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[全1995件]
相変わらずさっぱり更新してません。 それでも震災が契機(のひとつ)で折れかかった心も体も、パキ漬けで、いわばつっかえ棒に囲まれたような、艦船なら喫水下でダメコンしまくりの状態ながらも上からのプレッシャーと下からの突き上げに我ながらよく耐えて(汗)過ごしてきました。 去年と違って、連休は暦通り過ごせそうなのですが、寝坊してぼーっと過ごしているのが苦手になってしまったので、何かしないと。冬タイヤの交換でもするか。
明日のお天気は、お出かけには生憎の模様。 でも、だからこそ、大切な人と、どんな形であってもいい、一緒に普段の毎日とかわらない一日を過ごす。 そして、あの時が巡って来た時には、それが叶わなかった多くの柱に想いを馳せ、心を出来るだけより添うとともに、ここにいることに感謝する。静かにそうしたいです。 たとえ、人々の異言、天使たちの異言を語ろうとも、愛がなければ、わたしは騒がしいどら、やかましいシンバル。 たとえ、預言する賜物を持ち、あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ、無に等しい。 全財産を貧しい人々のために使い尽くそうとも、誇ろうとしてわが身を死に引き渡そうとも、愛がなければ、わたしに何の益もない。 愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。 礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。 不義を喜ばず、真実を喜ぶ。 すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。 愛は決して滅びない。預言は廃れ、異言はやみ、知識は廃れよう、 わたしたちの知識は一部分、預言も一部分だから。 完全なものが来たときには、部分的なものは廃れよう。 幼子だったとき、わたしは幼子のように話し、幼子のように思い、幼子のように考えていた。成人した今、幼子のことを棄てた。 わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがそのときには、顔と顔とを合わせて見ることになる。わたしは、今は一部しか知らなくとも、そのときには、はっきり知られているようにはっきり知ることになる。 それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である
死後、あ、いや、仕事ぐちゃぐちゃめちゃめちゃで、変な使命感からテンションだけは上がって、あっちで空回り、こっちでフリクション発生、気がつけばパキシルとデパケンを、心のつっかえ棒にして毎日を乗り切っている状態なってました。 心が折れてしまっては、家族養っていけませんからね。そうでなくても、この地にいまなお命を灯していること、それだけで大きな意味があるのだから、それを肝に銘じていかなくてはならないに違いありません。 そんな状態なこともあって、「あの日」から殆どブログの更新もしていなかったのですが、毎年締めくくりには更新していたので、とりあえず。 それから「毒吐き」もないと、ここらしくないので(笑 今感じる「違和感」を。 今年の手前味噌な振り返りを見渡して感じたことは、「あの日」のことが、既に過去の出来事のような扱いになっていること。 3月14日あたりまでは、津波によりおびただしい犠牲者のことが、近代日本最大の災害であることを刻々と刻んでいたマスコミが、それ以降はほぼF-1一色になってしまったこと。 これらは、地元の報道機関はともかく(本当に個々のスタッフの尽力は凄かったと思います)、中央のマスコミにとっては、商品としての事象、記号としか捉えられていないこと、新潟中越地震で指摘されてきたことが全く反省されていないことを自らが被災地の人間のひとりとなってしまったことで如実に実感することができました。 商品、あるいは絶好の機会としか捉えていなかったのは、一部の活動家たちもです。