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A先生の教室にて。
ざわざわ。ざわざわ。「A子がさー」「えー、しんじらんなーい」「それでさー」ざわざわ。ざわざわ。 A先生登場。 「はーい、いいかなー、授業はじめるよー、はい、静かに、静かにー。準備いいかなー。じゃあ、授業始めるからねー、はい、小池さん、席についてね、授業始まってるからねー。はい、今日は、国語だよねー、でも、いつも教科書読むの退屈だろうから、今日は特別に先生、じぶんちでプリント作ってきましたー。はい、聞いてるかなー。教科書のつまらない文章じゃなくって、今日は先生のセレクトした文章で授業やろうかなーって思ってます。はい、静かに、静かに。今日はなんと村上春樹さんの。村上春樹さん、知ってるかなー。みんな私の話聞いてるかなー。えっと、その村上さんの本に『夜のくもざる』ってあるのね、そのいちばん最後に「夜中の汽笛について」ってすてきな作品があってねー。あー、本田どこいくんだよ。え、トイレ。休み時間にいっとけよ。ったく。えっと、なんの話だっけ。そう、そう、夜中の汽笛だ。これがね、とってもいい作品なんだよ。女の子がね、私のことどれくらい、好き?って聞いてさ、男の子がね、夜中の汽笛くらい、君のことが好きって、いうってさ。え、なに、『夜中の汽笛みたいにくらい男はきらい』って。ちがうよ、そうじゃなくて、君のことが夜中の汽笛みたいに好きさって答える話でさって、おーい、みんな、聞いてくれよー、せっかく昨日夜中の二時までかかって授業の準備してきたんだからさー」 (以下、省略) 授業終了後、職員室にて。 若き熱血先生Aがっくりとうなだれている。そこを通りかかった一癖も二癖もありそうなベテラン教師B、A先生のほうを見て、 「おや、どうしたの、新学期からずいぶん落ち込んでるじゃん」 「………………。」 「なんかうまくいかなかったの。」 「そうなんすよ、昨日夜中の二時までかかって授業の準備してすねー、それも教科書じゃあいつら退屈するかもしれないとおもってですね、自分の愛読書からいい短篇をコピーして、それを使って授業やろうとしたんすよ。」 「おー、なかなか意欲的でいいじゃないか。それでどうだった。」 「どうもこうもないっすよー。あいつらぜんぜん人の話聞かないし、せっかくの準備もだいなしで、大失敗っすよー。」 「ほう、ほう」 「なんかうれしそうっすねー。B先生。」 「いやいや、そんなことないよ。それは残念だったねー」 「ほんとにそう思ってるんすかー。でも、今日はほんとに落ち込みました。なんであいつら、俺の話聞いてくんないんすかねー」 「なんでだと思う?」 「え、それは、そうすね、あいつら、もともと授業で面白い話なんか聞けるはずないっておもいこんでるんじゃないんすかねー。」 「ああ、たしかにそれはあるかもしれない。でも、それだったら、どんな先生でも条件は同じじゃないか。」 「まあ、それはそうすねー。じゃあ、B先生、今日の授業どうだったんすか」 「ちょっと再現してみようか。」 「ああ、はい。」 B先生の教室にて。 ざわざわ。ざわざわ。「A子がさー」「えー、しんじらんなーい」「それでさー」ざわざわ。ざわざわ。 B先生登場。 「え、なんだって、いま誰かピナコラーダっていわなかったか」 「いった、いった。C子がさー、ハワイいってさ、それ飲んだって」 「それどんな飲み物なの」 「なんかさー、ココナッツミルクがはいっててさー、けっこー、おいしいのー」 「そっか、俺、こないだから『ダンス・ダンス・ダンス』って本、読んでてさー、やたらその飲み物がうまそうなんだよなー、ピナなんだっけ。」 「ピナコラーダ」 「そう、そう、それ。でもいったいどんな飲み物なんだろうって、ずっと思いながら今日ここに来たわけ。すると、いきなりその飲み物の名前が聞こえたからさー、もうちょっとその飲みものの話してくれる?」 A先生、憮然として。 「なんっすか、それ、いきなり生徒のペースで、先生ぜんぜん主導権とれてないじゃないっすかー。だめですよ。先生、ながされてちゃー。」 「え、そうか、だめかなー、これじゃ、」 「だめっすよー、これじゃ、自分のペースにならないでしょう」 「いや、そんなことないよ、その後、その『ダンス・ダンス・ダンス』書いたのがさー、むらかみはるきっていったらさー」 「えー、それ知ってるー。売れてるんだよー、その人、おかあさんもファンなんだって」 「そっか」 「それでさ、面白いよっていうからさ、アフターダークって本、おかあさんに借りたんだけどさ、なんかいまひとつわかんなかったー」 「ほー、いきなり最新作読んでるわけか。それでさ、その人の短篇読んでみよっかなーっておもってさー、今日持ってきたんだけど、どう、読んでみる?」 「えー、なんかちょっとおもしろそうじゃーん、読む、読むー」 っていうんで、ずいぶんもりあがっちゃってさー。 A先生、さらに憮然として、 「ずいぶんうちのクラスと雰囲気ちがうじゃないっすか」 「うん、その後、一緒に『夜中の汽笛について』を読んで、さらにもりあがっちゃってさー」 「あ、俺の上げたプリント使ったんすかー、ずりーなー、あれコピーしたんでしょ。