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nikoniko☆sanndy☆の日記 [全186件]
すこし前になりますが、「宮沢賢治の青春」と「ふたりの銀河鉄道」という本を読みま した。 ふたつとも、賢治の高校時代に出会った、親友保坂嘉内がいかに賢治の人生や作品に深 い影響を与えていたか、という点に着目した本でした。 これまでも、賢治の童話を読むときの感じていた賢治の人生の禁欲的なところ、深い深 い孤独感、激しさ、に不思議なものを感じていました。 今回、本を読んで、その謎が解けたような気がしました。 保坂嘉内(カナイという名前は神主でもある保坂の父がニライカナイからとってつけた 名前だとの紹介もあって、あの時代にめずらしい)は、地主の息子として生まれ、農業 よりも神道にうちこむ父とは違い、農業を愛し、農村のこれからのことを考えているよ うな、早熟な子供だった。中学時代に、校長(あの北海道開拓のクラーク博士の教え子 )や、天文学に詳しい英語教師と親しくすごし、長野に住みながら、東京まで芝居見物 に出かける才気煥発、早熟で大人びた少年だった。 岩手農業高校の寮生活でふたりは出会う。賢治は嘉内より、1学年上で、学業優秀な特 待生だった。いつも穏やかな賢治は、嘉内の魅力、まぶしさにすぐにひかれて友達にな る。 今風にいえば、ソウルメイトと出会ったのだ。 魂のそこまで共感しあい、ふたりで出かけた夜の登山で人生の夢を語り、みなの幸せの ために生きよう、と誓うふたり。 けれど、危険思想の持ち主と学校側からマークされた嘉内は退学になり、賢治とは、手 紙のやりとりになっていく。 賢治は法華経の信者として、みなの幸せを祈り生きていくつもりだったが、嘉内は村人 の幸せのために村に文化交流の場をつくり、ともに汗を流していこうと思っていた。食 い違っていくふたり。 そして、決定的な別れ。「我が保坂嘉内、我を捨てるな」という、叫びが痛々しい。 あの賢治の童話の数々は、法華経の信者として書いた、といっているが、ただひとり、 保坂嘉内へむけて書いたのではないか、銀河鉄道のジョバンニが賢治でカムパネルラが 嘉内。そうとらえると、すんなり理解できる。 「カムパネルラ、ぼくたちずっといっしょにいこうねえ。」とジョバンニがよびかける が、ふいにカンパネルラはいなくなり、銀河鉄道にジョバンニはひとり取り残される。 賢治の生き方は嘉内と出会い深い喜びと別れの苦しみ、その後の孤独抜きにはなかった 。 よだかの星も銀河鉄道の夜も生まれなかった。 読み終えて、銀河鉄道の夜をまた読み返したくなりました。
今日は、昨年アートセラピーで知り合った友達のYちゃんが、訪ねてきてくれました(*^_^*) 二人ともインナーチャイルド状態で仲良くなったので、会うとほっと、安心して素直な自分になれるのです。 地震のあと、はじめて香取神宮に参拝にいきました。 神宮にむかう途中の道路もあちこちでひびわれ、陥没のあとがあり、急いで直されていました。 参道についてびっくり! 石灯篭がごろごろと参道の端に倒れて鳥居のところまで続いているのです・・・ このたびの震災で亡くなられたかたたちの姿に重なって胸がふさがれるような気持ちになりました。 地震を抑えているという、「要石」にあいさつをする。 それから、奥宮へ。 荒魂とかいてあった。Yちゃんは、伊勢神宮に何度もお参りに行ったことがあるので、香取神宮は伊勢の流をくんでいると教えてくれた。 奥宮の入り口は椿の花が散り敷いて、花のじゅうたんになっていた。そこを通ってお参りをする。 日本の国民を、この国土をお守りください、と祈る。 本殿にいくと、あらためて清浄な空気に落ち着く。 かわらず、ここに香取神宮が無事にあることのありがたさを思う。 お参りをして、感謝を奉げる。 本殿の裏をまわつて見晴台へ。 かつては、遠くまで見晴らせた場所だが、今は木々がのびて景色はみえない。 下にある椿の樹が、茂った姿がハート型にみえた。 椿は (そうよ。