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休憩場

休憩場

番外編:ロイ

番外編【勇者のその後:ロイ編】











ロイ達が「勇者」と謳われるようになってから、1ヵ月後。

空は晴天。雲1つ無い青空から眩しく、そして暑い夏の太陽の光が降り注ぎ、石造りの道を暖めていく。その猛暑と化した夏の空の下、主婦達が石造りの家のベランダで布団を叩いていた。

人間界・ノワール王国。

ノアザーグとの戦いが終わり、市場では再び人やビーストがごった返していた。

そこから轟く声が聞こえるか否かの少し離れた場所に、周りの石造りの家とは比べ物にならないほど綺麗な新築の家があった。ドーム状のその家はほかの家と比べて小さいものの、綺麗で立派な石を幾つも積み重ねてできていた。

その家に、大きなフードが付いたぼろぼろのローブを羽織った青年が、黒い大きなバイクに乗ってやってきた。ふらふらと重たい足取りで、青年は家の中に入る。

家の中には人一人が寝るには十分すぎるくらい大きいベッドと、山積みになった茶色く分厚い本しか存在しなかった。生活するのに必要最低限の物しかない質素な室内。青年は疲れたのか軽くため息をつき、羽織ったローブを脱ぎ捨てた。

その青年は、ロイだった。背中を伸ばして大きな欠伸をするロイは、目の前にあるベットに飛び込み、横になった。

(ったくよぉ。ビーストソルジャーの集まりとかいっといて、参加者8人しかいねぇんじゃやる気がおきねぇっての・・・。おまけにバイク乗っても2時間かかる遠い場所まで行かせやが――――)

その時、玄関の木製の扉をノックする音がロイの耳に入った。こんな真昼間にしかも気温30度は超えていそうな時に魔界にいるビーストを訪ねてくる奴なんているのかよ、とロイは思わず愚痴をこぼし、めんどくさそうにベットから降りた。

そして疲労の溜まった体をゆっくりと動かし、玄関の扉を開けた。

「ロイィ!!」

その瞬間、ロイは体にのしかかった重力で倒れた。

否、それは突然の来訪者がロイに抱きつき、ロイはそれを支えきれずに倒れたのだ。ロイはその来訪者の顔を見る。

すると、それは見慣れた人物の顔だった。

「ト、トーカ!!」

ロイに抱きついたのは、トーカだった。体を起こしたトーカはロイの顔を見るや、微笑ましい笑顔を見せた。

「おかえりなさい!集会どうだった?参加賞は?何か手に入れたの?お昼、ちゃんと食べた?」

「あ、あぁ・・・ただいま。集会は8人しか来てねぇし、参加賞も何も貰えないで、昼は適当に肉買って食ってきた」

「そう・・・よかった」

トーカは万遍の笑みを、ロイに見せた。ロイに抱きついたままだったトーカは立ち上がり、ロイも上体を起こす。部屋をまともに掃除してないのか、ロイの黒いTシャツには砂埃がついていた。それを手で払い、ロイも立ち上がる。

「それより、よくわかったな。俺が帰ってきたって」

「わかるよ。あのバイクの音は城の中まで聞こえるし、それにあのバイクに乗ってるのは、ノワールでロイだけだよ?」

トーカがそう言うと、軽い足取りでベットに近づき、そのベットの上に座った。柔らかなベットがトーカの体を支えている。ロイは玄関の扉を閉め、砂埃の被っていないベットの側の床に座った。

「こうしてロイと一緒にいるのも、久しぶりね」

「あぁ・・・そういえばそうだったな」

ロイは思いふけるように、そう呟いた。

ビーストソルジャーになってからのロイは、ノワールとアルヘルリオを結ぶ道・アースロードを中心に、ノワールの周りを毎日休まず巡回していた。肉食のモンスターを見つけてはそれらを倒し、王であるアクトからそれに見合う報酬を貰っていた。

だが、そういう生活が毎日続き、ロイとトーカはどちらかが会いに行かない限り、話すこともできない状況が続いていた。今のようにロイとトーカが一緒にいることも、普段ではめったに無いことである。

