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休憩場

休憩場

第29話

第29話【地田露緒羅】











興志郎と明日香が特活室にいた頃のこと。

静かな空気が流れるそこは、廊下。学校なら何処にでもある歩き道であるが、体育館裏へと続く1階の廊下は日当たりが良くなく、2階や3階の廊下と比べるとどこか薄暗い。神校が襲撃してきたために人気の無くしたその廊下を、1人の少女がよそよそしく歩いていた。

その少女は、薫。体育館裏で隼人に告白した薫だったが、その想いは隼人に届くことなく終わり、隼人に言われた通りに主事室へと向かっていた。しかし、その表情は悲しみでどんよりと沈んでおり、よそよそしく歩くその体からは生気が感じ取れない。表情や体に現れる程、薫はショックを受けていたのだ。

「はや・・・と・・・くん・・・」

独り言のようにぼそりと薫は呟き、静かな廊下をゆっくりと歩き続ける。誰もいない廊下に自分の足音だけが響き、それを耳にしながら薫はただただ先に進み続けていた。やがてその廊下では唯一日当たりの良い階段の前まで辿り着いたが、踊り場の窓から射す明るい太陽の光を浴びても薫は全く反応することはなく、まだ先の長い廊下を歩き続ける。

その時、それは起きた。

「ごあぁっ!!」

廊下の先から聞こえた断末魔の叫び声と、雷鳴。その2つの音に薫は思わず足を止め音のした方へ顔を向けるが、発した場所は廊下の先にある曲がり角の影だったため、薫はそこで何が起きたか把握できなかった。しかし、その2つの音はどちらもただ事ではないことが起きていることを薫に察しさせる程に、薫の耳に大きく響いていた。

この先で何かが起きている、そんな不安が薫の内に芽生え始めた時、廊下の先の曲がり角からその姿は現れた。

鮮やかな茶色に染まった髪を靡かせる頭の右半分から太く長い角を3本生やし、右半分の皮膚を爬虫類のそれが覆い、太く長い尻尾がしなやかに動いている。肘から生えた長い刺と凄まじく長い右牙、そして酷く鋭い爬虫類の右目を持つその少年を目にした瞬間、薫は思わずその少年の名を口にした。

「い・・・するぎ・・・くん・・・」

微かに発した薫の声は、静寂の広がる廊下に静かに響いた。その小さな声を耳にした薫の視線の先にいる少年・十兵衛は体を薫の方へ向け、探していた人を見つけて両目を大きく見開いた。

「上御霊!!」

薫の姿を見て思わず声を上げた十兵衛はその場から駆け出し、視線の先にいる薫の所へと駆け寄る。日当たりの良くない廊下の唯一日当たりの良い場所に立つ薫の所へ近づく十兵衛に、薫はその暗い表情に疑問の意を映した。

「いするぎ・・・くん・・・どうして――――」

生気のない声で十兵衛に問いかけようとした薫だったが、それよりも早く十兵衛の体が薫の体を包み込んだ。近づいてきたと同時に十兵衛が薫の体を抱きしめたのだ。突如抱きしめてきた十兵衛に、薫の暗い表情だった顔が一気に驚きに満ち溢れる。

それを他所に、十兵衛は薫の体を力強く抱きしめた。大事なものを離さないかのように、力強く。

「良かった・・・無事だったんだな、上御霊・・・!」

「い、いいい・・・石動・・・君・・・」

十兵衛に抱きしめられる薫は十兵衛の二の腕部分のYシャツを引っ張りながら、少々苦しそうに声を上げる。力強く抱きしめているため、薫の体は呼吸がし難くなる程に圧迫されていたのだ。それに気づいた十兵衛は慌てて薫の体から自分の体を離し、同時に襲いかかって来た言いようのない恥ずかしさに頬を少し赤めさせる。

「わ、わわ悪い!い、いきなり変なことして・・・!」

「い、いえ・・・いいんです・・・。ただ・・・ちょっと苦しかっただけで・・・」

「ホ、ホントにその、悪ぃ・・・。でも・・・上御霊が無事で、良かったぜ」

「石動君・・・もしかして・・・私のために、ここまで・・・?」

「あったりめぇだろうが。隼人にコクりに行ったの知ってたからこの辺にいることが分かってたからな。けど・・・上御霊がここにいるっつうことは、隼人の奴・・・マジで上御霊を1人にしてったんだな・・・」

憤りを感じさせるような声で十兵衛は呟き、目の前にいる非力な薫をじっと見つめる。隼人は優しくて良い奴だが、安全を優先しすぎて守るべき者を守ってねぇ。そう思うほどに十兵衛の憤りは燻ぶり、隼人を見つけたら1発ぶん殴ってやろう、そんな気持ちまで芽生えていた。

そんな十兵衛が薫のことを見ていると、十兵衛はようやく薫の表情が酷く暗いことに気付いた。落ち込んでいる、そんな枠には収まりきらない程のどんよりと沈んだ悲しい表情に、十兵衛は疑問を抱く。

「どうした、上御霊?」

「・・・・・フラれたんです」

「え・・・?」

「私・・・隼人君に・・・・・フラれ・・・たんです・・・」

小さく、それでいて生気を感じさせない声で、薫はそう呟く。その言葉に十兵衛は自分の耳を疑ったが、薫の暗い表情や死んだ魚のような悲しい目を見て、それが本当の事だと十兵衛は認知した。

「そ、そうか・・・フラれちまったのか・・・」

「・・・・・」

「それはその、残念だったな・・・。けど、今はそんなことで落ち込んでる暇じゃねぇ。もう神校は学校のいろんな所にいんだ、油断してっと俺達殺されるかもしれねぇんだぞ」

「・・・・・」

十兵衛の言葉に、薫は無言のまま答えなかった。否、隼人に想いが届かなかったショックが根付き、悲しみで答えようにも答えられないのだ。完全に沈みきったそんな薫に、十兵衛は少し困った様子を見せる。

だが、その時だった。廊下の先、曲がり角の影から幾人もの足音が十兵衛と薫のいる廊下に響いた。4、5つはあろうこちらに近づいてくる駆け足の音に十兵衛は危険を感じ取り、その足音が自分を追ってきた般若軍のものだとすぐに察した。

