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三週間連続で授業を行っている間、行き帰りの通勤電車の中でひたすら網野善彦「日本社会の歴史(上・中・下)」(岩波新書)を読んでいた。他者への出力行為を毎日3時間、15日間にわたって続けている時には、物語世界の中にどっぷりと浸って、焦点のずれた目で生徒を見るわけにはいかないし、さりとて授業のことで頭をいっぱいにしていると、かえって頭の中が煮詰まって煮こごり状態になってしまう。こういう時には、淡々とした学術的な歴史叙述がむしろ「つきづきしい」のではないかと、ひそかに考えたのである。
それに、こまごまとした歴史知識の習得には何の興味ももてないが、日本の通史を全体としてイメージし、頭の中に入れておきたいという気持ちは以前からあった。 もっとも、この本は通史とはいえ、その叙述は封建時代で終わっている。それ以降は「展望」という形で巻末に軽く触れられている程度である。 やや固い表現が多く、歴史用語も頻出し、一般的には読みにくい印象を与える本ではないかと思われるが、個人的には読み終えて「頭がすっきりする」本だった。驚くような発見があるわけではないのだが、なによりも著者の視点に揺らぎがない。その視点の設定の基盤には確固とした信念がある。叙述にけれん味がなく、その根底にある視点というか、立脚点がすっきりと明快なので、読後の印象がとても爽やかである。そういう意味では好著といっていいと思う。 この本を読みながら、いくつかのことを思った。まず第一に「日本における東西の差」について改めて感じることがあった。本書の長所は、「日本」という概念を自明のものとしていないところにある。太古において、日本はアジア東部の陸橋であったという叙述から本書は始まる。それは樺太から琉球をむすぶ細長いアーチ状の陸地として存在したのである。その陸地は東西に細長く伸びている。この列島における東西の差は、ほとんど歴史以前、縄文、弥生の時代から歴然として存在していた。紀元前後、銅鐸、銅矛の分布図においても東西の文化圏はくっきりと対照的な姿を示している。この列島における東西の文化差ははるか遠い由来をもつのである。しかし、その差異は近年急速に破壊されつつある。その均質化の圧力と破壊の速度の異常さを考えると、改めて慄然とする。 本書を読むと、日本列島の西と東は、あたかもメトロノームの両端のように、ある時には西へ、ある時には東へと、時の権力を交互に移動させてきたことがわかる。この振り子は日本国のエネルギーを起こす巨大な発電装置だったのである。 ある時には正統的な西の王朝へ権力が回帰し、ある時には東でつちかわれた「もののふ」の潔い倫理がそれを東方へ呼び戻し、再び王政復古の風が西に吹き、それに抗うようにリアリスティックな覇道の風が東へ吹きつける。その振り子の振幅がこの国の歴史を作り、エネルギーを発生させてきたことが読みとれる。 そしてこの東西に推移する振り子が止まった時になにが起こるか。それは天下統一を成し遂げた秀吉の第一の政策が「朝鮮出兵」であったことが象徴的に物語っている。この国の内部における対立軸の喪失は、急速な国内の均質化を招き、その結果は国外への膨脹政策の形をとる。これはこの国を支配する運動法則のひとつではないかと思える。 薩長土肥の雄藩の群雄割拠を止揚した結果、生まれた明治維新後の政府の方針を見てもそれはわかる。昭和維新の空気がたちこめた時代の大陸への膨脹政策を見ても、それはわかる。 この国の特質は、細く長い列島の形状に由来する。その細さは凝集力の強さを示し、その長さは多様性を示す。いったん何事かが起こればただちに凝集して国力を急激に高めるメンタリティをもつことはおそらくこの国の長所と考えていいだろう。 また、国土面積の小ささに比して、その列島が東西に比較的長いスパンを有することは、国内における文化にある程度の多様性をもたらすことになる。 何事かが起こった時の凝縮力、瞬発力の強さ、国土面積に比して大きい地域格差。この両者が良いバランスを保つことができれば、国力の効率的な発展と、その多方向への伸長が約束される。 しかし、それが裏目に出れば、ヒステリックで情緒的な波の急速な高揚と、国内が均質化した結果、引き起こされる国外への夥しい膨脹圧力の合体が見られることになる。一言でいえば、ヒステリックな排外主義、拡張主義がこの国にはしばしばあらわれるのである。 国力を凝集することは、けっして短所ではない。しかし、この国が国内における多様性を見失った時、その凝り固まった力が堰を切ったように国外へと放出される傾向があることに対して私たちは自覚的であらねばならない。 この国を一色に塗りつぶす力に対してはいつも警戒の念を忘れてはならないということである。 先日、私はテレビジョンを「完璧な洗脳装置」と呼んだ。