学校に通うのは止めようかと思うほどで。 でも、私は決して引きこもりではない、と今日言われたんだよね。 こんな言葉もかけられた。 「アスペルガーだと考えることであなたの気分がいのなら、 はい、じゃああなたはアスペルガーです。 これでいいですか? あなたがどんな病名かというよりも、心と身体のつながりを取り戻すことが もっと重要だし、それがこのセラピーのテーマですから。」 …そうなのかなあ。 病名はさておき、とにかく「自分には身体がある。」ということを ちゃんと認識して動かして、 脳ばっかり使っているんじゃありません、ということらしいのだが。 確かに考え事をしているか、PCを触っているかで、 頭(と手)しか使ってはいないけれど。 根が生えたように椅子に座ったままだけれど。 帰宅して妹に電話をして、 「これこれこういう理由で、 私がアスペルガーだとは思えない、と回答をいただいたよ。」と話すと、 妹は「それはものすごく… いわゆる典型的な例に当てはまらない、っていう判断だよね。 成人しちゃってるし、ここまでにいろんな知恵をつけて なんとか対応出来るようになっている、学習してなんとかしてる、 そういうのは考慮されてないよね。 それに生育歴が重要なんだよね。 子供の頃の行動について、細かく細かく話してないでしょ? 今のねえねえだけを見ての回答でしょ? それは違うと思うなー。」と言った。 例えば私は小学生になるまで、 つゆほども“この世に自分を嫌いな人が存在する”とか、 “意味もなく自分を攻撃してくる人がいる”とか、 全く考えたこともなく 自分が“苛められている”ことにも 最初は気づかなかったほどお目出度い考えをしていた。 競争することに意義とか意味を見出せなかったので、 幼稚園の徒競走の時にはにこにこ笑って手を振りながら、 スキップしていたそうだ。 協調性が無い、と小中高を通して通知表に必ず書かれていたし、 まあ浮いた存在だったのは確かだと思う。 浮いた、というよりは“浮世離れした”とか、 “ねえねえちゃんってマンガの中の女の子みたい”とか、 “えっ!アンタ働いてるの!?信じられない! アンタって霞を食って生きてるっていうか、 親のスネかじってるとばかり!”とか…酷い言われようであった。 浮いてたから、苛められたんだろうなあと今は思うけれど。 浮かない方法があったら教えて欲しいと、今も本気で思うしなあ。 「ねえねえちゃんの物差しが、全ての人に当てはまるわけじゃないよ。 みんな違うのよ。」と、知人に言われて「えっ…?」となったのは、 齢30を過ぎてからだったし。 「映画が好き」と言われると、 「コレ観た?アレ観た?あの俳優のあの作品観た? …えっ?観てないの?知らないの? …それって全然映画好きって言えないんじゃあないの?」とか 面と向かって言ってしまって、周囲に叱られ諭されたこともある。 (というか、そういうことが多かった、と思う。) 「ねえねえと話してるとさ、話が飛ぶよね。 私は慣れてるからわかるけど。 きっと頭の中では全部つながっていて、 でも頭の回転に口がついていけないから、端折って話してるんだね。」 仲良しのミホに言われたことがあった。 自分ではそういう感覚は無かったけれど、 確かに頭の中では連続した、関連付いた話だからと どんどん話してしまっていて、 でも周りの人にしてみたら話が飛びまくり、逸れまくりで とても聞きづらい、訳のわからない状態だったのじゃないか。 …まだまだ「私はアスペルガーじゃないの?」な理由はあるけれど。 私は医者じゃない。 妹も、アスペルガーについて知識があっても、医者じゃない。 だから私達には診断名を付けることは出来ない。 どうしようもない。 ただ、「自分はアスペルガーだったのかも」と考えると、 しっくりくる、合点が行く、腑に落ちる事が多い、というだけ。 でもなあ… 「もっと内に篭って、外のことを気にしないで。」っていうのは、 それは違うと思うんだなあ。 これ以上篭っちゃったら、ほんとに家族以外と話、しなくなっちゃうよ? 交流もしなくなっちゃうし、一生働けないかも。 適当に愛想よく、 その場その場に合っていると思われる言葉を返すことは出来る。 それは幼児期からずっと必要なスキルだったから、 ずっと習い性で、惰性でやっていることであって、 攻撃を避けるための防御の一つでしか無くて。 人の顔色を見ることに長けているのも、多分同じ理由だし。 (それを止めろと言われているわけだが、 どうやって止めればいいのか全く分からない。 心と身体の関係が良くなったとしても、 脳だけで生きて行かなくなったとしても、 人の顔色を見ることを止められるとも思えないんだが。) 私は別に、自分に都合がいい診断名を欲しいわけじゃない。 ただ、生きなくちゃならないのなら もうちょっと楽になりたいだけ。 心と身体の関係が良くなりさえすれば、全ての問題が解決するのだろうか? 人と摩擦を起こすことも無くなり、 人に嫌われることも無くなり、 精神科に通っていることや診断名を持っていることで 「怖い」とか「無理」とか言われなくなるのだろうか? 多分、違う。 ※続きます。
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2011/12/23 04:48:31 PM