「こっちだ!」

そう言うと、十兵衛は変形がされてない左手で薫の手を取り、薫の手を引きながらすぐ横にある階段を駆け上がった。踊り場の窓から射す太陽の光が2人の体を照らし、その太陽の光が照らす階段を2人はひたすらに駆け上がり続ける。

そんな状況下でも、薫の表情は悲しみで沈んだままだった。どうして自分のためにここまでしてくれるんだろうか、十兵衛に対するそんな疑問も薫の中にはあったが、それよりも隼人に想いが届かなかったショックの方が大きく、それが嫌でも顔に現れていた。十兵衛は薫の手を引きながら横目でそんな薫の表情を見て、軽くため息を吐く。しかし、それと同時に、自分で自分の行動に疑問を抱き始めた。

――――どうしてこんな事してんだ、俺・・・。いや、ホントはわかってる・・・。けど・・・・・けど・・・・・。

答えは分かっている。だがそれを本当にしたとして、薫に言ってしまってもいいのだろうか?そんな迷いが十兵衛の心の中に疼き始めたが、しかし、十兵衛はその迷いを振り払い、決心した。

そして、十兵衛は薫の手を引き階段を駆け上がりながら、こう言った。

「・・・隼人に嫌われたなら、俺がお前のこと好きになってやる」

「え・・・?」

それまで暗い表情を見せていた薫も、十兵衛の呟いた言葉に驚きを見せる。俺がお前を好きになってやる。確かにそう耳に響いた言葉に、薫は自分の耳を疑った。

だがその時、階段の先に見えた廊下から現れた般若軍の姿に薫は耳を疑う事を忘れ、代わりに般若軍に対する恐怖が体に襲いかかった。薫の前に現れた般若軍は手にしたマシンガンを構え引き金を引こうとしたが、しかし、それよりも速く十兵衛の右手から電気が発生し、十兵衛は右手を連続で突き出し目の前にいる般若軍に電気を放った。

一直線に突き進んだ電気はそこにいた般若軍全員に直撃し、般若軍は悲鳴を上げながら倒れて行く。般若軍が倒れた廊下に辿り着いた十兵衛は足を止めずにその廊下を駆け、薫の手を引いたまま廊下を突き進む。

その時、十兵衛は横目で薫の顔を見ると、視線を前に向け、唐突にその口を開いた。

「わかんねぇって顔してんな。はっきり言わねぇとわかんねぇなら、はっきり言ってやるよ」

そう呟いた時、2人の走る廊下の先から般若軍が姿を現す。それを見た十兵衛は右手から電気を発生させ、それを視線の先にいる般若軍達に向けて放つ。

「四木中一の不良児、石動十兵衛は」

視線の先にいる般若軍達が十兵衛の電撃によって悲鳴を上げ、次々と廊下に倒れて行く。しかし後方から響いてきた足音に十兵衛は足を止め、後方の階段から姿を現した般若軍に向けて更に電気を発射する。

「世界中にいる女の、誰よりも」

雷撃を受けた般若軍達が廊下に倒れ、その時発した悲鳴が廊下に響き渡る。それと同時に階段から遅れて姿を見せた1人の般若軍が十兵衛に向けて銃口を向けるが、その般若軍に向けて十兵衛は電気を放ち、般若軍は悲鳴を上げながら冷たい廊下に倒れていく。

そして、十兵衛は薫の顔を見て、最後にこう言いきった。

「・・・お前の事が、好きだ」

それは、十兵衛の薫に対する告白だった。その言葉を聞いた薫は頬を赤くしながら驚き、その顔に悲しみに沈んだ表情はもう存在しなかった。爬虫類の物と化した右目と本来の左目の真剣な眼差しで想いを告げた十兵衛だったが、右半分が爬虫類の鱗に覆われたその顔は次第に言いようのない恥ずかしさで満ち、十兵衛もまた頬を赤く染めていた。

心臓が激しく脈を打ち、緊張が止まらない。そんな2人の間に微妙な空気が流れ、2人はその口を開けない。それによって2人の間の時が少しばかり止まっていたが、その時計の針を薫が動かした。

「・・・ありがとう・・・石動君」

「え・・・?」

「良くわからないけど・・・私・・・石動君に『好き』って言われて・・・とっても嬉しいです」

「上御霊・・・」

「・・・私、決めました。もう隼人君のこと、未練がましく思わない。それと・・・『好き』って言ってくれた人の事を・・・好きになりたいです・・・」

薫の決意の込められた言葉を聞き十兵衛は驚き、そして、嬉しく思った。それに伴い十兵衛の頬は更に赤く染まり始め、照れを隠せないでいる十兵衛の顔を見て薫も頬を赤らめながら笑みを見せる。

「・・・ヘヘッ、なんか・・・恥ずかしいぜ。けど・・・」

もっと嬉しさを噛み締めたい。そう十兵衛は思ったが、今はそれどころではない。その意を表情に映した十兵衛は再び真剣な眼差しで薫を見つめ、同じく真剣な表情になった薫に口を開く。

「今はこの状況から抜け出さねぇといけねぇ。さっきみたいにごり押しで進むことにもなる。だから、お前も協力してくれ」

「・・・はい!」

「よっしゃ。んじゃ行くぜ!」

力強い声でそう言うと、十兵衛は薫の手を引きながら、視線の先に伸びる廊下を駆け進んだ。廊下に倒れた般若軍を越え2人は静かな廊下を進み続け、やがて中央階段の前まで辿り着いた。

中央階段は名前の通り、学校の中央に設けられた階段。この階段を下りれば下駄箱のある玄関の所まで着き、そこから校庭を抜けて学校の外に出れる。外に出れさえすれば、警察やルシフェル犯罪対策課はいくらだって呼べる。十兵衛の描いた作戦は正にそれだった。十兵衛は目の前にある中央階段を迷うことなく駆け下り、薫の手を引きながらその階段を下り続ける。

階段を降り、1階の下駄箱のある玄関に辿り着いた2人はその足を止め、乱れた呼吸を落ち着かせる。薫が辺りを見ると玄関近くの廊下には何人か般若軍が倒れており、痙攣を起こしたようにピクピクと体を震わせている様子からそれが十兵衛が倒してきたものだと感じた。それだけで、薫の表情は驚きに満ちる。

