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2012.05.22 楽天プロフィール Add to Google XML

平穏無事 あたり前の有り難さ

 @@@@@@@
 平穏無事 
  あたり前の
   有り難さ
 @@@@@@@


「どうしてこんな事故が?・・・」

と思うようなニュースが毎日眼に飛び込んできます。
昨年の大震災以降「想定外」のことばかりです。

 しかし、事故や災難は〈私の身〉にいつ降りかかるかわかりません。
今何も起こっていない平穏無事の状態が一生続くとは限らないのです。

それを仏教では「無常」といいます。
物事は変わらずそのままということはなく、移り変わっていくものであるということです。

私たちも生まれてすぐは大きく育っていくことを〈成長〉といい喜びますが、
二十歳を過ぎたら同じ歳を重ねることでも〈老化〉と言い嘆き出します。
私も幸せも社会も富もみんな移り変わっていくのです。
しかし、そのことをなかなか意識できずに、
「いつまでも続く」
と思ってしまいます。
お腹がすくのも、病気が治るのもすべてこの《無常》の現れです。

 最近の自動車事故は車社会への大きな警報です。
自分ももしかしたら事故を起こしてしまう加害者になるかもしれない
ということを自覚しなければなりません。

たとえ自分は安全に運転したり、歩行したりしていても、
向こうから襲ってくることもありえます。

 ではどうしたらよいのでしょうか…

不安がるのではなく、
今無事で過ごせている現状を《感謝すること》です。

当たり前だと思っていたことを見直してみると、
当たり前ではなく本当に有り難いことだと感謝できるはずです。

その小さな感謝の積み重ねが〈私〉や社会をも善くするモノと思います。

 最後に紹介するのは、
癌で昭和五十四年に三十一歳で亡くなられた
医師・井村和清さんのメッセージです。


「あたりまえ」

あたりまえ
こんなすばらしいことを、
みんなはなぜよろこばないのでしょう
あたりまえであることを
お父さんがいる
お母さんがいる
こんなしあわせがあるでしょうか
しかし、だれもそれをよろこばない
あたりまえだ、と笑ってすます
食事がたべられる
夜になるとちゃんと眠れ、
そして又朝がくる
空気を胸いっぱいにすえる
笑える、泣ける、叫ぶこともできる
走りまわれる
みんなあたりまえのこと
こんなすばらしいことを、
みんな決してよろこばない
そのあたりまえを知っているのは、
それを失くした人たちだけ
なぜでしょう
あたりまえ
 


南無阿弥陀仏 合掌


Last updated  2012.05.22 21:47:40
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2012.04.21

今日もいいことあるかもね

@@@@@@@@@
 今日も
  いいこと
   あるかもね
@@@@@@@@@


「あなたは運が良いですか?」

と尋ねられて

「はい!強運です!」

と答えられますか?

いや~あんな不幸なことが…こんなツイてないこが起こった…
などと不運の方へ考えがめぐっていませんか?

ある本に、運が良い人の条件は、

《先ず自分は運が良いと気づくこと》とありました。

 この問いかけは「幸せですか?」でもあてはまります。

「いや~あれがこうで、あの人がどうの…」などと言い出すといつまで経っても幸せになれません。

「はい!しあわせです!」

と言い切ってしまうのがコツです。

《幸せとは気づくこと、感じること》

何か予期せぬツイてることや嬉しいことが起こったら、
幸せ!ではもったいないです。
今いる環境、与えられた現状の中でツイてること、幸せなことを探して、感じていくと、
いつでも強運いつでも幸せになれます。

当然社会生活をしていますから愚痴や泣き言なども言いたくなります。
その時にそれを言ってしまうか、その中からラッキーなこと、良かったことを探すかで大きく変わります。
これには訓練がいりますが、やればできるようになります。

 そして次に《感謝すること》です。

不平不満や愚痴の種まきでは、出てくるものもまた不平不満が言いたくなることばかりです。
やはり、現状を、当たり前だと思っていたことを《感謝》で受けとっていくと、
「有難いなぁ」
「ツイてるかも!ラッキー!」
と思えてくるのです。

 人は弱気なことを考えると弱気な発言や行動になり、弱気な思考回路(ソフト)になります。
怠け癖や不満癖も同じです。
意識するしないにかかわらず、人は日頃の思考パターンが脳に自動的にプログラムされ、
そのソフトにしたがって無意識のうちにその言葉を口にし、行動しているのです。

