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ノウテツ@福井の日記 [全274件]
田植えの前に、草を刈ります 手で刈った後、水を抜いて レイキをかけ、水が均等に いき渡るように平らにします
刈り残した草がレイキに、 引っかかります。 固い部分は、また鎌で刈り直し ます。
田んぼの中でレイキをかける作業は とても体力を消耗し、どっと疲れます。
いつも、田んぼに行く前は身体が重く 大丈夫かな・・・ と、思いますが、一旦、入ると不思議と 身体が動き、毎回、田んぼに入る前と 入った後の自分の変化に驚きます。
一回目のレイキがけは、重く大変でしたが 二回目は、だんだんスムーズになってきます
やっている内に、田んぼの髪の毛をとかして いる気持ちになりました。 髪の毛も、引っかかりがなくなってスムーズに とけると気持ちいいです
髪をとかすという字は、梳かすと書きます 木が流れる、気が流れるのでしょうか やればやるほど、草の塊がほぐれ、田んぼ の美しさが増します。 根が張って固かったところも、柔らかくなって フカフカしてきます。 レイキで草を梳かして、土をもみほぐしていく。 何だかとても気持ち良い気分で、顔がにやけます
去年は「とにかくどんどん刈らなくては!」と いうあせりがあり、上辺の草を刈っていました
しかし、上辺だけだとすぐにまた次の草が 出てきます。
今年は、例え他の田んぼの草取りが間に あわなかったとしても、とにかくとことん 一枚の田んぼに精を尽くしてみようと思いました。
目に見える周りの現象に惑わされず、今に 集中するということを、先人から学ばせて 頂きました。
田んぼが綺麗に変化していくことが嬉しく、 暗くなっても止まりませんでした。
夜になると、カエルが鳴きます 今年は土を起こさなかったせいか たくさんカエルがいる気がします。
今まで一番沢山の種類のカエルの 合唱。
田んぼから出たとたん、どっと力が抜けます。
暗い田んぼの水面に映る月明り。
田植え前だけの、宇宙を映す田んぼの鏡 次は星が映る田んぼを見たいです。 明子
芽を出せなかったお米の苗床 再度、準備したお米を蒔くために 積み上げていた苗床を広げると 5センチくらいに伸びた苗がいました
十段くらいの重みの下でも、生きようと する姿に驚きました
生きているのか
死んでいるのか
命を判断することは出来ません
農の世界と出会って、いろんな
発見があります
それは自分の不完全さ
いかに自分が勝手な考え、固定観念を 他の命に押し付けているのかを気付かされ ます。
田んぼは不思議です。
朝起きて全身筋肉痛で、身体が重く 感じていても、田んぼに入ってしまうと 痛みも感じず身体は動きます
田んぼはどんどん変化します
草がなくなると、田んぼに空が映る 白かった芽が、一晩で緑色の苗に変わる
30分でも1時間でも草を取った分、美しく 映し出される世界が広がるので、とにかく どんどん進みたくなります
チャプチャプ水の音の中で、よつんばになる いつか自分が水の中にいたとき いつか自分が土の中の生き物だったとき・・・ きっとそういう記憶がつながるから、田んぼに 惹かれるのでしょうか
田んぼはいのちの秘密がいっぱいつまっている 気がします
今年も無事に田んぼ作業できることを嬉しく思い ます ありがとうございました! 明子
お米が芽を出すためには積算温度が100度に なることが条件だそうです 10度の水だと10日、20度だと5日間くらいみたいです 3月22日に浸水始めました
今年は、自然にゆっくり芽を待とうと温度は自然の流水に 任せていました。
しかし、5月になっても芽が出ませんでした・・・・
原因は、流水のホースを下までしっかり入れていなかった から、水が循環せず、酸素も出来なかったから・・・?
