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nostalgieの日記 [全1154件]
「英国王のスピーチ」を新宿で観る。吃音に悩む王子がオーストラリア出身の言語聴覚士と出会って克服し、第二次世界大戦が勃発したとき、ジョージ六世となって国民を鼓舞する演説を成功させる。要約すればそれだけの話なのだが、最後まで見させる作りになっている。イギリスや日本の皇室にとりたてて興味がなくても、理想のリーダーという主題やスピーチの重要性は、時節柄、日本国の総理と比較せずにはいられない。とはいえ、ジョージ六世にはカリスマ性があるわけではなく、映画では自分の悩みに真摯に向き合う愚直で不器用な人間として描かれている。 父との確執や窮屈な環境に由来する心身のこわばりを解こうと中年の言語聴覚士が奮闘する。吃音の克服も上手なスピーチも、リラックスすることが鍵になる。音楽や罵詈雑言を意識的に取り入れた独特の療法は、怪しさ満点で、そんなものに振り回される国王の七転八倒が見所となる。放送禁止用語を連発する場面などは、日本の皇室ではおよそ想像がつかない。ちなみに昭和天皇のラジオ演説を国民が初めて聴いたのは、敗戦のときの玉音放送だったといわれている。 吃音障害があるからドラマになっているが、もともとラジオ放送のマイクの前で用意された原稿を読むだけの話。どこまで自分の言葉で語っているのか、現状を理解しているのかはよくわからない。映画では個人的な悩みに振り回されている部分が強いように感じた。 選挙が近いのか、駅前で候補者が通り過ぎる人たちに「こんにちは。お帰りなさいませ。よろしくお願いします」を連呼していた。あまり気分のいいものではない。平身低頭いがいのメッセージが読みとれないからだ。しかしこれが一番効率的なのだろう。駅前の演説なんて誰もききやしない。ワンフレーズで情に訴えることが票につながるのだろう。 最終更新日時 2011年4月4日 19時41分34秒
地震が起きたとき、池袋のカフェの地下のフロアでパソコンを操作していた。ニュージーランドの地震の映像が目に浮かび、嫌な予感がした。好運にもビルは持ちこたえた。隣の席のおじさんが「こういう時はトイレに隠れるといいんだよ。頑丈だから」と話しかけてきた。建築関係の人だろうか。とはいえトイレには逃げたくない。 一階に上がるとすでに店内はもぬけのカラだ。店員も客を誘導する余裕はなかったとみえる。路上には所在なげなたくさんの人が立ちつくしている。 ここから長い一日が始まる。このときはまさか帰宅するのにこんなに苦労するとは思わなかった。別のカフェに入り、ケーキセットをたのむ。死ぬ前にうまいものを食べておこうというわけでもないが、こんなときにはケチる気分にはならない。電車が動き出しても混んでいるだろうから、時間をつぶそうと思い、パソコンを取り出して翻訳を続ける。店内はすでに電車が止まって帰れなくなった人が困っていた。ケータイは通じないが、店内には固定電話があるので列ができていた。 この店もそうだが、どこも地震のせいで早めに切り上げたいようだ。カフェを出てから、ネットカフェにも行ってみたが臨時休業でどうにもならない。自然とあちこち歩き回るはめになった。バスやタクシーの乗り場は、長蛇の列で並ぶ気になれない。人の流れに押されるので、立ち止まって考えることができず、気が付くとずいぶんと歩いていた。 体力を消耗するばかりなので、ファミレスに逃げ込む。階段には列ができていたが名前を記入して辛抱強く待つ。ここに朝五時までいることができた。というか、そうするより方法がなかった。ビジネスホテルも怪しげなラブホテルも満室だった。立大に避難する手もあったが、寒かったら困るのでファミレスを選択した。とにかく寒さがつらいのだ。 喫煙席しか空いておらず煙草の煙に耐える。なぜか周囲はほとんど女性だった。隣のマダム二人組は、腹がすわっていて東京大空襲のときの思い出話に花を咲かせている。