 だからこのソフトを《強運》のソフトに書き換えてしまえばいいのです。

それには自分で
「今日もいいことあるかも」
「できるかも」
「これでよいかも」などと
心を意識的にプラスの方へ向けていけば、
不安やマイナス思考が薄らいでいきます。

 そして、さらに《行動》していくことも大事です。

クヨクヨせず楽観的に行動すことが不安克服の条件です。

これで、いいことあるかもね。

 合掌


Last updated  2012.04.21 06:33:50
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2012.04.11

『上気元の魔法』斎藤一人著

今回も とてもなるほど!!でした!

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まるかんの斎藤一人さんの最新刊です。

普通 「機嫌」と書きますが、

一人さんは

「上気元でいること!」

を勧めておられます。

ご自身もそうしてこられたからこその、納税NO .1があったのです。

一人さんの身にも、「嫌なこと」はいっぱい起こります。

でも、

自分の‘意志’で幸せの方へ幸せの方へいつも気持ちを向けているから

いつも幸せの一人さん。

自分で、幸せの方へ方向付けることが大事。

そして、

「どんなことがあっても、上気元でいる」

    という修行にして楽しく取り組む。

最高のボランティアとは 「上気元でいること」

自分の気元は自分でとる!

これには納得!!


「最高ですね!」

と自分の周りのこと、やっていることを

「最高!」と捉えて行くと、取り組み方が変わってくる。

同じ作業でも、やらされると 奴隷

「オレがやるからには、最高に楽しい仕事にする」

そう思ってやりはじめると楽しくなるんだ!


上気元をまいている人には 上機嫌なことが起こる!

上気元の修行は最高の修行!


確かに思う。

念仏や瞑想などして、精神性を高めても、

普段の生活で、イライラ、不機嫌、不平不満の人では意味がない。

普段から 上気元 !

善いこと聴いた。

早速、笑顔で、上気元!といきましょう!

Last updated  2012.04.11 11:59:59
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2012.03.23

人生 おもしろがる 
[ 今月の標語 ]    

 @@@@@@@
  人生
  おもしろ  
     がる
 @@@@@@@


 東日本大震災から一年が経ちました。
たくさんの方が地震や津波の犠牲になり、原発の問題は未だ解決しない状況です。
当時の映像を見るとその自然の驚異に圧倒されます。
自動車が簡単に流され、家があっさりつぶされて街がのみこまれる惨状・・・

 生き残った方も
「どうして自分だけが生き残ったのか…」
大事な人を亡くした悲しさと無力感、
そして孤独の中で希望がもてない現状に苦しんでおられます。

 東北からは遠い関西の私たちはその現状をテレビの中の他人事として終わらせられないはずです。

「もし、自分がこの立場だったら…」

考えると胸が痛くなります。
だから「考えたくない」という思考になりやすいです。

しかし、このときだからこそ、災難、病気、事故、死等々の予期せぬ突然のハプニングが、

〈もしも自分に起こったらどうするのか?〉

を考えておくべきではないでしょうか。

 巷ではよく人生に上り坂と下り坂があるといわれます。
そして、誰しも〈まさかの坂〉を突然歩まされるといわれたりもします。
いつ私たちもまさかの坂を歩むことになるかわかりません。

まして死を迎える時に、

「あれもしたかった」
「本当はこうしたかった」

などと後悔の涙を流すよりも、

「人生楽しかった!」

と謳歌して終われる方が理想的です。

 年を重ねるにつれ、マンネリ化した生活に面白みがなくなってきます。
健康や人間関係など自分の思い通りにならなかったら不平不満や愚痴なども出てくるかもしれません。
しかし、
面白く楽しくするのは他でもない《自分》です。
与えられた状況環境の中で、どのようにして《おもしろがるか》を考えるのです。
何歳からでもやりたいこと新しいことにチャレンジして、悔いのない人生を歩みたいですね。

 それは自分勝手に振るまい、まわりの迷惑を顧みないというのではなく、
自分のしたことがまわりの為になり、
まわりから自分の存在を喜んでもらえることが自分の喜びとなるような
そんな生き方ができたら最高でしょう。

 だから未来を考えすぎず、今生かされていることに感謝する。
そして
与えられた状況環境を深刻にならずにおもしろがる。

おもしろがるから面白くなると心得て行動すると善いでしょう。

《人生は楽しむためにある》

南無阿弥陀仏 合掌

Last updated  2012.03.23 13:16:45
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2012.03.21

オススメの書!

