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そして、僕は途方に暮れる(ハナレ… (そのほか)楽天ブログ 【ケータイで見る】 【ログイン】
M17星雲の光と影

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M17星雲の活動記録

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2006.05.22 楽天プロフィール Add to Google XML

そして、僕は途方に暮れる(ハナレグミ)
[ その他 ]    

四年前の十一月のある夜。その日はとくに何ということもない平凡な一日だった。自宅のリビングでいつもどおり夕飯を済ませ、テレビの前に座り、夕刊を広げてぼんやりしていた。地上波のテレビは耳障りなので、ケーブルテレビの音楽専用チャンネルをつけ、何を読むでもなくただ新聞を眺めていた。とくに読むべき記事もなく、さんざん噛みつくしたチューインガムのように味気ない文章にうんざりしながら、新聞を投げ捨てる。と、その時、テレビから歌声が聞こえてきた。

はじめて聞く声である。でも同時にとてもなつかしい声でもある。ゆったりとしたアコースティックサウンドにその声がのっている。とても素朴な声だ。ひだまりに置かれた藁の香りがする。土臭いというほど泥臭くはないが、たしかな大地のぬくもりの感じられる声。子供の頃、田圃に積まれた藁で小屋をつくって戦争ごっこをした時のことを思いだす。乾いて、すこしほこりっぽい、日に当たった藁のせつない匂い。その藁小屋の中から歌声が聞こえてくる。

私はテレビの画面を眺める。ほとんど動きのないプロモーションビデオがそこに流れている。灰色の空、何本かの電信柱、小学校のブランコに載っている青年。何枚かの写真が画面上で入れ替わる。そして歌詞が聞こえてくる。

「キッチンにはハイライトと、ウィスキーグラス
どこーにでも あるよーな、家族のー 風景」

変わった唄だ。少なくとも若いミュージシャンの作る歌詞とは思えない。「ハイライト?家族?風景?」でも、その歌声はこころにしみとおってくる。ほんとうにいい声だ。誰の声にも似ていない。誰か似ている声の持ち主はいなかったっけ。日本人では思い当たらない。うーん、そうだな、あえていえば、ニールヤングに少し似ているかもしれない。やや鼻にかかった少し高めの声、ゆったりとしたリズム、無雑作にみえるが、実は繊細な節回し。そういえば、ニールヤングの声にもどこか日向の藁の匂いが漂っている。

テレビ台の脇にころがっていたボールペンをつかみ、さっき投げ捨てた夕刊の片隅にそのプロモーションビデオの最後に出る曲名を書こうと待ち構える。そんなことをするのはひさしぶりだ。大学時代にはFENを一日中流しっぱなしにしていて、「これだ」という曲の名前を必死でリスニングしてメモ用紙に書きつけたものだった。でも仕事をするようになって自然に音楽から遠ざかり、最近ではほとんどクラシックばかり。日本のポップスなどずいぶん聴いていない気がする。曲が終わって、画面の左隅にタイトルが出る。「ハナレグミ 家族の風景」。うん?ハナレグミ?なんだ、これがバンド名か?タイトルも地味だが、バンド名もなんだか変である。少なくともこれまで耳にしたことはない。

だが便利な世の中である。未知のバンドだってインターネットで検索をかければたいていのことは調べられる。「なになに、スーパー・バター・ドッグのボーカルの永積タカシがソロ活動を開始。それがハナレグミか。でも一人なのにこの名前ってやっぱり変だよな。それにスーパー・バター・ドッグってたしかファンクバンドじゃなかったっけ。でもさっきの唄はほとんど70年代のフォークソングに近かった。高田渡とか加川良とかに雰囲気が少し似ている。やっぱり何か不思議だよな」

数日後のFM放送に彼が出演した。アルバムが間もなく発売になるという。そこで彼は生ギターを弾きながら唄った。最初の一声で聴き惚れるという経験をしたのは何十年ぶりのことだ。しかも日本人の歌手に。さっそくそのデビューアルバムを手に入れて聴いてみると、例の「家族の風景」が入っていた。しかし、驚くべきことにそれ以外の曲は、そのシングルカットの曲よりもはるかにすばらしいものだった。私はすっかり彼のファンになってしまった。

翌年二月。彼のコンサートが鶯谷の「東京キネマ倶楽部」であった。鶯谷?東京キネマ倶楽部?なんだか彼の情報はクエスチョン・マークだらけである。鶯谷で降りた経験なんてないし、そこでコンサートが行われるということ自体が信じられない。しかし、もちろん私はそこに彼の曲を聴きにいった。会場はいつもは映画館として使われているらしいが、ステージに向かって右手にちょっとしたスタンドバーがあり、そこで飲み物を買って飲みながら映画を見たり、コンサートを聴いたりできるようになっている。洒落た趣向だ。最前列の右端に空席を見つけ(全席自由だったので)、そこに腰を降ろす。

それはアコースティック・ギター一本で永積タカシが弾き語りをするコンサートだった。すばらしいコンサートだった。ギターを大事な預かり物のようにそっと両手に抱えた彼がステージ中央の椅子に座り、一音一音を確かめながら、楽しみながら、音の中に没入し、自らの音の世界を作っていく。ステージのバックにはスライドで空を飛ぶ鳥や、夕焼けや、海や、さまざまな情景が写し出され、そこに穏やかな照明が色を添えていく。聴衆はただじっと彼の歌声に、ギターの音に集中して聴き入っている。そこにいる全員が彼が目の前で作り上げていく音の世界に没入していく。

