|
|
|
|
| HOME | Diary | Profile | Auction | BBS | Bookmarks | Shopping List |
|
│<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く |
「にーほんーこくみんはー、じゃんじゃかじゃんじゃか、せいぎとちつじょをー、じゃん、きちょうとするー、じゃかじゃか、こくさいへいわをー、じゃん、せいじつにききゅうしー、じゃん」
こういう唄をご存知だろうか。今から30年以上前、生ギター一本で売れないシンガーソングライター(名前は忘れた)が日本国憲法第九条を歌詞としてレコーディングし、発売したことがあった。当然ながらその曲はヒットしなかった。でもその時中学生だった私は、その曲をうっかりテープに録音してしまったために今でもその条文だけはすらすらと暗唱することができる。ひさしぶりにやってみることにしよう。 日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する。 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 だいじょうぶ、まだ覚えている。中学生の頃の記憶力というのはなかなかにすごいものである。 というわけで憲法記念日は過ぎたけれども、これから述べるのはきわめて素朴な九条の話である。 九条の条文はご承知の通り、大きく二つに分かれる。通常は第一項、第二項といわれるのだろうか。文章はまず構成が大事だ。まずこの二つの項の関係を見てみよう。 「前項の目的を達するために」という第二項の冒頭部から明らかなように、第一項は目的、第二項はそれを達成するための手段である。ここまでは異論ありませんね。 目的は「戦争をしません」ということである。これは憲法制定当時、日本人が心の底から願った思いであったろう。この部分に一般の国民は大きな共感と賛同を感じたことだろう。しかも「正義と秩序に反する形での戦争を絶対に行わない」という決意がここには感じられる。現在のイラクの状況はどうなっているか。そこには正義があり、秩序があるか。イラク戦争(正式には米イラク戦争と呼ぶべきだと思うが)には正義があり、秩序があったか。それは当然問われなければならない問いである。 まあ、それはさておき、これは日本国民の「戦争はやだ」という宣言である。しかも一歩進んで「戦争はしない」と言い切っている。戦争に一切の限定を行わず、しかも「永久に」というきわめて強い修辞を用いている点が特徴的である。 戦争は絶対にしない、と言い切ったのだから、ほんとうはこれでじゅうぶんなはずである。「以上。おわり。」としめくくっていいところである。しかし、そこは人間の作るもの、人間の作るきまりである。どうしてもそこには「そんなこと、ほんとにできるの?」という疑問が生じてくる。借金の証文に「私は必ずこの借金を返します」と書いたとしても、「もしも返せなかった時はどうしてくれるわけ?」と問い返されるのと同じである。憲法を作った人も当然、同じことを考えたはずだ。 この場合、もしも借金を返せなかった時に備えて「担保」が必要になってくる。戦争をしないといいながら、これまでの人類の歴史上、戦争がなかった時はない。だから、いくら憲法であらゆる戦争をしないと宣言したところで、何かあれば戦争はおっぱじまる。それが人間社会の常である。当然そう考えたはずだ。「なんか担保をとっとかないと安心できないよな」。そう考えるのは自然である。 その借金の担保が第二項にあたる。「陸軍、海軍、空軍」などの戦力をもたない。これでどうだ、というわけである。戦争をする手段として軍隊をもたなければいくら戦争したくてもできるわけないっしょ、と、これはそういう発想である。おまけに「いや、将来的には陸海空軍以外の軍隊も生まれるかもしれない。宇宙防衛軍とかね。」そこまで考えて、ごていねいにも「陸海空軍その他の戦力は」と書いてある。きわめて慎重な記述である。 さらに「交戦権」、すなわち国と国が戦争をする権利そのものも俺達は認めんけんね、と書き足している。戦争遂行の手段を封じ、戦争をする権利そのものを否定し、それを担保にしてとにかく戦争をしない。そう高らかに宣言したわけである。 はたしてその結果はどうだったか。憲法公布後60年間、この目的は達成された。なにはともあれこれは偉大なる達成といわねばならない。戦争やめようよという九条の目的は60年間にわたって現実的に成し遂げられたのである。まずは「よかったね」とお互いの顔を見ながら祝いことほぐべきである。私はそう思う。そういう祝典が日本国中でにぎにぎしく行われた、という報道はあまり見なかったけれども、なぜですかね。このように偉大な達成は国家的祝賀行事として各国の首脳を招いて大々的に行うべきではなかったか。まず私はそう思います。 これってすごいことだと思いますよ。日清戦争は1894年。明治維新以来27年目にまず戦争が起こっている。日露戦争は1904年。それから10年後である。日華事変が1937年。33年後のことである。そこから戦線は拡大し、41年太平洋戦争に拡大、その敗戦が45年である。 平和の最長不当距離を現在は過去の二倍近くにわたって更新中である。まことに偉大な達成だと思うが、そういう言及は政治、マスコミいずれからもなされない。どうにも腑に落ちない。 そして今政治であれ、マスコミであれ、話題の中心は憲法改正論議だという。これはいったいどういうことだろう。 その改正のひとつのポイントは憲法の九条だそうである。