カテゴリ:西洋史関連(日本語書籍)
ジョルジュ・デュビー(松村剛訳)『歴史は続く』
(Georges Duby, L'Histoire continue, Paris, Odile Jacob, 1991) ~白水社、1993年~ 著名な歴史家、ジョルジュ・デュビィ(1919-1996)の自伝的著作です。はじめ地理学を学んだ後、中世史研究の道を選んだ頃から、博士論文執筆を経て、その後の多様な研究・著作、テレビやラジオでの発表まで、彼の研究者としての道が一望できる著作となっています。 (※研究者や歴史上の人物のカタカナ表記について、私は特に最初に読んだ著作の印象を持っていたり、あるいは自分なりの好みに応じて書くようにしていますが、Dubyについてはデュビィと表記します。本書ではデュビーとなっています) なお、私が現段階で記事を書いたことのあるデュビィの著作は、 George Duby (Trans. by Arthur Goldhammer), The Three Orders. Feudal Society Imagined (『三身分―封建性の想像界―』) です。きわめて不十分な記事ではありますが…。 本書の構成は以下の通りです。 ーーー 序 第一章 選択 第二章 師匠 第三章 素材 第四章 操作 第五章 解読 第六章 構築 第七章 博士論文 第八章 物質と精神 第九章 心性 第十章 芸術について 第十一章 コレージュ・ド・フランス 第十二章 旅 第十三章 名誉 第十四章 テレビについて 第十五章 ギヨーム・ル・マルシャル 第十六章 親族 第十七章 計画 訳者あとがき 索引 ーーー デュビィはその文章の美しさでも評判がありますが、独特の記述をされた方です。本書の各章の標題にも、その雰囲気が現れていると思います。 本書の概要は冒頭にまとめた通りですし、ここでは、本書(松村剛さんによる訳者あとがき含む)をもとにデュビィの研究の軌跡を整理した上で、興味深かったところについて書いていきたいと思います。 (1)デュビィの研究の軌跡 ジョルジュ・デュビィは1919年、パリに生まれました。大学は、リヨン大学に入学します。フランスで歴史学者になる王道は古文書学校(ちなみに私のお気に入りの歴史家・ミシェル・パストゥローはこちらの出身)かパリの高等師範学校で学ぶという道で、デュビィの選択はなかなか独特であるということです。 大学では、面倒な科目は先に済ませようと、まず地理学を勉強します。その後中世史に転向しますが、すでに地理学の先生たちも『アナール』やマルク・ブロックを読むよう、彼にすすめていたそうです。デュビィ自身は、マルク・ブロックの『封建社会』にきわめて大きな評価を与えています。 歴史学で博士論文を書く際、彼の指導教員になったのはシャルル=エドモン・ペラン(1887-1974)という人物でした。彼はデュビィに、『クリュニー修道院古文書集成』という史料を読むよう指示します。デュビィはこれをすりきれるほどに読み、博士論文執筆のための「素材」とします。 史料を読み込む中で、彼は11-12世紀を研究対象の時代とすることに決定します。そして、 1951年、博士論文『マコネ地方における十一、十二世紀社会』を書き上げます。 その後発表された研究は、研究の時期と対象分野から、いくつかに分類することができます。ここでは便宜的に、a~dに分けて、代表的な著作を掲げることにします。 なお、書名前の年代は原著刊行年で、タイトルについては本書中の松村先生による訳語で示し、私の知る限りで邦訳が出ている場合は邦題を記しています。特に邦訳ありと書いていない場合は、邦訳は未刊です(原著書誌情報は字数の関係もあり割愛します)。 a.経済史の領域(人類学にも接近)…デュビィ自身の言う「学問的軌跡の第二期」 ここには、以下のような著作が挙げられます。 ・1962年『中世西欧農業経済と田園生活』 ・1972年『中世の農業―900~1500年』 ・1973年『戦士と農民』 ・1974年『ヨーロッパ経済の初期発展』 ・1975年『フランス農村史』 ちなみに『フランス農村史』は、デュビィが監修を手がけた四巻本ですが、これは当時の農業大臣エドガー・フォールが刊行を望んだそうです。不勉強ながら、『フランス農村史』は中世を扱った部分さえも読んだことがないのですが、政治の要職にある人物が、過去から現在までの通史的な歴史記述の刊行を望むというのは、素敵なことだなぁと思いました(思想的偏りが反映されるとダメだと思いますが)。 b.芸術の領域 ひとつは、アルベール・スキラから依頼されたシリーズの三巻本があります。 ・1967年『西欧キリスト教世界の青春期―980-1140』→シリーズ第1巻。 (→邦訳『ロマネスク芸術の時代』小佐井伸二訳、白水社、1983年) ・1966年『大聖堂のヨーロッパ―1140-1280』→シリーズ第2巻。 ・1966年『新人文主義の基礎―1280-1440』→シリーズ第3巻。 ※以上三巻は、1976年に『カテドラルの時代―芸術と社会980-1420』として1冊にまとめられているそうです。 そして、 芸術への試みの延長として、次のような著作が挙げられます。 ・1967年『紀元千年』(邦訳あり。若杉泰子訳、公論社、1975年。入手困難) ・1976年『聖ベルナール―シトー派芸術』 c.心性史の領域 ・1958年『フランス文化史』→フェーヴルからの提案。ロベール・マンドルーと共著。 (→邦訳あり。前川貞次郎ほか共訳、三巻本、人文書院,、1977年[改装版]) ・1973年『ブーヴィーヌの戦い』 →一つの事件について、その語られる内容が長い間に記憶と忘却の複雑な作用により徐々に変貌していく様子を描く。 (→邦訳あり。松村剛訳、平凡社、1992年) ・1978年『三身分―封建性の想像界』(英訳の感想は上記リンクから) d.女性史の領域 これは、本書執筆の時点でさらに進めようとしていた領域ということになります。 ・1981年『中世の結婚―騎士・女性・司祭』 (→邦訳あり。篠田勝英訳、新評論、1984年) ・1991-1992年『女の歴史』監修 (→邦訳あり。全五巻10冊。杉村和子・志賀亮一監訳、藤原書店、1994-2001年) さて、著書紹介を挟みましたが、あらためて少しだけ経歴に戻っておきます。 1970年、彼はコレージュ・ド・フランスの教授となります。そこで彼は、ゼミナール形式の講座を開き、たとえば『三身分』もその中で取り上げたテーマだそうです。 執筆活動のほか、デュビィはテレビ番組の制作にも携わるなど、多方面で活躍していました。 1987年、デュビィはアカデミー・フランセーズの会員に選ばれます。 そして1996年に亡くなられたのでした。 (2)本書の印象的だった部分 (1)が長くなってしまったので、簡単に書いておきます。 ひとつは、上にも書きましたが、彼が研究を発表するにあたって、その文体にも気をつけていること。 ひとつは、第5章「解読」の中で、一見味気ない史料をいかに読み込むか、その実践が示されていること。私は在学中に一度もふれたことのないようなタイプの史料(数世代にわたるある一家の流れ)で、無味乾燥でおもしろみには欠けると感じざるをえない史料なのですが、そこからデュビィは生き生きとその背景を読み解こうとしています。これくらいのスタンスが必要だったなぁと、ちょっと反省もする次第でした。 そして、おおざっぱに言ってしまえば、研究の成果は大学関係者という狭いサークルの中に閉じこめておくべきではない、ということ。たとえば、フランスではル・ロワ・ラデュリという研究者による『モンタイユー』という著作がベストセラーになったといいます。ミッテラン大統領が「私も読んでいる」と言ったことも流行の一因だそうですが(バーク『フランス歴史学革命』165頁)、デュビィはもちろん、このブログでもよく紹介しているル・ゴフ、パストゥローなど、フランスの歴史家の中にはすごい量の本を出す方々がいます。 このことについて、デュビィの言葉を引いておきます。 [前略]考証の闇のなかに引きこもって一世紀間姿を隠していた専門的な歴史学が、膨大な消費の対象となる文学生産の場に、こうして再登場したのであった。 これは、フランス文化史の流れにおいて、じつに目ざましい変化である。この点に関して、われわれにはまったく責任はない。われわれがベストセラーをねらって突進したのではなく、単に要求に応じただけなのだから。われらの義務は、知っていることを発表し、最大限に広めることにあるのではないだろうか。したがって、大学関係者のせまいサークルをはるかに超えたところにまで知識を普及する機会が与えられたのを見て、われわれはそのチャンスを利用したにすぎない。それは悔やむことではない。 (127頁) 私自身は早くに研究一筋の道を離れましたし、勉強しているとはいえその知識はきわめて貧弱ですが、それでも西洋中世ではこんなことがあった、その歴史に関してこんなに面白い研究がある、といったことを、ブログに書くようにしています。趣味は人それぞれですので、少しでも良いので、興味をもってくださる方がいたり、あるいは学生さんが研究に役立ててくだされば…などと僭越ながら考えている次第です。 そしてもう一点。本書には研究者や著作についての索引が付されているのですが、同時にそれらには簡潔な説明も加えられていて、索引であると同時に用語集としての役割も果たしてくれます。本文だけでは分からない研究者の生没年や主要な研究などを知ることができるので、本文の理解もさらに深めることができます。親切な設計ですね。 なにはともあれ、興味深く読みました。勉強(研究)は面白いということを、あらためて感じさせてくれる一冊だと思います。(同じく研究の面白さは、シュリーマン『古代への情熱』を読んだときにひしひしと伝わってきたのを覚えています) (2008/12/28読了)
お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[西洋史関連(日本語書籍)] カテゴリの最新記事
|
|