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カテゴリ:『藤子・F・不二雄 先生』の話
藤子・F・不二雄先生
本名・藤本 弘(ふじもと ひろし)さんの 奥様である、藤本正子さんが 登場された「こだわり人物伝」の 第3回を振り返ってみたいと思います。 今回の放送を見逃した方は、数時間後に始まる NHK 教育 朝5:35分放送の録画準備をしましょう~ 第4回(最終回)は、今夜10:25分からです。 ■ 第3回 パパの四次元ポケット F先生は、「ベー」っという風に舌を出しています。 お茶目な一枚ですね。 ■ 今回の語り手は、F先生の奥様です。 奥様の後ろのキッチンには ドラえもん人形が見えますね~ ■ F先生は、語る。 奥様の正子夫人と付き合い始めた頃 F先生は、手紙を出されていました。 ■ F先生の夢… 自分の目指すマンガが語られています。 ■ 手紙に書かれていた思い 一生に一度は、読んだ子供達の 心にいつまでも残るような傑作を書きたい まだ、ドラえもんを生み出す前です。それ以前に オバQで大ヒットする前でもありました。 F先生にとっては、結婚をしたものの マンガ家としては、無名の頃です。 どうなっていくか分からない時期です。 そして、有限実行となりました。 世界40カ国以上で放送されるドラえもんを生み出しました。 国民的アニメだけでなく、世界的アニメにもなりました。 F先生の念願であった「心にいつまでも残る」傑作は 世界中の子供達に届きました。大人にも届いていることでしょう。 私は、F先生の全ての作品が心に残っています。 ■ 正子夫人が語るドラえもん 「ジャイアンにしても、スネ夫にしても、根っからの悪はいない ドラえもんの5人のメンバーは、とてもバランスがいい」と 正子夫人は話されておりました。 藤子マンガには、すべての子供たちに 優しい眼差しがありますね。 単に善人だけを描くのは簡単なことですが 良い所も悪い所もある、子供たちの個性が集まって 仲間となり、友達であることは とても素晴らしいことだと思います。 ■ナイヘヤドア タケコプターなど、道具の紹介がありましたが なぜか、「どこでもドア」ではなく「ナイヘヤドア」でした(笑) NHKさん、なぜですか~ ウケ狙い? 「どこでも窓」も出してほしかったなあ~ 私が、子供の頃に爆笑した道具です。 (「ナイヘヤドアは、てんコミ15巻 & 大全集5巻 収録です」) ■ お見合いの後、ご結婚されました。 ■ なんと式には手塚治虫先生も!! 仲人が手塚治虫先生とは、さすがはF先生!! ご両人とも幸せだったことでしょう。 ■ F先生の3人の娘さんたちがご登場!! テレビ初登場ではないでしょうか。 「本物の娘さんたちが出ている!!」と なんとも不思議な感動がありました。 皆さん、おキレイですね。 次女の日子さんが、F先生似かなと思いました。 ■ サンタポスト クリスマスが近づくと、F先生は手書きで 娘さん達に、このようなものを用意していました。 メルヘンチックですね~ 「サンタがパパだと気づいていたので、パパが買いに行くとき 困らないように、プレゼントを選んでいた」という 娘さんのセリフが、印象的でした。きっとジュエリーや女性服では 探しづらいし、行きにくいと考えたのかもしれませんね。いいお話です。 ■ オマケの金一封 F先生は、娘の日子さんの孫に会う前に 亡くなられてしまいました。 ですが、この「オマケの金一封」は、 F先生の、孫への贈り物でした。 死期を悟っていたF先生は「孫が生まれたら渡してほしい」と 正子夫人に預けていたのでした。 そして、赤ちゃんを産んだ日子さんに この金一封が、正子夫人から手渡しされたのです。 感動的なエピソードですね。 ドラえもんデザインのシャツが気になりました(笑) もしかしたら、オリジナルかもしれませんね~ ■ パーマン 原画 原画がいくつか画面に出てきました。ほんの数秒でしたが この原画は「パーマンはつらいよ」の1枚だと すぐに気づきました。私は、この話がパーマンで一番好きで 以前の日記(3/3)でも取り上げています。 パーマンの第1話でも最終話でもなく、この話(原画)が 選ばれたのは、驚きでもあり、嬉しかったですね。 NHKはやっぱりスゴイ… ■ F先生に、2度目のガンが見つかります。 この4年後の96年に 四次元世界へ旅立たれてしまいました… F先生は、亡くなられるまでの10年間は ずっと闘病生活でした。 ■ 正子夫人の想い F先生が亡くなられた時 「頑張らなくていいから」 「もういいから」 と奥様は、いったそうです。 涙は出なかったとのことです。 きっと、公には出てこなかった、私たち読者が知らない F先生の辛さや苦しさも、あったことでしょう。 そして、それを一番間近で見てきた奥様にも 同じような苦しみがあったのかもしれませんね。 それで、「もういいから」と言葉を掛けたのかもしれません… ■ F先生の自宅の書斎 F先生はここで、倒れる最期の時まで ドラえもんを描き続け、ペンを握っていたのです。 「部屋ががらんとしちゃったよ」(byのび太) 私は、のび太のセリフを思い出してしまいました。 「さようなら、ドラえもん」の最後のコマを 連想してしまったのは、私だけでしょうか… F先生は、引き出しから 4次元世界へ行かれてしまったのでしょうね。 ■ 原稿は、彼が生きていた時間 正子夫人が、飲み物を差し入れに行くと いつも原稿を書いていたと、話されていました。 正子夫人にとっては、F先生は原稿と共に過ごしていた という思いなのでしょう。 そして、この大切な原稿を来年 ドラえもんの誕生日にオープンする 藤子・F・不二雄ミュージアムで展示することになります。 まさに、原稿と共に生きていた F先生に会える場所になりますね。 等身大のドラえもんも置かれますよ~ 今夜21日の夜10:25分からの「こだわり人物伝」では 私のブログとも、関わりが深い SF短編が取り上げられます。 多くの方に、ご覧いただけたら嬉しいなと思います お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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