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enjoy wheelchair life [全793件]
親切な女性に助けて頂いたお陰で一気に荷物から解放されて身軽になりました ツーソンの街の通りの1ブロックは、東京に例えれば山手線の1駅分の距離に匹敵するほどの距離がありました。 信号がとても少ない上にバスの走行速度も速いので、実際に徒歩(車椅子)で移動すると想像していた以上に時間が掛かりました。 2番目に立ち寄ったのは大型ペットショップ。 ![]() ![]() 店内に入った直後、一番目立つ場所に寄付コーナーが設置してありました 目的は保護された動物たちへのプレゼント さらにそのすぐ隣りに、里親募集のネコたちが並んでいました ![]() カメラを向けたところ怯えていた子もいて、とても切ない気持ちになりました。 ここまでは日本の店でも見掛けたことがありますが 生き物で売っていたのは熱帯魚とハムスターのみで犬猫は1匹も居ません。噂通り素晴らしいシステムでした。日本と比較して動物を気軽に衝動買いして安易に捨てるケースはかなり少ないだろうと想像します。 所詮、投票権を持てない動物は、多くの日本の政治家にとっては無意味な存在なんでしょう 広い店内のスペースは全てが動物たちへのご奉仕グッズと食糧コーナー。。 帰りを待ってる愛ネコはもう居ないし・・ 悲しい気持ちで店を後にしました 再度、帰路につくと通り掛かりの人が声を掛けてきてくれました 「どこへ行くの?」 ☆☆ホテルに帰るんです 「距離あるよ!?」 ![]() (そんなに言うほど遠いかなぁ・・ ^^; ) ![]() IN-N-OUTも美味しいですが、個人的にはこの店のハンバーガーがNo.1! ? イチローみたい あ、オレだ ![]() 記念になりました ![]() ![]() やっぱり、この店は外せません ![]() やばい・・ さすがに疲れた フル電動タイプの高速の車椅子が欲しいと痛感しました 歩道も呆れるほどに広いので、居眠りでもしないかぎりは 事故を引き起こすこともないだろうと想像します。 ![]() やっとパークプレイスモールまで戻って来ました 身軽になったのを良いことに、懲りずにまたお買い物 ![]() 夜8時過ぎで店内はガラガラでした その後、部屋に戻り早速、ナタリーさんにフロントに預けて頂いた荷物を 部屋に届けてもらいました どうやって日本に持ち帰ろう・・ ![]()
ツーソン滞在6日目、翌朝の帰国間近で MAX鬱な気分でした それでも元気を出して、撮り鉄を楽しんだ後、大型スーパーに立ち寄りました。 ![]() どのバス停で降りたら良いか分からなかったので、運転士に尋ねたところとても丁寧に親切に教えてくれました。乗客の人も声を掛けてきてくれたり、Sun Trunバスの一時、何かと楽しかったです。 ![]() 店に着いた頃には、ハイテンションのあまり既に洋服を大人買いしていた上に、駅の売店でお土産を買い込み、車椅子の後ろに大荷物を背負っていたことを忘れてしまっていました。 いかにも身体に悪そうな着色料ばりばりのアメリカンなお菓子とドリンク、小物など、またさらに買物を楽しみました 店員に声を掛けてショッピングカートを押してもらい、会計を済ませたのち、 いえ、車椅子でホテルへ帰るので荷物を車椅子を背後に掛けてください 店員: 「無理だと思いますけど?」 ・・・・・・・・・・・ やってもーた・・ お金払うので荷物だけホテルまで届けてくれませんか? (暫く待たされたのち、) 店員: 「そういうサービスは行っていません」 ・・・・・・・・・・・ じゃあ今夜、介護士に取りに来させるので、それまで預かっててもらえませんか? と依頼し、再度、店員同士が話し合っていたところへ 通り掛かった女性が「どうしたの?」と声を掛けてきてくれました 大きな荷物を挟んで議論をしていたので異様な光景に映ったのかもしれません なんて優しいひと・・ ![]() ナタリーさん、本当にありがとうございました あのホテルまで車椅子で帰るの??? 結構距離あるわよ、大丈夫?? うん、No problem と言いつつ少し不安はあったが、まだ立ち寄りたい店があったので こんなアホな客、前代未聞だったはず TARGETの皆さん、ゴメンナサイ つづく