水に浸けておけば簡単に芽が出るものだと、勘違いしていました。 そもそも自然界で当たり前のことなどないはずなのに・・・・
水の中で無理でも、土の中なら!と5月10日に苗ケースに土を 準備し、まいてみましたが、結局出ませんでした。
いえ、それでも数本5センチくらい芽を伸ばしていてくれた子も いました。 土に蒔いたときもしっかりビニールで覆って湿気を逃がさない ように、と注意を頂いていましたが、ブルーシートをかぶせていた だけだったので湿度が足りなかったのかもしれません
原因は色々考えられますが、とにかく自分の心構が 足りなかった、これが一番の原因かもしれません。
周りの方が、私に指摘して下さることがよくあります しかし、耳で聞こえているはずなのに、違う行動をする・・・
日々の暮らしの中で、どうしてこうなってしまうのか・・ ということがよくあります。 頭で考えること、心で感じること、身体が動くことが バラバラで何故、一致しないのかずっと疑問でした。
しかし、農哲学院でいただき繕という世界と出会い、 食べ物と自分自身の行動、感情、言葉、すべてが つながっているということを体知する暮らしのお陰で、 自分のちぐはぐな部分を受け入れてみようと 思えるようになりました。
今までは、何故か非常識といわれるようなことばかり してしまい、その度に 「どうして自分はこうなんだろう・・・・」 と、自分を責めてきました。
でも、自分とは何か。 50兆以上の細胞が集まって存在している私たち。 私が寝ている時も、黙々と働き続けてくれている細胞達 外に存在していたイノチが、食べることで私という乗り物の お客様になる。 自分を責めたり、怒るのは、今まで招待してきた食べ物の イノチのお客様を責め、怒ること
沢山の貴重なお米を無駄にしてしまった・・・と、 嘆き、悲観的になってしまいそうでしたが 貴重な学びを頂くための機会として、とらえ 誰も責めることなく次につなげていきたいです
というわけで、再度芽出しさせて頂いています。 どうか宜しく御願い致します。 謙虚な自分を育てていきたいです
明子
燃えるゴミ、燃えないゴミ 紙ごみ、プラスチックゴミ・・・・ ゴミの分別が厳しい時代です。
古民家での再生作業の時も、いろんな種類のゴミが出ます
木くず、鉄くず、石膏ボード、コンクリート・・・・
次から次へとゴミは溢れます。
色んな種類のゴミがあると、どれをどう分別したら 良いのか判断出来なくなり、とりあえず、まとめて 袋に入れて隅に置きます。
建築現場は、次々にゴミが出てくるので、と、り、あ、え、ずの ゴミがどんどん隅に溜まります 私は、整理整頓が苦手です。すぐに面倒になります。
しかし、何かと日常の中で分別する機会とめぐりあいます
そしていつも 「分別は大変だな、もっとシンプルにならないかな」と 思います。
身体の中と外に起きる現象は同じ、ということを聞いたことが あります。
私の中の胃袋さんは、声を出すことが出来ません
だから、他のイノチを伝って私に想いを届けているのだと 感じました。
私は、あれもこれも一度に食べたくなります
そうすると、きっと小さな胃袋の中は、私と同じく パニック状態でしょう。 すぐに消化するシンプルな食べ物ならスムーズだろう けど、いろんな種類のものが混ざっている食べ物の分別は 胃袋さんも困ることでしょう。
きっと簡単なものから消化して、分別の難しいお菓子や 脂っこいものは、「とりあえず」のゴミのようにまとめて隅に 置かれているのでしょう
だから、太っていくのかもしれません
自分が今、現実で体験していることは
一番身近な身体の細胞が伝えたいメッセージ
整理整頓、胃袋さんと共に克服していきたいと 思います
明子
先日、初めて頂いたロンドンいただき繕レストランの