ぜったい、ずりーよなー、B先生」 「でもさ、いいじゃん、めちゃくちゃおもしろかったよ。その授業。」 落ち込むA先生。 「やっぱ、俺には向いてないんすかねー、教師って仕事。」 「そうかもしれない」 「ハルキ口調で馬鹿にするの、やめてくんないっすか、B先生」 「失礼、失礼。でもね、A先生。なんで生徒がA先生の話聞かなかったかわかる?」 「わからないっすよー、そんなもの。こっちは一生懸命準備して、それでメッセージまでもってきてんのに、ぜんぜん聞いてくんないんすからー。」 「なるほどね。でもね、先生。」 「なんすか」 「自分が生徒の立場だったとして考えて下さいよ。先生がもし生徒だったら、どんな人の話なら聞いてもいいって思うかな」 「え、自分が聞く立場だったらすか」 「そう、逆の立場だったら、って考えてみて。夜中の二時まで寝ないで準備して、よし、これだけはいおうって思った話、聞こうと思うかな。」 「そうっすねー、ちょっと重いかな。それは。」 「だろ。しかも、どうかな、正しい話をしようって思ってる人の話、聞こうと思う?」 「あー、なんかそれ、鼻についちゃいそうっすねー。ちょっと苦手かもしんない」 「ねー、やっぱりそうじゃん。じゃあ、生徒の反応はおかしくないわけでしょ。」 「たしかに。でもそれはそうだけど、だからって納得してちゃ、なんにも進歩しないじゃないすか」 「そうだよね。じゃあ、こう考えよう。A先生はどんな人の話ならじっくり聞いてみようと思うかな」 「そうっすねー、やっぱり自分の信用してる人の話なら聞いちゃいますね」 「でも、今日は新学期の最初の授業だ。目の前の先生が信用できるかどうか、誰にもわからない。そうだよね」 「そうすよー、それがむずかしいんすよー。でも、B先生の話は生徒ちゃんと聞いてたですよね」 「うん、なんでだと思う」 「なんでだろ」 「そのへんになんかありそうだよね。人が他人の話を真剣に聞くとき、そこにはひとつだけ条件がある」 「え、なんすか、その条件って。」 「A先生も一緒だよ。初対面でもこの人の話なら聞いてもいいって思わせる条件がひとつだけある。それはなんでしょう。」 「なんすかー、先生、じらさないでくださいよー。どうすればいいんすかー」 「けっしてむずかしいことじゃない。初対面でもやれることだ。そして、それさえやれば、相手は絶対あなたの話を聞こうと思う。その行動とはいったいなにか。」 「行動?なにか具体的にやるってことですか」 「そう」 「なんだろう。うーん」 「人はどんな人の話なら聞くか。それは簡単。自分の話をよく聞いてくれる人、その人の話にはちゃんと耳を傾ける、それが人間の習性なんだよ。」 「なるほど。」 「教室に入って、まずいちばん最初にやること、それは生徒を静かにさせることでも、自分の話を効果的に始めることでもない。まず第一に今目の前の生徒が話していることをじっくり聞くことなんだ」 「なるほど。だからB先生の話をみんなは聞いたんだ。『ピナコラーダ』ってことばを先生はまず聞いたんですもんね」 「そういうこと、これはとっても単純な原理なんだけど、人というのは、自分の話を熱心に聞いてくれる人の話はちゃんと聞くもんなんだよ。逆にいうと、自分の話をろくに聞きもしないで、正論ぶつ人間とか、説教する人間の話は絶対聞かない生き物なんだよ、人間って。」 「うーん」 「たったそれだけのこと。でもそれがむずかしいんだ。片方で自分のしゃべること考えててもう一方で話聞いててもだめなんだ。その瞬間には全力で聞くことに集中すること。でもそうすると、その後、相手が興味をもって聞ける話が自然に自分の口から出てくるんだ」 「うーん」 「だから、授業の前の晩は、おいしいもの食べて、好きな本読んで、好きな女の子に電話かメールでもして、愛してるっていって、ぐっすり眠るんだ。そして朝ご飯いっぱい食べて、教室にいったら、全神経を集中して目の前の子供たちの話を全力で聞くんだ。それさえできれば、たいていのことはうまくいく。そういうもんだよ。」 「なるほど。深いっすねー。」 「聞くって深いんだよ。きっちり聞ければそれでもう九割方話は終わってるんだから。」 「なるほどー」 「ずいぶんしっかり聞いてくれたから、もうほとんど話は終わったことになるね」 「……」 「そうやって、一生懸命聞いてる時の顔が、その人間にとっていちばん素晴らしい顔であり、またいちばん深い顔でもあるんだよ」 「聞くって効くんすねー」 「そういうこと。聞くってことは、自分の持ってるセンサーの感度の目盛りを最大限まで上げて、それを相手に向けることだから、その時点で、こちらのメッセージはちゃんと相手に発信されてるんだよ。だから、聞くことは言うことでもあるわけ。」 「ええ」 「夜中の汽笛みたいに好きって、僕は君のことを耳を澄まして聞いてるよってことじゃないの。ほんとうに真剣に全身全霊でその人の話に耳を傾けることができたら、そこにはもう愛が生まれてる。あの話ってそういうことだと俺は思うよ。」 「………………………………。」 │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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