そんな驚きを無くさせるかの如く、十兵衛は薫に話しかけた。

「ここから校庭に出れば、あとは校門まで一直線だ」

「は、はい!」

「うしっ、さっさと出――――」

「何処に行くつもりだい?」

廊下の何処からか発した女性の声に、駆け出そうとした2人の足は硬直する。2人は声の発した方向へ顔を向けると、2人の視線の先に見える廊下に紫色の長髪を靡かせる、クールなレディーススーツに身を包んだ女が1人。それは神校のルシフェルにして「ソルジャー4」の名を持つ、地田露緒羅その人だった。

目の前に現れた露緒羅に驚きを隠せない2人。そんな2人の顔を見て露緒羅は不気味な笑みを見せ、ゆっくりと2人に近づく。

「て、てめぇ・・・紫ババア!」

「フン、相変わらず口の悪いガキだねぇ。教室ででかい口叩いた次は、女子と手ぇ繋いで仲良く逃亡って所かい?フフフ・・・」

「い、石動君・・・」

「ちっ・・・最悪なタイミングで出てきやがったな・・・。けど、逃げも兵法のうちって言う奴だぜ!」

そう言いだした瞬間、十兵衛は薫の手を引きながら全速力で玄関の方へと走り抜け、校庭へと飛び出す。太陽の光に照らされた校庭に出た十兵衛は足を止めることなく、薫の手を引きながら視線の先に見えた校門へ一気に走りだす。

だが、その後を露緒羅は当然追いかけていた。玄関から出た所で足を止めた露緒羅は不気味な笑みを見せ、ルシフェルの姿へと変身する。

露緒羅の額の肉が変形を始め、巨大な球体のようなものを作り出す。それはやがて綺麗な楕円形へと形を変え、その肉が白く変色する。更にその中央から大きな瞳のようなものが浮き上がり、露緒羅の変身が完了する。

変身して得た第三の目で十兵衛と薫の姿を捕えた露緒羅は、不気味な笑みをそのままに左腕を右側へ軽く振り払う。その瞬間、十兵衛と薫の左側に広がる校庭の土が凄まじい勢いで爆発し、吹き飛んだ土砂が2人の前に身の丈程の巨大な土の壁を作りだした。突如出現したそれに2人は思わず足を止めてしまい、苦渋の表情を見せる。

2人が背後を振り向くと、そこにはこちらに近づいてくる露緒羅の姿。目の前に出現した土の壁を前に逃げることも出来ず、十兵衛は苦渋の表情を見せながら露緒羅を睨んだ。

「くそ・・・あの紫ババア・・・!」

「あんた達を逃がすわけには行かないんだよ。特に石動十兵衛、あんたはねぇ」

「ヘッ、どこまで俺にゾッコンなんだよ、神校っつう変人どもの集まりはよぉ!」

「その口の悪さ、毎度呆れさせるねぇ。けど・・・いい加減虫酸が走って来たよ」

露緒羅がそう呟くと、右腕を軽く目の前に突き出し、軽く掌を開く。すると、十兵衛と薫の背後に広がる土の壁から土砂で模られた2本の長い腕が飛び出し、その腕が薫の両腕に絡みついた。そして薫の体を土の壁へと勢いよく引き込み、悲鳴を上げる薫は土の壁に拘束された。

両腕を土の腕に絡みつけられ、土の壁に捕われた薫は必死に抜け出そうとするが、両腕に絡まる土の腕の力は凄まじく、身動きがとれない。そんな薫に十兵衛は驚き、そして憤怒の表情を見せた。

「上御霊!・・・てめぇ、紫ババア!上御霊は関係ねぇだろ!さっさと放しやがれ!」

「フフフ、放せと言われて放す馬鹿が何処にいるんだい。その女子を放してほしかったら、『入学手続き』を済ませてもらうよ」

「入学手続き・・・・・あの白い粉を飲めってことか!?」

「そういうことだよ。リキッドホワイトを口にすれば、その女子はすぐ解放してやるよ、フフフ」

ギョロリとした額の巨大な目で十兵衛を凝視しながら、露緒羅は不気味にそう呟く。捕われた薫を助けるには、「入学手続き」を済ませるしかない。薫を捕えている土の腕を殴り潰すのも可能だが、露緒羅の事、そんなことをしたら薫を殺しかねない。選択肢は、もはや露緒羅の上げた1つしか残されていなかった。

しかし、その選択肢を十兵衛は打ち砕いた。

「・・・入学手続きしろだ?ヘッ、そんなことしたら、上御霊がホントに無事かどうかわかんなくなるじゃねぇか!」

「石動君・・・」

「てめぇみてぇな所に入学手続きするぐれぇなら、真っ向からてめぇに挑んでぶっ潰してやる!この俺の、全力全開の力でなぁ!」

力強い言葉と共に十兵衛は鋭い睨みを放ち、視線の先にいる露緒羅に闘気を叩き込む。薫を助けたい気持ちと目の前にいる敵を倒すという決意が、十兵衛の睨みを更に鋭くさせていた。その睨みを受け、露緒羅は不気味に微笑む。

「そうかい、あくまであたしに抵抗しようとするかい。敵わない敵が相手なのによくそんな事言えたもんだ。全く、最近のボウヤの思考は読み辛くて困るわね」

「ヘッ、確かに土手ん時は押されちまったけどよぉ・・・敵わねぇかどうかなんて、最後までやってみなきゃわかんねぇだろ?」

「フフフ、おかしなことを言うガキだ。いいだろう、相手になってやるよ。ただし・・・あたしじゃなく、こいつらがね!」

そう言うと露緒羅は校庭の方へ左腕を軽く伸ばし、伸ばした左腕を軽く振り上げる。瞬間、すぐ傍に広がる校庭の土が爆発し、吹き飛んだ土砂が降り落ちる爆発して出来た大きな穴から幾体もの土で出来たミイラが這い出てきた。土で出来た骨格に土で出来た肉が所々についているそのミイラ達は地面から這い出てくるやゆっくりと立ち上がり、洗脳された兵士の如く露緒羅の前に集結する。