中村 仁一さんという京都の老人ホームで働くお医者さんが書いた本です!

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幻冬舎新書から出版され、今本屋さんでも平積みで話題の本です。


この方のお名前は聞いていました。同じ京都におりますし、仏教会とも親しくされている方だと。

そして、市民グループ「自分の死を考える集い」を主催されている方。

はじめて本を読みました。


僕自身老人ホームで働いていたので、実体が分かるし、

今の医療は病院でも老人ホームでも、

「いかに生きてもらうか」

しか考えていません。

尊厳死や「いかに臨終を迎えてもらうか」は看護・介護する側にはほとんどありません。

「こんなんでいいのかなぁ?」

と思いながら介護することも多かったです。

食事、水分、排泄の管理がしっかり出来ているだけに、
(無理やりでも食べさせたり、浣腸したりして管理します)

どうしても、身体の体重が重くなったり、身体がぐにゃりと硬直・変形したり・・・

しかも長生き・・・

ただただベットで長生き・・・・


この本は

「大往生したけりゃ」

とありますが、

「往生」の話はでてきません。

一般的にいわれる「大往生」つまり、

「まわりに迷惑かけずに、比較的ぽっくりみんなも納得して死ぬ」

という意味だと思う。

宗教的な部分はほとんど無く、自然死のススメ。

これから患者になる我々が、医者を素直に全部信用してしまう前に

医療を受けないでも納得のいく死を迎えられるということを、

知っておくための必読の書だと思う。

そして、自分の時のため以上に

【家族】特に【親】を看取るときが来る。

その時にどう対処するのか、今から親子でこれを読んで、

「どこまでして欲しい」
「どこまでしてあげたい」
「どこまで医療を受けるのか」

を「その時」が来るまでに、笑顔で話せるときに話し合っておくべきである。

その時が来てからでは、深刻すぎて、話など出来なくなる。


それともう一つ。

この本でも少し触れているが、

家で医者にかからず死んで、いきなり、「死にました」と病院に電話すると

警察の【検死】が入り、嫌なことを「仕事ですから・・・」と聞かれます。

かかっている医者がいないと「死亡診断書」を書いてもらえないからです。

だから、思うに、まったく医者にかからずの自然死ではなく、

医者にかかり、血液検査はしてもらい、

薬はもらえど飲まず・・・

いざというときには死亡診断書を書いてもらえるくらいのお付き合いは必要かなと思います。


しかし、いずれにしても、

読んで考えておくべき書ですね。


最後に
この著者 中村仁一先生の講演会のお知らせです。


浄土宗総本山知恩院提携講座 【おてつぎ文化講座】

5月12日(土) 13:00~14:30

仏教大学四条センターにて

定員150名  無料

京都市下京区四条烏丸北東角 京都三井ビル4階

075-231-8004


Last updated  2012.03.21 18:39:30
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2012.03.02

『人生を決める3つの約束』 西田文郎著

『人生を決める3つの約束』 西田文郎著

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ツキのカリスマといわれている西田先生の本。


約束を守れば、思いが変わる。
思いが変われば行動が変わる。
行動が変われば習慣が変わる。
習慣が変われば人格が変わる。
人格が変われば人生が変わる。




約束を守るとは、「信念」を貫くこと  達成したい目標とその思いをしっかり持つこと

3つの約束とは
 ・自分との約束   = 信念
 ・師との約束    = 尊敬
 ・愛する人との約束 = 感謝


《自分との約束》のカギ
  「自分は何のために頑張っているのか」
  「なにを優先的にやらなければいけないのか」
  「自分にとって絶対に守らないといけない約束は何か」

 「自分との約束」というのは、
   「夢や目標を約束する」ことではなく、
      「夢や目標のために行動することを約束する」
                        ことなのです。


  「積極的自己犠牲」がないところに成功はありえない!