誠に不思議な展開だ。私などにはその意味がまったく理解できない。 過去60年間にわたって負債を誠実に返還しつづけ、一度も期限に遅れたことのない誠実なる債務者ナカタさんに向かって、担保の設定を変更しようというのである。これまで支払いが滞ったことがあったり、借金を踏み倒される危険があるというのなら、新たな担保設定を考えることも理解できる。しかしナカタさんはこれまでそのようなことをしたことは一度もない。60年間、ただの小競り合いにせよ、戦争行為を一切行って来なかったのである。その債務者に対する担保条項をなぜいまさら変更する必要があるのか。私にはさっぱりわからない。おそらくナカタさんもわからないだろう。 現に存在している自衛隊という軍隊の存在意義を明確にするために、あるいは国際社会で正当に評価される「ふつうの国」になるために第二項を改訂する必要があるという。でも、ちょっと待ってほしい。 自衛隊の正統性を確保すること、他国の尊敬を集めること、それは「戦争をしない」という宣言の上位に位置するものなのですか。それは要するに手段の話でしょう。目的は「戦争をしない」ということだったはずだ。そうではないですか。そしてその目的は過去60年間にわたって達成されてきた。これは紛れもない歴史的事実です。近代日本の歴史において例をみない輝かしい実績です。 自衛隊の正統性を確保することが戦争をしない期間の延長にはたして役立つだろうか。他国の尊敬を得ることが戦争防止に役立つだろうか。まあ、できたら自衛隊の違憲状態は解消したほうがいいだろうし、他国の尊敬も得られるならば得たほうがいい。でも、「戦争の放棄」はそれよりもはるかに上位に位置する目標だと思いますが、この考えはまちがっているでしょうか。 理念や観念や政策的整合性はこの際どうでもよろしい。そのようなものは実は過去の歴史において戦争の培養土となり、トリガー(引き金)となることはあっても、平和の強力な後ろ盾になったためしはない。私はそう思う。 第一項=目的、第二項=手段、と考えれば、どちらが重要かは自ずから明らかである。そして多くの改憲論者は第一項はとくに手を入れなくてもいいという。もっとも大事な目的が達成されているのに、手段をいじらなければならない理由が何かあるのでしょうか。 もしもその理由があるとすれば、目的と手段をすりかえる必要のある人、戦争を行わないことよりも、戦争を行う手段の方に重きを置いてものを考え、行動する人々がいるとしか私には思えない。そして以上述べたような素朴きわまる九条擁護論に対する納得のいく反論を私はこれまで聞いたことがない。というか、そもそもなぜ現行憲法のままでいいという立場をことさら「護憲派」などと呼ぶ必要があるのだろう。刑法擁護派とか民法擁護派とか私は聞いたことがないんだけど。今のまんまでいいという立場の人間にことさら立証責任や説明責任はないはずだ。憲法遵守は国民の義務なのだから。偽メール問題の時と同じように、説明責任、立証責任はひとえに改憲論者の側にあるはずだ。 目的よりも手段を上位に置く根拠をまず明らかにするところから憲法九条の改正論議は始められるべきである。私はそう思う。おそらく純朴なるナカタさんもそう思ってくれるのではないだろうか。
ひゅーひゅー!
素朴なacornもそう思ってたんです。 だから、M17星雲さんが上手に話してくれないかなあって、待ってましたの・・・ ついでに私の小さな素朴な記事もトラックバックしてしまいますね。(2006.05.06 23:59:14)
acornさんへ
いつもながら絶妙なタイミングでの励ましありがとうございます。acornさんの卵は既にチェック済です。なぜかこんなこと書こうかなと思って、acornさんのページを覗くと、微妙に重なることが多いようですね。これからもちょくちょく遊びに行きますのでよろしくおねがいします。では。(2006.05.07 10:23:54)
大家(アメリカ)さんが家賃値上げ(契約条項の変更)を要求してきただけのことではないでしょうか。
ナカタさんが約束した相手はアメリカであって、世界に対してでもなく家族に対してでもなかったのです。残念ながら。 ナカタさんに自主独立の意志があるなら契約の破棄も出来ると思いますが。(2006.05.16 13:26:37)
お針子さんへ
コメントありがとうございます。アメリカの意向ですか?具体的に検証しようがないのでなんともいえませんが、私がこの文章のタイトルを「素朴な」としたのは、せめて憲法という日本国の根本原理に関することについては、あまり斜(はす)に構えたくないと思ったからです。もともとかなりのひねくれ者だからでしょうか、この問題に関しては「どうせ~じゃないか」というような言い方をしたくないという気持ちが強いです。現実に憲法改正の手続きが整えられたら、われわれは賛成か反対の一票を投じるわけですよね。その時にはわれわれは評論家ではいられなくなると思います。 自主独立に関してですが、現行憲法の唱える平和主義、国際協調主義の大前提は一国の独立にあると思います。独立自尊の気概のないところに真の平和は存在しないというのが私の基本的な考えです。 ナカタさんはどうですか。 「ナカタは頭が悪いのでむずかしいことはよくわかりませんが、平和な時のほうがウナギがたくさん食べられるなら、ナカタは平和なほうがいいように思います。ウナギはナカタの大好物であります。」 とのことです。 (2006.05.16 19:08:05)
│<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||