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M17星雲の光と影

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2005.12.04 楽天プロフィール Add to Google XML

雨に咲く花
[ その他 ]    

先日、夜中に目が覚め、寝つけぬままに枕元のラジオのスイッチを入れた。NHKの「ラジオ深夜便」をやっており、その中で懐かしの唄がかかっていた。その時に聞いたある曲が耳について離れない。子供の頃、水原弘の唄で聞いた記憶がある。もともとは戦前の曲で、昭和10年代のヒット曲だそうだ。ラジオで は青江美奈が歌っていたが、見事な歌唱だった。それはこういう歌詞である。

雨に咲く花

およばぬことと あきらめました

だけどこいしい あのひとよ

ままになるなら いまいちど

ひとめだけでも あいたいの



わかれたひとを おもえばかなし

よんでみたとて とおいそら

あめにうたれて さいている

はながわたしの こいかしら



はかないゆめに すぎないけれど

わすれられない あのひとよ

まどになみだの セレナーデ

ひとりなくのよ むせぶのよ



こう歌詞を並べてみると、かなり陳腐な印象をもつ方もおられるかもしれない。だが、実際にこの曲が歌われているのを耳にすると、圧倒的な哀感が迫ってきて、それがこちらにも乗り移ってくる。有無をいわさず聞き手を哀しみの世界にひきずりこむ力がある。そういう曲である。その力はどこからくるのか。少し考えてみた。


まずこの歌詞はひらがなで書いたほうが曲を聴いた時の印象に近い。最初にインターネットでこの歌詞を調べたのだが、そこでは「及ばぬことと 諦めました  だけど恋しいあの人が 儘になるなら……」
と書かれていた。しかし、この表記では、どうもこの曲独特の哀感が伝わってこない。「どうもちがうな」と思って、自分でひらがなに開いてみたら、すこし聞いた時の印象に近づいた。だから、これは口で嘆き、呟く唄なのであり、その語りにこちらが耳を傾け、思わず その世界に引き込まれるところから、独自の哀感が生まれてくるのである。


そして、実際にこの唄が歌われるとき、それは次のように聞こえてくる。

「かーなわぬーーこーいーーとーーー、あーきらめーまーしたーーー」

音にくらべてことばの数が少ないために、そのことばは延々とひきのばされて歌われ、聞く者の耳には歌詞に含まれる単語の母音がいつまでも残響として耳に残る。

その歌詞に含まれる母音を試しに見てみよう。この歌の各フレーズの最初の一音を母音になおしてみると、こうなる。

 おー あー あー あー あー いー いー あー

 あー おー おー おー あー あー あー おー

 あー うー あー あー あー いー いー うー」

 これはつまり全編泣き声なのである。圧倒的に多いのは「あー」である。この母音にはもっとも原初的な悲しみがこもる。すべての力を抜いて、運命の波にや るせなく身をまかせる時に人間の体全体から発せられる声である。「おー」は慟哭。「いー」は恨みだろうか。

歌詞の内容を見てみよう。結論は最初の一行で出ている。

「およばぬことと あきらめました」

そこから一歩も動きようはない。逆接を使い、仮定法を用いても、状況が変わるわけもない。


「だけどこいしい あのひとよ

ままになるなら いまいちど

ひとめだけでも あいたいの」


条件節を作ってみても、今の悲しい状況に帰着するだけだ。


「わかれたひとを おもえばかなし

よんでみたとて とおいそら」


逃げ場のない場所。そこでことばは比喩に走る。


「あめにうたれて さいている

はながわたしの こいかしら」


繰り言のように冒頭部に帰り、また逆接が使われ、哀しみをもたらす状況が繰り返される。

はかないゆめに すぎないけれど

わすれられない あのひとよ

しかし、その哀しみに押し流されまいと、歌い手は涙をこらえる。そして語りはふたたび比喩へ跳ぶ。「まど」から連想された窓辺の恋の唄「セレナーデ」と いう比喩が、この詞の中の唯一の輝きとなって、暗い世界に細い糸のような一本の光線を投げかける。


「まどになみだの セレナーデ」


 そういえば、と聞き手は思う。この人はいま懸命に哀しみに耐えている。自分の思いをみつめ、自分の置かれた状況を確認し、自らを比喩の衣でつつみ、なん とか自分自身の姿を客観視しようとしている。そして、ようやくその努力の成果が美しくも哀しいことばとなって、この唄の世界に救いをもたらそうとした、 その瞬間、


空しい努力は、心の底から吹き上げてくる有無を言わせぬ巨大な哀しみの波に一瞬にして呑み尽くされる。


「ひとりなくのよ むせぶのよ」


この最後の慟哭を前に平静を保つことのできる人は少ない。



Last updated  2005.12.29 22:30:14
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