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M17星雲の光と影

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2006.03.31 楽天プロフィール Add to Google XML

「ののしりことば」について
[ その他 ]    

通勤電車の中でちょっとした小競り合いが行われているのを見ることがある。その多くは押した押さないのたわいもない喧嘩だが、はたで聞いているとののしりことばがいかにも貧弱であることに気づく。「このやろー」「ざけんなよ」「てめー」、ややヒートアップして「ぶっころすぞ」くらいである。いずれも一音か二音で終わってしまうフレーズであり、さりとてすぐにぽかすかなぐりあいを始める勇気もないようで、延々とこれらがリピートされることになり、芸のないことこの上ない。

ののしりことばというのは単なる宣戦布告の意味をもつだけではなく、戦いを猶予する時間の確保にもつながるわけだから、ある程度の長さはあったほうがよい。そうしないとセレモニーとしての格好がつかない。

東京近辺では伝統的にこのような短期(短気?)決戦が好まれていたのだろうか。このののしりことばの「味気なさ」にはいつまでたってもなじめないところがある。

たとえば博多を例にとってみよう。ここでの喧嘩の作法は少なくとも東京近辺よりは洗練されていたように思う。少なくとも日常的にそれが起こる頻度が高く、定型句もそれなりにイディオム化しやすいのかもしれない。

喧嘩が多いというと「まあ、野蛮人ね」と思われる向きもあるかもしれないが、それは違う。喧嘩が日常的に多いということは仲直りをする機会もそれに応じて多いということであり、喧嘩によって決定的に衝突、決裂することが少ないということを意味する。ろくにものもいわないでいきなり殴り殺してしまうというようなのを「野蛮」というのであって、「喧嘩-仲直り」という反復運動を日常的に行っているというのはまぎれもない文明人の証左といえるのである。(ほんとかな)

しかし、博多近辺でけんかの頻度が多いなどということは、そこに暮らしている時には考えもしなかった。東京の大学で他の地域の友だちと話をするようになってはじめて気づいたことである。

たとえば体育の授業で球技を行う場合、ラグビー(え、体育でラグビーするの?と驚かれたこともあったな、たしか。高校でやりますよ。母親にバスタオルかなんかでヘッドキャップ作ってもらって。合法的に「なぐるける」ことができるので、けっこう楽しかった記憶があります)、サッカー、バスケなどですね、必ずあちこちでけんかが起こる、という話をすると驚かれる。これってふつうじゃないですかね。バスケでひじうちが入って、コートの隅で二人がくんずほぐれつのなぐりあいをしていて、それとは無関係に試合が進行しているというのは日常的な風景だと思っていたんですが。そして、そういう場合、基本的に誰も止めません。勝手にやらせておきます。そのうち、「いや、オレが悪かった」「いや、オレのほうが」ということで比較的短時間で二人は仲直りします。この「けんかー仲直り」のインターバルが短ければ短いほど「男らしい」とみなされるので、喧嘩しながら双方ともにそのタイミングをはかっているんですね。時には「オレが悪かった」「いやオレが悪かった」「オレのほうが悪かったというとろーが」「なんかキサン!(注「貴様」のこと)」ということでもう一度「ぽかすか」が始まったりすることもありますが。

こういうことが体育の時間ではほぼ「毎時間」行われていたというと、「えー」と驚かれることが多かった。ふつうのことだと思うんだけどな。ふつうじゃないですかねえ、これって。

どうも彼の地では「あそび」というものの概念が他の地域とは若干異なるような気がします。たとえば独楽回し、凧揚げというようなものを取り上げてみても、こちらに出て来て子どもたちに聞くと、それはたんに独楽を回して遊ぶ、凧を揚げて遊ぶという意味なんですね。びっくりしました。

なぜ驚くかというと、そういうことは博多では考えられないからです。独楽回しとは誰かが独楽を回している、それを目がけて自分の独楽を上段から投げつけ、相手の独楽の中心部に命中させて、敵の独楽をたたき割る。これが博多の独楽回しのルールです。凧揚げとは、相手の揚げている凧に自分の凧を接近させ、糸をからませて相手の糸を「ぶちっ」と切断する、そういう遊びなんです。独楽回しでは毎年必ず相手の投げた独楽が頭に突き刺さって病院に運ばれる人間がいたものですが、これってふつうのことじゃなかったんですか。

メンコ(向こうではパッチンといいますが)でも基本的に勝ったものの総取り。負けたものは泣き叫びながら帰っていくというのが日常的な風景でした。「負けたものが泣き叫ぶ」というのが遊びを成り立たせるための重要なエレメントのひとつだったんですね、考えてみると。