バスに乗って向かった先はツーソン駅。併せて隣接する鉄道博物館を訪問しました。 ![]() ![]() 館内に入った直後マイクさんが迎えてくれました。親切に展示物を解説してくれていたところ、 ![]() はい? ワタシハ、ニホンノ、アニメノ、ダイファンデス へぇ アキバヘ、イクノガ、ワタシノ、ユメデス ほぉ 本業は病院の職員で、博物館の案内はボランティアで行っているというマイクさん。日本語のオリジナルのアニメを楽しむ目的で独学で学習したとのこと。 この種のマニアも噂には聞いていましたが、リアルに話しを聞いたのは初めてで、自分のミリタリーオタクと似通った情熱を感じました。 博物館自体は大した内容ではなかったが、立ち寄ってよかった ![]() 思わぬ出会いにちょっと刺激を受けつつ、駅のホームに向かいました ![]() しかし ![]() (フェンスの向こう側がホーム) 入れないの? カフェに居たお姉さんに尋ねると、 「柵が開いたのを見たことが無いし人が入っていくところも見たことがないわ」 は? さらに聞くと、旅客用の列車が来るのは夜中の2時過ぎの1回のみ しかし2時に来れば必ず見れるという訳でもなく、2時から4時の間の何時に列車が来るか分からないという とはいえ、30分に1回ほどの割合で貨物列車が通過していたので、ホームに入れる場所を探し歩いた結果、発見 ![]() でも歩けない人はダメとは書いてないし 誰も居ないし 入っちゃえ ![]() ( ̄▽ ̄) その後、貨物列車が進入してきました そんなところで何やってんだ、どけどけどけ~!! と言わんばかりの汽笛連発で大迫力 うるさい >< ![]() ![]() 一体いつになったら通り過ぎるの??? と唖然とするほどに長い編成でした。100両前後はあったと思います ![]() 単線のルートですが、近くに交差用の複線があるようで、 数分後に逆方向から再度貨物列車が入ってきました ![]() ![]() 当日は日差しがほんとうに強烈で、身の危険を感じるほどの暑さでした。 ![]() とても美味しいドリンクでした 同駅に立ち寄る列車は、ロサンゼルス、シカゴ間を3日掛けて移動する便で、30分から1時間の間停車するとのこと。機関車への燃料補給などの設備は無い駅なので、特に作業は行わないとのことでした。 ![]() なぜか日本語のしおりが ![]() 空港などのお土産屋では目にしないローカルな売り物が沢山置いてあって、お姉さんもキレイでなかなか良いスポットでした。 明日は日本に帰らなきゃいけない・・・ つづく
滞在6日目は初の市内観光。 5日間、空軍基地周辺で過ごしたのでとりあえず満足出来ました 午前中はホテルの隣りのPark Place Mallへ車椅子で向かいました。隣りと言ってもやたらと敷地が広いので、ひたすら走り続けてモールの店内に入るまで15分程掛かりました。 ![]() ![]() アメリカのモールとしては小規模な部類かと思いますが、ちょっと立ち寄るにはちょうど良いサイズだと感じました。とは言ってもモール内もかなり広いです。 その後、滞在1日目にもホテルで出迎えて頂いたカズコさんと、エリナさんのお二人とモール内で待ち合わせ。エリナさんのアメリカ人のご主人は航空自衛隊のファンとのことで、なんと、非売品の立派なB4サイズの写真集をプレゼントして頂きました。アメリカの方から自衛隊グッズを頂くとは 必ず立ち寄ろうと決めていたアメリカンイーグルのショップ。 ![]() ![]() 半額セールにコーフンして、つい大人買いしてしまいました。 この買い過ぎが、のちに大変なことに繋がってしまうとは・・ 昼食後、お二人とお別れして一人でさらに買物を済ませ、バス停に向かいました。 一応バスのタイムテーブルはあるそうですが、しかしバス停には時刻表は見当たりません。ツーソンに限ったことではありませんが。 