わかってくれた?わたしはここで咲いているの。ここからピンクの光りを放っているのよ) そのあと本殿の横にもどると、ドドーンと雷がとどろき、高い杉の木をみあげると、(おまえたち、ひとりひとりにかかっているのだぞ)といわれたような・・・ Yちゃんは広島の原爆で亡くなった女の子の過去生を持つ、といっていた。 「だから、わたしの役割はもう、二度とあやまちをくりかえさせないように働きかけることなの。」 わたしの役割はなんだろう・・・?いまは、まいにちを、感謝して過ごすだけ。 家について、ふたりでワークをする。 前回、ひとりでは光を入れられなかった茶色ににごった絵。 今日は祈りの光りをいれられるか・・・? にじみ絵ほぼ初体験のYちゃんにいきなり全色MIXという高いハードルでかきはじめた。 私もYちゃんも「赤」からはじめた。 Yちゃんは、指につけてたらして血のイメージから。 私は爆発、地震のエネルギー、流された血、原発の暴走のイメージ。それから「青」津波が押し寄せてぐるぐるになり、ところどころ燃える赤、深い紫、にごった灰色になる。 黄色の光りをいれるが、のみこまれて茶色になっていく。 まぜてまぜて、まぜる。 灰茶色のぐちゃぐちゃになる。 今の被災地や人々の不安のエネルギーを感じる。 それから、目を閉じて深呼吸。 香取神宮で通してもらった光を感じて、頭、胸、足から地球まで光が通り、胸の光りが呼吸のたびに少しづつ大きくなって、それがすべての存在へとつながっていくイメージをする。 とくに、傷ついている人、疲れている人、かなしみをこらえている人へ、大地へ、海へ、動植物、命すべてへ、原発へ、きけんをかえりみず作業されている方々へ、必要なところにまちがいなく届いているイメージをして、深呼吸をつづける。 そして、目をあけて、今描いた絵をみる。 ここに光を入れていく。 スポンジに水を含ませ、濁った色のまんなかをふきとって、白い光をいれた。 そこから、筆で光を四方八方にどんどん広げていく。 光の外に光の輪を描いた。 光はつながり、波紋のようにひろがっていく。 暗い色のなかで、白い光はきわだち、輝く。 Yちゃんは、まだ筆で色を濁らせることができなくて、きれいな色を楽しんで、紙をはりつけていた板を傾けて、津波の様子を想像した、とのこと。 まんなかに白い光、そのまわりに、霜のような感じに白がぬけて美しい。 Yちゃんが、「ふたりとも、光が16方向になってるね。天皇の菊花紋を香取神宮でみたから、おもしろい一致だね」と言った。 意識しないで描いたけど、そうだね、おもしろい。 ワークのあとは、お水をのんで、今日通販で届いたヒルデガルドのハーブテイーを飲んで、いろいろおしゃべり。 「もっと、絵をたくさん、描きためていけば?」といわれた。 今わたしにできること。 アートセラピーの学びはすぐにはできないけど、絵を描いていくことは、時間をつくれば、できること。 Yちゃん、話してすっきりしたよ。ありがとう。
さかのぼってかきます。 からだの中のどうしようもない、もやもやした不安感、不快感、おそれ、をにじみ絵で描いてみた。 まず赤!怒りの赤!この理不尽な災害に対する怒り、流された血、地震や原発の爆発のイメージを赤で全面に描いてみた。 それから、津波、深い悲しみ、不安、なげきを濃い青で感じて赤の上に重ねた。 それから黄色。 希望の黄色をのせたかったが、それはまわりの赤や青、まざった紫にのみこまれて、濁流のような茶色に変わっていく。 それから、何度も赤、青、をのせてはかきまぜていった。 怒りと悲しみ、死への恐怖、日本ですごす人達の抑えている感情がわたしにもある。 はじめは、全部の色をまぜておもいきり描いたら、光を入れようと思っていた。 でも、できない。 きれいに絵にまとめるなんてできない。 もっともっとこの感情を吐き出さないとそこまで行けない。 日本も苦しんでいる。 地球も苦しんでいる。 人間だけではない。 大地が、大気が、海が苦しんでいる。 わたしたちは深くつながっている。