「・・・う~ん。家を建てる前に、一緒にお城で住みましょうって言ったのに」

「俺が城に住むなんて変だよ」

「変じゃないもん!ロイは私の・・・!」

その時、トーカは一瞬言葉を止めた。少し合間をあけて、再び口を開いた。

「ロイは・・・私の好きな人だもん・・・!」

頬を赤めながら、トーカは恥ずかしそうに言った。ロイも頬を赤め、その口を開く。

「俺も・・・トーカは好きだ。だけど俺は王族でもないし、人間でもない」

「種族なんて関係ないよ!兄さんも皆も、ロイのことを変に思ってないよ」

「それでも俺はここじゃ民間人。そんな俺がトーカと同じように城で暮らすなんて出来ねぇよ。それに今の生活で十分暮らしていけるし」

「でも・・・」

トーカが小さく呟くと、ロイの黒いTシャツの袖を、その細い指でそっと掴んだ。ベットから降り、ロイと向き合うように座るトーカ。袖を掴む手を離さないまま、トーカは話した。

「お仕事で最近会えないし・・・・寂しいよ。ロイは、寂しく・・・ない?」

「・・・寂しい。けど、ビーストソルジャーは俺の・・・」

「うん、わかってる。街の皆を守る、大事な仕事だよね。わかってるけど・・・でも・・・・・やっぱり、会いたくなるの」

トーカはうっすらと頬を赤めながら、下を向いた。黒いTシャツの袖から手を離し、自分の膝の上にその手を置く。

「夜寝てるときね、ロイの乗ってるバイクの音が聞こえると、いつも考えるの。今日はロイ、どんな事してきたんだろうって。私のこと、ちょっとでも考えてくれてるかなって・・・」

「・・・ちょっとなんかじゃねぇよ」

ロイがそう呟くと、トーカの小さい肩を優しく掴み、トーカの顔を見た。下を向いていたトーカもその視線に気づき、重たい頭を持ち上げる。ロイの紅い瞳が、トーカの瞳の奥底を覗き込むように見ている。

「ちょっとなんかじゃ収まんねぇぐらい、俺もトーカのこと、考えてる。今頃どうしてるのかなって・・・・・俺も、考えてる」

「ロイ・・・」

互いの瞳を見つめあう2人。小さな窓が1つしかない薄暗い室内が、2人の緊張を高め、鼓動を鳴り響かせる。そこには2人しかいない。玄関の扉を閉めているため、物音もしない。するのは、2人の心臓の音。

その空間の中で、2人は頬を赤く染めた。そしてロイとトーカはその手を取り合い、顔を近づける。そして互いの唇をゆっくりと近づけた。

が、その時だった。

「ロイ様。ロイ様は居られますか?」

扉を叩く音が、突如として響いた。その音に2人は肩を跳ね上げ、そして互いに背中を向ける。りんごのように顔を真っ赤にしたロイが、扉のほうを見た。

扉の繋ぎ目に出来た微かな隙間から、色あせた金属の鎧が2つ、そこから見えた。その鎧にロイは城の兵士達だと悟った。

「なんだよ。鍵なら開いてる」

「では、失礼します」

外にいたノワールの兵士2人が、ゆっくりと扉を開けて入ってきた。2人の兵士はロイの隣にいたトーカを見て、あっ!と短く大きな声を上げて驚いた。

「姫!ここに居られたのですか!」

「なんだ、トーカを探しに来たのかよ」

「はい。我らは姫を探すために街中を探索し、どこにも居られないものですからロイ様に心当たりがあるかどうかを聞きに来た所だったんです」

「姫、勝手に城を抜け出してはなりませぬ。王が怒られてますぞ」

「それにロイ様にご迷惑をおかけする事に」

「兄さんが怒るのは仕方ないけど、ロイに迷惑は掛けてないし、ロイは困んないもん!ね、ロイ」

「え?あ、まぁ別に困んないけど・・・」

「と、とにかく、城に戻りましょう、姫」

「う~ん・・・。わかったよぉ・・・」

頑固な兵士の態度にトーカは半分呆れた声で答え、立ち上がった。ロイも立ち上がり、外まで兵士とトーカを見送った。

「じゃあ、またね」

「あぁ、またな」

トーカは手を振りながら、2人の兵士と共にロイの家を後にした。その背中が見えなくなるまで見送ったロイは、そっと家の中へと入っていった。










夕方。

夕日が空を赤く染め、大地をオレンジ色に輝かせている。その夕焼けの空はゆっくりと沈み始め、夜の闇へ着実に近づいていた。

そんな夕日の光は、ロイの家にも差し込んでいた。小さな窓から差し込むその光は、劇場のステージにある小さなスポットライトのように、その部屋を赤く染めている。

そんな室内で、ロイはベットで眠りについていた。瞳を閉じ、全身の力を抜いて眠っているロイは大きな寝息を立てながら、その夕日に寝顔を照らされている。

肉食のモンスターは太陽が出ているうちに活動する昼行性と、太陽が沈み、闇に包まれた夜に活動する夜行性に例外なく分けられる。そのため早朝や夕方といった時間帯には、肉食モンスターは全くと言っていいほど活動しない。それを知っているロイは、夕方と早朝を寝る時間に費やしていた。

