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武道の可能性(合気道・空道)群れないニッポン二極化のなかの多様性 第5部 武道の可能性 合気道・空道 学問との両立で相乗効果 神戸女学院大の内田樹教授(55)は合気道を始めて30年、現在六段の本格派である。 兵庫県芦屋市の青少年センター柔道場。内田が主宰する「多田塾甲南合気会」では、神戸女学院大OGの古橋右希(29)と組んで投げ技の手本を示し、グループごとに稽古を行っていた。 内田は相手を投げる際の微妙な感覚を「やわらかいおもちがプッツンと切れるように」「急須から最後の一滴がぽたんと落ちるように」など絶妙の比喩を使って指導する。ユニークな"身体講義"は弟子たちの笑いを誘う。 「言語表現能力は指導するときに大きくかかわってきます。手取り足取り教えてもわからなかった子が、比喩がピンポイントでヒットしたとき大きく変わる。当たりはずれがあるからいろんなことを言ってみるのです」 もっとも弟子にとっては、見事すぎる比喩は、時に「その言葉を聴くのに精いっぱい」(古橋)という場合もあるが、植芝盛平が創始した合気道はこんな形でも受け継がれている。 内田の専門はフランス現代思想、映画論、武道論と幅広く、政治や教育に関する発言も多い。 「学問と武道のどちらが専門かと聞かれると心もとないですが、いろんなところにリンクしているのが私の気質」 ただ、なかなか周囲からは理解が得られなかった。大学院生のころ、稽古のために夕方帰ろうとすると、「なぜ研究に没頭しない。そんなに健康が大事か」と担当教授にいやみをいわれたことがある。 「レヴィナス(フランスのユダヤ人哲学者)を読んで考える時間と稽古の時間は、自分の中で齟齬がない。30年やってわかってきた。こういうことがわかりたくて武道をやってきたんだなと。武道がわかりたくてレヴィナスを読んでいたんだなと。研究と武道は一軒家にある2つのドア。入ろうとするところはたぶん同じですよ」 □ □ □ 東京大大学院教授で社会経済学者の松原隆一郎(49)は、33歳で打撃系総合武道「大道塾」に入門した。 極真空手出身の東孝が塾長を務める同塾は、突きと蹴りの空手に、投げと絞め、関節技を加えた「空道(くうどう)」という新興武道を生み出した。現在四段の松原はビジネスマンクラスの師範代である。 なぜ学者が武道を、という質問に松原はユーモラスに答える。 「武道にはどこか理論を超えた、うまく説明のつかないことがある。殴られて、『これは何なんだろう』と考えるのは学者的だけど、非学者的でもある」 43歳のとき高校以来の柔道を再開した。14歳で初段を取り二段に昇段するまで31年の月日が流れた。今年4月、三段に。 「空道は柔道と空手の間みたいなもの。"柔道をやりながら殴られたらどうするか"と仮説を立て、稽古や試合で検証しています」 強い相手を前にすればゼロから考え直す。新興武道ならではのおもしろさだろう。 □ □ □ 今、武道が脚光を浴びている理由は何だろう。 「日本の学校教育は、努力と利益の経済的な合理性のうえで成り立ってきた。これをやるといいことがあるよと。始める前に見通しのわからないことはやらない。日本人はそのスタイルに慣れてきた」 内田は、そんな日本の現状をふまえて、武道に可能性を見いだしている。 「なぜ一生懸命やっているのかわからないけど、自分の求めるものが追う過程でわかっていく。それが武道です。体のスキーム(枠組み)や価値化が変わります。これらは学校教育では根絶し、武道に残っているだけ」 群れのなかにいることで安全が保証されるわけではない。がんばりが報われるともかぎらない。そんな時代を生き抜く知恵が武道にはあるのかもしれない。 =敬称略 (「群れないニッポン」取材班) =第5部おわり 産経新聞 平成18年(2006年)8月26日土曜日 |