SFまで遠征して、念願だった『Tinker Tailor Soldier Spy』を観てきた。 ![]() 本当のスパイって、こんな風なのかもしれないな、と思うような 割合に地味で堅実でしんどい姿が描かれていて。 拷問や殺人のシーンもあったけれど、あくまでも淡々としており それだけに真実味を感じたし、恐ろしさも感じた。 主演のゲイリー・オールドマンの演技はもちろんのこと、 脇を固める俳優達の演技が素晴らしかった。 ![]() ゲイリー・オールドマンは、ほとんどこのコート姿か ネクタイを締めてベストを着ている姿で、 いかにも英国紳士といった風情でそれが素敵だった。 以前よく見せてくれた「キレた」演技は一切無し。 とにかく感情も表情も(どんなに酷い場面でも)抑えていて、 本物のスパイはこういう風に冷静なのかもしれない、と感じた。 私はトム・ハーディ目当てでこの映画を見に行ったのだが、 トムと『Stuart: A Life Backwards』で共演したこともある、 ベネディクト・カンバーバッチにも惚れてしまった。 ![]() 『Stuart: A Life Backwards』のワンシーン。 この2人、今回の映画では同僚スパイ役。 派手な殴り合い…いや、一方的に殴るシーンがあって。 トムが「もっと殴っていいよ。」と、ドMな発言をしたとか…。(笑) (私に殴らせて!いや、手当させて!と思うファン、多いだろうな。) ![]() 特にこのシーンのベネディクト。 凄みがあって良かった! ![]() エレベーター(英国式に言うとリフトですね)の扉が上下に開くと、 ベネディクト演ずるピーター・グリアムが立っていて。 ぞーっとするような冷徹さを感じた。 こういう何気ないけれど、ハッとするようなシーン、 そして何かを暗示するようなシーンが随所に散りばめられていて、 それが映画の緊張感を最後まで引っ張ってくれて。 中だるみ一切無し、という素晴らしい作品だった。 ![]() ベネディクト演ずるピーターは、 ゲイリー・オールドマン演ずるスマイリーを献身的なまでに サポートするスパイの役柄で、 彼が動き回るシーンはかなり緊張した。 派手な爆発だの銃撃戦だの宙吊りだのという、 勢いだけで見せるスパイ映画とは全然違って、 現実味があるだけに観ている側の緊張が増したように思う。 ![]() “サーカス”の面々 東西冷戦時代の話だから、ソ連の二重スパイが英国諜報部にいて、 その二重スパイが“サーカス”の中にいる、という状況。 全員が怪しさ全開。 “サーカス”を統率する“コントロール”ことジョン・ハートが、 なんともいい味を出していてよかった。 それからジム・プリドー役のマーク・ストロング。 ![]() この映画は、彼のこの涙に至るストーリーだ、 と言っても良いかもしれない。 そう思った。 いろいろ書きたいけれど、ネタバレになると申し訳ないので書けないが。 とにかく全く中だるみだとか、どうでもいい場面が無くて、 あっという間に時間が経ってしまうような映画だった。 冬のロンドンを知っている人なら、 納得できる風景と暗さ、冷たさや空気感が漂っていて。 …ロンドンに行きたくなった。 この映画、ロンドンで観るべきだった作品だなあ…。 ![]() トム・ハーディも、もちろん良かった。 他のスパイに比べるとカジュアルな服装なのもあってか、 とても若く見えるし(実際まだ34歳だけど)、 優しさや人間味を、一番感じさせてくれた役だったかもしれない。 今作でのトムは一切暴力は振るわないで、 落ち着いていて、そして繊細さを非常に感じさせてくれた。 何気ない仕草や表情に、いろんな感情がこもっているようで。 ファンをやっていると、とんでもない写真も目にすることがあるのだけれど。 …一体どこのいたずら坊主だよ…みたいな。 ![]() ![]() …イメージ壊れるだろうな。 これを見てしまうと。 いやもっとスゴイのが、いっぱいあるんだけどね。 でも、リッキー・ター役のトムは冷徹なだけのスパイじゃなく、 繊細な優しさ、それ故の弱さも見せてくれて本当に良かった。 ネットで読んだところ、邦題は『裏切りのサーカス』という、 なんともベタなタイトルになるらしいけれど。 このしょぼいタイトルで、 観る気無くす人が続出しそうな気がするのは私だけ? 本当に観る価値のあるいい作品だったから、 (派手なアクションやCG、特殊メイクは無いけれど) 沢山の人に観てもらえるといいなあと思う。 サウンドトラックも、張り詰めた緊張の糸にふさわしい、 派手さはないけれど上品で耳に残る、いい曲が揃っていた。 遠征してまで観に行った甲斐があった。 手元にシナリオがあるので(ネットで公開されている)、 読みなおしてもう一度観たいなと思う、そんな作品だった。 最後に、コリン・ファースの切ない表情も良かった。 やっぱり上手い。 でも今作は、やはりゲイリー・オールドマンの抑えた演技が 本当に素晴らしかった。 まるでタペストリーのような、それぞれの俳優の演技が 深みのあるハーモニー、印象に残って消えない美しさを見せてくれる、 そんな作品だと思う。 本当に、良かった。
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2011/12/18 04:48:17 PM