ざっと数えて20体はいるだろうミイラ達を前に、十兵衛の驚くと同時に軽く舌打ちした。

「チッ・・・またこいつらかよ」

「フフフ、マッドミイラはあたしの忠実な下部なのは知ってるだろ?さぁお前達、あいつを死の寸前まで痛めつけな!」

露緒羅の声が響いた瞬間、露緒羅の目の前にいたマッドミイラ達はそれに呼応するかの如く、十兵衛目掛けて一斉に駆け出した。土で出来ているとは思えないほど機敏に動くマッドミイラに十兵衛は異様な圧力を感じていたが、数日前の河川敷での戦いでそれらを目の当たりにしていたため、十兵衛にとってそれらが恐れとなることはなかった。

あの時よりも数が増えただけで、あの時と何も変わってない。そう確信した十兵衛は広い校庭の方へと走り、戦うのに十分な空間を確保する。その十兵衛を追うようにマッドミイラも校庭の方へと走り、校庭で足を止めた十兵衛に襲い掛かる。

だが、十兵衛は爬虫類の鱗に覆われた拳を握り締め、迫り来たそれらを返り打つかの如くマッドミイラに拳を放った。超怪力を誇るその拳は十兵衛に1番接近していたマッドミイラの胸に直撃し、宙に吹き飛んだそれの土で出来た体は虚しく崩れ落ちる。続けて襲い掛かった2体のマッドミイラに対しても十兵衛は右手の超怪力の拳と右足の超怪力の蹴りを放ち、2体のマッドミイラの体を粉砕する。

太く長い尻尾で打ち砕き、超怪力を誇る右足で蹴り飛ばし、そして超怪力の右手で殴り潰す。十兵衛に襲いかかった20体ものマッドミイラはそんな十兵衛の攻撃を前に土で出来た体を崩れ落としていき、やがて十兵衛の目の前からマッドミイラは消滅した。

しかし、十兵衛はそれで終わらせなかった。最後のマッドミイラを倒した直後、十兵衛は犬走りにいる露緒羅目掛けて突進した。右手の拳に力を込め、紫色の長髪を靡かせる露緒羅に殴りかかろうとする。

だが、露緒羅は額に出来た巨大な目で接近してくる十兵衛を見ると同時に、左腕を軽く振り上げる。その瞬間、露緒羅に突進していた十兵衛の目の前に広がる校庭の地面が凄まじい勢いで爆発し、地面の爆発を目にした十兵衛はとっさ飛び込むような勢いで右側に転がり込みその爆発を回避する。その間に露緒羅は校庭へと足を踏み入れ、転がった十兵衛にゆっくりと歩み寄る。

「フッ、あれだけの数のマッドミイラを倒したのは大したものだけど、あたしの能力を忘れてもらっちゃ困るわね。マッドミイラを作り出すことだけが、あたしの能力じゃなくてよ」

「っ・・・うざってぇ能力だぜ・・・」

地面を操る露緒羅の能力に十兵衛は小さく愚痴を零し、ゆっくりと立ち上がる。Yシャツやズボンについた土を叩き落とすと、十兵衛は突如右手から電気を発生させ、右手を突き出して露緒羅目掛けて電気を発射した。突然過ぎる電撃に露緒羅は少々驚いていたが、変身し土と同質の体を得ている露緒羅にとってそれはただの電気に過ぎず、避けることなく足を止め、あえてそれを体に直撃させた。

本来なら感電して倒れている所だが、土と同質の体のため電気は体を通らず地面に伝導する。変身すればごく当たり前のことを受けて露緒羅は不気味に微笑み、そして疑問を抱いた。

「なんだい、あたしの能力を忘れてんのかい?今のあたしの体は『大地そのもの』。あんたの電気は効かないよ」

「んなもん知ってんだよバーカ。今のはイラついたからてめぇに撃ち込んだだけだっつーの」

「・・・ハーッハハハハ!ホンットに最近のボウヤは意味不明過ぎて笑えるよ。面白い、だったらあたしも少し楽しませてやるよ」

そう言うと、露緒羅は額の巨大な目を体育館の方へと向けた。十兵衛がその視線を追うと、露緒羅の視線の先にあったのは、ブルーシートが敷かれた走り幅跳び用の砂場だった。体育の授業と陸上部が使う以外全く人が手を付けない砂場を露緒羅が目にしていることに疑問を抱いたが、露緒羅のゲノムコード・サイクロプスの能力を思い出した瞬間、十兵衛はそれが危機だと感じた。

露緒羅は十兵衛の思考が読み取れたのか不気味な笑みを浮かべると、巨大な額の目で砂場を凝視ししながら右手を軽く振り上げる。すると、ブルーシートの敷かれた砂場の砂は凄まじい勢いと共に空中に噴き上がり、生き物の如く空中を浮遊した。宙を浮いた大量の砂を前に、露緒羅は振り上げた右手の掌をその大量の砂に向ける。

「なんだい、学校の砂場も結構上質な砂使ってるじゃないか。これだけいい砂があれば、十分だよ」

「な・・・に・・・?」

露緒羅の呟いた言葉に十兵衛が疑問の声を発した瞬間、宙に浮いた大量の砂は露緒羅の右手に導かれるように十兵衛と露緒羅の近くまで浮遊し、空中で砂達が集まり巨大な砂の塊へと変貌する。形を変え砂の塊となったそれを凝視し、露緒羅はそれに向けていた右掌をゆっくりと握りしめる。瞬間、砂の塊は突如変化を始めた。

歪な形をしていた砂の塊が蠢き始め、その形を徐々に人型へと変化させる。変化したそれはやがて人の腕、足を作り出し、続けて体、頭部を作り出していく。それを見て十兵衛はマッドミイラと同じようなものを作り出すものだと感じたが、それの変化はまだ終わりはしなかった。

人の腕を作り出したそれの右手から扇状の刃を持った槍が作り出され、形成された体から古代エジプトの装飾を思わせる不気味な飾りが作り出される。更に足は毛の無い狼の如し禍々しいものと化し、形成された頭部はその形を毛の無い狼の如し禍々しいものへと変形させ、鋭く尖った耳と牙、そして眼が完成していく。やがてそれの変化は終わり、砂の塊は新たな姿となって校庭に降り立った。

その姿は、古代エジプトの壁画に描かれた獣と人が合わさった魔物の兵士。砂で出来ているそれだったが、身に着けた不気味な飾りや手にした扇状の刃の槍、そして毛の無い狼の足と頭部がその再現度を高めていた。砂から出来た魔物の兵士に、十兵衛は驚愕する。