しかし起きた後は、アースロードなどを巡回する仕事が待っている。そういった生活の中で、夕方と早朝に寝るのは欠かせないのである。そんな中で熟睡しているロイは、いびきもかかず、寝返りもうたず、大きな寝息だけを立てていた。

その時、ロイは唇に違和感を感じた。何かが触れ合っているような、暖かな感触。その体験したことのあるような感触に、ロイは目を覚ました。

その目に映った光景に、ロイの紅い目は驚きで更に大きく見開いた。

眼前には、瞳を閉じているトーカの顔。そして唇には、トーカの唇が優しく触れている。つまり、キスしている。

ロイは家にいるはずの無いトーカがすぐ目の前にいることよりも、トーカがキスをしていることに驚いていた。その驚きのあまり、思わず体を勢いよく持ち上げた。その反動で、トーカの唇は掠れる様に離れた。

「あっ・・・!」

「ト、トーカ!?ど、どどどうしてここに・・・」

「ご、ごめんなさい!ノックしても返事が無くて、鍵もかかってなかったから、それで・・・勝手に入っちゃって・・・」

「そ、そうか・・・」

ロイは照れくさそうに、そう答えた。寝ている自分に何故キスをしたのか、ロイはそれをあえて聞かなかった。

しかし、普段なら城で王宮の勉強をさせられているトーカが何故家の中にいるのか、その疑問がロイの中に残っていた。こんな時に訪れたのも何かあったからなのだろうか、そうロイは思った。

そして、問いかけた。

「それで、何か起こったのか?こんな時にトーカがくるなんて」

「・・・ちょっと、聞きに来たの」

「聞きに?」

再び問いかけると、トーカは軽く頷いた。そして緊張した様子で、その口を開いた。

「ロイ・・・私と・・・・・結婚・・・・・してくれる?」

「えっ!?」

ロイは思わず大声を上げて驚いた。「結婚」。その単語に、ロイはかなり意表を突かれたからだ。

自分の瞳を見続けるトーカに、ロイは少々困惑していた。いきなり「結婚してくれる?」と尋ねられても、ロイはその答えを準備していなかった。少しして、ロイはその重たい口を開いた。

「まだ・・・わかんねぇよ・・・」

「え・・・?」

ロイの答えに、トーカの表情が固まった。綺麗な花がロイの言葉で一瞬に凍てついたかのように、その表情は瞬く間に沈んでいく。そうとも気づかず、ロイは話を続けた。

「トーカとはずっと・・・ずっと一緒にいたいけど・・・・・俺はまだ、この世界の生活とか、仕来りとか、いろいろわかんないんだ・・・。だから、その、結婚って言われても、どういうのかわか――――」

「どうして・・・」

トーカの表情が崩れ、透き通っていた瞳から涙が滲み出す。涙目になったトーカは、ロイに何かを訴えかけるように、大きな声で話した。

「どうして・・・・そんなこと言うの・・・?ロイだったら・・・ロイだったらすぐに・・・・すぐに頷いてくれると思ってたのに・・・」

トーカの抑えきれない感情が揺れ動き、その瞳から涙を零した。状況の掴めないロイは動揺し、同時に困惑していた。

「私はロイが好き・・・だから、結婚したいと思ってる・・・。でもどうしてロイは・・・・すぐに頷いてくれないの・・・?」

「俺も・・・俺もトーカが好きだ!だけど、だけどそんなすぐに言われても――――」

「もういい・・・・もういいよ・・・!ロイが・・・ロイがそんなビーストだったなんて思わなかったよ・・・!」

トーカは大粒の涙を流し、扉へと走る。慌ててロイがその背中を追うが、振り向いたトーカの、滝の様な涙に濡れたその顔に、ロイの体は固まってしまった。

そしてトーカが、一言言い放った。

「ロイなんか・・・・ロイなんか・・・・・大っ嫌い!!」

怒鳴りつけるように放たれたその言葉に、ロイの全身は何かに縛られたかのように、全く動かなくなった。トーカが家を飛び出していった後も、その硬直は続いた。

気づけば、トーカはすでに目の前に居らず、玄関の木製の扉も閉まっていた。しかしそんなことは、ロイにとって関係ないことだった。

大っ嫌い。

その言葉が、ロイの頭の中を駆け巡る。山彦のように響き渡るその言葉が、ロイの耳から離れることは無かった。

「トーカ・・・・」

ロイの口からは、それしか発しなかった。否、発せられなかった。










夜。

ロイは黒いバイク・ファットボーイに跨り、アースロードを疾走していた。夜のドライブでも、気晴らしのスピードダッシュでもない。ビーストソルジャーとしての、夜間の巡回。普段のロイなら、バイクで走っていても視界に入る全ての空間から、生き物の姿を察知できる。