なので、いつバスが来るのかさっぱり見当がつかずヤキモキしていたところへ キタ!( ̄▽ ̄) 15分ほどでバスが現れました。 ![]() 行先は決まっていたが、どこで降りたら良いのかも分からずとりあえず乗車。 過去に色々な街でバスを利用していますが、ツーソンのバスの運転士はとても親切な方ばかりでした。 頼んでいないのに車椅子の固定ベルトを手際良くセットしてくれて応対もとてもフレンドリーで気持ちの良いバス旅でした。 ツーソンのSun Tranバスは車椅子の乗客は全路線無料とのこと。本来は無料パスを所持していなければならないようですが「持って無いならいいよ」って (え?) ラッキ~ 支払うこと自体はまったく構わないのですが、それよりも自分は財布から小銭を出すのが一苦労なので無料は有り難い。 かっ飛びバスだったので、車椅子を固定してもらって正解でした。さもなければ、また転倒していたハメになっていたかもしれません。 終点のターミナルで下車。車椅子の人を3人見掛けたが、皆さん一人で行動している点もさすがアメリカです。日本とはかなり様子が違います。 ![]() ![]() ある車椅子の人が声を掛けてきてくれました。日本から来たと伝えたところ驚いていたが、「カメラ盗まれないように気をつけてね」と忠告してくれました。 皆さん、いずれもハイパワーな外国製の電動車椅子を使っていて、非力な日本製と比較するとまさにウサギとカメの構図でした。次回の渡米に向けて導入を検討中です。 ![]() つづく
2日目の見学中に出逢ったJohn Billingsさん。バージニア州ウッドストック市からご家族と共にアリゾナを旅行中とのことでした。 ![]() 大戦中、B-24爆撃機の搭乗員としてイタリアの基地からドイツ空爆に20回出撃されたという勇士。うち1回はドイツ軍戦闘機の襲撃を受け、撃墜された僚機もいたなかで運良く無事に帰還されたそうです。 ![]() ![]() 今年89歳になられるジョンさんは、現在も小型機を操縦し救急患者を搬送するパイロットとして活躍されているそうです。特に地元では有名な方だろうと想像します。 昨年のトモダチ作戦のお礼に対して「大変光栄です。日本人の逞しさに感動しました」とお言葉を頂きました。色々と大変貴重なお話しを伺うことが出来ました。 末永くお元気で。 ![]() ![]() ![]()
滞在5日目は、アメリカ人のルメルさんからご厚意を頂き、ホテルに迎えに来て頂きました。 ![]() 愛知県に10年間生活した経験をお持ちで、日本人の奥さんと共にアメリカに戻ったルメルさん。会話教師にも従事していたとのことで、日本語は完璧にマスターされていました。アメリカ、日本それぞれ一長一短で、どっちが住み易いか決めるのはとても難しいと言っていたのが印象です。 ボーンヤード(廃機保管場)のツアーは平日のみ3回催行されていて土日は行われていないそうです。そのため、博物館の来場者も平日のほうが断然に多いとのことでした。 見学用のバスに車椅子用リフトが備わっていないとの理由で 「ごめんなさい」 と告げられる思わぬハプニングもありましたが お願いします・・ で イザ出発 ![]() ![]() 一旦、博物館の敷地から外に出て10分ほど走った後、DM基地のゲートに到着。 ![]() 乗車前に身分証明書の提示を求められ、国籍、氏名などのチェックが行われましたが、そのリストを警備の隊員がチェックをしていました。車内も簡単にチェックされた上で無事進入許可が下りました。一見、アメリカ人以外の参加者は自分のみでしたが、中国人などが居た場合はどうなのか・・ ![]() 敷地に入った途端、まさに「絶句」の思いでした。 左右、見渡す限り無数の航空機の列 有り得ない光景 とは本当にこのことだと感じました。 いったいこの国は、トータル何機の軍用機を保有しているんだろう ![]() B1爆撃機だけでも数え切れないほど(数十機)置いてありました 自衛隊で買ってよ! >< ![]() ![]() 感動というよりも胸が痛くなるような、 悲しくなるような不思議な気持ちに苛まれました ![]() ![]() 特にF4ファトムは数箇所に分けて保管されていたが確実に数百機はありました ![]() ![]() ![]() ![]() え??