「な、なんだよコイツ・・・!」

「紹介するよ。あたしの作り出す下部の中で最強を誇る怪物『アヌビス』。こいつは普段は作らないけど、面白いからあんたと相手させてやるよ」

「アヌビス・・・ヘッ、マッドミイラといいこいつといい、土とか砂で変なもん作りすぎなんだよ紫ババア!」

「フフッ、よく言われるよ。けどそいつを甘く見ない方がいいわよ。アヌビスはマッドミイラなんかより遥かに桁外れの怪物なんだからねぇ。・・・・・行きな、アヌビス」

露緒羅が呟いたその言葉に呼応し、十兵衛の前に現れた砂の怪物・アヌビスは狼の如し雄叫びを上げながら手にした槍を華麗に振り回す。そして振り回した槍を素早く構え、アヌビスは視線の先にいる十兵衛目掛けて突進した。

アヌビスの毛の無い狼の足が凄まじい力で地面を蹴り、人の何倍もの速さで地面を駆け抜ける。そのとてつもない速さで迫って来たアヌビスに十兵衛は驚きながらも、右手の拳を握り締め戦う姿勢を見せる。露緒羅に近づけないなら先にこいつをぶっ倒す。それが十兵衛の考えだった。

拳を構えた十兵衛に突進していたアヌビスはものの数秒で十兵衛の目の前まで接近し、構えていた槍を力強く突き出す。扇状の刃をしたそれが十兵衛の胸を切り付けんと迫りかかったと同時に十兵衛は体をその場から半回転させてアヌビスの攻撃を避け、アヌビスの真横へと移動する。その十兵衛に追撃を掛けんとアヌビスは槍を勢いよく薙ぎ払い、十兵衛の体を柄で吹き飛ばそうとする。

だが、その槍を十兵衛は素早く身を屈めて避け、アヌビスの薙ぎ払った槍は十兵衛の頭上を通過する。そしてその時生じたアヌビスの一瞬の隙を突き、十兵衛はアヌビスの胸部を握り締めた右手の拳で殴り飛ばした。

超怪力を誇る十兵衛の右手から放たれた打撃はアヌビスの体を凄まじい勢いで吹き飛ばし、空中で砂で出来た体が砕け始める。その光景に十兵衛は余裕の笑みを浮かべたが、しかし、空中でアヌビスの見せた行為に十兵衛の笑みは瞬時に消えた。

砕けた砂の体が映像を巻き戻したかの如く再生を始め、砕けた体が瞬時に元に戻り始める。そして宙に吹き飛んだアヌビスは短い雄叫びを上げながら空中で体制を立て直し、足から校庭に着地する。その光景に、十兵衛の顔には驚き以外の何物もなかった。

「なっ・・・体が元通りに・・・!」

「フッ、言っただろう?アヌビスはマッドミイラなんかより遥かに桁違いの怪物だって。あたしの力が強く込められたそいつは自身の意思で動き、自身の意思で体の損傷を修復する怪物。創造主のあたしを倒さない限り、そいつを倒すことは不可能なのさ」

「自分の意思を持つ怪物だって・・・!?ちっ、要は紫ババアを倒すしかねぇってかよ・・・」

「フフフ、そう言うことだよ。だけど、アヌビスの攻撃を前に、あたしに攻め入る余裕があるかしらねぇ?」

露緒羅がそう呟いた瞬間、十兵衛から離れた所にいたアヌビスが雄叫びを上げながら十兵衛に突進した。人の何倍もの速さで疾走するアヌビスを前に十兵衛はアヌビスに握り締めた右拳を構え、接近するのを待つ。そして槍を高く構え扇状の刃を振り下ろそうとしたアヌビスの腹部を、十兵衛は超怪力の右拳で殴り飛ばした。アヌビスの体は凄まじい勢いで吹き飛び、足から着地したものの、その砂の体は十兵衛の殴打によって砕かれ、アヌビスの体はその場で膝を崩す。

アヌビスに生じたその隙を突き、十兵衛は距離を離した所にいる露緒羅の所へとすぐさま突進した。アヌビスは露緒羅の作り出した倒すことのできない砂の怪物。なら露緒羅自身が言ったように、創造主である露緒羅を先に倒すしかない。今の十兵衛の考えは正にそれだった。右手の拳を力強く握り締め、十兵衛は地面を強く蹴りながら露緒羅目掛けて駆け進んでいく。

だが、露緒羅はそんな十兵衛の考えを読んでいたかの如く、不気味な笑みを浮かべた。それと同時に露緒羅は軽く右手を振り上げ、瞬間、露緒羅の目の前から一直線上に広がる地面が連続して爆発した。一列に並んだ地雷が間髪入れずに爆発していくように露緒羅の一直線上の地面が爆発し、その爆発は一直線上を走っていた十兵衛に襲いかかろうとしていた。それを目にした十兵衛は慌てて飛び込むように横に転がり、その一直線上の爆発を避ける。

「ちっ・・・んにゃろぉ・・・!」

露緒羅の攻撃を避けた十兵衛が苦言を吐きながら立ち上がろうとしたその時、自分の背後から伸びた漆黒の影が、十兵衛の体を包み込んだ。影が伸びてきた方向に十兵衛が顔を向けると、そこには上空へ高く跳躍し、手にした槍で十兵衛の体を貫かんとするアヌビスの姿があった。

上空から迫りくるアヌビスを目の当たりにした十兵衛は慌ててその場から立ち上がり、間髪入れずにその場から横にステップして離れる。それと同時にアヌビスは十兵衛のいた場所に凄まじい勢いで落下し、校庭の地面に扇状の刃を突き刺した。刃が突き刺さった所から地面に罅が広がり、それを見た十兵衛は驚きを隠せない。

だが、それが十兵衛の隙となってしまった。アヌビスは地面に突き刺さった槍を素早く引き抜き、隙だらけの十兵衛に向けて槍を大きく斜めに振り下ろした。砂で出来た扇状の刃は十兵衛の肩から腹部にかけて大きく切り裂き、その大きな傷口から真紅の血が噴き出す。

「がぁ・・・!」

不意の攻撃を受けた十兵衛は口から苦い声を零し、傷口から流れ出る血で白いYシャツを赤く染まらせる。痛みの余り傷口に当てた左手によってYシャツは更に血で滲み、本来の皮膚を保つ左手もまた血で濡れる。出血はそれほど多くはなかったものの、その痛みは確かに十兵衛を苦しめていた。