『境界性人格障害』という病名に、ずっと違和感を持ってきた私。 何かどこかで、「違う」という思いが拭い去れなかった。 ドクターやカウンセラーさんは、 「それはあなたが認めていないから」と仰った。 でも、治療やセラピーを受けていても 何かが違うと言うか、言われていることが理解出来ない、 全然言われたとおりに出来ない、何か的はずれな感じを受けることが多い。 風邪をひいているのに、手首に湿布をされているような… 「んー?」な感じがどこかにある。 でも、私は医者ではないから。 言われるままになるしかない。 私の妹は、心療内科がメインの病院に勤務していた。 ドクターに、私の症状について聞いてくれたりもしていたそうだ。 そして妹は、アスペルガー症候群の息子を持っている。 彼は天使のような笑顔の“不思議ちゃん”である。 みんなと一緒のことが出来ない。 強制されると反発する(というより耐えられない)。 話がバンバン飛ぶ。 共同作業が苦手。 人とのコミュニケーションが苦手。 …症状はいろいろある。 勉強はものすごく出来る。 語彙も多く、話の理解度も高い。 でも、彼は彼の世界に生きている。 私は子供の頃、まさに彼のような子だった。 幼稚園に通ってはいたが、とにかく周囲と一緒に何かすることが無理。 だから“お仕置き部屋”と呼ばれる小部屋(おもちゃが仕舞ってある部屋)に とにかく毎日入れられていた。 他の子は泣いていたそうだが、私は嬉々として一人で遊んでいたそうだ。 「・・・そうだ」というより、だった。 その記憶は自分の中にある。 「やったー!ラッキー!」な気分で、その部屋に入っていった時の 感覚をまだ覚えている。 何度も登校拒否になった。 とにかく苛められた。 浮いていた。 転校が多かったからだけじゃなく、人の輪に入っていくのが苦痛だった。 修学旅行や遠足で班を組むような場合、 私は必ずどこの班にも入れてもらえなかった。 先生の指示で、どこかの班が嫌々受け入れてくれる感じ。 遠足の時、ひとりでお弁当を食べたこともある。 教室にいられなくて、仮病を使って保健室に逃げたこともある。 匂いや音に過敏で、イライラを持て余してしまうことがよくあった。 そして…睡眠障害が酷かった。 寝ても寝ても眠いこともあれば、どう頑張っても寝られないこともあった。 物言いがストレートすぎて、喧嘩になることが多かった。 甥がアスペルガー症候群だと知った時、 ネットで色々情報を探して読んでいて、 「あれ?これって私じゃない?」と思った。 カウンセラーさんに相談したけれど、 「あなたは人の顔色を見過ぎる位だから、アスペルガーじゃないわ。」と そう言われて。 「そ、そうかな?まあ、そうか。」と思っていたけれど。 大人の発達障害という言葉を聞く度に、目にするたびに、 なんだか「私もそうじゃないか」と思えて仕方がなかった。 今日、妹に 「ねえねえの昔からの言動を考えると、境界性人格障害というよりは アスペルガーじゃないのかなって思うんだよね。 だってうちの子と似てるもん。」 そう言われて。 「やっぱりそう思った?イヤ実は…」という話になり、 とりあえずネット上で出来る限り、大人のアスペルガーについて読み、 診断テストっぽいものもやってみた。 …ハイスコア、叩き出しました。 妹とも話したけれど、多分アメリカで診断テストを受けても “日本人的な思考”というものを無視されてしまうので、 正確な診断結果が出ないのではないか、 日本で診断を受けるほうがよいのではないか、という話になった。 精神医療についての研究は、米国のほうが進んでいるのかもしれないけれど、 アメリカで生まれ育った人と同じ判断や思考は出来ない私、 非常に旧い日本人的な考えの私であることを考えると、 やはり日本でテストを受けるほうが良いと思える。 違うなら違うで、それはそれで構わないし。 ただ、このどうしようもない生き辛さの原因を はっきりと知りたいだけなんだ。 もしかしたら今受けている治療が、的外れかもしれないと思うと なんだか堪らない気持ちになってしまうんだ。 ドクターに相談しても、多分笑って流されてしまう。 とりあえず、大人のアスペルガーについての本をオーダーした。 それを読んで、もうしばらく考えて。 ドクターに話して…場合によっては日本に行くべきかどうか、 考えなくちゃならないかもしれない。 とにかくしんどい。 この状態をどうにかしたいし、楽になりたい。 自分を苦しめているものの正体・本当の原因を知りたい。 今はそれだけだ。
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2011/12/17 04:58:04 PM
誕生日。 夫と食事に行った。 でも、いつも通り車の中ではそれぞれイヤホンを着け、 iPhoneで音楽を聴いていて。 だから会話はない。 賑やかなレストランでメニューを選ぶときも、 料理が運ばれてきても、互いに話すことは無い。 周りのいくつかのテーブルでは、「Happy Birthday!」と歓声が上がる。 店員さん達がテーブルで、バースデーソングを歌っている。 私たちのテーブルには、笑顔も無ければ言葉も無い。 そういえば、夫からバースデーカードとプレゼントは貰ったけれど、 「おめでとう」の言葉は無かった。 プレゼントは、義理家族の“規則”でウィッシュリストに入れていたもの。 考えて選んだ、という物ではない。 欲しかった物を貰っても、気持ちが全く動かない。 私がいけないんだろうか。 私がおかしいんだろうか。 そんな話をカウンセリングで、した。 カウンセラーさんと話していて、過去のボーイフレンド達の話をした。 香港人の、本当に頼りになったボーイフレンドのこと。 今はもう完全に友達に戻って、年に1度位メールを交わすこと。 東京の、まるで双子みたいに気が合って、 一緒にいるだけで楽しくて、笑顔になれて、 一緒にいれば何倍もの力が出せたボーイフレンドのこと。 別れてしまったことを、とてもとても後悔していること。 カウンセラーさんは仰った。 「あなたの話を聞いていると、まるで昨日のことみたいに聞こえる。 過去の話をするのが上手い。 それだけじゃなく、過去を見つめて生きているのじゃないかしら?」 それは私が、以前から…もう何年も前から思っていた、 自分でも気づいていた傾向そのものだった。 私は現在という時間を、本当の意味では生きていないのだ、と思う。 