いくつかのレパートリーをこなし、冗談で会場を軽く湧かせながら、彼はギターを持ち直し、次の曲を始める。心なしか彼の顔に緊張の色が浮かぶ。どうやら唄い慣れた曲ではなさそうだ。ゆっくりとギターのイントロが始まる。ひとつひとつの音が宙に浮かび、やがて消えてゆく。ちょうどシャボン玉がひとつ、またひとつと、浮かんでは消えていくように。バックには薄暗い情景がぼんやりと写し出される。そして、彼は小さな息をひとつ吸い込み、なにごとかを決意した人のように、ゆっくりと、しかし力強く歌い始める。

「みなれなーいふくをきたー きみーがいまー でていった」

会場が息を呑む。大澤誉志幸の「そして僕は、途方に暮れる」だ。私はこの曲のことをよく知らない。でもメロディに聞き覚えはある。そういう私でも即座に彼の歌い出す前の決意の意味がわかる。これはカバーではない。いまからオレはこの曲にまったく新しい命を吹き込むのだ。オレは精魂を込めてこの曲に新たな息吹を与えるのだ。彼はそう決意して歌い始めたのだ。考え抜かれたギターの一音一音、熟考の末にたどりついた繊細なフレージング。そして今、ここで、自分自身のすべての力を注いで彼は新しい音を作り出そうとしている。やがて彼のこころの中にはある情景がありありと浮かび上がってくる。その映像はギターと彼の声を通して、なぜか聴衆のひとりひとりのこころのなかにも鮮明に浮かび上がる。音を仲立ちとして歌い手と聴き手はこころのなかに同じイメージを共有しているのだ。どんな映像にも負けない鮮やかなイメージが聴く者すべてのこころの中に現れ、それがゆっくりと動きはじめる。もう聴いているのか、見ているのか、それすら区別がつかない。それはそういう体験だった。そう、それは「体験」としか呼ぶことのできないものだった。たった一回きりの、そこにいる人間だけが見ることを許された、再現不可能な夢を今私たちはともに体験している。会場の全員が同時に、同じ夢を見ているのだ。

「見慣れない服を着た 君が今 出ていった
 髪型を整え テーブルの上も そのままに
 
ひとつ残らず君を 悲しませないものを
君の世界のすべてに すればいい

そして僕は 途方に暮れる

ふざけあったあのリムジン 遠くなる 君の手で
やさしくなれずに 離れられずに
思いが残る

もうすぐ雨のハイウェイ 輝いた季節は
君の瞳に何を うつすのか

そして僕は 途方に暮れる

あの頃の君の笑顔で この部屋は みたされていく
窓を曇らせたのは なぜ

君の選んだことだから
きっと だいじょうぶさ
君が心に決めたことだから

そして僕は 途方に暮れる

見慣れない服を着た 
君が今 出ていった」

最後のギターの一音が終わる。響きの余韻に満ちた静寂が一瞬、会場を包み込む。そこにいる全員がほとんど同時に息を呑み、手を叩くのを忘れてしまったかのようだ。そして皆はふと我に返り、ゆっくりと手を叩き始める。


この時の演奏は彼のベスト盤にライブ録音で収録されている。曲が終わった後の一瞬の静寂も、その後に思いだしたようになされる拍手も。その中のひとつが私の拍手だ。そしてもうひとつが。いや、よそう。


そして 僕は 途方に暮れる



Last updated  2006.05.22 22:04:33
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トラックバックさせていただきました。   abyssさん


Re:トラックバックさせていただきました。(05/22)   M17星雲の光と影さん

abyssさんへ

トラックバック&コメント,ほんとうにありがとうございました。

あのラストライブの日、私は日比谷野音のほとんど最前列近い場所にいました。

どうせファンクラブ優先だからチケットなんかとれないんだよな。そう思いながら申し込みをしたら、望外の席をとれて、正直、舞い上がっていました。

それは、そう、幸せのどまんなかという感じです。

そのうち、あのつるっぱげのうたまる師匠登場。最高でしたね。あの瞬間。

でも、その時のタカシくんのこころのなかには、チケットが取れずに、野音の外で耳を立てている人々のことがあった。私はそう思います。

なんだよ、こんな最高の時間を共有しているのに、外にいる人間のことばっかりかよ。

そう思ったのも事実です。でも、その時、実は、目の前にいるタカシくんやバタードッグのメンバーたちとも、会場の人々とも気持ちが同じだったのだけれども、何よりも手をつなぎたいと思ったのは、いまここにいて、天空にかかる同じ月を見ている、会場の外に立っている人たちだということ。そのことを痛切に感じました。そして、これこそが、なんというか、いわゆる「ハナレグミ」的感性なんだ。そう思いました。

はなれているものたちをつなぐ、ひそやかな絆。それこそがハナレグミ的感性なんだ。私はabyssさんの貴重な場外中継の文章を読んで、そのことを再確認しました。

はなれてるっていいですね。

そして、はなれながらつながっているっていうことはほんとうにしあわせなことですね。

そのことをあらためて感じさせてくれたabyssさんの文章こそすばらしいと、私は正直、そう思います。

あたたかいメッセージありがとうございました。感謝しております。(2009.01.14 21:55:20)

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