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カテゴリ:東北地方
最初は違和感のあったバー「レディ」の開放的で親し気なムードにすっかり居心地良くなってうっかり長居してしまいました。もう秋田での滞在時間も1時間と少ししか残されていません。川反から夜行バスの出発地である秋田駅の向こう側までは最低でも15分は見ておかねばなりません。慌ててすっかり夜の帳を落とした人気ない目抜き通りの南側をそれでも曲がり角ごとに折れては進みして駅方面に向います。
もう駅まではそう遠くない場所に辿り着くと一気に安堵に満たされてしまい、そうなると当然視線は次なる酒場を求めて活発になります。おっ、秋田にも立ち呑み店がありました。これは入ってみることにしましょう。「立ち呑み おひとりさま」です。まさに今のぼくの状況にうってつけです。勝手知らぬ町で独り切りという現状は、ぼくをもナルシストめいた気分にさせるようです。ところが店は至って秋田感を廃していて、肴のいぶりがっこ以外に秋田を感じさせる何物もありません。居酒屋というのは、郷土料理など地のものや地の酒こそあれ、日本中どこに行ったってさほど変わるわけではありません。その小さな差異を全神経を動員して知覚するところに各地の酒場をめぐる楽しみがあるのだと思います。ハナから差異を廃することで、標準化することを狙ったチェーンの居酒屋は、その楽しみを確実に奪ってしまっています。ともあれ訛りのまるでない店主はそれこそ都内にいたところでなんの違和感もありません。が、秋田を好きということが話しの端々から察せられます。秋田市が仙台市に次いで住みやすい町だとアンケート記事の掲載された新聞の切り抜きを見せてくれた彼の表情豊かとは言えず、冗舌とも正対するその口振りや熱を帯びた視線に、己が町への誇らしさを感じ取らずにはおられませんでした。 制限時間まで残り30分程になりました。目前の角を曲がるとすぐ前方はもう駅。夜行バスにこっそり酒を持ち込んで呑むことにしようか、とその角になんとなんと中華料理店を装った紛れもない酒場があったのでした。ほぼロの字に近いカウンターを備えたオンボロな酒場でした。まだ大丈夫、当然お邪魔します。カウンターは隙間なくびっしり塞がり、反対の入り口側が数席空いている程度です。フロアーを担当する女性に生ビールでいいですかと否も応もないといった口振りだったので、素直に応じることにします。今更の生ビールに口を付け、枯れた佇まいをひとしきり堪能、風景の中に客たちを加えて、ざわめきとともに眺めると、世代も幅広く男女も入り乱れています。会話に聞き入ってみると彼らは深浅の差こそあれ、互いに顔見知りのようです。さらに話題に聞き入るとどうやら秋田の夏祭り、竿燈祭りの仲間が開催を間近に迎えての景気付けの集まりのようなのです。秋田のこうした集まりは大広間が相応しいイメージがありますがぐるりと互いの顔を眺めながらの呑み会っていうのも悪くないなあと隅っこから眺めます。奥の厨房では主人が猛烈な勢いで肴を準備しています。やがて巨大な鍋が登場、だまっこ?ときりたんぽです。もう産まれてから嫌というくらいに食べてきたはずですが皆の表情は、パッと輝きます。ぼくも心惹かれますが、今更注文する時間もありません。そうこうする間にさらに客は増え、席を譲るうちにとうとう端っこに追いやられます。さらには同じグループの一員と、いまだ思っているらしき店の方には大皿に盛られた料理を回して欲しいなんて頼まれて、目の前を旨そうなのが通り過ぎていく状況の切なさといったら。向かいの30歳位のお兄さんたちのそばなら、奥の方の秋田美人の隣ならお裾分けしてもらえたかもなあなどと思ってみてももはやこれ以上とどまる暇はありません。お勘定するとご一緒じゃなかったんですか、今晩貸し切りだったんですけど、道理で酒以外の注文をとりに来る気配がないわけだ。なおさらこれ以上ここにいるのはおかしいと名残惜しくは有りますが席を立ったのでした。店の名は「龍の頭」と言い、後で調べるとなんと大正10年創業という驚愕すべき歴史のある酒場だったのでした。必ずやまた訪れることを心に誓うのでした。 以上で秋田の酒場巡りは終了です。トイレに寄る時間もなく、旅の終わりを名残惜しむ余裕もなしに夜行バスに飛び込むと、その後は眠るでも起きているわけでもない苦行を経て、なんだか懐かしい東京八重洲口に帰り着いたのでした。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2014/09/24 08:47:47 AM
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