が、今のロイには、その単純な動作すら、まともにできないでいた。夕方に言い放たれた最後の一言が、ロイの耳から離れてはいなかったのだ。

ロイはその後、自問自答を繰り返した。何でトーカは泣いてしまったんだろう、何でトーカは、あんなことを言ったんだろう、と。だが何度も問いかけても、答えが帰ってくることは無かった。自問して自答できない。それが続いていた。

(トーカ・・・。俺、あの時何やっちまったんだ・・・?)

ロイは心の中で、力無くそう呟く。しかしその答えも、全く思いつかなかった。

その時、ロイは前方に大きな毛玉の様な物体があることに気づいた。ブレーキを切り、バイクを止める。そして視線の先に見えるその物体を、目を凝らして凝視した。

しかしロイが毛玉だと思っていた物体は、3mはあろう異常なほど長い尻尾。そしてその尻尾の主は、猿。ロイとトーカが以前、アルヘルリオに行く途中でであった猿のモンスター・メリウスだった。

バイクのヘッドライトに気づいたメリウスは、その光に導かれるかのように、ロイに近づいてきた。異常に長い尻尾を左右に振らせ、ロイの足元に近づく。そして勢いよく跳躍し、ロイの肩の上に乗った。

「なんだ・・・お前だったのか」

肩に乗ったメリウスはキーッ、と答えるように鳴き声を上げた。最初に出会った時以外にも、ロイとメリウスはアースロードの巡回で何度も出会っていたため、ロイにとって驚くことでもなかった。

メリウスの長い尻尾がロイの視線に入ったとき、ロイはふと、トーカとアースロードを走ったあの時のことを思い出した。首に尻尾を巻きつけ、頭の毛を引っ張っていたメリウス。そしてその姿を見て笑っていたトーカ。あの時のメリウスと肩に乗っているメリウスは別物だが、同じモンスターに変わりは無い。

ロイは肩に乗ったメリウスを両手で持ち上げ、バイクの上に乗せた。そしてメリウスに相談するかのように、その小さな顔を見つめていた。

「なぁメリウス・・・。俺、トーカに『大っ嫌い』って、言われちまった・・・。俺はトーカのこと好きだけど・・・、あの時、俺何か悪いことしちゃったんかな?」

ロイはメリウスを相談相手にしているかのように呟いた。しかしメリウスからすれば、暗い表情で独り言を言っているようにしか見えていない。メリウスはその小さな顔を傾げ、指を銜えた。

「俺・・・どうしたらいいんだろう・・・。なぁメリウス・・・お前は、どう思う?」

サイコメトリーで動物やモンスターの言葉がわかるトーカならともかく、メリウスが困惑していることにすら気づかないロイにとって、その質問をするにはかなり無理があった。当然の如く、メリウスは言葉を話して答えるわけでもなく、傾げていた首を更に傾げ、指を銜え続けている。

その姿を見たとき、ロイは自分のしていたことにようやく気がついた。トーカやマティミックならいざ知らず、モンスターの言葉がわからない自分が何語りかけてんだ、そうロイは悟った。

その時、メリウスが両手を広げ、その手を何度も叩いた。キーキーッ!と鳴き声を上げながら、大きな拍手をするようにその手を叩いている。暗い表情をしたロイを励まそうとしているのだ。