話をののしりことばに戻しますが、AとBが路上ですれ違う。互いににらみ合ってけんかを始めるときには、選択の余地なく、ストックフレーズが決まっているんです。それは次のようなものです。

「きさん、なんばつやつけとうとか、のぼせあがっとっちゃなかぞー。くらさるーぞー。」

訳しますね。「おい、おまえ、なにをかっこつけてるんだ、あんまりいい気になってんじゃないぞ。ぶんなぐるぞ」ということになります。標準語に訳すとインパクトが3~4割減じる感じがしますが。

そもそもかっこつけていい気になってるとなぜ他人に殴られなければならないのかという根本的な疑問が生じますが、これはなにしろイディオムですから、そういう詮索をしてもしようがないのです。彼の地でそういうことをいうと「理屈をいうな」といって相手をさらに激昂させてしまうことになるので要注意です。

先ほどのせりふを相手の足のつま先から徐々に視線を上げながら言うわけですね。すると相手は、
「なんか、きさん、くらさるーとはきさんのほうたい」といいます。これはいくつかバリエーションがあります。両者の力関係によって一通りではありません。もちろん「……」(無言)という返答も多く見られます。ただいきなり殴り合いというのはまずありませんね。ことばの抑揚と視線のからませ方で勝負の帰趨がほぼ決しますから、ここは大切なところです。

なぐることは基本的には「くらす」といいます。「くらわす」の転と聞いたことがありますが、使っている人間はそんなことは気に懸けていません。「くらす」は「くらす」です。でも、このことばにも微妙な強弱のニュアンスの違いがあります。

「くらすぞ」は威嚇ですね。実際にはこれだけで殴りかかることはまずありません。「くらさるーぞ」(くらさるるぞ)は受け身表現。こちらのほうが殴打に一歩接近している感触があります。「おまえが殴られている状態をオレはいま脳裏にありありと思い浮かべているぞ」ということですから、この受け身にはいくぶん切迫感、臨場感が伴ってくるわけです。

「bad-worse-worst」という比較の形に即して言うと、博多では「くらすーくらさるるぞ」と来て、その最上級は「ぼてくりこかっそー」(ぼてくりこかすぞ)となるわけです。すごい最上級でしょう。「ぼてくりこかす」。なんだか足を引っかけて倒した後、馬乗りになってぼこぼこにするというような、三つくらいの動作がひとつの動詞の中につまっている感じがします。ここまでことばが強くなると、かえって殴り合いにならないケースも多いようです。頻度としては「くらさるーぞ」がいちばん一般的ですかね。でも、考えてみると、こういうことばの後で実際に殴り合いが始まるケースというのは実は数が少ないように思えます。これらの一連の表現は、実際になぐる行為の代替表現になっているのかもしれません。

えーと、この相手には三段階のどのレベルを使って、どのような語順でどういう構文を作るか、それに対する相手の反応に応じて次の発話をどうするか、と考えていると、集中力が語彙や話法や構文や抑揚に奪われて、どんどんこぶしから離れていってしまう。結局はにらみあいながら徐々に離れていくということが多かったような気がします。

ぽかすか殴り合うという単純な実行行為を避けるために、複雑な語彙、話法を発達させ、そちらに注意力とエネルギーを向けさせるというのは、やはりなかなかに文明的な所作ではないかと思えるのですが、いかがでしょうか。

「なんか、きさん、うだうだ気色のわるかりくつばこねくりまわしよったら、くらさるーぞー」
「あ、はい、どうもすいません」
「ひょーじゅんごばつかうなっていいよろうが、きしょくのわるか」

あ、そうか、えーとこういう場合の返答は、どうするんだっけ。

「なんか、きさん、おれはくさ、ひょーじゅんごばつこうとる気色のわるか連中より、きさんたちのほうがよっぽど頭のよかやり方ばしようってほめてやりようとぞー。それもわからんでいちゃもんつけよったら、ぼてくりこかすぞー、こら。わかったか。おー、わかりゃよかったい、わかりゃー」

こんなもんでよかったんだっけ。すっかり標準語が身について都会人として洗練されちゃったから、うまく文明の作法を使いこなせなくなっちゃったなー。反省。







Last updated  2006.03.31 10:56:05
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Re:「ののしりことば」について(03/31)   somewhere else not hereさん


Re:おいこら(03/31)   M17星雲の光と影さん


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Re:「ののしりことば」について(03/31)   ジュンさん


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