過ぎ去ってしまった、もう20年近く前の幸せだった時のこと、 その幸せを手放してしまったこと、 そればかりを考えて、思い出して、後悔して、自分を責めている。 戻れるものなら戻りたい、とまで思う。 時間を戻せるのなら、今持っている全てのものを捨ててでも、 その頃に戻りたいと思う自分がいる。 いつも、いつも。 今の生活の中で、楽しいことがあってもそれは瞬間でしか無くて、 瞬間が過ぎ去ってしまったら、また私は寂しくなる。 いつも、いつも 一人ぼっちでいる気がして。 いつも、何をしていても、ただ虚しい。 映画を観ている時、本を読んでいる時… その世界に入り込んで集中している時以外は、いつも寂しい。 物理的には、独りでいるわけじゃなくても。 今までにも、何度も「過去ばかり見て」と いろんな人に指摘されてきた。 でも、私にはどうにも出来なかった。 現在を見ること、現在を大事にすることが出来ない。 両親や、甥たちといると、その瞬間を慈しむような気持ちになるのに。 一人でいると、或いは夫といると、会社や雑踏の中にいると、 私はいつも…私の身体はそこに、現在にあるのに、 心だけ身体から抜け出て、20年前をぼんやり思い出しているようで。 誰にも時間は戻せないし、20年を埋めることも出来ないし、 ぼんやり見つめているだけでは何も変わらないし、変えられない。 そういうことを頭では、理屈では分かっているけれど。 私の病気は、脳(理屈・常識・論理)と 身体(本音・抑えつけた感情・欲求)が、全く繋がっておらず 従って連携することもなく、結局機能不全を起こしてダウンしてしまう。 そんな状態なのだと、カウンセラーさんは何度私に仰っただろう。 それを改善しましょう、脳と身体、心と身体がつながるように、と。 私は呪いにかけられている。 そんな気がする。 元夫やその家族、彼の側に立った人達は異口同音に言った。 「お前は絶対に許されないし、幸せになんかなれると思うな。」と。 私のストーカーだった人達も、全く同じ事を言った。 「お前みたいな人間が、幸せになんかなれるものか。」と。 とても親しく家族ぐるみのお付き合いのあった、 父の友人は酔って私に向かって言い放った。 「お前みたいなヤツはな、せいぜいが愛人止まりなんだよ。 普通に結婚して幸せな家庭を築けるなんてわけ、あるわけないだろ!」 (信頼していた人だけに傷ついたし、ショックだった。 両親はこの言葉を聞いていなかったし、お酒のせいだから…と 泣いて怒った私に、お前は聞き分けがないと言った。) 何時の頃からか、私は「自分は幸せになれない」と そう鏡の中の自分に向かってつぶやくようになっていた。 仕事帰り、深夜に車を走らせながら 「このままハンドルを切らなければ…」と何度思ったか分からない。 飛行機に乗る度に「落ちてしまえばいい。」と思うし、 夜眠りに就く前には「このまま目覚めませんように。」と願う。 大事だったボーイフレンドの手を、私は離してしまった。 離したくなかった。 手を離したら、自分が後悔することも悲しむこともわかっていた。 幸せになりたかったら、手を離してはいけないとわかっていた。 ボーイフレンドも私も好きだったYumingの 『Sweet Dreams』を聴くと、 「こんな風にはなりたくない。」と思った。 でも、心の何処かに「いつか来るその日」の気配を感じていた。 『リフレインが叫んでる』を聴けば、 「こんな思いをするのは絶対にイヤ。」と思った。 でも、「いつか自分はひとりぼっちになってしまう。」と、 どこかでそのことを予感していた。 結局、感じていたとおりになってしまった。 ![]() ![]() 自分の過去を、美化しているつもりはない。 自分の悲しみに酔うとか、悲劇のヒロインになるなんてことは、 私には恥ずかしくて、「やってはいけないこと」で、 だから絶対に出来ない。 そんなことが出来る自分だったら、ナルシシズムに浸れる自分だったら、 おそらくこんな状態になることは無かっただろう。 もっと楽に生きることが出来ただろうし、 おそらくは普通に幸せに暮らせていたのではないか。 そんな風に思う。 私は、桁外れに 常識外れな程に 不器用なのだと思う。 「生きていていいのかどうか、わからない。 誰かに“生きていていいんだよ”という承認を貰いたい気持ちがある。 もしくは“ダメなんだよ”という一言を貰いたい。」 そうカウンセラーさんに言うと、彼女はこう言った。 「わかっているでしょう? それが出来るたった一人の人は、あなたでしかない。 あなたが承認しない限り、どこの誰があなたにどんな言葉をかけても、 決してあなたは聞き入れないだろうし、納得出来ないでしょう?」と。 そうかもしれない。 でも、両親なら? 両親に言ってもらえたら、言って貰えるのなら… 「いいんだ」と思えるのではないか。 それは全くもって迷惑な、 聞き分けのない子供の我儘でしかないのかもしれないが。 私の心や周囲への対処法は幼い頃…多分、幼稚園位で止まっており、 私の戻りたい場所は25歳位であり…。 私は成長も進化もしないまま、 子供の心のまま20代の自分にしがみついている。 カウンセラーさんがいろいろアドバイスを下さっても、 マインドフルネスという方法で 自分の心を見つめることを勧めて下さっても、 私には集中すること自体が難しくて出来なかった。 将来のことも、何も具体的に考えられない。 とりあえず日々を惰性で過ごしているだけで。 あの映画が観たい、というような気持ちはあっても、 もしその前に死ぬことになったとしたら それはそれであっさり諦めて(もしかしたら考えもせずに) 楽になれるとほっとして死んでいくのかもしれない。 何かを考えることも、面倒でしか無い。 正直に言うなら、生きている事自体が面倒に思える。 