毎日TVでは災害のニュースが流れ、地震、津波、原発事故といくつも重なり、ひとつでも大変なのに、3つも一気に起こったという、世界でもはじめてのことに、混乱、不安、悲しみ、怒り、がわいてくる。 でも、ほとんどの人が外にあらわさないで、耐えている。そのストレスはじわじわときていて、みぞおちのあたりが、重苦しい。 こんなときこそ、グランデイング 思いついたときはいつでも、深呼吸して息を吐き切り、光を吸い込み、細胞のひとつひとつがきらきらと輝き、今生きている自分を感じましょう。 わたしは、光、わたしは愛、わたしはすべてとつながっている。 わたしのなかに光がふえると、すべての存在にその光が届く。 自分のなかに太陽が輝くイメージをして、知り合いのひとりひとりが笑顔になるのをイメージします。 不安に引き込まれないように、自分のケアをしていきましょう。 そして、きょう、住んでいる田舎の駅で、すてきなプレゼントをもらいました。 毎年開催されている、地元のお祭りが地震の影響で中止となったのですが、駅の待合室に、去年のお祭りのスナップが大きくひきのばされて、何枚も貼ってありました。 楽しそうに笑う、みんなの顔、顔、顔。 お年寄りも若者も子供たちも、たのしそうに映っています。 ああ。そうだよね!こんなふうに楽しくすごせる日常にまたしていかなきゃね! 地元のかたが撮った満開の桜や、れんげ畑の写真もありました。 自然と調和して、ささやかでもみんなと繋がってよろこんで生きていく、そんな日本にしていきたいね。 言葉にして言わなくても、その写真からそんなメッセージが伝わってきて、泣きました。 ここで写真を貼った方は自分でできる「みんなをはげます」ことを実行されました。 募金をする人、情報をシェアする人、ブログでもたくさんの方がメッセージを発信されています。 今回の大きな災害のなかで、ほんとうに大切なもの、ほんとうにたいせつな事、がみえたのではないでしょうか・・・・ 無名の人々の温かい、ちいさな、あるいは大きな、思いやりの一端にふれるたびに、涙腺のゆるいわたしは感動して泣いてしまいます。 日本は、こんなにすばらしい人がこんなにたくさん住んでいる国なんだ。 だいじょうぶ。 きっと、立ち直れる。 それから、放射能の害や、これから起きるかもしれない更なる災害に不安になったら、わたしも、そうなのですが、自分や家族のことだけを考えると不安に引き込まれてしまいます。 今、生きている、生かされている自分にできることはなにかな?と考えると、あら?不思議。 なんだか力がわいてくる。 ささやかでも、なにかできることがみつかると、うれしくなる。 不安を増幅しない、というのも大切なできることのひとつ。
今日は夫も私も休みをとって、水戸でひとり暮らしをしている長男を迎えに行ってきました。 昨日原発のニュースをみて、少しでもはやく水戸を離れてほしいと連絡をしたのですが、電車は運休。道路も通行止めで、昨日は身動きとれませんでした。 きのう、遠出のため、ガソリン給油に仕事のあと、スタンドに何十分もならびましたが、あと少しで終了(@_@。 それが2件もつづき・・・今日の早朝、夫は5時からスタンドにならんで、8時40分に、やっと給油ができました!! 電車が動かない地域では、ガソリンがないと動けません(/_;)仕事もいけないです。 けっして買いだめなどしてませんが、なぜこんなにガソリンがないのか? 途中で食べ物も買えないかもしれないと、おにぎりを握って、息子を迎えに出発しました。 今日になって、通行止めが解除されたルートがあるので、なんとかたどりつけました。 途中の道路は一部陥没やひび割れがあちこちにあって、美影石やブロック塀が崩れていたり、瓦が落ちていたり、つぶれて屋根だけになっていた家もありました。 橋と道路のつなぎめは、急いで補修してあって、なんとか渡ることができました。 息子のアパートについて、様子をきくと、スーパーにいっても入るのに並び、入っても食べ物がほとんどなくて買えない、とのこと。 お米は家にあったから、ごはんにふりかけをかけて1日1食ですごしていたとのこと。 