そうとも知らず、ロイは突然手を叩き出したメリウスに困惑し、慌てた。

「お、おいおいどうしたんだよ?なんか俺が変なことしたか?悪いことしたなら謝るから――――」

その時、ロイはあれっ?と小さく呟き、今言った自分の言葉を、もう1度心の中で言いなおした。

――――悪いことしたなら、謝るから・・・。

その言葉に、ロイの頭の中にある思考回路が閃き、答えを導き出した。

「そうだ!トーカに謝りに行けばいいんだ!俺が何の悪いことしたかわからねぇけど、トーカとまた仲良くなれるように謝ればいいんだよ!」

ロイは喜びながらメリウスに言った。しかしメリウスは暗い表情だったロイがいきなり明るく元気になり、何が起こったかわからずにいた。

指を銜えて首を傾げるメリウスに、ロイが微笑みを見せながらその頭を撫でた。

「悪い悪い。お前には何がなんだかさっぱりだったな。ほら、早く群れに戻りな」

ロイはメリウスの体を持ち上げ、地面に下ろした。踏み固められたアースロードの大地に足をつけたメリウスは、颯爽と道の両端に広がる森林へと姿を消した。

森の中へ入っていったメリウスを確認すると、ロイはブレーキを切ったままアクセルを回し、そしてブレーキを離したときの反動でバイクの向きを変えた。ヘッドライトが照らす先は、ノワール。ロイは再びアクセルを回し、トーカのいるノワールへと向かった。


数分後、ノワールに聳え立つ城の城門の前に、ロイを乗せたファットボーイがけたたましい轟音と共にやってきた。バイクを降りたロイは身の丈以上もある巨大な石の城門の前に立ち、その扉を叩いた。

「開門ー!!ビーストソルジャーのロイだ、ここ開けてくれー!!」

ロイが大きな声で城門を開けるよう頼むが、城門の先から返事は無く、物音1つしない。いつもなら門番の返事がくるのだが、今は返事が全くしないのだ。

「おい門番誰かいねぇのかぁ!?いねぇなら勝手に開けちまうぞ!!」

ロイがそう叫ぶと、その巨大な城門に両掌をつけ、勢いよく城門を押した。ミシミシと耳に響く不調和音を放ちながら、その城門はゆっくりと開く。そして城門が開き、その先から城の壁が見えたその瞬間、ロイの体が固まった。

ロイの眉間に突きつけられる、日本刀の様な美しい刃。ロイの紅い瞳がその刃を辿っていくと、その宝剣を握っている人物がロイの目の前に立っていた。

「ア、アクト!!」

「む・・・?なんだ、ロイだったのか」

宝剣・ミジュームを突きつけた張本人・アクトが驚きも混ざり合った声で呟き、手にしたミジュームを金色の鞘へと収める。

「なんだ、じゃねぇだろ!門前でちゃんと名前言ったろうが!」

「悪いが、俺も今この場所に来た所でな。ロイの声が聞こえなかった」

アクトの即答に、ロイは思わず大きなため息をついた。

その時、ロイはアクトの背後にいる大勢の兵士達に目が行った。もう日が沈んだというのに稽古でもしに行くのか、そうロイは思った。が、兵士達のうち何人かがその表情に慌りを見せている。

様子のおかしい兵士達に、ロイは考えていたことが間違いであることに気づいた。ロイはアクトに問いかけた。

「どうしたんだ?なんか様子が変だな」

「あぁ。ちょっと厄介なことになってな」

「厄介なこと?」

「あのオテンバのトーカが、また城から抜け出したんだ」

「え?じゃあ城にトーカはいないのか!?」

「そういうことだ。俺はてっきり、貴様の家に向かったと思っていたが、どうやら違うようだな」

「でも、だとしたらどこに・・・」

「とにかく、今はトーカを探すことが先だ。お前も探すのを手伝ってくれ」

あぁ、とロイは頷きながら答えた。ロイはバイクに跨り、城を後にした。










――――もしかしたら家で待っているのかもしれない。

その確率の低い考えを抱いたロイは、自分の家にまっすぐ向かっていた。城から距離が近い自分の家に着くのに、バイクで数分もかからなかった。

家の前にバイクを止め、ロイは玄関の扉を開ける。月の光しか入らない暗い部屋を見回しても、トーカはいない。いるわけねぇか・・・、そうロイはため息と共に呟いた。

ロイががっくりと気を落とした表情で玄関を抜けようとしたとき、ふとその隣にある小さな棚に目が行った。そしてロイはあることに気づいた。

ロイは何かの緊急時のために、蝋燭や松明よりも早く光がつく懐中電灯を、魔界から手に入れていた。いつもその懐中電灯は棚の中央に置いてあるはず。その懐中電灯が、そこに何も無かったかの如く、その姿を消していた。

「懐中電灯・・・。ま、まさか!トーカ、一人でアースロードに!」

ロイの神経に潜伏する第6感が、トーカが「危険」な所に行っていると、脳に直接伝える。懐中電灯の使い方は前にトーカに教えたことがある。トーカが一旦家に来て、それで自分を探しに懐中電灯を手にアースロードに向かった、そうロイは考えた。

