カテゴリ:西洋史関連(論文紹介)
Michel Pastoureau, "L'homme et le porc : Une histoire symbolique"
dans Michel Pastoureau, Couleurs, Images, Symboles. Etudes d'histoire et d'anthropologie, Paris, Le Leopard d'Or, 1989, pp. 237-282. 久々に、ミシェル・パストゥローの論文集『色彩・図像・象徴―歴史人類学研究』所収の論考を読了しました。今回は「人間と豚―ひとつの象徴史」を紹介します。 まずは、やや詳細な構成を紹介したうえで、簡単に内容紹介と感想を書きたいと思います。 本稿の構成は以下のとおりです(序とその小見出し、項番号はのぽねこによる補足です)。 ーーー 序 豚の家畜化 第1節 古代の豚―信仰と禁忌― 第2節 両義的な動物 1.悪い豚 2.良い豚 a)雌豚と豊穣性の原理 b)猪と森の役割 c)豚―人間に最も似ている動物 第3節 豚と宗教 1.ユダヤ教的伝統における豚 2.豚とイスラーム 3.キリスト教と豚 a)悪い豚―悪魔、シナゴーグ、罪 b)良い豚―聖アントニウスの豚の事例 第4節 人間と豚 1.豚飼い、肉屋、豚肉屋 2.供儀と祭り 3.子供と豚 第5節 社会的象徴における豚 1.人名と地名 2.諺、罵言、冒讀 3.紋章と記章の世界 ーーー 序の部分では、猪と家畜化された豚のからだや性質についての説明もあり、また家畜化の痕跡を示す骨や歯についての言及もあるなど、動物学の成果が紹介されています。 第1節以降で本論に入ります。まず第1節では、エジプトなどオリエントの世界では豚が禁忌の対象とされていたこと、ギリシャ・ローマではそうではなく、豚は神への供儀とされ、また人間もふつうに食べる対象だったことが指摘されます。 なお、ローマ時代には、『博物誌』を著したプリニウスが、豚は動物のなかで最も愚かな動物と言っています。反対に、ローマ時代には、猪がその力と勇敢さのために尊敬されていました。 パストゥロー氏がいろんな論考で書いていることですが、動物などの象徴性は一義的ではありません。第2節では、豚の悪い側面と良い側面が考察されます。悪い側面としては、ゴミをあさったりすることからの汚さ、大食、そして愚かだと考えられたことが挙げられます。といっても、19世紀以降、豚は知的な動物と考えられるようになっており、西欧文化では、時代を経るにつれて豚の否定的価値がなくなっていく、とここで結論が先取りされています。 豚の良い側面については、うえの構成に掲げたとおり、3つの項目が検討されます。 第3節は、本稿のひとつの山場だと思います。特に、第1項でのユダヤ教で豚がタブーとされる理由の考察が興味深いです。しばしば、衛生的な理由から、豚がタブーにされたと説明されてきたそうです。ゴミや泥の中を転げ回ったり、あるいは暑い地域ではいたみやすい、という面があります。ところが、太平洋の島々など、暑い地方でも豚肉を食べる事例があるため、これは説得力に乏しい。というんで氏が挙げるのが、象徴的理由です。全ての社会で、ある種の動物が不浄とされたり、あるいは食のタブーが設けられたりします。たとえば、現代西欧社会(日本もそうですが)では犬を食べませんね。 さてでは、なぜユダヤ教が豚をタブーとしたのか。ひとつの説としては、ヘブライ人が定住する以前にパレスティナ地方に住んでいたカナーン人にとって、豚が偶像的な供儀とされていたことがあります。ユダヤ教は、自身と反する彼らの宗教的慣習のなかで重要な役割を果たしていた動物を規制しようとした、というのですね。 第4節は、第1項で豚肉を扱う中世の職業組合について言及されるなど、歴史的観点ももちろんですが、その比重は人類学・民俗学的側面にあるように思います。特に第2項、第3項はそうで、以前読んだファーブル=ヴァサスの著作の成果も下敷きにされているようです。 私が特に興味深く読んだのは、第5節です。豚を語源とする人名と地名を考察する第1項では、 19世紀以降、豚に関する姓を持っている人々が、名前の変更を求めて認可されたという指摘があり、まさに豚の象徴性がうかがえます。第2項では、ことわざや罵言のなかで豚が否定的に使われるようになったのは中世末期頃からと指摘されていますが、第3項での紋章の考察のなかで、やはり中世末期から豚が紋章に使われることが少なくなったことが指摘されていて、その時期的な重なりが興味深かったです。また罵言について、古代や中世では犬が罵り言葉に使われていたという指摘が勉強になりました。 ※ 以前紹介したファーブル=ヴァサスの著作が、人類学・民俗学を中心としていために私にあまりなじみにくかったせいか、どうも分かりにくかったのですが、このパストゥロー氏の論考はずいぶん分かりやすかったです。構成が明快なように感じます(文章への慣れもあると思いますが…)。 なお、豚はミシェル・パストゥローのお気に入りの動物のひとつで、以前紹介したとおり、氏の新刊も豚に関する著作となっています。 Michel Pastoureau, Le cochon : Histoire d'un cousin mal aime, Editions Gallimard, 2009 熊に関する著作は邦訳が予定されているようですが、果たしてこちらの豚に関する著作も邦訳されるのでしょうか…。 最後に、本稿に関連する文献について、いくつか記事を挙げておきます。 ・ミシェル・パストゥロー「キリストの動物誌・悪魔の動物誌」 ・ミシェル・パストゥロー「イノシシ狩り」 ・ミシェル・パストゥロー「動物の王は何か」 ・クロディーヌ・ファーブル=ヴァサス『豚の文化誌―ユダヤ人とキリスト教徒』 (2009/07/26読了)
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Last updated
2009.07.30 06:40:40
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