ロンドン、スコッランドで活躍するメンバーが 久しぶりに日本に一時帰国するということで、まだ 改装途中ですが、福井の農哲学院 「箪瓢草堂」に 集うことになりました。 へこみの強い床を調整してから、畳を敷きます お披露目会前日、最後の追い込み 現場にいつも以上の緊張感が広がります あちこちから集めてきた建具を入れていきます 傷んだところ、弱っているところ、不足している 部分を繕っていく、いただき繕建築 不要とされた命が、再生されたときの輝きは 特別に眩しく感じます。 工事現場が、家に変わっていきます レストランの調理スタッフも帰国されたので、 レストランのいただき繕料理も披露されました! 憧れのレストランメニューの品々 今回、初めて頂き、改めて今、自分がこの場に 居られることに感動しました スコットランドで海藻を採取する仲間 建物を繕い、再生させる仲間 食材を調理し、提供する仲間 並んだ料理を眺め、沢山の仲間が 思い浮かんできます たくさんの命のメッセージが届く いただき繕レストラン 翌日、また工事現場に戻していきます 限られた時間の中でどこまで片付け、どこまで 残しておくか・・・・ 段々、疲労が重なり、時間も迫ってくると 「もう、いいか、どうせまた元に戻すのだから・・・」 と、損得で考える想いが出てきます 一体、何のための今か? ということが、すぐ見失いがちになります 工事中なのだからブルーシートのままで いいのでは・・・、一日のために、取り外して また、養生し直すということが無駄では・・・と 思う自分がいました。 しかし、せっかく皆さん来られるから全部撤去して 掃除しよう!というメンバーのお陰で、家としての 箪瓢草堂を感じることが出来、皆さんの喜ぶ姿も感じられ 自分の至らなさも確認できました 何のための今か・・・ 無意味なことはしたくない、面倒くさいことは避けたいと 思います。 これは、本当に必要なのか、どうなのか・・・ 考え出すと、頭が一杯になって悶々します でも、それは勝手に自分が明日、明後日のことを想像して 計算していること。 先があると思うから損得を計算してしまう。 五分先のことも分からないはずなのに、何故か 当たり前のように未来がくるように感じてしまいます 今日が最期の日、今が最期の瞬間だったら・・・・ 何かに迷ったり、悩んだりしたらそのことを思い出す 今を生きるとはどういうことかを、追求していきたいです 日本でのいただき繕レストランが、楽しみです 皆様、遠路はるばるどうもありがとうございました! 大工さんも御協力頂き、ありがとうございました 明子
まずは作業記録。 大工さんは、キッチンと廊下を終え、 トイレと、その奥、加工所となる母屋からつながる蔵の作業をしてくださっています。 毎日、みるみる姿を変えていく箪瓢草堂です。 そして私たち。 ここ連日の作業のひとつ。 土壁を塗る壁の下地材を張っています。 材料はすべてリユース。 解体作業の際、ひとつひとつ釘を抜いて保管していた材木が再生しています。 その作業を一手に引き受け、ハンマーや機械を使う腕も上達し、 そしてなによりも、ここに掛ける思いが膨らんでいる実和ちゃんです。 :::::: そして、快晴のこの日。 院生のまあちゃんが、自家用で使用中の『もみがら釜戸』を持参。 みんなで美味しい釜戸ご飯を味見しました。 『もみがら釜戸』は、文字通り、もみ殻でご飯が炊けるもの。 薪の釜戸のように難しい火の調整も無く、火をつけて燃え尽きたら炊きあがり。 と、いった具合で簡単に美味しいご飯が炊きあがります。 大量に出るもみ殻の利用法としての農家さんの智慧。 新しいものではなく、昔から使われているもののようです。 当然、燃えカスは燻炭になります。 田んぼからでる、わら、もみ殻(燻炭)、土。 どれも、私たちの家創りには欠かせない、重要な建材となります。 炭と同様な調剤としても燻炭をたくさん利用します。 こんな一石二鳥で、一度に大量に燻炭が作れるシステム。 釜戸、暖炉、オンドル、、、そんなものを作りたいと思っています。 情報だけではなく、こうして実際に触れてみることで身近になり、思いが具体化し、現実に近づくような気がします。 実践は、そこに生きる“いのち”と仲良くなること。 完成形までジャンプしようと頭を悩ませるよりも、目の前の出来ることから実践していたら、いつの間にか完成してしまうのかもしれません。 こうした縁に応じて、流れがふっとやって来ます。 ひとりひとりの経験が響き合い、より大きな実践に繋がっていくようです。 志を共にする仲間がいること。 有り難い限りです。 昭和の炊き出し風景。(大工さん談) ロンドンに行っているさっちゃんが一年半ぶりに一時帰国し、新しい仲間も加わり、黒一点の体験者さんもいらっしゃり、賑やかな小春日和となりました。 ありがとうございます。 ゆう |一覧| |
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