その十兵衛に追い打ちをかけるかの如くアヌビスは地面に槍を突き刺し、手にした槍を支えに軽く跳び上がり、十兵衛の血に染まった胸部を毛の無い狼の如し足で蹴り飛ばした。槍を支えにして放たれたアヌビスの飛び蹴りによって十兵衛の体は凄まじい勢いで吹き飛び、その体は花壇の傍に生えた木に直撃する。十兵衛は苦痛の表情を浮かべながら地面に倒れ、苦い声を上げた。

「ぐぁっ・・・はぁ・・・」

「フフフ、もう終わりかい?そんなんじゃあたしを倒すなんて100年早いわねぇ」

「石動君!」

十兵衛の名を呼ぶ、力強い少女の声。その声に露緒羅と地面に倒れた十兵衛が顔を向けると、その声の主は土の壁に拘束された薫だった。両腕を土の腕によって捕われた薫は出せる限りの力を出し、更に声を張り上げる。

「石動君、負けないでください!最後まで、諦めないでください!」

「上・・・御霊・・・」

「フン、うるさいガキだねぇ。人質の分際ででかい声出してんじゃないよ」

そう呟くと、露緒羅は薫の方へと左腕を軽く伸ばし、その掌を回すように軽く握り締める。すると、薫を拘束する土の壁から土で出来た1本の腕が飛び出し、その土の腕が声を上げる薫の口を塞いだ。薫は首を激しく動かしそれに抗うが、がっちりと顎を掴む土の手は離れず、頭を押し付ける腕の力は薫の力ではとても退けることは出来なかった。

「か・・・上御霊・・・!」

「ガキは大人しく、大人のすることを見てればいいんだよ。さて、ボウヤが倒れてるのはいいけど、起きあがると困るから一応失神させておくかねぇ。アヌビス、やりな」

露緒羅の言葉に答えるように、アヌビスは狼の如し雄叫びを上げる。そしてアヌビスは毛の無い狼の足で歩み始め、十兵衛にゆっくりと近づいていく。

その中で、十兵衛は倒れたまま土の壁に捕われた薫を見ていた。両腕を捕われ、口を塞がれてもがき苦しむ薫。そんな苦しそうな薫の姿を見て、十兵衛は露緒羅に対する怒りが込み上げてきていた。

(許さねぇ・・・何も関係ねぇ薫を・・・あんなに・・・苦しめやがって!!)

十兵衛の内に宿った怒りはやがて全身の痛みを和らげ、体に力を漲らせていた。今ならまだ戦える、そう自分でも思える程に、十兵衛の体には力が入ってきていた。そうとも知らず、アヌビスは十兵衛のすぐ目の前までその距離を縮めて行く。

「・・・らぁぁ!!」

力強い声と共に十兵衛は勢いよく立ちあがり、目の前まで来ていたアヌビスの体を右手の拳で殴り飛ばした。アヌビスの体は上空に吹き飛び砕け散ったものの、その砂の体は瞬時に元通りに再生し、アヌビスは足から地面に着地する。

その間に十兵衛の視線は露緒羅に向けられ、凄まじく鋭い爬虫類の右目と本来の左目で露緒羅を睨んでいた。

「許さねぇぞ・・・紫ババア。上御霊は関係ねぇんだ・・・手ぇ出したてめぇを・・・俺は・・・・・ゼッテェぶっ倒す!」

「フン、そのしつこさは正にゴキブリ並だねぇ。この『サイクロプス』のゲノムコードを持つあたしを相手に、勝てるとでも思ってるのかい?」

余裕の表情を浮かべながら露緒羅はそう呟き、巨大な額の目で十兵衛を凝視する。その第3の目の視線に十兵衛は更に鋭い視線で睨み返し、その睨みを通じて露緒羅に闘気を叩き込む。そうしている内に、十兵衛は初めて露緒羅と戦った時の事を思い出した。

夜の河川敷、月の光が辺りを照らしていたそこで正体を明かし、「サイクロプス」のゲノムコードを持つルシフェルの姿になった露緒羅。妖しく輝く紫色の長髪を靡かせながら露緒羅は不気味な笑みを浮かべ、十兵衛に襲いかかった。

――――待て・・・あの時、紫ババア・・・なんて言ってた・・・?

ふと浮かんだ疑問。十兵衛と露緒羅が初めて戦った時に耳にした露緒羅の言葉がどんなものだったかを思い出すべく、十兵衛は記憶を探っていく。自らの正体が神校のルシフェルであること、自分を入学させるために現れたこと、そして、自らのゲノムコードのこと。その全てを思い出した時、十兵衛は見つけてしまった。「サイクロプス」のゲノムコードを持つ露緒羅の、唯一無二の弱点を。

「アヌビス、あいつを行動不能にするまで痛めつけな!」

露緒羅の言葉を聞き、距離を離した所にいたアヌビスが雄叫びを上げる。そして地面を力強く蹴り、十兵衛に向かって突進した。とてつもない勢いで十兵衛に迫ったアヌビスは手にした槍を頭上で回転させ、遠心力を乗せた扇状の刃を力強く振り下ろす。

しかし、十兵衛はその刃を横にステップして避け、同時に体を回転させて尻から生えた太く長い爬虫類の尻尾でアヌビスを吹き飛ばした。アヌビスの体は地面を滑るように大きく吹き飛び、足から着地したもののその勢いは止まらず体は吹き飛び続けていた。

倒すことのできないアヌビスを吹き飛ばした直後、十兵衛は吹き飛んだ自分と直撃した木を右手で掴み、その右手に力を入れる。突然の十兵衛の行動に露緒羅は疑問を抱き、その間にも十兵衛の右手は力強く気を掴み続ける。

「う・・・ぉ・・・らああああぁぁぁぁぁ!!!」

十兵衛が喉の奥から怒号の如し唸り声を上げた瞬間、右手で掴んだ木の根元から鈍い音が発し、その直後、十兵衛は掴んだ木を右手で力強く持ち上げ土から引き抜いた。自分の身の丈の何倍もの大きさの木を持ち上げた十兵衛に露緒羅は驚きを見せたが、やがてそれは呆れへと変化した。

