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M17星雲の光と影

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2006.05.10 楽天プロフィール Add to Google XML

変わる
[ その他 ]    

僕たちはどうやって変わっていけばいいのだろう。

変わるというのはむずかしいことである。私が学生時代に学んだ数少ない教訓のひとつは、この社会ではあまりにも多くの人が変わりすぎるということだった。ある日突然、前の日まで口にしていたことと正反対のことを言い出す人々――その発言の多くは政治的なものだったがーーが多かった。そういう姿を目にするにつれ、「自分は突然変わることのない人間になりたい」、そう思ったことを覚えている。

もちろん私とて自然な変化を拒むものではないし、そもそもそういう変化を人為的に防ぎ止めることなどできない。ゆっくりとした自然な変化は何にもまして尊重すべきものである。だが、あまりにも急激な変化を私は好まない。

少なくとも自分の信念や考え方に関しては、突如変わることはしたくない。そういう気持ちはいまだに強い。しかし、意識的にそう考えていたということは、実は自分自身が人一倍あきっぽく、変わりやすい性格だったということを裏側から示しているのかもしれない。

豹変はしたくない、といって自然な変化を拒むこともできない。だとしたら、自らの変化のモデルを何に求めればいいのだろう。いうまでもなく、それは「自然」だ。自然の変化の様相をつぶさに観察し、なるべくそれに即した形で変化をなしとげる。限りある力と知恵と時間しかもたない人間にできることはわずかにそれくらいではないだろうか。

では自然はどのように変化するか。まずそこには大きな方向性がある。季節の移り変わり、植物の生態の変化、潮の満ち引きを見ていても、そこには大きな方向性があり、それが突然、逆走をはじめるということはない。自然な変化をなしとげるためには、大きな方向性をもつ必要があるのだ。

だが、その変化はけっして直線的で不可逆的なものではない。大きな方向性は揺るがないにしても、細かな局面では始終行きつ戻りつを繰り返す。冬から春への変化を見ても、それは日めくりカレンダーの一枚をめくったとたん、とつぜん春になるというようなものではない。寒暖が小刻みに波のように揺れ動きながら、ふと気づくと、もう後戻りできないほど決定的に季節が変わっている。自然の変化は直線的ではなく、細かな波形を描きながら、徐々に進行していく。このことも見落としてはならない特徴だと思う。

大きな方向性と小刻みな変動。その両立が自然の変化の姿だとすると、そこには基本的に「静止」状態がないということになる。自然は静止しない。それはたえまなく動き続ける。もしも人間の目に静止と映ったとしても、それはきわめて緩やかな形の運動状態を意味している。地質も岩も大きな時間の流れのなかで見れば、たえず運動し、変化しつづけている。それが静止に見えるのは、人間の生から死へのスパンが自然の運動に比べてあまりにも小さなものであるからにすぎない。

大きな方向性をもつこと、小刻みな変動をおそれないこと、たえず動きつづけること。僕たちが自然から学べることはまずはこの三点だと思う。

これらの自然の変化の特徴を順番にA、B、Cと名づけてみる。そして、その三者の関係を考える。

BとCは合体することが可能だ。「たえず小刻みに動き続けること」というように。突然の大きな変化はなるべく避ける。しかし、静止や沈滞も極力排除する。小さな動きを継続させることを日々心がければいいということになるだろう。ただここで大事なのは「継続」だ。白い紙に点を打つ。その点と点の間隔があまりにも離れていると、両者をむすぶ線が見えてこない。走り幅跳びのように大きくジャンプしても、その地点でしばらくの間休憩してしまうと、次にどの方向に跳んだらいいかわからなくなる。小さな歩幅で休みなく歩き続けるからこそ、そこには自ずからなる方向性が見えてくる。点と点の間隔をつめることによって、それらの軌跡がひとつの線を描き出す。あまり大きな間隔を置かず、小刻みにコンスタントに行動することがここでは大事だ。

A 大きな方向性をもつこと
B 絶えず小さな動きを継続的に行うこと

これで条件は二つに整理された。あとはAとBの関係が問題となる。「A→B」か「B→A」か、どちらが望ましい変化のあり方だろうか。私が神ならば、あるいは自然法則そのものであれば、あるいは宇宙の意思の体現者であれば、迷うことなく「A→B」を選ぶ。選択の余地はない。しかし、私は人間である。人間には欠点がある。私にも数多くの欠点がある。私は「欠点を本来的にもっている人間」の中の、さらに欠点の多い人間である。いわば欠点の二乗を背中にしょった存在だ。そのような存在はどのように変化していけばいいのか。

「A→B」を行う自信はない。変化する前からあらかじめ正しい方向性が見えているわけではないからだ。かといって「B→A」だとどうなるか。うろうろと歩き回っているうちに方向性を見失い、道に迷う可能性が高い。いったいどうすればいいんだろう。

確かな認識にたどりつくためには「仮説」が必要だ。まず自分自身のささやかな経験からAとなるべき仮説を立てる。「これまでじぶんがやってきたことから判断して、たぶんこっちに進んだほうがいいんじゃないかな」という大づかみな方向性の仮説を立てる。その仮の道しるべに向かって少しずつ、しかし継続的に歩を進める。しかし、「なんとなくおかしいな」と思ったら、自分の足に聞いてみる。「おい、ほんとにこっちでいいのか」と。この時には隣を歩いている人に聞くよりも、まずは自分の足に聞くことが大事だ。いちばん危険なのは、誰にも聞かないで「とにかくみんながあっちに歩いているから、とりあえずあっちにいこう」とすることである。みんなが歩いている方向の先に断崖絶壁が存在しないという保証はどこにもない。きわめて頼りないけれども、自分のささやかな経験にもとづく仮の道標と、そこへ向かって歩く自分の足の肉体感覚と、基本的にはそれしか頼るべきものはない。

「A→B」かつ「A←B」。この双方向のたえまない繰り返しの中にしか僕たちの変化の可能性はないのだ。「歩け、走るな」、「うつむくな、前を向け」。人生の真実はいつも単純で、しかし、力強い。ちょうどジョン・レノンの歌詞がそうであるように。





Last updated  2006.05.11 09:04:29
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Re:納得納得(05/10)   M17星雲の光と影さん


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