ものすごく我儘で贅沢で、傲慢で勝手な言葉かもしれないが。 この病気と、自分さえも信じられない、自分の心も感じられない、 頼りなくて心細くて、 どうしようもなく孤独な状態から逃れたいと思うのは… 仕方がないことのように思える。 境界性人格障害の患者の自殺率は、 ある本によると一般の人の200倍だということだった。 無理もない、そうだろうね、と思う。 誰かに依存するとか寄り掛かる以前に、 自分自身を肯定出来ないのだから。 自分自身の存在そのものに、違和感と罪悪感を持っているのだから。 映画が観たい、本が読みたいという楽しみは持てても、 物語に感情移入して没頭してしまうことは出来ても、 自分自身の存在を認めること、 自分自身の欲求(欲しいとか、どこかに行きたいとか)を感じると、 「お前がそれに値する人間だとでも思うのか?」と、 嘲る自分が自分自身の中に存在して。 自尊心が極端に低い私は、その言葉に立ち尽くして言葉を失う。 いつも、その繰り返しだ。 イヤでもイヤ、と言えない。 欲しくても、欲しいと言えない。 本当は一番身近なはずの夫にすら、 言葉をかけてもらえることもない。 「自分を嫌いな人間が、他人に好かれると思うか?」と言われて、 「自分を肯定できない人間と一緒にいて、僕が幸せだと思うか?」と言われて、 私は彼にとって、ストレスとお荷物でしかないことを思い知って。 だから「おめでとう」と言ってもらえないのも、 多分当然なんだろうと思う。 食事中に夫がずっとiPhoneを操作していて、会話がなくても それも自分の責任なんだろうと思う。 私は「老後はハワイ」という夢を持っていた。 夫と結婚して、それは現実に近づいたけれど…。 でも、多分。 私は自分のことも、夫のことも、不幸にしてしまった。 多分、症状が悪いのだろうとは思うけれど。 どんな喜びも長続きしなくて。 本当に、どうしていいのか、 何を考えればいいのか、ここにいてもいいのか、生きていてもいいのか、 何一つ 私には確信も、考えることも、突き詰めることも出来ない。 苦しい。 私は、本当に呪われているんだろうか。 あの人達の私への憎しみが、こうやって私の首を絞めているのだろうか。 その憎しみを否定することも、突っぱねることも、 自分を守るために動くことも、 今の私には出来ない。 自分にそれだけの価値があるのかどうか、わからないから。 自分を決して肯定出来ないままでいるから。 どうして自分が存在するのかすら、全く理解出来ないから。 ただただどうしようもなく、苦しくて虚しい。
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2011/12/16 04:32:32 PM
大好きな俳優、トム・ハーディが出演する 『The Dark Knight Rises / ダークナイト・ライジング』の ごく断片的、部分的な試写会に行ってきた。 映画の宣伝の一環で行われたもので、チケットが当たって。 (私の住んでいる地区は、比較的競争率が低かったのだと思う。) 今日は私の誕生日。 その日の晩に行われるスクリーニングのチケットが当たって、 なんだかプレゼントのように思えた。 神様、もしくは天からの。 喜び勇んで夜のIMAXシアターに出向いたのだけれど、 いやホントに行った甲斐があった。 わずか7分半(と映画会社の人が言っていた)の上映。 でも、この7分半がものすごく濃い時間で。 7分半と言えば、ちょっと長めの予告編分位。 だからだらだらっと流して観てしまえる程度で、 物語に入り込む程の時間や情報量は通常は無い、と思う。 しかし、今日の限定公開された7分半のフィルムは… 最初から一気に物語に引きこまれ、 いきなり手に汗を握る展開となり、 あれよあれよという間にとんでもない状況が展開し…。 確かに短い時間だったのに、短い時間だったとは思えない程の 鮮烈で衝撃的な印象を残すもので。 7分半の上映が終わった後、場内は大拍手。 そりゃあ熱烈なファンが集まっているとは言え、 あれだけの強い印象とスリリングな展開の映像を見せつけられたら… 拍手せずにいられなかった。 そんな状態だった。 非常に断片的な情報なので、状況が飲み込めない部分はあったけれど、 ベインを演じるトム・ハーディは、 最早トム・ハーディの面影すら感じられないほどに 完全にベインであり、正直私はたじろいだ。 いつもの大きめな子犬のような雰囲気や、優しい瞳は全く無く、 それは演技でそうなっているというよりは、 元々この人はこういう凶暴で凶悪な人、としか感じられない程で。 トム・ハーディは上手い役者さんだとは思っていたけれど、 ここまで凄いとは…申し訳ないけれど今日まで思っていなかった。 『フェイク / Donnie Brasco』で、 イマイチうだつの上がらないマフィアを演じたアル・パチーノが、 なんとも物悲しくて貧相な風情を出していて見入ったのだけれど、 その時以上の衝撃が トム・ハーディのベインにはあった。 『ダークナイト』を観た際に、 ヒース・レジャー演じるジョーカーを観てびっくりしたけれど、 トム・ハーディの演技はヒース・レジャーとどっこいか、 それ以上だったと思う。 いや、ファンの贔屓とかじゃなくて。 本当に、スクリーンに居たのはトム・ハーディではなくて、 完全にベインだったから。 それは彼が着けていたマスクのせいじゃなく、 彼の発する雰囲気、気配、オーラのようなものが、 全てもうトム・ハーディでは無くなっていたからで。 日本では公開されていない『Bronson』という、 トム・ハーディ主演の映画がある。 