冷蔵庫はからっぽ。 迎えにこれてよかった~(/_;) 帰りも、途中のコンビニによったら、トイレは水が流せないのでつかえません、という張り紙が・・・ 食べ物がほとんどなかった・・・お店も閉まってるとこが多かった。 やっとホームタウンについて、スーパーに寄ったら、おお~!食べ物がちゃんと売ってる~! ひとりにつき卵は1パック、とか、水はおおきいボトル1個とか個数制限がされてて、これなら、買占めする人もへるし、みんなに行きわたるからいい考え。 今住んでいる場所も決して安全とは言えないけれど、家族がそろって一つ屋根の下でごはんが食べられて、そんなあたりまえのことが、ほんとうに幸せなんだ、ってあらためてかみしめました(*^_^*)
このたびの大地震、皆様、無事でしたか? 被害にあわれた方のご無事をお祈りいたします。 わたしのところは、本日5時すぎにようやく電気、水道が復旧しました! きのうは、停電、断水で、懐中電灯の電池まで切れてて、ろうそくの灯りですごしました。 でも、すぐに余震がくるので、つけたり、消したり忙しかったです(T_T) トイレはお風呂の残り湯で流し、食べ物もなんとかなったのですが、一番困ったのは電気がないと携帯の充電もできないし、TVもパソコンもみられない! ラジオもつかないし、情報が全く入らないことでした。 また、一人暮らしの息子の様子も気がかりで、電話もメールも通じないいらいら! 何時間もたった夜中の3時過ぎにやっとメールの返事がきて、ライフラインがとまって、バイト先で飲み物もらったが、食べ物はない。というもの。 夫も仕事先から帰ってこれずに、駅の避難所ですごしました。 次男は、学校から帰るときに地震にあい、地割れした道路を止まりながらも、バスが走ってくれてなんとか無事に帰宅(゜o゜) わたしも、たまたま仕事休みのため、家にいてラッキーでした。 仕事先だったら、帰ってこれずに高校生の息子ひとりで過ごさせるとこでした。 何度も何度も揺れて、いつ避難してもいいように、遅ればせながらも、避難用品をリュックに詰めて眠れない夜をすごしました。 やっと電気がついて、TV、パソコン、メール等みて、どんなにひどい地震なのかわかりました。 原発の放射能もれまで!! 明日は不本意ながらも仕事で外にでなければなりません。 せめてとろろ昆布を買ってたべてヨウ素を補給しなくては。
2月の水彩講座は「赤」 じつは、わたしは昔から赤が苦手(/_;) 最近になって洋服は赤も着るようになりましたが、赤の絵が、なかなか描けないのです。 どうしても薄めてピンクやオレンジにして、やっとほっとしたり・・・ ぬらし絵は、紙も絵の具も水をたっぷり含んで描くため、赤が生なましく、そう、血を連想してしまうので、ちょっと気持ちが悪くなってしまうのです(/_;) でも、今日こそチャレンジ!!と茜色のセーターを着て気合をいれて臨みました!参加してくれた方も赤を取り入れた装いでやる気満々です(*^_^*) 参加した生徒さんたちとまずは朱色から。 お♪ 思ったより大丈夫(^O^) 明るい濃いオレンジの色は、元気が出てきて楽しい♪♪ みんなも、楽しそうにノリノリ(^O^) さ~、テンションあがってきました!! 次は紅色! ああ~(/_;)やっぱりきつい・・・ でも薄めたら赤じゃない! 赤は赤として強く、堂々と存在したい。 赤の言い分はわかるのだけど・・・このままでは、私はムリ(T_T)気持ちわるい・・・ ということで、みなさんが描いているのに、わたしは戦線離脱・・・ なさけな~い(T_T) 今日の参加者2名の絵は、輝く朱色に紅のきりんが浮かんできた絵と、なぜか絵の中央に仏像のような形が浮かんでそのまわりを包み込む存在がみえる神々しい赤の絵という、すばらしいものでした!(^^)! できあがった赤をみるのは平気なのにな~。 手ごわい赤。いつかちゃんとかかわりたい。 |一覧| |
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