親に連れられて日比谷公園に逃げたそうである。しゃべっていると落ち着くのか、二人は朝まで話し続けていた。 午前三時近くになると、寝ようとする人も増えてくる。隣の女子大生は椅子に横たわって完全に寝る体制である。ところが三人組のおばちゃんの笑い声が強烈で、ときどき「うっせんだーよ」「静かにしろよ」と寝言のようにうめいている。 地下鉄が動き出したのはありがたいが、地下鉄だけで帰れるわけではない。閉店だというので外に出るしかなく、地下鉄を乗り継いで家の近くの駅に移動する。朝六時に着くと、電車は七時過ぎに出る予定だというので、寒いホームでぶるぶる震えながら一時間待つ。タクシーはつかまらない。ファミレスもネットカフェも閉まっている。寒いところで待つしかなく、電車はいっこうに復旧する気配がない。構内の定食屋でたぬきソバを食べて暖をとりながら寒さをしのぐ。構内のコンビニで使い捨てカイロを探したがなかった。朝九時近くになってようやく電車が出発した。 すでに構内のモニターでテレビのニュースを流していて、今回の地震がいかに大災害であるかはわかっていた。超徐行運転で進む車窓からはいつもの景色が見えた。小学校の校庭では子供達が遊んでいて、民家のベランダでは布団を干している人がいる。 帰宅すると、仙台在住の知人から葉書が届いていた。妙な偶然だが、大丈夫だろうか。 最終更新日時 2011年3月12日 14時16分25秒
「ヒア・アフター」を新宿で観る。冒頭の津波のシーンに息をのむ。自然の猛威にはなすすべもない。逃げようもない。ニュージーランドの大地震の映像を見た後だけになおさら感じる。生存は偶然に左右される。スペクタクルはここだけで、あとは死後の世界をキーワードに女性キャスター、子供、元霊能者の工場労働者の三つの別々のストーリーが平行して進んでいく。 死後の世界もスペクタクルにしない。暗闇に死者の映像がゆらめいているだけで、天国だか地獄だかも判然としない。どうやら快適な場所らしいのだが、このへんのストイックな演出がいかにもイーストウッドという感じで抑制がきいている。そんなにいいところだったら、苦しみの絶えない現世にとどまる意味とは何なのか考えさせられる。 三人が知り合うきっかけがグーグルだけでなく書物というのも悪くない。ディケンズが象徴的な例として描かれているが、文学の共同体も精神の問題に対処するには必要だ。デカルトの誤読から始まった科学や経済偏重の心身二元論の価値観が浸透することによって、精神という魂の問題はすっかり隅に追いやられた。ある種の文学がダメ人間を好んで描くのも、世俗化された社会生活からこぼれ落ちそうになることで、魂の問題について考えさせるからであろう。社会生活という名の経済活動に邁進していれば、安定した枠からはずれないですむ。そうなると死後の問題は鬱病の徴候のようなものでしかないのかもしれない。 死後の世界を本にしようとして失脚した女性キャスターは、自分の経験した未知なる体験にとまどい、その意味を共有できるような深いコミュニケーションを求めて本を書く。こういう経験はおそらく伝えようとせずにはいられないのだろう。マット・デイモン演じる霊能者が彼女に接近してゆくくだりについては、恋愛映画的なご都合主義ととらえるか、客観的偶然のような好運と捉えるか賛否がわかれるところだ。死後の世界を云々するよりも、まずは現世に救いや希望がなければならぬという監督の意志の現れのようにも感じられる。 霊能者もニュースキャスターも、さまざまな悩みを抱える現代人にとって情緒安定装置になる点で有用である。映画もまた然りだが、ただし観客を揺さぶって情動を喚起しなければならない。この映画は死後の世界をわかりやすく描いて安定させるのではなく、魂の存在はあるのかないのかさりげなく考えさせながら、世俗化した現代人に厄介な問いを突きつける。人間の身体は経済原理によって機械化されたが、その機械を動かす精神はいまだ暗黒大陸のままだからだ。もっとも脳科学の説明ですべて納得できる人にとってはこの映画は退屈かもしれない。機械が停止するまで走り続けるか、動物のように快と不快の世界にとどまっていればいい。 この映画は、クリント・イーストウッドという巨匠が、幸か不幸か目覚めてしまった人たちに捧げた贈り物である。 最終更新日時 2011年2月25日 2時38分25秒