トムは凶暴な囚人の主人公であるチャールズ・ブロンソンを演じたのだが、 この映画の中で彼はやっぱりどこか“トム・ハーディ”だった。 それは『インセプション』でもそうだったし、 『Stuart: A Life Backwards』や『Warrior』でもそうだった。 演じている役柄の顔を通して、どこかにトム・ハーディらしさが ふっと感じられたから。 『ダークナイト・ライジング』では、それが全く無い。 今日観た7分半の中には、少なくとも1秒足りともトム・ハーディは登場せず、 そこにはベインという猛獣のような凶悪な男がいるだけだった。 トム・ハーディもすごかったが、アン・ハサウェイにも驚いた。 可愛らしい笑顔の女優さんの姿は消え、 肌はボロボロ、目付きも雰囲気も悪い、 囚人服を着ていて全く違和感のない 見知らぬ女性がスクリーンにいた。 プリンセスを演じていたアン・ハサウェイの印象が 私にとっては強いので、その姿には本当に驚いた。 人相が、メイクだけであんなに変わってしまうものだろうか? それぐらい、アン・ハサウェイが出ると前知識無く見たら もしかしたら分からなかったかもしれない程に別人の顔で。 彼女が芸達者な人であることは知っていたけれど、 あんな汚れた雰囲気を出せるなんて…。 そういえば、ベインの肌も汚かった。 トム・ハーディの剃った頭のアップの写真は何枚も見たけれど、 別に肌が異様に汚いと思ったことは無かったのに。 頭部の肌の質感が、なんだかとてもでこぼこしている、 傷がある、そんな感じだった。 メイクで作っていたのだろうとは思うけれど、 それにしても参ったとしか言えない姿だった。 たった7分半なのに、小1時間のドラマを観たくらいの情報量で、 興奮度で…すっかり魅入られてしまった。 それで、なかなか眠れない。 7月に予定されている本編の公開が、待ち遠しい。 今までも待ち遠しかったけれど、その度合いが目一杯になった感じだ。 もし私の心に目盛りが付いているなら、振りきってしまう程だと思う。 同じスクリーニングを他所で観た友人と連絡を取ったけれど、 やはり友人も興奮していた。 興奮するのも無理は無いよね、と言い合ったけれど… 本当になかなか興奮が収まらない。 『ダークナイト』のジョーカーを観た時に、 「あんた何なの~!」と本気で(最早映画だと思えない)引いちゃったけれど、 今回は大好きなトム・ハーディなのに、 正直なところ私はスクリーンのベインを前に怯えてしまった。 トムなのに。トム・ハーディなのに。 ![]() “Human Puppy Dog”と称されていた写真 ![]() バスケットボール観戦中のトム 「いつかトムはショーン・コネリーやアンソニー・ホプキンスのように、 “Sir”の称号を得るんじゃないか。」と思ってはいたけれど、 今日 その思いは確信に変わった。 物凄い俳優になるだろう。 いや、もうなってるのか。 とにかく今夜は素晴らしい機会に恵まれて、 凄い映画を観ることが出来て、本当によかった。 今日ばかりはアメリカに住んでいてラッキーだと思ったわ。 ・・・来月が7月ならいいのになあ。 『ダークナイト・ライジング』、これはまた当たりますよ! 乞うご期待! (って、誰より自分が一番期待しちゃってるんだが。)
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2011/12/14 07:27:15 PM
食べられないものを無理矢理食べさせられる、 食べろと無理強いされる、 絶対服従を強いられ、反論することは許されない。 「これが正しい」とその人が言うことに同調することを強いられ、 それが間違っていても指摘することが出来ないような力関係。 私のことを「あなたはこう(生意気とかゲイシャとか)」と 決めつけられて、違うと言っても聞き入れられることはない。 押し付けがましくて、私に選択の余地を決して与えてはくれない。 そして“自分最高!自分大好き!”で、 “いかに自分が特別な存在か”をくどい程言いまくり、 大したことのないことでも自慢しまくって、 それに同意して賞賛することを、執拗にこちらに求めてくる。 そう、まるで王様か女王様みたいに。 そういう人が私は徹底的に苦手で。 義母だけでなく、過去に上手くいかなかった人達は 皆 判で捺したように同じような傾向を持っている人達だった。 チカコさんに苛められたこと。 それが今もまだ、私の中で解決していなくて。 だから、同じようなタイプの人に出会うと 彼女の前で硬直して「次は何をされるの?」と怯えていた私に もう20年以上経っているのに…その頃の私に戻ってしまうのだ。 されるがままになって、限界まで我慢して、 ストレスを溜めておかしくなってしまうのだ。 チカコさん以来、同じようなタイプの人にされたこと、 その度に飲み込んで我慢して溜め込んだ怒りは、 私の中にまるで地層のように蓄積しており、 だから同じタイプの義母に対して 夫が訝しむほどの怒りと反応を示してしまうのかもしれない。 義母とチカコさんを重ねて、私は見ているのだと思う。 義母に、チカコさんへ本来は向けるべきだった、 投げつけたかった怒りまでも一緒くたにして、 他の何人かの人達に投げつけたかった怒りも更にプラスして、 全部の怒りを向けてしまっているのではないか。 会社を辞めて、何年も何年も経って。 日本を離れてアメリカまで来ても、 それでもまだ私の中には解決しないままに チカコさんへの怒りと辛かった記憶が残ったままでいたのだろう。 …もう最近では彼女のことなんて、思い出すことも無くなっていたのに。 それでも心の中には、私の脳の中には、そして身体のどこかには、 彼女につけられた傷が今もそのままになっていて、 血を流し続けているのだろう。 