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日本を脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係も(塚本邦雄『日本人霊歌』)
「日本を脱出したい」と思った皇帝ペンギンと皇帝ペンギン飼育係が、もし本当に日本を脱出したらどうなっただろう。 飼育係の方は、人間同士、まあ、どこに行ってもやっていけるだろう。私だって日本の外でそれなりに暮しているのだもの。(とはいえ、日本を出たからといって、画期的なことは別にないけれども) しかし、現状への不満と、新しい天地を求めて日本を脱出した皇帝ペンギンには、どんな暮らしが待っているのか・・・・ たとえば、ふるさと南極にずーっと住んでいる皇帝ペンギン達は、子孫を残すために、実に過酷な自然に耐えて暮しているのだ。 脱出したいと思うこともあるだろうし、気温が高くて辛いと思うこともあるだろうが、でも、日本の動物園にいる皇帝ペンギンは楽ですよ~。 と、そんなことを突然考えているのは、今日,March of Penguins の映画を見たからである。(毎月一度、シニアのために、近所のショッピングセンターにある映画館で行われる無料の映画鑑賞会だ。) 日本でも「皇帝ペンギン」としてすでに公開もされ、DVDも出ているらしいが、すばらしい記録映画だった。 けなげで、哀しくて、むなしくて、寂しくて、美しくて、かなり泣いたけれども。 ストーリーの内容は、渡辺千賀さんの 1月11日の日記に詳しいので、こちらでは省略するけれども、かつて、Earnest Shackleton の Voyage of Endurance でも十分に見たと同じ南極の自然の厳しさ、太陽のまったく出てこない真っ暗闇の中でのブリザードに耐えて、自然が与えたとしか思えない知恵で子孫を残していく様子。そして、時期が来ると、見事に子離れする親と、そのことを un-acceptable but un-negotiable ( 嫌だけれども、どうしようもないこと) として受け入れて独り立ちしていく子供たちのたくましさを見ると、「生きる」ということは、こういうことだったのか・・・と襟を正す思いがした。 また、画像がすばらしく美しいのにも心を打たれた。 一年間を通して撮影した人たちも、同じブリザードにさらされて仕事をこなしていたのだと思うと、感動もひとしお。 そして、ストーリーの終了後、写された撮影の様子の中に、ペンギンがカメラを覗きに来ているところなどがあり、「人間」というものの存在を知らないペンギンが、恐れることも知らずに好奇心で近づいてくるのも興味深かった。 いろいろと感慨はあるので、この映画の感想は、連作にしようと思い、映画を見ながらたくさんのメモをとってきた。 自分が雌ペンギンの一羽になって詠んでみるのも、一つの方法かと思っている。 「人間としての自分」が通ってきた「子から母になり、やがて子供を手放した道」とも共通して、よい感情移入ができるかもしれない。 [短歌に関するハナシ]カテゴリの最新記事
太平洋戦争真っ只中の天皇陛下と国民の思いの歌と解釈するのも一つかと思います。(July 5, 2010 16:02:36)
たそがれグランパさん
お書き込み、ありがとうございました。 >太平洋戦争真っ只中の天皇陛下と国民の思いの歌と解釈するのも一つかと思います。 1959年 『日本人靈歌』で第3回 現代歌人協会賞受賞の『日本人靈歌』にある作品だということを考えると、そういう解釈もわかる気がします。 ただ、私には、「太平洋戦争真っ只中の天皇陛下と国民の思い」というものが、知識としてしかわからないので、そういう連想がわかなかったのでしょう。 とはいえ、皇帝ペンギンの歌を読んで、皇帝ペンギンを思い浮かべるだけだったというのは、単純すぎる感想であるとは、私も思います。 このページをアップしてから、4年以上がたってしまいました。 今読み直したのですが、これを書いた自分が、他人のような気がして不思議です。(July 5, 2010 22:09:42) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |