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2008.08.22 楽天プロフィール Add to Google XML

29歳 2001 下半期
[ カテゴリ未分類 ]    


 野田さんに頼まれたサクラの仕事を夕方でやり終えて、夜からはスポーツジムに行ってプールで水泳をやっていた。僕が水泳をやるようになった大きな要因は水着姿のお嬢さん見られるということだった。頻繁に水に浸かっていたら、勝手に泳げるようになった。
 ある日、平泳ぎをしていたら、何故かお腹が痛くなって来た。お腹というよりも胃が痛くなってきた。
 猫背な僕は背中の筋肉がよく疲労するため、その反射で胃を痛め易いと東洋医学に詳しい人に聞いていたが、パチンコという椅子に長時間座るという行為によって背中に疲労が溜まり、さらには水泳の平泳ぎでさらに背中の筋肉を使い、その反射で胃に穴が開いてしまったようだ。それによって激痛に襲われ、僕はスポーツジムの更衣室でうずくまってしまったのだ。
 他のお客さんに「大丈夫ですか?」と声を掛けられたが頷くことしかできず、なんとか自力で服を着替えて這うようにスポーツジムを後にしたが、帰り道に車を運転できなくなって運転席でもうずくまってしまったのである。

 その時、頭に『死』という文字が浮かんだ。
 僕は、もう死ぬかもしれないと思った。

 その時、脳裏に浮かんだのが、昨年の秋、僕が対人恐怖症で悩んでいた頃、スポーツジムで顔を合わせる度に「こんにちは~♪」と、優しい笑顔で声を掛けてくれて、時間があれば僕の話し相手となり、スポーツの話題だけではなくプライベートな事も色々と話をしてくれた女性インストラクターの大久保さんの顔だった。
 大久保さんは二十二歳の大学生で、ほぼ毎日スポーツジムにアルバイトに来ていて、レッスンの講師も行っていた。何かを求めるような精力的なキラキラした目、小柄でスレンダーな体系、優しい笑顔、かわいらしい笑窪、清楚なショートカット、その全てが好きだった。
 色々な事を話したのに、何故、「一緒にご飯を食べに行きませんか?」の一言が言えなかったのだろうか。その事を悔やんだ今となっては、大久保さんは地元の広島に帰郷してしまい、もう会えなくなってしまっていたのだ。
 もし、明日も生きられるなら、明日から気に入った女性には悔いぬように堂々と告白しよう。そう心に決めたら徐々に胃痛が治まり、なんとか車を走らせて家に帰って風呂に入ったら、かなりマシになっていた。
 翌日もサクラの仕事が入っていたが、多少の痛みが伴ったものの、なんとか無事に出勤して仕事を終える事ができた。さらに、その翌日には痛みが治っていた。



 アルバイト雑誌を開くと様々な仕事が掲載されているが、大金が動くパチンコ店のアルバイトは他の仕事よりも時給が良い。コンビニの二倍以上の金額を提示しているパチンコ店もある。同様に、パチンコ店のサクラのバイトも給料が良く、半日パチンコを打つだけで一万円もの日当を手にすることができた。
 しかし、酒が大好きな山口さんに強制的にスナックに連れて行かれて、折角一万円の日当を貰ってもスナック代に半分以上は消えてしまうので、結局は普通のアルバイト以下の収入しかなかった。
 山口さんの誘いを断るとサクラの仕事を斡旋してもらえなくなるかも知れないし、僕は権力恐怖症で社会復帰が困難な状態ので、仕方が無いと思っていた。

 山口さんによく連れて行かれたのは、スナックP店という店だった。三十代の夫婦で経営している店で、夫はマスター、妻はママと呼ばれていた。ホステスは毎日二人が日替わりで出勤。客席は十席程度の小さい店だった。
 僕は人と話すのがまだまだ苦手で、居合わせた人数が多ければ多いほど不得手なので、スナックP店に行っても僕はほとんど喋ることはなく、山口さんがマシンガンの如く喋る爆裂トークを横で聞いているだけだった。正直、ビジネスでの付き合いとして山口さんとスナックに行っていただけで、僕はあまり楽しくはなかった。

 この年も暮れようかという12月。山口さんがスナックP店に飽きて来たので、別の店にも行ってみようということになり、スナックW店という店に飛び込みで入って行ってみた。
 W店は元キャバクラ嬢が経営を始めた店で、従業員も全員元キャバクラ嬢だった。素人女の子がホステスをしているP店とは違って、W店はプロの接客ができてなおかつ綺麗な女の子が多かったので、気に入って何度かW店に通っていたら、その店に恵子という七歳年下の二十一歳の新人ホステスが入って来た。金髪全盛の世の中だったが、恵子は真っ黒い艶々の髪をした純情そうな女の子で、一目でかわいいなぁと思い気に入っていた。それから、恵子に会いに一人でもW店に通うようになり、少し仲良くなった辺りで恵子と二人で同伴出勤を前提とした食事に行った。
 山口さんが僕の事をシステムエンジニアだと嘘をついて僕の好感度を上げる援護してくれて、また、店からの帰り道、僕と恵子が車を止めている場所が同じ方向だということもあって、徐々に僕は恵子と仲良くなっていった。
 最後の決め手となったのは、恵子が紛失したエメラルドのペンダントトップを、恵子が落としたと思うと言った場所に探しに行って見つけ、恵子に手渡したことだった。恵子はペンダントトップを見つけてくれた僕にグッと来たらしく、夜の公園でデートをした後、二人でホテルに宿泊し、見事、恵子との恋愛を成就させた。

 しかし、残念な事に、僕の恋愛成就を喜んでくれない人がいた。それは、僕を応援して援護してくれていたハズの山口さんだった。
 仕事の件で連絡しても無視されたり、指示を仰いでも曖昧な対応しかしてくれなくなったり、やがてはゴルフクラブで殴ると脅されたり、ナイフで刺すぞと脅されたりと本格的な嫌がらせが始まった。彼女ができて浮かれている僕に対して、本当に厳しい仕打ちだった。
 僕は恵子との関係が親密になると同時に、山口さんとの付き合いよりも恵子との交際を優先してしまっており、その事に対して山口さんは怒っていたのだった。

 この修復には難儀した。泣きながら山口さんにお詫びをして、今後、ちゃんと付き合いをすることを約束した。しかし、あっち立てればこっち立たず。毎日のように山口さんとの付き合いを優先していたら恵子が怒り出し、「なんで、そこまで山口さんに付き合わないとあかんの?」と問い詰められて「付き合わないとイジメられるから」と答えて泣き出してしまった事もあった。彼女を作るのも一苦労だった。




Last updated  2008.09.08 02:42:36
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