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nezimaの日記 [全148件]
頭が水膨れしている。 これほどまでに忙しいと、頭をつかうことができなくなる。 何も書くことがない。 何も書けることがない。 夜中、ベッドから落ちる。 このままでいてはいけない、と思う。 進学を決める。 もっと力を、つけられるように。 自分が生きていることを、自らに示すことのできるように。
![]() 3月、トルコ旅行のついでに弟がカンペールへ寄ってくれた。 「ここって平らな国なんだな。TGVの中で、ツクヅクと思った」と言っていた。 そういえばパリのあるイル・ド・フランスからル・マンを通り、ブルターニュへ 抜ける列車の車窓に、山は見えない。 なだらかな丘くらいだ。 新幹線から見えるのは街、工業地帯、森、山。 新幹線に乗るのは、祖父の亡くなった時以来で、私はいつも高速バスや18切符を 使っていた。新幹線ってすごく速い。いつなのかわからないうちに九州に入る。
ウズベキスタンから帰って来たばかりの時、新宿へ行った。 7年前といったらすぐだけれれど、 たとえばアフガン戦争の始まる前だといったら、すごく遠いことのように感じる。 恋人と駅の東南口で待ち合わせて、 坂を下りたりのぼったりした。 私はサマルカンドの市場で買った、きらきら光る、紅色の衣装だった。 透ける紅色のワンピースで、その下には、橙色のずぼんを履いてた。 それはウエストが1メートル半もあるずぼんで、だから、落ちないように ひもを通す穴があいていた。 坂をのぼったり下りたりした。 横断歩道も渡った。 知らない人に挨拶された。ヴェールを被った人だった。 知らない言葉で、話しかけられた。 新宿には、そうしてみたら、長い布をまとった人が実はいっぱいいた。 知らなかったけど。 気づかなかったけど。
夜行高速バスに乗った。 運転手さんが良いよと言ったから、私はいちばん後ろにうつって、 5つ並びのうちの、2つ半の座席を使って横になった。 新宿で、楽器を握って、乗ってきた女の子がいた。 あれは確か、ぴあにかという名前だったと思う。 女の子は男の子と一緒で、ふたりで行くのかと思ったが、 男の子は髪にふれ、長い髪をなでて、出ていった。 iPodを聴いていた。 女の子は、マクドナルドのコーヒー無料券を眺めていた。 それから後ろへ来て、私の反対側から2つ半を使って眠った。 バスから見上げる、窓の向かい合う影絵も夜景。
![]() カンペールへ行ったのは、一年半前が、はじめてでした。 それどころか、フランスもヨーロッパも、旅のあてとしてさえ、 避けていたくらいです。だって物価、高いんだもの(笑) 語学も旅も、それまでアジアのことばかりしていたもので、 フランス語だって、BonjourとMerciしか、 知りませんでした。 でも幸いなことに、カンペールはとても素敵な町で、 大事な出会いもあったし、海にもたくさん行くことができて、 この一年半、私はとても・・・時々はさみしかったけれど、 意味のある時間を過ごせたと思っています。 ブログを読んで、書き込んでくださったみなさまにも、 支えていただいたこと、感謝しています。 本当に、ありがとうございました。 まだ実家に戻ってきたばかりですが、 来週から二ヶ月間、短期の仕事が入ったので、別府へ行きます。 そこでブログタイトル。 カンペール、という名前をつけっぱなしにするわけには いかないし、いきなり「別府湯煙日記」なんていうのもナンですよね。 それで、ブログをはじめた時の名前に、戻してみました。 「ろうそくの火を灯すと」 今後もどうぞよろしくお願いいたします。
![]() 坂道の民家の壁を、風がわたっていく。 飽和した光のなかで、水をへだてて、子供たちが呼びかわしている。 ダライ・ラマがハイリンヒ・ハラーの本に寄せたメッセージ。 「今はもう、お互いに歳をとってしまったけれども、幸福な国で いっしょに過ごした幸せに満ちた日々を私たちは憶えています」 公園で、父親が娘の声にあわせて数えはじめる。 ふたりは男の子が、遊具をまわしたりまわったりするのを見ている。 そのうち父親のほうが数え方がはやくなって、娘が後を追う。 息子たちが、叫びはじめる。 |一覧| |
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