いうまでもありませんが、これは危機管理がまるでなっていない政府やインフラ独占企業にその発端があるのですが、それすら商品として、恐怖と不信で人々を煽り、善意にかまけて優しい顔をしていたと思ったら、その欺瞞に疑問を感じた人には容赦ない罵倒を浴びせる連中です。 その結果、よき隣人だったのに、自主避難した人が情報判断の結果そうしなかった人を無知となじったり、何でも面倒みるからと誘いに乗ったのに、避難して、オルグに乗らなかったらと手のひら返された挙句、慣れない土地でのストレスや経済的事情から再び戻ってきたら、今度はそこで裏切り者呼ばわりされるといった悲劇が起こっています。 絆という言葉も、ずいぶんと安っぽくなってしまいました。今年の漢字に選んだ京都の某寺、お焚き上げ拒んでたりするんだから、どうしようもないです。今でも全国各地で被災地の瓦礫受け入れ拒否の著名活動が活発に展開されています。 これらを含めた震災直後の買い占め等、およそ絆という言葉とは縁遠い行為を個人主義、身勝手と談ずるのは簡単なのですが、個人の判断かというと、前述したように、情報リテラシーを持ち得ないが故、煽られたことによるものであり、個々人はそれを善意だとさえ思っているのですから、これもある意味集団心理によるものといえましょう。 震災後、比較的秩序と治安が保たれたことに多くの国々が驚き、賞賛されましたが、これだって、集団心理がいいほうに働いたことによるものです。 日本で確固たる個を築こうとすることは、社会的にも非常に困難なことです。だからそれを成し遂げた人が大きな功を成すチャンスに恵まれることにもなるわけです。彼らにはぜひ日本を引っ張って行く原動力になってもらいたいし、私も含めた凡人は、せめて群れの論理がいい方向に動くことがひとつでも多くなるような社会になるように、自分の出来る範囲で頑張っていくこと。そうありたいものです。 来年の今頃、少しでもいい年だったと思えるように。
以前、どこかの自治体で、書類の記載例がタイトルの如く記述で 「ふざけんな」!とか抗議した市民がいたとかニュースになったことがありました。 まー、当時はわたし的には、ちょっとブラックなユーモアの範疇だし、 目くじらたてる程でもないんじゃないのかいな?という感想でしたが。 何しろ放送した番組のキャスターまでが真顔でプンスカしていたのがちょっと滑稽だったので。 けど、その番組と同じネットワークの局がこんなの流してました テロップは、実際の当選者を入れる前の、カラムチェックするために適当にテキスト入れたとのことですが、 それが意図せずオンエアされてしまったというのが実情のようです。 しかし大場嘉門がグラム単位なら、こっちはメガトン級の悪意に満ちた「悪ふざけ」を通りこしてます。 スタッフには潜在的な差別忌避の思考があるということですね。 彼らには、この震災も所詮はとーほぐの他人事ということで、 以後トンへテレビと呼ばせてもらいます。
随分とブログさぼってました。他所ブログだとトップページが広告になっているところですが、ここではお気に入りが沈むだけなのが救い?なのかな? 訳はやっぱり「あの日」以降忙しい日々が続いていることもあるけど、怒りも(これが一番日々多い)、悲しみも、ささやかな喜びも、なぁんだか、テキストにする気力が湧かないんですね。 その訳ですが、例えば本を読んでいるときに、ストーリーに引き込まれて気持ちが揺れ動くこと。これは悪いことどころか読書の愉しみかもしれませんが、わたしの場合はそれが何かテキスト書いているときにも起きてしまうんです。これじゃマトモな文章になる訳ないです。まぁ、ブログに何らかの義務感や責任感持ってるわけでもないので、じゃあ、別段無理して書くこともないかと。 これが仕事していて事務文書や報告書作っているときにもたまに起きるのだから、困ったもんです。 とはいえ、過去記事読んだことがある方であれば、今宮城が、東北が、日本が置かれている状況に対して立ち向かうべきなのに無策に等しい体制に、同情するふりして自説の流布のために恐怖と混乱を煽る人たちに、それにまんまとハマって無意識に被災者を傷つけている人たち、それらすべてに憤っていることは容易に想像できるでしょう。
「政治的思惑に基づいた支援活動」とトモダチ作戦を皮肉った 腐れ外道!
もう三月も後半だよっ!ていわれそうですが、 これだけはいえる。 I'm still standing |一覧| |