否、それしか考えられなかった。懐中電灯という魔界の代物を、盗人や空き巣が見てもただの鉄の塊にしか思えないだろう。懐中電灯の存在を知っているのは、ノワールでロイとトーカしかいないのだ。

そうと知ったロイは慌ててバイクに跨り、そしてアクセルが捻り切れそうになる程の力で、アクセルを回す。激しい振動と爆音を轟かせ、ファットボーイが全速力で発進した。

朝で繁盛したため、夜は誰もいない市場。そこを、猛烈な暴風の如き速さで、ロイのファットボーイが駆け抜ける。そして森林に両端を囲まれた道・アースロードへと向かった。


月の光がアースロードを照らす中、ロイは猛スピードでその道を駆け抜けていた。魔界の道路ならスピード違反になってしまうほどの速度。そのメーターは、ゆうに130キロを超えていた。

しかしそれでも、ロイは速度を緩めなかった。トーカのことだ、両端に広がる森の中にズカズカと進入したりはしないはず。こうしてバイクで走ってれば、必ずどこかで出会うに違いない、そうロイは思った。

しかし、アースロードに入ってから数分が過ぎても、トーカの姿は見当たらない。馬に乗っていった形跡も無く、徒歩で長い距離をいけるはずが無い。ロイはそう思っていたが、視界にトーカの姿は見当たらなかった。

(クソッ!トーカ、どこにいるんだ・・・!何か目印でも――――)

ロイが苛立ちを見せ始めた、その時だった。

ロイの前方から、明るい電気の光がロイに向かって射してきた。魔界にある街灯の様な、目に痛く明るい光。その光を見て、ロイはブレーキを切った。そしてその光の元を目を凝らして見る。

その光は、懐中電灯の光。しかし懐中電灯は地面に落ち、電源がONになったままの状態。ロイはバイクから降り、その懐中電灯を拾う。

「俺の懐中電灯・・・。この近くにいるんだな、トーカ・・・!」

しかしロイが思ったのは、それだけではない。地面に懐中電灯が落ちている、それはつまり、トーカに何かが起こったということ。ロイの第6感が再び脳へトーカの危機を知らせる。焦りに満ちたロイは辺りを見回した。

その時、アースロードの先から猛獣の雄叫びが響き渡った。ライオンにも虎にも例えられるその雄叫びに、ロイは肉食のモンスターがいることを感じた。もしかしたら、トーカが襲われているかもしれない。そして手遅れになっているかもしれない。そんな焦りと不安を押し殺し、ロイは獣化を始めた。

全身から月の光に輝く銀色の体毛が生え、大地に接触する足が、巨大な狼のものへと変形する。五指に生え揃う黒い爪が鋭く、そして長く伸び、口からは長い牙が伸びる。

獣化が完了し、ヴァンパイアとウェアウルフの特徴が混ざり合った混血獣人に変身したロイは、雄叫びが聞こえる道の先へと走った。

道の先にあったのは、アースロードからはみ出る程の大木。それがロイの視線を邪魔し、その先にいるだろう肉食モンスターの姿が見えずにいた。ロイはその大木の側まで走って近づく。

そして大木の隙間から、その先の光景が見て取れた。

そこにいたのは、トーカだった。しかしトーカは大地に倒れ、苦しい表情を見せている。そしてそのトーカの前方には、身の丈5m近くある巨大なゴリラの体に巨大なライオンの様な頭がついたモンスター・ギガードが、トーカに近づいていた。

――――このままじゃ、トーカが殺られる!

そう感じたロイは狼の足から繰り出される超跳躍で、その大木を飛び越える。そして空中に浮いたロイは、トーカに視線が行っているギガードに突っ込むかのように降下し、その顔面を長く伸びた黒い爪で引き裂いた。

ロイが地面に着地すると、ギガードは両手で顔を押さえて悲鳴を上げていた。ロイは背後に向かって軽く跳躍し、ギガードから距離を取る。そしてトーカの側に駆け寄る。

「ロ、ロイ・・・」

「大丈夫かトーカ?」

「う、うん・・・大丈夫」

「そうか・・・よかった」

ロイは倒れたトーカの全体を見る。外傷は少なく、出血も無い。よく見ると大木の辺りに白い杖が落ちていて、ヒーリングができない状況だったらしい。

そうロイが感じたその時、悲鳴を上げていたギガードが雄叫びを上げ、ロイを睨み始めた。怒号の如き雄叫びに怯むこと無く、ロイはトーカを守るかのように、前に立った。

「でけぇな・・・。だけど、俺のトーカには、指一本触れさせねぇ!」

ロイは地面を力強く蹴り、ものすごい勢いでギガードに突進する。瞬間移動しているかの如き素早い動きで、一瞬でギガードの懐へと近づく。その隙だらけの腹を、ロイの黒い爪が引き裂いた。続け様にギガードの左腕の真下へと回り込み、その腕を爪で抉るように引き裂き、切り落とす。

