|
|
|
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
│<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く |
まさに大山鳴動という例えの如く、大いに失望させられた党首選挙だ。社民党は20日に党首選挙を告示したが、福島瑞穂党首への対立候補は立候補すらできず(?)、無投票となった。
福島党首 無投票5選(21日、東京新聞) 任期満了に伴う社民党の党首選は20日午後、立候補届け出が締め切られ、現職の福島瑞穂党首(56)が無投票で5選を果たした。任期は2年。2月24日の党大会で正式に選出される。福島氏の多選に批判的な阿部知子政審会長(63)らが対抗馬擁立を目指したが、立候補に必要な国会議員の推薦人4人を確保できなかった。 福島氏は続投決定後の記者会見で、次期衆院選、参院選で脱原発や雇用重視、反消費増税を政策の柱に掲げる考えを表明。民主、自民の二大政党とは異なる第三極として「社民党が(二大政党に批判的な有権者の)受け皿となる」と述べた。 福島氏が8年前に党首に就任して以降、社民党は国会議員が増えていない。福島氏は、党勢を回復するために取り組むべき課題として、無党派層の取り込みや党内での若手の積極登用などを挙げた。 党首選では、若手地方議員の支援を受けた三重県伊賀市議の稲森稔尚(としなお)氏(28)も出馬表明したが、立候補要件の党県連推薦を得られなかった。 阿部、稲森両陣営は党首選が実現すれば党の政策などをアピールする絶好の機会になると捉えていたが、党規則の立候補要件を満たせなかった。 両陣営は立候補要件の緩和や任期の上限設定を要求しているが、福島氏は20日の記者会見で、党規則の変更は「考えていない」と述べた。 阿部氏は、記者会見で「(要求を)聞けない党なら、政治家として決断はある」と、離党の可能性に言及した。 (引用終わり) 福島瑞穂氏が党首に就任したのは2003年11月。土井たか子前党首がその年の総選挙で社民党惨敗の責任を取って辞任した際、幹事長から昇格した形だ。土井前党首の時代も含めると党首選挙では9回連続無投票となった。 今回、福島氏に反旗を翻したのは阿部知子政調会長(神奈川12区)、照屋寛徳氏(沖縄2区)、服部良一氏(近畿比例区)の3人。阿部氏は昔の区分で言うなら「社会党右派」みたいな人で、民主党との連携に前向きな人だ。一方の福島党首は独自路線を貫く人。阿部氏にとっては、党勢衰退が止まらない社民党の存在感を少しでも高めようと大々的に党首選挙をやろうとしたに違いない(選挙をやれば否が応でも注目度が集まる)。 ところが、立候補に向けてのハードルが小所帯にしては非常に高かった。立候補者の所属県連の推薦やら、国会議員3分の1以上または党員200人以上の推薦やら・・・。昔の大政党みたいな規約を未だに持っている。社民党の党員は全国で約2万人(ちなみに同じ左派政党の共産党は約40万人)と言われているので、短期間で200人の署名を集めるのは難しい。 また、「党首には衆議院小選挙区で勝ち抜いた人がやるべきだ」と又市副党首が語ったそうだが(時事通信より)、外から見ている私に言わせれば「そんなこと言ってられっか!」例え28歳の青年地方議員でもフレッシュな人材を立候補させて、アッと驚かせればいいだろうが!このままだとこの党は早晩立ちいかなくなるだろう! 2010年7月28日の日記でもふれたが、参院比例区で自分の議席が事実上保証されている福島党首への反発は思いのほか強いらしい。福島党首になり、2005年の総選挙では6議席から7議席に増えたものの、それ以外の選挙では連戦連敗である。昨年の統一地方選挙(41道府県議会選挙、政令市議会選挙、東京特別区議会選挙)でも社民党はいずれも、みんなの党より当選者が少なかった! さらに、3年前の総選挙で選挙協力した民主党が衆議院の比例区定数削減を検討している。中小政党、特に社民党にとっては死活問題である。福島体制がこのまま続いた場合、10年以内には消えてなくなっているかと。 [政治]カテゴリの最新記事
│<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||