|
|
|
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
│<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く |
![]() (以下、瀧波善雅筆記文より抜粋) 北大路魯卿 述 昭和8年11月26日午前10時30分 星岡茶寮にて 日本風料理講習会要領 「鍋料理に就いて」 おでんのうまさといふのは、つまり、出来たてを待ってゐて食ふといふところにあるので、 あれは実際には美味しいものでもなんでもないのです。 舌を焼くやうな出来たての物を食べますから、おでんは美味しいものと評判になってゐますが、その実あれは下等な食べ物なのです。 あの下等なおでんですら、出来たてであるゆゑに、吾々の味覚をよろこばすのでありますから、 座敷おでんであるところの吟味をいたしました「鍋料理」となりますと、数等吾々に満足を與へよろこばせるに違ひありません。 私は自慢ではありませんが、おでんでも、天ぷらでも立ち食ひをした経験をもつておりますから、おでんや、立ち食ひの天ぷらの味は凡そどんなものだかわかってをります。 ところが、私の今考へて居ります鍋料理となりますと、それらとは遥かに距離のある高尚なものなのであります。 その方法のお話になりますが、それは創作的に独創的にやらればよろしいと思ひます。 次には食べる要領を申します。先づ急がぬ場合、鍋料理といふものはゆっくり暇があって、 客があるとしましても気のおけぬ極懇意な間柄の人を招いたとき、団欒として家族的に賑々しくつきあふやうな場合には適当なのであります。 だからさういふ場合を選んでいたすのが更に有意義でありませう。 出汁を入れた鍋が沸騰したところをみはからって、例へば先づ鯛の頭を煮るといたします。 その鍋は三人なり五人なりで食べるのだとします。するとその三人なり五人なりが一回食べるだけの分量を煮ます。 それが煮えますとそれをすっかり上げてしまいます。その次には野菜をいれます。 鯛の頭などはよくスープを出しますから出汁がふえるのであります。ところが、野菜を入れますと、その出汁をよく吸収します。 さういふやうに加減をみては出汁のでるものと次には出汁を吸ふもの、例へば焼麩とか何とかさういふ出汁を吸ふものを入れて煮るといふ風にいたします。 さうして一回一回.鍋の中をきれいに片づけては、最後まで新鮮で溌剌とした料理を食べるのであります。 ですから、食べ方にも、このやうな工夫が要るのであります。 │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |