
ツーことで、右の写真はわかりにくいかもしれませんが、クルメツツジです。一部サツキも混じっていますが区別は難しいですね(^^ゞ 葉の大きさも花の咲き方もほとんど変わりないからですけど、唯一サツキの方は花が八重咲きになるのもあるってのが違いですね。サツキもクルメツツジもこの時期に咲きますが、色とりどりで、白、ピンク、朱赤、薄紅、紅って感じですかね?右の写真は画質が悪いんですが、実物は見てるだけで嬉しくなるようなものです。蕾もまだケッコウあるのでもっと華やかになるんでしょうね。足もとからオキザリスの黄色い花やニラバナの白い花が混じってそのバックになる緑とともに素敵な感じです。ツツジの植え込みでは普通一色か、せいぜい紅白の二色程度で、こういう風にグラデーションが楽しめるのって少ないんですよね。まぁ、こういうのを狙って植えたわけでなく、育てていたらこういう風になったってことですが(^^ゞ
ところで、昨日のニュースなどでは75歳以上の人の後期高齢者医療制度の保険料が年金から天引きされ始めたって報じていました。この後期高齢者医療制度については新しい保険証が6万件余りも本人のもとに届いていないとか、保険証がない人に全額負担させるのさせないのとかいう混乱があり、2年も準備期間があったのに不手際が酷過ぎるって印象しかありません。で、
大学ん時のゼミのセンセのところで、あれこれ非難されていましたが、その一部を引用しますね。
****以下引用です****
1969年の美濃部東京都知事は、老人医療費を無料にすることで、日本における高齢社会化における「安心」への道を拓きました。それを、平成12年度版『厚生白書』「老人医療費無料化政策の功罪」は、「この制度導入後の高齢化の進展もあいまって、老人医療費は著しく増大し、各医療保険の財政を圧迫した」と総括して、介護保険と今回の「後期高齢者医療制度」が導入されました。新自由主義への転換です。この話には、後日談があります。平成12年度版『厚生白書』の「1969(昭和44)年に秋田県と東京都が老人医療費の無料化に踏み切ったことを契機に、各地の地方公共団体がこの動きに追随し、1972(昭和47)年には、2県を残して全国で老人医療費が無料化される状況となった」という記述が、昨2007年9月発表の平成19年版『厚生労働白書』では、「医療構造改革の目指すもの」の項で繰り返されました。しかし、歴史的事実としては、東京都や秋田県より早く、老人医療無料化を実現した自治体がありました。その自治体、岩手県沢内村(現西和賀町)は、「沢内村では、深沢晟雄村長が1960(昭和35)年に65歳以上を無料化、翌61年には60歳以上に拡大した。所得制限もなく「自分たちの命は自分たちで守る」姿勢が話題となり、当時の武見太郎日本医師会長も村を何度も視察。東京都などの無料化につながった」のが事実です。そこで岩手県西和賀町議会は、「営々と頑張った村の努力が否定されたようだ。誤解される表現を許すほど白書とはいいかげんなものなのか」と厚労省に抗議しました。政策立案の根拠となった「生命尊重の歴史」についての認識そのものが、いい加減だったのです。それに対する厚労省の回答は、「村でなくて、都道府県段階の無料化を取り上げたまで」というつれないもの。一言だけウェブ版で補足されましたが、年金問題にも、医療費問題にも、道路特定財源問題の基底にも、こういう歴史認識・現状認識のいい加減さ、官僚的「計算」の錯誤が横たわっているのです。
****以上引用でした****
つまり、日本のために尽くしてきた高齢者に報いるために医療費を無料にしたのに、これを医師や製薬会社などが利用して多額の医療費を健康保険からせしめていたために健康保険が逼迫し、高齢者からも相応の負担を求めるようになったものの、医療費が減らないから75歳以上については新たな保険にするってことですね。これにより企業などが負担する社会健康保険の負担はかなり軽減されますが、全体としては費用負担が軽くなるわけではありません。大事なことは
高齢者が過度の医療を受けなくても健康に暮らせることであって、予防的な医療に力を入れるべきなんですよね。今のような検査や投薬ばかりで医療費を膨らますだけで根本的な病気予防にならないようなことに終始する医療を改めない限りは問題は解決しないんです。正直なところ誰が費用を負担するのかを変えるだけで、それ以外には何でもないことに時間や労力をかけることに意味などあるんでしょうか?ゼミのセンセは制度に関する基本知識すらもいい加減な厚生労働省には改革など無理だってことを言いたいのでしょうが、全体としての医療費負担を軽減する方向については触れていません。
正直なところ、いろんな制度が絡み合い、容易に改善できないので、もっとシンプルな形に組み替えてわかりやすくすべきじゃないかって気がします。根本的にいろんな法律が多すぎるんですよね。基準がどうのとかそういうことよりももっとわかりやすい制度に組み替えるだけの力が今の行政にはないんでしょうね。もちろんそういう法律を作る立法府も同様ですね。あまりにも目先のことに汲々とし過ぎ、本来あるべき姿を見失っているんじゃないかな?目先のことよりも根本的な部分に目を向け、もっとわかりやすいように組み替えることができる官僚や政治家っていないんですかね?ツーか、こういう方向性すらも分からない、視野の狭い人しかいないんでしょうかねぇ…(^^ゞ ホント厭になってきますね((+_+))