【西田塾 日本アホ会】 の アホの定義

   一、99%の人ができないと思うことを出来ると肯定的錯覚をもてる人
   一、一般にいう失敗をした際に成功に近づいたと思える人
   一、いつもワクワクしている人



自分の「心のルール」を書き出し、マイクレドとして、毎日声を出して読むと脳にインプットされていく



人間というのは、
   自分の潜在意識に問いかけた「自己暗示」と、
   まわりからどういうふうに見られているかの「他者暗示」によって成り立っている。




《返報性の法則》
  ロバート・チャルディーニが提唱
 「相手から何かを与えられると、こちらもなにかお返しをしたくなる」という人間の心理

   家族を大切にすれば、家族からも大切にされる。 しなければ、されない。
   お金を      、必ずお金に恵まれる。
   健康を      、必ず健康に恵まれる。
   仕事を      、必ず仕事に恵まれる。
 
   念仏を大切にすれば、必ず念仏に救われる。


最後に これらの約束を守っていると、

 天からも守られ、 天運 がつく! ということでした。
 

  これって、読み終わって思うことは、

  お念仏の瞑想の中でまさにしていること。

  アホ(愚か者)であり、阿弥陀仏にお任せして、
       この世は何があっても大丈夫!
           と自己暗示していれば良いのだと納得しました。

  良い師とめぐりあえて、認め、育ててもらえたら嬉しいだろうナァ

Last updated  2012.03.02 18:31:15
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2012.02.16

“今”を常に考えると不安は消える
[ 今月の標語 ]    

 @@@@@@@@
  "今"を
  常に考えると
  不安は
   消える
 @@@@@@@@

「このままで大丈夫かな…心配」

と、経済的にも明るくなく、どうしても不安なことがよぎってしまう今日この頃です。
仕事、お金、人間関係、食事、余暇等々に満足感、充実感が足りない社会生活において、
近い将来から老後のことまで考えると、
不安や心配というマイナスの感情が起こってくるのも無理もないかも知れません。

 しかし、そのままで良いはずはなく、何とかしたいはずです。
物質的経済的に豊かになれば少しは気持ちも前向きになるのですが、
その方面は政治や政策、経済に依らなければいけません。

そんな中でも、未来に対する不安を消すヒントが仏教にはあります。

それは、《心の向け所》によります。

 「このままでいいのか?」
というような不安が起こってくるのは、心が未来に対して占める割合が多いからです。

もし過去に向く割合が多いと、後悔ばかりで、これも前に進めません。

仏教が大事にするのは《今・ここ》だけです。

この今をおろそかにしては不安や恐れが生まれて当然なのです。
つまり、目の前の《今》を懸命に取り組むことに集中すればいいのです。

 時は今 所足もとそのことに
    打ち込む命 永久の み命

 ですから、あれこれ考えてばかりの暇があると《今》に集中できません。
今を考えるとは、身体も心も今に向けて行動するということです。

「なぜこんなことを…」と思うようなことであっても、
与えられたこと、するべきことを怠らずに取り組む。

常に今をどう充実させるかを考え対処していく。

すると、
その行動の報いは必ず形を変えてやってきます。

 もし、それでも不安がよぎるなら、
深刻にならずに

「大丈夫!大丈夫!」

と呪文のように口に出して自分に言い聞かせるのです。
やってみると効果があることを実感できます。

だから

〈人事を尽くして天命を待つ〉
〈果報は寝て待て〉   

              です。合掌


 〔自戒〕
            石川 洋
 つらいことが多いのは
 感謝をしらないからだ

 苦しいことが多いのは
 自分に甘えがあるからだ

 悲しいことが多いのは
 自分のことしかわからないからだ

 心配することが多いのは
 今を懸命に生きていないからだ

 行き詰まりが多いのは
 自分が裸になれないからだ


南無阿弥陀仏

Last updated  2012.02.16 06:20:04
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2012.02.07

相田みつをさんの詩

<つまずいたおかげで>?    
                           相田みつを?

つまずいたり ころんだり したおかげで
物事を深く考えるようになりました。
?あやまちや 失敗を繰り返したおかげで
少しずつだが
人のやることを暖かい目で見られるようになりました?。

何回も追いつめられたおかげで 
人間として自分の弱さとだらしなさを 
嫌というほど知りました。

??だまされたり 裏切られたりしたおかげで
馬鹿正直で親切な人間の暖かさも 知りました?。

そして・・・ 
身近な人の死に逢うたびに 
人の命のはかなさと? 
今ここに 生きている事の尊さを 
骨身にしみて味わいました?。

人のいのちの尊さを 骨身にしみて味わったおかげで
?人のいのちを ほんとうに大切にする 本物の人間に
裸で逢う事ができました。

??一人の ほんものの人間にめぐり逢えたおかげで 
それが縁となり
次々に 沢山のよい人たちに めぐり逢うことができました。
?
だから わたしのまわりにいる人たちは
みんなよい人ばかりなんです