「息もできない」を新宿で。韓国版「その男、凶暴につき」という趣。といってもヤクザではなくチンピラの暴力だ。派手なドンパチもカーチェイスもない。家族や部下、借金漬けの人たちをひたすら殴る蹴る。借金取りとしては実に有能な取り立て屋なので社長に重宝されている。この人にこれ以上むいている仕事はないのではないか。だが部下まで殴るのはあきらかに過剰だ。この昇華しきれない鬱屈は父親への憎しみが関係している。ところかまわず爆発するので、あとでツケを払わされることになる。 男は似たような境遇の女子高生と知り合い、通帳をつくりケータイの契約をすることで、少しはまともな社会生活をおくるようになってゆく。だが自らの過剰が災いして報いを受けることになる。 主人公を演じる役者が屈折した荒くれ者を好演していて、話の内容とぴったり合っている。日本の映画やドラマだと主役に抜擢されないような容姿の俳優だ。憎しみや暴力の連鎖をえんえんと描く濃さも珍しいかもしれない。悪循環は親子だけでなく職場でも転移してゆく。現実には日本の新聞にも似たような暴力事件は日常的に報じられているが、映画にするとなるといろいろと難しい。テレビで宣伝しやすいようなキャスティングで、現実逃避できて感動できる映画が優先される。それはそれで社会的な過剰が作り出す負の連鎖なのだろうが。 最終更新日時 2011年2月10日 20時14分32秒
「キック・アス」を新宿で観る。正義の味方を夢見る若者を、漫画的誇張をまじえたすさまじい暴力描写を交えながら痛快無比に描いている。デフォルメすることでようやく娯楽になりうるようなギリギリの線を狙っている感じで、こうした描写は、それが暗示する風刺的な毒舌もそうだが、アメコミ映画ならではという感じがする。謎の幼女がもうひとりの「スーパーヒーロー」として登場するのだが、これが「セーラー服と機関銃」や「スケバン刑事」どころではない活躍っぷりで、子供と大人がここまで真剣勝負の殺し合いをするのかと驚かされた。子供も親もクレイジーなのが笑える。世も末だと嘆くと同時に、奇想天外な設定だからこそファンタジーとして笑うことができる。 映画マニアも銃器マニアも納得のかっこいい演出もリズミカルな展開に拍車をかける。ネットで購入する新兵器もおもしろいが、バズーカの使い方も絶妙だ。精神分析的な見方をすれば、バズーカというファルスを使いこなすことで若者は大人になるというのだろうが、そのような収まりのよい終わり方で、「目には目を」の凄惨な暴力にカタルシスをもたらす。 この映画でもアメリカ自体が体現してきたように正義は力であり、力こそ正義であったわけだが、力の正義で悪を撲滅することはできない。スーパーヒーローたちは学園生活という日常に回帰するが、悪は復権のときを虎視眈々と狙っている。キャスティングがはまっていることもあって、続編もありえるような終わり方ともいえる。 ネットをきっかけに世論が沸騰する様子や、偶像は求めるが誰も自分は矢面には立ちたくないというエゴイズムもしっかり描かれていて、正義の味方は孤独で割の合わない仕事だということが暗示される。この映画を見た人が「伊達直人」を始めたのではないかという感想をネットで読んだが、力にはよらない正義のささやかな実践なのだろう。 最終更新日時 2011年2月2日 16時49分14秒