腕から噴水のように血を流すギガードは、痛みのあまり泣き叫んだ。そして渾身の一撃に、握り締めた右手の拳でロイに殴りかかる。

しかしその攻撃も、ロイの紅い瞳にはスローモーションで再生しているかのような、遅すぎる動きにしか見えていなかった。ロイはその拳を飛び越え、そしてギガードの目の前に着地すると同時に、隙だらけになった胸に、長く伸びた黒い爪の刻印を刻み込んだ。

胸の肉を抉るように引き裂かれた胸から、血飛沫が舞い上がる。ギガードは断末魔の叫びを上げ、背中からその巨体を倒した。

体中から血を流し、息絶えたギガードを確認すると、ロイは獣化を抑えて元の人間の姿に戻る。大木の側に落ちていた白い杖を拾い、それをトーカに手渡した。

「あ、ありがとう・・・」

杖を手にしたトーカは、先端の飾りから仄かな光を放たせ、その光で自分の体を照らした。トーカの十八番と言っても過言ではない「ヒーリング」で、全身の怪我を癒す。光が消えたときには、トーカの苦しそうな表情が消え、元気に上体を起こした。

服についた砂を払うトーカに、ロイは手を伸ばした。

「平気か?」

「うん、大丈夫」

トーカはロイの手を優しく掴み、立ち上がった。

互いに向き合う状態になった2人は、その透き通った瞳を見つめあう。そしてロイは意を決して、頭を下げた。

「トーカ、夕方の時は、ごめん・・・。俺、なんかトーカに悪いこと言っちゃったみたいで・・・」

「ううん、そんなことない。私こそ、ごめんね・・・。大っ嫌いなんて言っちゃって・・・。ホントは、ロイのこと・・・大好きだよ」

「トーカ・・・」

「だから・・・ノワール王国王位第一継承者として命じます」

トーカがそう言うと、その小さな両手で、ロイの黒いTシャツの胸の部分を掴んだ。トーカはロイに密着するかのようにその体に近づき、ロイの紅い瞳を見ながら、恥ずかしそうに言い放った。

「私と・・・結婚しなさい」

夕方に聞いたばかりの単語にも関わらず、ロイはかなり驚いた。王位第一継承者としての位のもと、自分と結婚しなさいと命じるトーカに、ロイはかなり慌てた。

が、しかし、ロイの気持ちは、もう固まっていた。ロイはトーカに微笑を見せ、トーカの小さな肩を、優しく掴んだ。

「・・・命じられなくても、俺はもう決めてるよ、トーカ。・・・ノワール専属ビーストソルジャー・ロイは、ノワールの姫・トーカと結婚します」

ロイは頬を赤くしながら、恥ずかしそうに言い切った。その言葉にトーカは歓喜の笑みを見せ、ロイの体に抱きつく。そのトーカを、ロイは優しく抱きしめた。

「好きだ・・・」

「私も大好き・・・」

思いを確かめ合うように、2人は呟く。互いの温もりを感じあい、2人は愛を誓い合った。

「何やってるんだよ、2人とも。恥ずかしくないのか?」

突如聞こえた声に、2人は肩を跳ね上げた。その声の主がいる方を見ると、そこには大木に寄りかかっているアクトと、慌てふためく大勢の兵士達がいた。アクトはニヤリとした表情を見せながら、2人に近づく。