ブルーエンジェルズの機体が 運ばれてきたばかりだそうで、 たぶんスクラップ処分される機体と言っていましたが ![]() ![]() 懐かしいカラーリングの民間機も ![]() ご苦労様です ![]() ![]() 眺めているうちに飛行機が可哀想にさえ思えてきました ![]() バスガイドの女性も元空軍のパイロットとのことでした。 いわば紅葉の面持ちでしたが、以前はより美人だった雰囲気をとても感じました。 余計なお世話ですが。 左右両方一瞬たりとも見逃したら損をしそうなほど、ステルス機以外の現行の機種も含めありとあらゆる種類の機体が保管されていました。 1時間半のツアーは何かあっという間に終了。左側の席に移ってもう一度ツアーに参加したい心境でしたが、館内の残りのエリアを見て回る必要もあったので諦めてバスを下車。 ほんとうに凄い国です
なんやコレ! ええなぁ ![]() ちょっと行ってくるわって、いつでも使えそうですよね (いや、、フツーの人はたぶん無理かと 家の前からでも上がれるし 車庫にも置けるし と本気で欲しがってました フツーなら 「なに言ってんの?」 と聞き流すところですが ノブさんの場合は本当にやりかねないのでドキドキしちゃいました どこかで見たような記憶が・・ ![]() 滑走路脇に設置してある監視小屋ですよ とノブさんが教えてくれました。 あーーーー、そうだ 小屋の目的は離発着に伴う様々な監視と機体のチェックで、内容を直接パイロット及び管制官に報告するとのことですが、新人さんでは務まりきらないそうです。 隊長も含めパイロットが交代で担当するとのこと。 自衛隊の基地の場合はミリタリー色に塗装してあるそうですが、出入口の「頭上注意」の注意書きが笑えました。 ![]() 徒歩での移動がお嫌い?なアメリカの方たちは大半が見学用バスに乗車して敷地内を回っていました。ドライバー兼案内役はやはり退役軍人のボランティアの方たちでした。 乗り物を見ると何でも乗ってみたくなる性格なので、午前中はノブさんと共に約1時間のツアーに参加 ![]() 次から次と機関銃のごとく説明を受けてとても覚えきれないし、増して英語が理解出来ない箇所も多々あったので、歩く手間は省けて楽ですが代わりに脳みそが疲れました。独りで歩いてもさらに理解できませんが・・ ![]() メニューも「タイタンミサイル」、「B1爆撃機」など ホットな食べ物が並んでました。 って、中身はなによ? ノブさんが「タイタンミサイル」に挑み、大きなハンバーガーでした。 ![]() レストランの出入口に「銃はダメよ」と注意書きが 昼食後、ノブさんとお別れの時が来てしまいました。 戦闘機パイロットの方たちの過酷さは多少は知っていましたが、様々な突っ込んだ話しを伺って改めてリスペクトの思いが強くなりました。 訓練フライトはいつも朝8時の上がりとのことで起床は4時。飛ぶ前に予習すべき事項も多くあるそうで、帰宅後、早速翌日の準備に掛かると言っていました。 翌日のプログラムは背後についた教官機から逃げる「ディフェンス訓練」に初めて挑むとのことでした。教官機側は多少は手加減してくれるそうで、F-16の場合スロットル動作の中でアフターバーナーの出力レベルが5段階あるそうですが、ノブさんは全開まで使うのに対して、教官機はレベル1に留めてくれるとのこと。 1~2分程度逃げるそうですが、この僅かな時間がとてつもなく長く感じるそうです。後日、結果を尋ねたところ「後ろを見っぱなしで・・」と感想を語ってくれました。 今年10月にT-4の操縦訓練などを目的に浜松基地に帰還される予定とのこと。 Good luck Sir ! ノブさんと別れた後、バスに乗って見学したエリアをもう一度、車椅子で走りながら観て回りました。広大な展示場以外に、5つのハンガー(格納庫)が存在し、普通に見て回っても1日掛かりだと思います。自分の場合は普通じゃないので2日掛かり。 ![]() 1991年の湾岸戦争でイラク軍の対空ミサイルによって撃ち落とされたF-16のキャノピーが、あるハンガーの隅っこに置いてありました。パイロットは無事に帰還されたとのことで何よりです。 ![]() 鳥に生まれ変わった飛行機・・ これくらいインパクトがある航空会社があっても良いと思いますが? 5時の閉館まで見学したのち、売店に居た職員にタクシーのリクエストを依頼したところ、到着まで2時間待ちと言われ、ガ~ン 飛行機が沢山あるし、まあいいや・・ 「2時間、外で見学していても良い?」と尋ねたところ 「私、これから帰宅するので送っていってあげますよ」とホテルまで付き添ってくれたうえに、差し出したお礼も「要らないよ」と。感謝、感謝の一日でした。
300機の展示数を誇る同施設の入場料は15.5ドル。航空ショー会場で3ドルの割引券を貰ったので実質12.5ドルでした。内容を考えても激安だと感じました。 ![]() え? うそ、これ本物?? と、一瞬アホなことを考えてしまったほどビックリしました。 ![]() ![]() 1969年から1974年の間使用していた機体とのこと。 白の機体は少し大きく感じたが、こんなカッコいいファントムを見たのは初めて。 反則だと思います ![]() ![]() ![]() 惚れ惚れするほどステキ ![]() 日本にも来たんですね シリアにまで行ってたってのもスゴイ ![]() アレ?沖縄が・・ not so bad 残りの6機はどこ?
ツーソン滞在4日目は、DM基地に隣接した巨大な航空博物館に向かいました。 自衛隊のノブさんが3連休だったので同日も半日一緒に行動させて頂きました。 既に3日間ハードなスケジュールを過ごし、通常なら間違い無くバテてる状態のはずですが、毎度なぜかアメリカへ行くと調子が良過ぎて我ながら気味がわるい ![]() 道中、ボーンヤードの敷地の脇を走りながら膨大な数の航空機を眺めることが出来ました。特にC-130は程度の良い機体は中古で諸国へ売却されているそうです。 先日、岩国で航空自衛隊が中古数機を空中給油機として購入し、今年秋に納入される予定との情報を耳にしました。 ![]() B-52爆撃機の垂直尾翼が一際目立っていました まさに、キタ━━━(゚∀゚)!!! ![]() Beauty of flight の文字が描かれていました。 ただならぬ雰囲気を直感して、門を見ただけで既に感動 >< ![]() 朝、エントランスで迎えて頂いた方は、元海兵隊のA-6イントルーダーのパイロットとしてベトナム戦争にも参加されたという勇士でした。 見学中、隣りのDM基地から航空ショーの外来機が次々と離陸していましたが、気付いただけでも、B-52、C-27、トルネード、MV-22、F-16、P-51マスタングなどが元気いっぱいに上がっていました・・、 ![]() この珍しい偵察機は何だったか忘れてしまいました ![]() ![]() F-105Dサンダーチーフ。戦闘機を兼ねた性能を持ちあわせ、実際にベトナム戦争で27機の敵機を撃墜したとのこと。不発の対空ミサイルが激突しミサイルが機体に突き刺さったまま帰還したという武勇伝もあるそうです。ベトナム空爆の75%を同機が担ったそうです。リパブリック社製とのことですが発耳の社名でした。 ![]() F-101ヴードゥー。1954年に開発された偵察機。当日は爆撃機かと勘違いしていましたが迫力満点で一見とても偵察機には見えませんでした。 ![]() ![]() ![]() B-36。1946年型。 原爆投下機として温存されたために朝鮮戦争では実戦投入されず。 ![]() B-47E。1947年型。 シアトルのボーイング航空博物館にも同型が展示されていました。 ![]() B-58ハスラー。初めてマッハ2に到達した超音速機で1960年に戦略爆撃機として開発されたが実戦投入は無く1969年にリタイヤしたとのこと。 凄い暑さで、日陰で小まめに休憩しないと身体がとても持ちませんでした。たまにヘビさんも出没するそうですが遭遇せず・・ ![]() B-52は3タイプの機体が並んでいました。 ![]() ![]() B-52A。1954年初期型。 ![]() B-52D。1957年型。G型に次いで2番目に多く170機生産されたとのこと。 ![]() さり気なく750lb(340kg)爆弾が転がっていました。この弾薬を80発搭載出来るそうで、それはそれは火祭りになること間違いなしw ![]() B-52G。1959年型。193機生産された最多モデル。 ![]() 垂直尾翼が前期モデルと比較すると小さくなっていました。 ![]() 1981~1991年の間、NATO軍が運用していた移動型巡行ミサイル。 ![]() ![]() とてもかっこいいミサイルも置いてありました。 DM基地に配備されていたようですが。売ってくれないかなぁ ![]() 離陸音を聞くたびに振り返っていたらキリがないほどに、終日、A-10とC-130が頭上を飛んでいました。
自分は身の回り全てのものがアメリカ軍大好きというオーラを放っているせいもあるかもしれませんが ミラマー基地と同様に、やはり海兵隊の隊員の方たちはよりフレンドリーな人が多い印象です 声を掛けてきてくれる隊員も多く、売り物のステッカーを車椅子に貼りに駆け寄ってきてくれたりドリンクを無料でくれたり、ファンにとってはとても嬉しい気持ちになります。 サンディエゴ市内に自宅があると言っていた隊員も居ましたが、F/A-18戦闘機はほぼ全てミラマー基地から飛んできた機体とのこと。 ![]() ![]() ハワイとウエーキ島に立ち寄りつつ、KC-10空中給油機から8回給油を受けながら合計20時間飛行する長旅だそうです。 疲れませんか?と尋ねたところ、笑いながら「疲れるね」と答えてくれました。なぜ20時間まで掛かるのか少々謎ですが。 ![]() この機体も7月にミラマーへ帰るそうですが・・ 乗せて行ってほしい 韓国の基地から来ていた空軍のF-16 ![]() ![]() アリゾナ州フェニックスの基地から派遣されたというパイロットの方でした ぜひ日本にも来て下さい! 普天間基地所属のC-130も来ていました ![]() ![]() ![]() 通常は隊員輸送用として活用している小型機ですが、昨年のトモダチ作戦では6週間の活動期間中、被災地へ支援物資を輸送する目的で各基地間を約200回往復したそうで、このパイロット自身も内20回飛行したとのこと。本当にありがとうございました。 ![]() 鳥取県美保基地所属のMさんは、一昨年、ブルーエンジェルズのホーム基地であるペンサコーラ基地へ机上訓練に出向いたとのことで、同時期にテキサス州の基地で現在ツーソンで訓練中のノブさんと逢ったとのこと。 「もしかしたら彼は自分のことは覚えていないかもしれない・・」と言うので、早速ノブさんに写真を見せて確認したところ その言葉通り、ノブさんは覚えていませんでした 妨害電波を発して敵の電子機器を無力化する能力を持った海上自衛隊岩国基地所属のEP-3の隊員たち。 ![]() 中国の潜水艦を発見した際に攻撃を仕掛けることはありますか? と質問して得た答えは 「それはちょっと言えません」 ということは実行してくれているということですね? と自分は解釈させて頂きます ぜひ今後も宜しくお願いします m(_ _)m 以前ネリス空軍基地で見かけた女性も素敵でしたが、ミリタリーポリス(基地警察)の隊員は何故か美人が多いです。どうしてだろう ![]() See you again in Miramar ! シャトルバスの乗り場の場所を間違って教えられてしまった結果、急きょタクシーに乗って新岩国経由で帰路についたが、お陰で東京行きの最終の新幹線にギリギリ間に合いました。 もしもバスを利用していたら乗り遅れていたところでした。 ![]() 自由席は乗客が乗り切れないほどの混雑だったようで名古屋の時点で3分遅れ。その後、小田原を通過した際には遅れが2分に短縮された旨アナウンスがありました。運転士さんがとても頑張ってくれたようです。 19時間の活動はちょっと無謀だったので来年は2泊の予定で挑みます |一覧| |
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