渋谷で「ソウル・キッチン」を見る。ワールドカップのドイツ代表もそうだが、ドイツ映画界の若い才能が台頭してきた印象だ。さびれたレストランを建て直すというと「王様のレストラン」を思い出すが、その手の話にまとまらずに主人公が右往左往する展開が最後まで飽きさせない。 ゴキゲンなソウル・ミュージックがテンポよい展開に拍車をかける。70年代の黒人映画のノリがハンブルクを舞台にした移民の物語にはまっている。黒人のように差別される人たちが惹きつけられ頼りにするものは今も音楽であり、音楽が体現するソウルなのだろう。料理がうまいだけではダメだということだ。日本のファミレスではまるで客を追い出しにかかるように耳障りなBGMが流れているが、ソウル・キッチンでは音楽も料理も対等にサービスされる。カラオケのように密室で身内だけが盛り上がるのでもない。 レストラン経営は、料理と音楽を充実させるだけではダメだというのもこの映画の見所だ。資金にものをいわせて乗っ取りにかかる勢力とも渡り合わなければならない。家賃を滞納している役立たずの爺さんが思わぬ活躍をするところがおもしろい。 出ている役者の面構えもいい。気の強そうなウエイトレスもそうだが、しぶとく生きている人たちの顔をしている。前科者の兄貴も憎めないし、風のように去ってゆく天才シェフも強烈な印象を残す。こういう異能の人が店を救ってしまうとわかりやすい他力本願の話になってしまうが、そうはならないところがこの映画の持ち味だろう。エンディングのクレジットもスタイリッシュにデザインされていて、最後まで手を抜かずかっこよく撮られている。 最終更新日時 2011年1月26日 2時52分40秒
「カティンの森」をDVDで見る。ソ連がポーランド将校たちをカティンの森で虐殺した事件を描いている。虐殺は、ポーランド軍への壊滅的な打撃を与えるためだったのか、捕虜として連行する手間を省くためだったのかはわからない。ポーランド軍に破れた赤軍の恨みをスターリンがはらそうとしたという説もあるようだ。いずれにせよ国内の大粛清を考えれば、当時のソ連がやりかねない大量殺人である。ソ連に滞在していた日本人の共産党員まで粛清されたらしい。 映画では、銃殺される前に将校たちは首に縄をかけられ後ろ手で縛られる。これがおそらく「ロシア結び」なのだろう。カティンの森の事件はナチスドイツとソ連がそれぞれ相手の蛮行だと決めつけたが、これがソ連側の仕業だとする証拠になったときく。 最近、A・J・P・テイラーの『第二次世界大戦の起源』(吉田輝夫訳、講談社学術文庫、2011年)を読んだばかりだったので、この映画は興味深く見られた。この本では、ヒトラーが神経戦を得意として実体以上に軍事力を大きく思わせる外交戦術で次々に領土を拡げていく様子が論じられている。ところがポーランドの思わぬ強硬姿勢に難渋し、ついには軍事侵攻に踏み切り、ヒトラー自身予想だにしていなかった第二次世界大戦へと拡大してゆく。強気なポーランドの背景にはイギリスとの同盟が関係していただろうが、実際には英仏軍は約束どおりの援助は行わず、独ソがしめしあわせて侵攻によってポーランドは分割される。 当時のポーランド軍については、騎兵がドイツの戦車軍団に突撃して潰走したという従来のイメージを覆す説が定説になっている。ポーランドには強気にでるだけの理由があった。英仏が自分は犠牲を払わずに利益をあげようとする態度がヨーロッパ各国の不信感を増幅させ戦力均衡を揺るがし、ドイツにつけ込む隙ができたのは事実だが、連合国でポーランドはそれなりの軍事力を保持していた。イギリスに逃れたパイロットたちはイギリス空軍の作戦に参加し、有名な「バトル・オブ・ブリテン」で多くのドイツの戦闘機を撃ち落としたという。とはいえ結果的にそれが過信となって、独ソとの緊張を緩和する外交を怠った。 データを見ると、ポーランド軍は旧式の装備にも関わらずドイツ軍にかなりの物的損害を与えている。ポーランド軍は侮れないという情報がソ連にも伝わっていたのか知らないが、結果としてカティンの森のような惨殺事件が起きた。ポーランドがダンツィヒを諦めていたらカティンの森の事件は起きなかったのかどうか。それはわからない。いずれ独ソは激突する運命にあったようにも思われる。そうなれば結局、ポーランドの悲劇は避けようがなかっただろう。 最終更新日時 2011年1月24日 2時37分30秒 |一覧| |