先日初めて行ったラーメン道場で思いがけず名人級の席亭の指導を受けた話。
昼の3時ころに、妻と車で郊外のスーパーに行く途中、ふと思い立ち近くのラーメン屋に入った。とんこつラーメンで有名なのは知っていたが、昼時は混雑して車を止める場所もないため、これが初めての入店だった。店に入るとオープンキッチンを囲むカウンター席の他に小上がりのテーブル席が二つあり、お客はなかった。カウンターの中に御主人らしきかなり年配で短髪の男の人が立っている。対局が始まった。
私 黒1 「こんにちは」
主人(席亭) 白2 「いらっしゃい」(無表情)
私達 黒3 小上がり席に座った。
多少疲れていたのと、座敷のテレビがついていたのでここに座ったのだが、いきなりの筋悪だった。「ここいいですか?」と聞く定石をつい打ち忘れたのだが、後々思いがけない事態が生じることになる。注文が決まったあたりで、主人が注文取りに来た。
主人 白4 「何にしますか」(無表情)
私 黒5 「一つは普通のラーメン。」
主人 白6「指定がない場合は醤油の細麺になりますがいいですか?」
私 黒7「えっとー、とんこつラーメンですか?」(とんこつ醤油という意味だと思ったが心配なので確認した。)
主人 白8「うちはとんこつしかありません!」(かなり強い口調だったので驚いたが、表情の変化がなく怒っているのかは分からない。
私 黒9「はい醤油の細麺で。もう一つは、ネギチャーシューの醤油・細麺で。それから、餃子を一つお願いします。
主人 白10「はい。~~ですね。お待ちください。」(無表情)
しばらくして、新しい中年の男性客が一人で入りカウンターに座った。2面打ちが始まる。
お客A「~~ください。」
主人・・・ (ラーメン作りに集中して聞こえなかった様子だ。)
しばらくしてお客A「~~~ください。」
主人「作り終わるまで待ってください!」
(そうだったのか。どうもAさん、真剣対局中の名人に話かけるという大失着を打ってしまったらしい。ここまでラーメン屋としては、時間をかけてかなり一つ一つ丁寧に作っている様子だ。)
しばらくして、まず餃子がテーブルに届けられた。「美味い!」浜松では珍しい肉多め・皮厚めの香ばしく旨味たっぷりの餃子だ。これとご飯だけでも良い。続いてラーメンが完成し、カウンターに二杯を置き、主人がキッチンから出て来て1杯ずつ運んできた。え?ちょっと何?おぼんに乗せて二つ分持ってくると思っていたので驚いた。良く見ると、かなり直径が大きい浅目の器でしかもチャーシューが器からはみ出るほどなので、二杯分をおぼんに乗せるのが難しいようだ。最初にカウンターに座らずに席亭に余分な労力を使わせてしまったと反省し、残りの一つは自分で運ぼうと思った。
私 黒11 「私持ちますね。」大悪手!!まさにド素人。
主人 白12 「いえ、私が運びますから」
名人としては当然だ。器の重さも分からない素人が運んで万一落としでもしたらたいへんだ。テーブルに届けるまでがプロの仕事、という事なのだろう。参りました。
私たち 黒13 食す。投了。最高に美味いです。まさに名人です。
コクのあるスープと麺の絡みはもちろん、しっかり旨味のあるチャーシューに驚いた。チャーシューとご飯だけで食べたくなるようなチャーシューは珍しい。「よし、白御飯を頼もう」と思ったのだが、ここで愕然とした。そう、すでに席亭はAさんのラーメン作りに集中していたのだ。完全に注文のタイミングを逸してしまった。ここは、もう我慢するしかない。次の機会には最初から御飯を注文すべき事を学んだ。
しばらくして、次のお客Bさんが入って来てカウンターに座った。主人から注文を聞かれるまでは、黙って新聞を読んでいるようだ。間違いなく常連さんだろう。最初ば厳しいラーメン道場の雰囲気に押され気味だったのだが、多くを語らずに道場のしきたりを自らの態度で入門者に教えてしまう席亭の指導力には感心した。そうでなければ、忙しい時などには営業が成立しないであろう。
名人がAさんにラーメンを出した瞬間を狙って、会計をお願いした。
私たち「御馳走様でした。」
主人「ありがとうございました。またどうぞ。」(無表情)
名人への弟子入りが許されたようだ。