それを他所に、十兵衛は手にした大きな木を露緒羅目掛けて投げつけた。人の身の丈の何倍もある故にその重量は並外れたものであり、宙を舞うそれは重たく空気を切り裂いていく。しかし、露緒羅からすればそれはただのボールに等しく、こちらに飛来してくるそれが脅威になることは全くなかった。そんな露緒羅は余裕の笑みを見せながら、軽く右腕を振り上げる。

瞬間、目の前に広がる校庭の地面が凄まじい勢いで爆発し、その爆発で吹き飛んだ地面が飛来してきた木を大空に吹き飛ばした。巨大な木は辺りに粉塵が舞い上がる露緒羅の頭上高くを舞い、虚しく校庭に落下していく。所詮この程度の攻撃しかできないか、十兵衛の低脳な発想の攻撃にそう露緒羅はそう思っていた。

だが、その時だった。

「らぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!」

突如発した怒号の如し声。地面を爆発させたことで起きた粉塵によって辺りが濁って見えるその視界の中から発した声に露緒羅が気付くと、その視線のすぐ目の前にとてつもない勢いで突進してくる十兵衛の姿があった。その瞬間、露緒羅は先程投げつけた木が自分に隙を作るためのものだとすぐに気付いた。

「このっ・・・!」

露緒羅は十兵衛を離させるため、すかさず腕を振り上げようとする。しかしその時には既に十兵衛は露緒羅と目の鼻の先にまで迫っており、地面を爆発させても十兵衛の接近を止めることは出来なかった。十兵衛の背後からアヌビスが攻撃を仕掛けようと迫っていくが、それですら間に合わない。

そして、露緒羅に接近した十兵衛は右手で露緒羅の細い首を掴み、その首を力強く持ち上げた。露緒羅の体は地面から離れ、呼吸が困難になった露緒羅はその表情を歪める。

瞬間、十兵衛の背後にいたアヌビスが何の前触れもなく爆発し、元の砂となって校庭に散らり始めた。それだけではない、薫を拘束していた土の腕、土の壁すらも突如崩れ始め、体が自由になった薫の背後には大量の土が蔓延していた。突然の事に、薫は何が起きたかわからず混乱している。

その中で、十兵衛は露緒羅の首を放さず力強く持ち上げ続けていた。呼吸が出来ない苦しさのためか露緒羅は十兵衛の両手で右手首を掴み、足掻くようにその手首を締め付ける。

「・・・ヘッ、やっぱりな」

「ぐ・・・くっ・・・!ど、どうして・・・この・・・あたしの・・・弱点が・・・!」

「テメェが土手で言ってた言葉・・・。あの時・・・テメェは自分で弱点を言ってたんだよ・・・無意識にな」

「なっ・・・馬鹿な・・・・・・はっ!」

十兵衛の言葉を聞いた時、露緒羅は酸素が回らない頭の中で思いだした。河川敷で初めて十兵衛と戦った時に口にした言葉を。

――――そう、あたしの能力はこの広大な『大地』を操ること。この足が地面についている限り、目に見える全ての土、砂を操ることが出来る。

「地面に足がついてる限り操れる・・・それはつまり、地面から足が離れたら地面を操ることが出来ねぇってことだろ・・・?」

「ぐっ・・・このガキ・・・そんな事まで・・・覚えていたなんて・・・!」

「あぁ、覚えてたとも・・・俺は暗記に自信があるんでな・・・」

「フッ・・・ハハ・・・その口の悪さといい・・・頭の速さといい・・・流石神校が欲する・・・だけ・・・あるわ・・・。けど・・・それでも神校は・・・あんた如きガキ相手じゃ・・・絶対砕けないわよ・・・フッフフ・・・ハハハハハハッ・・・」

露緒羅は苦しそうにそう呟き、出せる限りの力を込めて笑い出す。それを消し去るかの如く十兵衛は右手から電気を放ち、露緒羅の体に電気が感電した。笑っていた露緒羅の口からは醜い断末魔の叫び声が上がり、露緒羅は電気のショックで失神する。

そして、十兵衛がその手を離すと、露緒羅の体は重たく地面に倒れた。

校庭に倒れた露緒羅の本来の目は失神した際に閉じられていたが、変身して得た額の第3の目は失神してもなお開眼を保っており、屍の眼のようにそれは濁った眼光を放っていた。その巨大な目を見ながら、十兵衛は口を開く。

「砕いてやるさ・・・。人の事考えねぇで暴れまわってる・・・テメェら神校なんてな・・・」

それは決意にも似た言葉だった。悪の限りを尽くす神校を倒す。ただそれだけの言葉だったが、十兵衛が決意を固めるには十分過ぎる程重たく、大きな言葉だった。その言葉と決意を胸に秘め、十兵衛は倒れた露緒羅を見続ける。

「石動君!」

ふと発した少女の声が十兵衛の耳に響き、露緒羅を見ていた十兵衛の顔は声が発した方へと向く。その十兵衛の目が映したのは、少々息を荒くさせながら駆け寄ってくる薫の姿だった。十兵衛のすぐ傍まで来た薫は十兵衛の体の胸の傷を見て心配そうに声をかける。

「石動君、だ、大丈夫ですか!?き、傷が・・・!」

「ん・・・あぁ、これならもう平気。血は止まってっから」

「そうですか・・・・・良かった・・・・・」

「それより・・・上御霊は怪我とかは?」

「私も平気です。腕を縛られた時は少し痛かったですけど、今はもう痛くないです」

「そうか・・・ヘッ、ならいいや」

十兵衛は安堵の表情を浮かべながら、そう答える。その顔を見て薫も安堵の表情を浮かべた時、ふと薫の視線はすぐ傍に倒れている露緒羅に向いた。

「石動君・・・この人・・・」

「いや・・・死んでねぇよ。ただ失神してるだけだ」

「そ、そうですか・・・。どうしてかわからないですけど、死んでたらどうしようって、思いました」

「そう思うのが普通だろうなぁ。まぁその相手に俺は殺されかけたんだけど・・・。けど、どんなに強いルシフェルだろうと、結局自分の力に溺れて負けちまうのさ」

「石動君・・・」

「・・・さて、紫ババアも倒せたし、さっさと校門から外に出ちまおうぜ」

「は、はい!」

十兵衛の言葉に薫は元気よく答え、十兵衛の左手を両手で握り取る。まるで怪我した十兵衛の傷を癒そうとするかのような両手の温もりに十兵衛の頬は自然と仄かに染まり、十兵衛も薫の中で疼く恐怖を取り除くかのように優しく握り返す。

