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大阪は東京より一日早く梅雨明けをしたと報じられました。
そのバリバリ暑い大阪で、七月の野口体操教室が行われました。 あの日からちょうど四ヶ月になります。 この四ヶ月の間、 「からだの動きの実感を手がかりにして、人間(自分)とは何か、自然とは何か、地球とは何かを探険する営みを体操という」(野口三千三) に真正面から向き合わざるをえませんでした。 そして最近また 野口三千三のこんなことばも思い起こしました。 「野口体操は規制の固定した枠を破り捨て、自由な大地に生きることだ。それは大自然の原理という巨大な枠を発見することでもある。この掟は束縛するものではなく、存在すること、生きることを成り立たせ、真の自由とは何かを示す枠である。極めてきびしく、はげしいおきて(掟) である」(野口三千三) 地球に生きる人間として突きつけられた「極めてきびしく、はげしいおきて(掟)」を受け止めるには、情けないほど器がありません。 ここに至ってもなお、大自然と抗って人間の都合だけを言い募っているのは何故なのでしょうか。 何が起きたのか、今、何を受け止めなければならないのかぐらいはこの惨事と引き換えに分からなければなりません。 大阪の八期の教室は、3月11日の大震災と深く関わって進めてきました。 「重さ」と「おもい」だけを主題にここまできました。 そのしつこさに応えてくれた人がいます。 いつも一足早く帰るMさんです。 「311以降変わってしまったこと、についてしつこく考えてます。 目に見える、人の暮らし方が変わったのではなく、 地球と命の関係(あり方)が変わったのではないか、 という気もしてるのですが、まだ分かりません。」 ぐっとからだの動きに引き寄せます。 「尻たたき」 「胸たたき」 「腕立てはずみ」 における重さの作用・反作用は、カタチがあってやることが見えるぶんまだ分かりやすい。 「波の動き」 の重さの流れは、それ以上に地球との繋がり感覚が捉え難い。 「左半身・右半身の弾みゆるみ」 の動きとなると、単純な動きなだけに原則どおりの作用・反作用が要求されるのでかえって手も足も出なくなる。 しかし、どれもこれも自然の法則に生かされて動いています。 「極めてきびしく、はげしいおきて(掟)」なのです。 あと二回かけて、さらにしつこく「地球に繋がる野口体操」を実感してゆきたいと思っています。 からだの動きの実感は、出来ても出来なくても 「大自然の原理という巨大な枠を発見」させてくれます。 それは、「存在すること、生きることを成り立たせ、真の自由とは何か」につながると思うからです。
今回の教室があり、今まで何回となく聞いていた「自然直伝」が今までは言葉としてわかっていたものが、何故かしっくりと自分に納まっている様におもえます。(腑に落ちたと言う表現の方があっているのかもしれません)
ここまで生きてこれたのも、実は、自然が(地球が宇宙が)影でサポートしていてくれたのかもしれません。 そう思うと体操も独りよがり(筋肉的)ではなく、もっと自然に添える様な動きにならないとだめな気がします。 (今、ピンときました。鎖や布・・・)(Jul 14, 2011 12:02:10 PM)
Mさん。
Mさんから 「ここは基本的で原則的だからいい。このやり方が信頼できる。」と言ってもらっていることが励みになっています。 遠い先を見ながらやっています。 その先に見るものが楽しみです。 (Jul 20, 2011 05:08:14 PM) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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