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谷川賢作が谷川俊太郎から引き継いでいるものが、今日、腑に落ちた。
落ちたような気がした。 詩人の息子が、父親の詩をほとんど読まなかった子が ピアノを弾くように、作曲をするようになる。 そして、いつしか父親の詩を読み、うたにまでするようになる。 おなじステージに、ピアニストがいて、歌い手とベーシストがいて、 詩人がゲストとしてあらわれる。 じつは、詩人も作曲家=ピアニストも、ともにべつのところから、 うたに憧れ、嫉妬し、それを手にしようとして、 しかしそれは歌い手の身体をとおりすぎてゆくたしかさを持てずに どこか不充足で、だから、あがいてまた新しいものをつくり、 また演奏へとむかう(むかう、かに思える)。 そして、しかも、 言葉も音楽も終わってしまうから、またはじめなければならない。 左手でマイクを持つことが多いmakoring/まこりん、こと、高瀬麻里子、 ところどころ、ミュージカル風の、というのか、 明瞭に、言葉が前にでる歌唱を感じる。 とはいえ、それだけではなく、 さまざまに変化がつけられる。 カリンバを弾きながら《アメインジング・グレイス》を、 そして、小室等の名曲《夏が終わる》へとつながってゆく。 この曲のもつものは、一体何なのか、ずっとわからずにいる。 矢野顕子の名園もあり、makoringのもまたべつのものとしていいが、 詩/曲のつながりの、さりげないながらの、不思議。 ベースの大坪寛彦はベースだけではなく、 ウクレレやリコーダーも演奏する。 ウクレレの高音の、金属的なアルペッジョが美しい。 3曲目-----《かわからきたおさかな》-----で、 眼をつぶっていたら、ほんの数秒なのに、夢をみた。 谷川賢作の娘?が阿佐ヶ谷で自分の店を持っていて、 うちあげをそこでやるから、と誘われる。 なぜ? どうして? この夢? 谷川賢作がうたを書くとき、 80年の、ニューミュージックに近い音のうごきになる。 それが言葉の意味を、声としてひびいたとき、 かなりはっきりと伝えてくれる。 こう言ってみたらどうだろう。 ニューミュージックからJ-POPへと移行していった時期、 日本語は多くのインチキカタカナ語を含むようになり、 音韻とメロディがかなり分離してしまったのではないか。 それは、 メロディなるものをかならずしもひとが求めなくなったり、 飽きたり、うんざりしたり、 さらには、メロディというような音のつらなり、 語源的にいえば上下する音のうごきとしてのメロスへの苛立ち、 そうしたもともとのありようへの異和、 というのがどこかにあって、 社会が、人心(!)がそういうところからはなれてしまったというのを 知らず知らずのうちにはやりうたが反映させてしまった。 そんな気もしないではない。 音楽が時代の何かを予感するということがあり、 それはそれでアリなのだが、 しかしメロディを手放さないありかたもある。 そこに、第二次世界大戦後の詩が難解さへむかうなかで、 わかりやすいながらも多義的であることを実践した谷川俊太郎と やはり重なるところをこの作曲家=ピアニストにみることも可能だ。 そう、 谷川賢作のピアノはやさしく、 それは、父親・俊太郎の朗読、朗読のしかた、声と同質なものがある。 そうか、そういうことなんだな、とあらためて思う。 谷川賢作は、どこかで、ピアノを弾くより、うたへとむかいたいんだろうな、と。 ぼくいかなきゃなんない すぐいかなきゃなんない どこへいくのかわからないけど さくらなみきのしたをとおって おおどおりをしんごうでわたって いつもながめてるやまをめじるしに ひとりでいかなきゃなんない どうしてなのかしらないけど 抜粋した《さようなら》は 谷川俊太郎の詩でも秀逸だが、 うたになってこそあらわれてくるものが確実にある。 谷川賢作が谷川俊太郎の息子であることを 80年代から90年代はじめくらいは知らずにいた。 結びつかない、というか、想像さえしなかった。 そして、そのことを知ってからも 先に記したように、 あまり親/子のつながりは感じていなかった。 だから、 ときに、どうして、二人はおなじステージにのるのだろう、 と疑問も抱いていた。 朗読とピアノと、 そういうコンサートも何度か聴いた。 でも、納得はしなかった。 それが逆に、歌い手のベースという2人が加わっているなかで つまりひとつの文脈があることで、 感じとれるものがあったわけだ。 それにしても、 ときどきステージに登場して、朗読し、 makoringがうたっているとなりに座っている谷川俊太郎は、 そのとき、どういう「かんじ」「気持ち」なのだろう。 聴き手としての「わたし」は、客席で、はなれたところから聴いている。 そこにはあきらかに距離がある。 でも、すぐそばにいて、というのはどうか。 いや、「わたし」自身が、たとえばレクチャー・コンサートで、 音をだすひとのすぐそばにいて、という場面は何度も経験したことがあって、 それを踏まえてこそ、こんなことを書くわけなのだけれど。 アンコールは、 103歳になったアトムのおもい、 こおろが自分にはあるのかを自問するアトムの詩の朗読をあいだにはさみ、 《うたっていいですか》と《鉄腕アトム》。 後者はバラード風のゆっくりした演奏。 よく知っていテレヴィのとはまるで違った曲のよう。 なぜ、なのだろう、 拍手が終わって、観客が席を立つ、 そのとき、 クリスマスを感じた。 こんな5月も半ばを過ぎた、 インフルエンザの脅威さえある、 そんな日だというのに。 2009年5月21日(金)、東京DiVa Wリリース記念コンサート、白寿ホール。 [ライヴ/コンサート]カテゴリの最新記事
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