反抗しないのは、言い返したり、跳ね飛ばしたりしないのは、 それは私の弱さ故。 私は根本的に“いい子”でいたくて。 だから絶対に“いい子”では無くなってしまう 反抗という行為に抵抗があり、躊躇してしまって…出来ない。 義母のことについても、大好きな義父の手前もあり、 私の生活・生存に関わる鍵を握っている夫という存在に対する遠慮もあり、 だから“いい子”を止められないのではないか。 カウンセラーさんは 「あなたはお義母さんに好かれたがっている」と言ったけれど、 好かれたいというよりは 攻撃されたくないから、 嫌な事をされたくないから、ターゲットじゃなくなりたいから… ということじゃないのだろうか。 チカコさんに苛められていた頃、 早く誰か別な人にターゲットが移ることを私は願っていたと思う。 好かれたいというよりも、矛先を私以外に向けて欲しかった。 それと同じ気持ちなのだろうと思う。 職場での苛め、嫌がらせというものが、 こんなに長いこと 心の奥底に残って影響を与え続けるなんて。 もう思い出すことも無くなった相手につけられた傷なのに。 もう塞がったと思っていた傷なのに。 …私が執念深いだけなんだろうか? やはり、今年も義理実家へは行けない。 行ってはいけないと思う。 もし自分を抑えられなかったら、爆発してしまうだろう。 何か言われたり、強要されれば、もっと怒りは増えてしまうだろう。 だから行ってはいけないんだ。 自分を苦しめることになり、誰かを傷つけるかもしれないから。 私が本当に、普通の人間関係を築ける日なんて来るのだろうか? 「普通になりたい。普通の人のように生きたい。」と言うと、 カウンセラーさんは「普通って何ですか?」といつも言うけれど。 「みんな違う。普通なんて無いじゃないですか?」と言うけれど。 確かに理屈では“普通”なんてないのかもしれないけれど、 でも 平均的で当たり障りのない状態、 平穏な状態を“普通”と呼んでいいならば、 私はそういう状態に、そういう存在に、そういう場所に辿り着きたい。 傷を塞ぐ方法なんて思いつかないし、どうすればいいのかもわからない。 そして、このまま生きていくには この“私”の状態は辛すぎる。 このままで生きていていいのか、生きていけるのか。 やはり私にはわからない。
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2011/12/10 01:07:30 PM
カウンセリングに行ってきた。 ここのところ、カウンセリングをしても気持ちが晴れない。 いい方向に心が向かっていく事もない。 カウンセラーさんも、もしかしたら呆れているかもしれないし、 全く進歩も回復も無い私に苛つくこともあるのではないだろうか。 “フォーカシング”と呼ばれる方法で、心の中にある “何か引っかかるもの”、“存在しているのに見過ごしていた感情”等に 気づいて、感じて、そこから原因やつながりを探していくのだが、 昨日のカウンセリングで 意外な事に気付いた。 私は義母が苦手である。 夫が彼女と電話で話している時に、 電話から漏れ聞こえてくる甲高い声を聞くだけでイラッとする。 だから即、ヘッドフォンを装着する。 子供の頃から、ヘッドフォンは私にとって自己防御の為に、 或いは自己保身の為に、トラブルからとりあえず目を逸らすために、 ずっと使ってきたある種の防具である。 ヘッドフォンをして音楽を聴いていれば、とりあえず逃げられる。 とりあえずトラブルに巻き込まれることや、 気持ちが動揺すること、傷つくこと、不快な思いをすることから、 なんとか逃れることが出来る。 結局は、問題を先送りしているだけに他ならないのだろうけれど。 子供だった私には、問題に真っ向から対峙することは出来ず、 逃げるしか選択肢がなかったのだと思う。 子供の頃に身につけたそれを、私は未だにやっているわけだ。 夫といる限り、義母との関係を完全に切ることは出来ない。 私が彼女に連絡をすることはなくても、彼女からの連絡は途絶えない。 流石に頻繁ではなくなったけれど、それでも時折メールが来る。 私が電話口に出ることはほぼ無いけれど、 夫が彼女と電話で話している際に、彼女の声は漏れ聞こえてくる。 去年のクリスマス、私は義理実家に行かなかった。 夫だけがサンクスギビングにも、クリスマスにも、一人で義理実家に行った。 今年ももうすぐクリスマスがやってくる。 当然私は行く気が無いし、夫ももう私を誘う事は無い。 だから別に行かなくても済むわけだ。 でも、何かが引っかかる。 行けばかつてと同じように、日に三度三度肉を食べることを強要され、 苦手なターキーのサンドイッチを食べることも強要される。 ![]() ターキー・クランベリー・サンドイッチ (美味しくないマヨネーズをたっぷり塗ったパンに、 ターキーをたっぷり、そこにクランベリージャムをたっぷり挟んだ物。) 拒否しても買い物に連れ出され、お財布にされる。 (おねだり攻撃に合う。) 肉や買い物攻撃から逃れるべく「頭が痛い」と言って寝ると、 即 家族全員で出かけて映画やカジノへ繰り出し、食事も済ませて来る。 2人になるとお説教が始まる。 派手なネイルアート(蛍光色が推奨カラー)をしないこと、 ハッピーでキレイなタトゥーを入れないこと、 ピアスの穴を一対しか開けないこと、 カラフル且つキラキラなメイクをしないこと、 1日8マイル歩かないこと、 編み物をしないこと、仕事優先の生活を送ること、 毎日ボイスチャットで義母たちと会話をしないこと等々について。 「ゲイシャ」と呼ばれ、 「貧しいアジアの国からいい生活が出来るアメリカに来れて、 私たちのファミリーに迎えられてあなたはラッキーなのよ?」