おそらくその文章を読んで、その内容にぴんとこられなかった読者の方も多かったのではないかと思う。 私がいいたかったのはこういうことだ。冒頭で述べた何千年にもおよぶ日本列島の東西の文化差を今日急速に破壊しつつあるのは何か。地域ごとの文化を破壊し、方言を撲滅し、この国を一色に染め上げつつある道具は何か。人々のゆったりとした落ち着きを奪い、表面的には自主的な選択という形をとりながら、その実、人々の生活から自主的な選択権を奪っている道具は何か。 その道具についてあらためて考える必要があるのではないか。私はそういいたかったのである。 この弓状の列島を一色に染め上げる精巧で高性能な道具。それはまた国外に対して途方もない暴力的なエネルギーを放出する道具にもなりうるということを、われわれは自覚する必要があるのではないだろうか。 私がいいたかったのはそういうことなのである。
人類がテレビやラジオ、最近ではインターネットなどのメディアを手に入れた時点で日本はおろか世界中に存在した各地域に根付く伝統がなくなりつつあるのは事実でしょうね。
文字や言語等の文化の基礎は明治時代に薩長等雄藩により作られた極めて人口的なものだと聞いたことがありますが、なにか味気ない気がします。かといって日本各地で共通語さえあれば言葉を交わせるといった利点もあるため全面的に否定するのも問題があるなとも思い非常に難しい。 確かに昔でも京から全国各地へなだらかなスピードによって文化が伝播されており、選りすぐれた文化が勝ち残ってきたのでしょうから、現在が全く不合理な動きということはないのでしょうが、一番問題なのは単一化へのスピードがあまりにも速すぎることでしょう。残念ながら一度付けたスピードは落とすことは不可能ではないでしょうか? また生物学的にもヒトが単一化されてきている現状は非常に危険な状態ではないのかとも思います。多様性があったからこそ種は生き延びることが出来たわけですから・・・ (2006.08.09 23:07:34)
freedomさんへ
いや、まったくおっしゃるとおりだと思います。私自身もこのメッセージをインターネットという媒体を通して発信していることに対してある種の自己矛盾を感じていました。単純化することのできない問題であるとは思います。 ただし、この国では内部的な均一化がしばしば外部への暴発という形をとるということ、そのことは歴史の教訓として記憶しておくべきではないかというのが私がいいたかったことです。(2006.08.09 23:27:24)
毎日授業お疲れ様です。ご職業柄、夏休みは大変ですよね。この時期は、肉体的疲労と精神的高揚(充足?)のバランスをとるのが一苦労なんですよね。私も経験者なので、ご苦労お察しします…。
さてさて、私見をひとつ。内部的な均一化→外部への暴発という流れについてですが、僕は、内部的な均一化が何に先導されて為されたかも見落とせない問題の一つだと思います。例えば、秀吉による内部均一化は主に軍事力によって為されたものだと思いますが、その結果「軍事力」という形をとって外部へと暴発しました。でも、今の日本(及び先進諸国)は主に情報・文化・生活様式面等で内部の均一化が為され、経済活動に後押しされる形で外部への暴発が為されていると思います。これは、軍事力を背景に外部を制圧するよりも、厄介な感じがします。外部の人間をその内部からジワジワと追い詰めていくわけですから。 視点を変えると、「内部の均一化→外部への暴発」の流れは「外部へと流れていくことで、あえて外部の多様性に触れ、種の存続を保とうとする、必然的(本能的?)な行動」なんでしょうか?まぁ、都合の良い解釈かもしれませんが(笑)。(2006.08.13 01:03:40)
somewhere else not hereさんへ
いやあ、おひさしぶりです。お元気でしたか。予備校の夏期講習に関してはおっしゃる通りです。さすが機微をよくご存知ですね。こちらはなんとか三週間のお勤めを果たし、現在は短い夏休みをとっております。 内的均質化から外部への暴発というプロセスはきわめて乱暴な仮説だったのですが、なるほど何による均質化かということも考量する必要がありそうですね。鋭い考察を加えていただきありがとうございました。 あらためて考えてみると、近代社会そのものが均質化を目指すものであり、そのことが外部への膨脹をもたらすというのは、なにも日本的な特徴ではなく、近代社会の必然的な経路だったのかもしれませんね。あらためてこの点に関しては考えてみたいと思います。ご教示感謝します。では、また。お元気で。(2006.08.13 22:44:35) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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