|
|
|
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
│<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く |
朱鷺/トキという鳥の印象を多少なりとも持つようになったのは
吉松隆《朱鷺によせる哀歌》あたりだったのかもしれないが、 何といってもつよくはたらいたのは、小林照幸『朱鷺の遺言』(新潮社)ではなかったか。 このノンフィクションの書き手が持っている、生きものとヒトとの関係への視線は 『毒蛇』にしろ『海洋危険生物』にしろ、個人的に、とてもおもしろいものだ。 自分にはできないけれど、何か共通する心性を感じる。 三宅流(監督/撮影/編集)の ドキュメンタリー『朱鷺島 創作能「トキ」の誕生』は、 観世流能楽師・津村禮次郎が佐渡で朱鷺をめぐる新作能を演じる、 そのプロセスを追った作品。 本番は2007年の8月13日。 津村禮次郎は、30年ほど前、日蓮宗の僧侶として佐渡に行き、 以来、毎年のように、この島に通っているという。 そして、 小学生が朱鷺をめぐって書いた作文からフレーズをとりつつ、 ことばを、音を、舞をつけ、「曲」にしあげていく しかも、能のみならず、佐渡にいる鼓童のメンバーと「コラボレーション」し、 舞台をつくりあげる。 津村禮次郎が、何と呼ぶのだろう、台を扇子状のもので叩く、 そのみごとな音のキレ、 大鼓の大倉正之助、小鼓の幸信吾が、 実際の楽器を用いずに、膝やテーブルを叩く、 その、楽器にも劣らないひびき。 複数の要素を組みあわせ、想を練り、 共同作業の方向性を見据えながら、しかし、 「本番は戦いですよね」と能楽師はにこやかに語る。 雨戸をあけ、松を橋懸かりにつけ、 能舞台を準備してゆく人たち。 つよい日差しと、ひびきわたるせみしぐれ。 ほんとうに、降るような、せみしぐれ。 「薪能」として上演されるので、 暗くなってきてからは、松明を炊く。 舞台を映しながらも、松明のはぜる音はつよくはいってくる。 袖を大きく振る音、 あるいは、 一匹だけ、蝉がまぎれてたてる音も。 (そう、準備のとき、ひとりの能楽師のあたまのところに、 何度も大きなトンボが飛んでくるのだった。 まわりの人たちは、あれくらい大きいと「すずしいだろう」と からかいながら) ちなみに、 整音は種子田郷。 ときどきはっきりみえる衣裳のデザインのこまかさ、うつくしさ。 淡々として、 観ているひとに対して、 わざとらしい「感動」などを誘発しない、距離感のあるドキュメンタリー。 │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||