と言われ…。 聞き流そうとしてもしつこく言われると、出来ない。 私が大人気ないのかもしれない。 でも、生理的に無理というところまで嫌悪感が募ってしまっていて。 行くのは、会うのは無理だと思っている。 だけど、どこかでそれを“いけないこと”だと感じていて。 その引っかかる気持について、カウンセラーさんと話した。 話して、自分の心の底、記憶の底に焦点を当てて考えていると、 不意にチカコさんという先輩が浮かんだ。 高校を出て勤め始めた会社の7歳年上の先輩で、 毎年1人ターゲットを決めて 徹底的に苛め抜く、 既に何人かの退職者を出しているような、 近隣企業にも噂が届いているような悪名高い人だった。 入社2年目に、私と同じ高校だったミエコさんという先輩が入院した。 チカコさんに苛められ続けて、耐えて耐えて無理をし続けた彼女は、 精神を病んで入院してしまったのだ。 お見舞いに行くと、彼女は言った。 「会社に行かなくていいから、チカコさんに会わなくていいから、 入院してるけどむしろ気分は落ち着いたの。 私ね、会社辞めるかもしれない。 ねえねえちゃん、もし次のターゲットがあなたになっちゃったら… そうなって欲しくないけど、もしなっちゃったら… 絶対に逃げるのよ。私みたいになっちゃだめよ。」と。 もう一人、中学・高校と一緒で しかも剣道部の先輩だった、 いつも元気でしっかりしていて明るい チエコさんという先輩も同じ会社にいて。 彼女は別の部署だったのだけれど、その部署で苛めに遭っていた。 高校になって剣道をやめた私と違い、彼女は高校でも剣道部で頑張って。 だからとても健康的な人だったのだけれど、 どんどんどんどん痩せていって。 彼女は苛めに遭って拒食症のような状態になって、入院した。 彼女のお見舞いに行った時、やっぱり彼女も言った。 「ねえねえ、あんたは絶対あたしみたいになっちゃダメだよ。 苛めに遭っても我慢しちゃダメ。」と。 苛めに遭って入院するまでになった2人ともが、 「私みたいになっちゃダメ。」と言った。 まるで私が苛めのターゲットになるのを見透かしていたように。 やがて私は自分がターゲットになったことを、 これ以上ないというような体験によって思い知った。 会社には喫茶室があって、食堂で食事をした後に 喫茶室でコーヒーを飲んだりアイスクリームを食べることが度々あった。 ある日、同期入社の同僚たちとおしゃべりをしながら 喫茶室でアイスクリームを食べようとしていた時。 不意に横から手が伸びてきて、私のアイスクリームの上に さらさらの食卓塩がざーっと山盛りにされた。 驚いて見上げると、食卓塩のビンを持ったチカコさんがそこにいて。 「食べなさいよ。ほら、食べなさい。」 私を見下ろしながら、そう命令した。 その後自分がどうしたのか、記憶が途切れていてわからない。 でも、未だにアイスクリームの上に積もっていく食卓塩、 食卓塩で埋もれていくアイスクリーム、 その光景だけはくっきりと、まるでたった今のことのように思い出す。 それからというもの、 食堂でうどんやラーメンを食べようとすればソースを、 おかずには醤油やソースを、とにかく大量にかけられてしまって。 仕方なく新しいものを買い直して食べようとしても、 やっぱり同じ事をされるようになって。 私は食堂に行けなくなった。 周りの誰も…上司たちも何も出来なかった。 「してくれない」というよりは、「出来なかった」のだ。 もし、上司たちや年配の男性社員がチカコさんを咎めれば、 私がもっと酷い目に遭うことを、 それまでの被害者の例から皆が知っていたからだ。 直属の上司は毎日のように言ってくれた。 「ねえねえちゃん、辛抱するんやで。 必ず矛先は他に向く。それまで辛抱するんやで。 何もしてやれんで、ごめんな。 なるべく俺か、課長の目の届くところにいるんやで。 そうすれば手出し出来んやろ。」と。 チカコさんより歳上の先輩も、何かにつけかばってくれた。 休憩時間や食事の際、その先輩が 「ねえねえちゃん、こっちにいらっしゃい!」と呼んでくれて。 彼女がいてくれれば、さすがにチカコさんも手出しはして来なかった。 チカコさんは彼女にひれ伏す人、彼女におべっかを使う人、 彼女と同等かそれ以下の偏差値の高校出身の人、 彼女より優れた部分を持っていると彼女が認識しない人、 彼女より容姿などが劣ると彼女が判断した人、 彼女の持っているブランド物より高価なものを持たない人などには、 比較的寛容だった…というか、酷く苛めはしなかったように思う。 私や、入院した先輩達は同じ高校(進学校)出身だった。 その高校出身だというだけで、もう“生意気”だったのだろう。 反論したり、反抗したりしなくても、 存在するだけで目障りで生意気で。 とにかく気に入らないから徹底的に苛める。 嫌がらせなどというものではなく、仕事にも支障が出ることもあった。 周りの人達もその事を知っているから、咎められたりはしなかったけれど。 同期入社の“友達”だと思っていた子たちは、 ターゲットの私と一緒にいて 自分がターゲットになるのを恐れたのか、 だんだんみんな離れていった。 正直に書くと、チカコさんに苛められた時の 細かい出来事は ほとんど思い出せない。 2,3の衝撃的だった出来事が鮮明に残っていて、 日々の当たり前に行われる嫌がらせは慢性化してしまっていたのか、 ぼんやりとしか もう思い出せない。
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2011/12/10 01:08:30 PM
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