「兄さん!いつからここに!?」

「ロイがトーカに杖を渡した頃からだ。様子がおかしかったから、気配を隠してたんだよ」

「ってことは・・・さっき話してたことも・・・」

「全部丸聞こえだ。まさか、トーカがロイに『結婚しなさい』と命令を出すとはな・・・」

「兄さん、私達を認めてくれる?」

「認めざるを得ないだろう。何せ『命令』なのだからな」

アクトの言葉に、ロイとトーカの心は喜びで埋め尽くされた。抑えきれない喜びに、2人は笑顔を見せる。

「だが、もしトーカを泣かせるような事をしたら、ただじゃ済まさん」

「わかってるさ。トーカを幸せにしていくよ」

「それでいい。それと、あのモンスターの報酬を渡すから、あとでトーカと城に来い」

アクトはギガードの屍に指を指し、そう言った。そしてアクトは慌てふためいていた兵士達と共に、その場から立ち去った。

アースロードに残っているのは、ロイとトーカだけ。その2人のところに、夏の夜に似合った心地よい微風が吹く。月の光に照らされた2人は、互いの手を取った。

「じゃあ、帰ろっか?」

「うん。帰ろう」

握り合った手に集まる暖かい温もりを感じながら、2人はアースロードを後にした。










数日後。ロイとトーカは正式に結婚した。

ノワールの民達は驚倒してしまいそうにもなったが、同時に人間とビーストという種族を越えた愛に、祝福をしてくれた。



そして結婚をしてから、更に数日後のことになる。



昼。

巡回を終えたロイは、何故かトーカと共に太陽の光が差し込む森の道なき道を進んでいた。否、ロイの場合、トーカに強引に引っ張られていた。手を握り合いながら歩くロイとトーカは、ただひたすらに前へ向かって歩いていた。

「なぁトーカ。どこに行くんだよ?こんな森進んでいって」

「もうすぐだよ。・・・ほら、見えてきた!」

トーカの足が次第に駆け足になり、ロイもそれに引っ張られ駆け足になる。そして森の隙間から微かに見える鮮やかな黄色い空間に向かって、2人は飛び出した。そしてロイはその光景に、思わず声を上げて驚く。

そこにあったのは、見渡す限り黄色い花が続く野原。微風が吹くとその黄色い花が踊りだし、綺麗な花びらを空中に舞い上がらせる。

トーカはその花畑に足を踏み入れ、黄色い花の絨毯に笑顔を見せた。

「こ、これは・・・」

「すごいでしょう。城の後ろに広がる森に迷い込んだとき、偶然ここを見つけたの。黄色い花が広がってて、とっても綺麗なの。だから、ロイに見てもらいたかったの」

笑顔でトーカが話す中、ロイはその光景に違和感を感じていた。

――――どこかで見たことある・・・。

そう感じたとき、ロイはその光景をみたときのことを、鮮明に思い出した。

それは、初めてトーカと出会った後、魔界で昼寝をしていたときに見た夢。無限に広がる黄色い花。優しく吹く微風。そしてトーカと自分しかいない、2人だけの空間。初めて会ったのがいつの頃だったか、それを思い出すだけでも懐かしいぐらい前に見た夢を、ロイは思い出したのだ。

「俺、夢で見たことがある・・・。この黄色い花の野原と、この状況を」

「え・・・?んもぉ、何言ってるのロイ。驚きのあまり変な記憶が映っちゃったんじゃないの?」

「へ、変な記憶なんかじゃねぇよ!ホントに夢で見たんだよ!」

「アハハ!ロイっておもしろ~い」

トーカは笑いながら、その野原を走り始めた。それを追うように、ロイも走る。この場面も夢で出てきた・・・、そう思いながらも、ロイは笑顔で走るトーカを楽しそうに追いかけた。

「待てよトーカぁ!」

「アハハ!こっちだよぉ!」

鬼ごっこをする小さな子供のように、2人は黄色い花畑を走り続ける。その2人の表情には、笑顔以外の何もなかった。

その時、トーカは足を躓かせ、黄色い花の絨毯に転げ込んだ。スピードを止められなかったロイも、ちょうどトーカの横に並ぶように転ぶ。この時、ロイは不思議に感じた。

――――全部、あの時の夢と同じ。

デジャブのように重なり合う目の前の事柄に、ロイは心の底から驚いていた。しかしそんなことも、トーカの万遍の笑みを見ているうちにすっかり忘れ去っていた。

「はぁ~、転んじゃった」

「全くよぉ・・・トーカが転ばなけりゃ、俺も転ばなかったのに」

「それは関係ないよ。ロイが転んだのはロイのせいだもん」

「いやでも、トーカが俺を転ばせるような魔法をつかったんじゃねぇのかぁ?」

「使ってないもん!」

「ハハ。冗談だよ」

ロイは微笑みながらそう言った。その楽しそうな笑みに、トーカの顔にも自然と笑みが浮かぶ。2人は黄色い花の絨毯に寝そべり、互いの顔を見ながら微笑んでいた。

そして2人の視線が互いの瞳に向くと、微笑みは消え、見つめ合った。そしてその顔を近づけ、2人は、キスを交わす。微風が吹き、黄色い花が踊る舞台の中で、2人は愛の印である口づけを、微風が止むまで続けていた。











2人はこれからも一緒に居続ける。それは、運命という名の夢が実現した、正夢なのだから・・・。










fin...

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