お念仏を瞑想のようにしていると、

気づきやひらめきもいただけて 有り難いですが、

時には反省の中で、至らない愚かな自分に気づかされることもあります。

しかし、そうしている中で、人との出逢い、

《縁》えにし

によって、いま、まわりにいる人達が、

「みんなよい人ばかりなんです!」

といいたくなる環境になっていることに気づかされ、共感出来る詩でした。


Last updated  2012.02.07 18:34:09
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2012.01.24

ナムアミダ仏とは仏さまにゆだねて生きること
[ 今月の標語 ]    

 @@@@@@@@@
  ナムアミダ仏
       とは
  仏さまに
   ゆだねて
    生きること
 @@@@@@@@@


「なんか縁起悪い」
「抹香臭い…」

というのが「ナムアミダ仏」に対する一般的な印象だと思います。

お念仏をなかなかなじめない現代ですが実は、
八百年以上も昔から人々によって連綿と称え祈り続けられてきたすばらしい

《聖なる言葉》

なのです。

 「ナムアミダ仏」とは元々はインドで説かれた阿弥陀仏信仰に基づくものですが、
中国で音を漢字にあてて伝承されてきました。

その「南無」とは「頭を下げる」「お任せします」という意味。
何に頭を下げるのかといえば「阿弥陀仏」という仏さまに。
他にもお地蔵様なら「南無地蔵菩薩」、お大師様なら「南無大師遍照金剛」と。

 では「阿弥陀仏」とはどんな仏さまかといえば、
量ることのできない寿の存在であり、光の存在です。
そして今も西方極楽浄土という世界から私たちを導いてくださっています。
この世の命が終わればそれで終わりではなく、あの世(極楽世界)へ生まれ変わるのです。
そこは先に逝かれたご先祖さまや親しい方達がおられ、再会できる世界なのです。

 だから私たちは、人が亡くなるとお葬式をします。
亡き人がこの世とのケジメをつけると共に、残った人達も、故人とケジメをつける大事な儀式なのです。

そして、お仏壇でご先祖さまを拝みます。

しかしここで勘違いがあるのですが、

お仏壇は、単に〈お位牌を祀る所〉ではありません。
本義は《仏さまにお祈りをする場》なのです。
そこから、亡き人(位牌)も私たちも、お護りくださるという形になっています。

ですから、朝は仏さまに一日の無事を祈り、夕べには仏さまご先祖さまに感謝の想いを捧げるのです。

その祈りの現れがお香、お灯明、お花、お供物となり、手を合わせ、口からは「ナムアミダ仏」とこぼれ出るのです。

 「拝む」というのは「恩を噛みしめる」意味から「恩噛む」?「おがむ」となりました。
ですから日々の感謝の祈りの「ナムアミダ仏」なのです。

 そして、仏さまにあの世もこの世もお任せし、善きようにお導きくださると信じて、
眼の前の与えられたことを一所懸命に努めることが

《ゆだねる》

ということです。

すると、
不安な状況の中でも不安が薄らぎ、
感謝や喜びを見出せる生活にさせていただけるというご利益があるのです。

 ご一緒に、身も心もゆだねるナムアミダ仏の生活をいたしましょう。

合掌


Last updated  2012.01.24 18:34:33
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2012.01.23

弓道日記(13)

弓道日記 13

budo_04.jpg

なかなか言われたことと、体の使い方が連動してできていない。

考えるよりも、練習して、見てもらいながら、《感じる》感覚を大事にしたい。

繰り返しの練習の中で見つけてできるようになっていくしかない。

しかし、すぐに自分流のやりやすい勝手な方法になっているので、叱られる。



大三から弓手の左肩が上がっている。肩を上げない!

そして、肩胛骨を中へ入れるということを意識する。

そうしないと、腕で引いて、押してとなってダメ

肘から延ばし、肩を離れの時には広げる


手の内も固く握らない!!

柔らかく、フーーーっと息を抜く漢字を大事に。

固くなって、小手先で離れをしている。


一座、一本を大切に!!!

当てっこではなく、《道》のつく、精神修養の一つ。



Last updated  2012.01.24 04:45:32
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