互いに手の温もりを確かめ合い、校門を抜けるためにその足を動かそうとした、その時だった。

背後の上空から発した、凄まじい力で空気を切り裂くプロペラ音。耳に重たく響くその音に2人が気づき背後を見上げると、その視線の先には紺色の1機のヘリコプターが屋上に降下しようとしていた。良く見ると、ヘリコプターの機体には「警視庁」と書かれた白い文字と、警察を意味する勲章のマークがペイントされていた。

「あれ・・・警察のヘリか!?」

「そうみたいですね・・・。誰かが警察を呼んでくれたんでしょうか?」

「それもあるかも知れねぇけど、来るなら普通パトカーだろ?あれは絶対なんかあるな・・・」

「でも、それが何なのかはわかりませんよね?」

「あぁ・・・。よし、俺達も屋上に行ってみよう。そうすりゃ何かわかるかもしれねぇ」

「は、はい!」

十兵衛の言葉に薫はそう答え、十兵衛は薫の手を引きながら校舎へと駆け始めた。それと同時に、学校の屋上に飛来したヘリコプターは、ゆっくりと屋上に着陸していった。










To be continued...

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あとがきコーナー




管:はいやって来ましたよ、毎度ながらのあとがきコーナー!ここまでのご拝読、真に真に真に真に(ぉm ありがとうございますm(_ _)m

露:これからもGENOMEとあたしの応援をよろしく頼むわよ?フフフ。

管:おっとぉ・・・(☆w☆;)今話で倒されてしまった露緒羅じゃないか。

露:フン、あれは管理人の設定ミスであってあたしの失敗じゃないわ。

管:ちょwwwwwww!?なんで俺のせいwwwwwww!?明らか自分の力量不足でしょwwwwwww!?

ドゴオオオオオォォォォォォォォン!!!!(管理人の立つ地面を露緒羅が吹き飛ばす)

露:ゴタゴタうるさいんだよ、管理人。あんたのせいだと言ったらあんたのせいなんだよ。全く、これだからいちいち言い訳する奴は困るよ。・・・さて、あんまり話すと時間がなくなっちゃうから、早速始めるとするわよ。


今話は「神校バトル イン 四木中学校」の終盤、十兵衛対露緒羅の描いた話になっているのですが、その中に十兵衛が薫にまさかの告白をする場面等、戦いとは別の場面も混ざっています。そう言った意味では今話は十兵衛中心の話になっていると思います(と言っていしまうと前話は隼人中心になっていsまうのですが・・・w)。

隼人にフラれ、悲しみのどん底に落ちた薫を見つける十兵衛。廊下で薫を見つける所や、見つけるや否や十兵衛が薫に抱きつく等の設定は当初からあった薫が隼人にフラれる設定と同じくらいの時に出来た設定で、この時点で十兵衛が薫に好意があることを伺えるようにしています。

十兵衛を追って出てきた般若軍から逃げ、撃墜する中で、十兵衛が薫に告白する。この設定も当初からあったんですが、順番としては↑の設定より先に出来ていました。般若軍から逃げ、戦いながらも想いを告げるという十兵衛らしい告白の仕方に設定した自分も思わず鼻血が出てしまいました(嘘。

そんな2人が中央階段から校庭へと出ようとした時、ソルジャー4、露緒羅が姿を現す。露緒羅から逃げて校門へと急ぐ2人だが、露緒羅の手によってその道を阻まれ、薫が拘束されてしまう。この辺の設定は実は当初にはなかったものなのですが、話が進むにつれて曖昧に設定していた所がどんどん出てきてしまい、そういった設定をしっかりと固めて行くうちに、この場面の設定が立派な形のとれたものになりました。

十兵衛と露緒羅の戦いの中で、露緒羅はマッドミイラを遥かに凌ぐ砂の怪物・アヌビスを作り出す。このアヌビスのモチーフは映画「ハムナプトラ2」に登場したスコーピオンキングの魔軍勢・アヌビス軍。名前も姿もそのまんま拝借しちゃってるんですが、唯一違う所として砂で出来ているので全身の色が砂の色なのと、武器が扇状の刃をした槍である所です。扇状の槍に関しては漫画「ワンピース」のアラバスタ編で登場したアラバスタ軍の兵士が持っていた武器がモチーフとなっています。

↑でモチーフをいろいろと話しているのですが、感覚的には前作で登場したキャラ・ゼペリオンの操る傭兵人形「ゼオライガー」もモチーフに入ってたりします。本体が意思を持ち、創造主の意思とは別に自らの意思で動く点で、このゼオライガーの特徴と似ちゃったりします(ぉぃ。

そんなアヌビスと露緒羅の2人と戦う十兵衛(厳密にはアヌビスだけだが・・・w)。傷を負い、苦しむ中で十兵衛は露緒羅を倒す方法を見つけ、それを見事に成功させる。今回明らかになった露緒羅の弱点である「地面から足が離れたら能力が発揮できない」設定は当初からあったもので、ソルジャーの中で最強なのではないかと思われた露緒羅のたった1つの弱点という感じで考えていました。その前触れとして第16話でほんの少しだけ露緒羅が口にしているのですが、皆さん、お気づきになられたでしょうかw?(気付いてたら神ですがw)

露緒羅を倒し、互いに安否を確かめ合い安堵の表情を浮かべる十兵衛と薫。2人が校門を出ようとした時、屋上に警察のヘリコプターが現れる。果たしてこの後どうなるのか。それは次回のお楽しみ~。


露:なるほど、結構あたしの設定も濃厚だったってことじゃないか。管理人にしてはなかなかやってくれたよ。ねぇ管理人?

シーン・・・(大地爆破のため管理人吹き飛び中)

露:あ、そうか・・・さっきあたしが吹き飛ばしちまったんだったねぇ。そうなるともう終わらせなきゃいけないってことか。まだ話していたかったけど、まぁそれもいいだろう。

それじゃあんた達、あたしはもう出れないけれど、次の話もまた頼むわよ?フフフ。










管:ゼェゼェ・・・やっと帰ってこれた・・・・・・・ってあれ・・・・・・もう・・・・・終わっちゃった系?(☆w☆;)


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