|
|
|
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
│<< 前のページへ │一覧 │
先日の飛行船の件 実は別のSNSへの書き込みを間違って楽天に送ってしまったのです。 でも、おかげで久しぶりに楽天ブログの皆様を訪問できて、「棚からぼた餅」? 自分の前の書き込みを見たら、昨年11月にケガの顛末を書いていました。 なので、ケガのその後を。 チタン合金プレートによる内部固定を施した鎖骨骨折修復手術から半年。 今年の2月の検査で、骨の再生が順調に進んでいるので、チタンプレートの除去を行えるとの判断をもらいました。 そして、3月8日に再入院し、翌3月9日に再び全身麻酔で手術に臨みました。 今回は、打撲による痛みもなく、術後は退屈な入院生活でした。 とにかく、自宅まで徒歩1分の病院なので、午前中のお役目(点滴など)が済んだら、無届出帰宅して事務仕事もしました。 今は、余計な異物(チタンプレート)も無くなり、生身に戻ってます。 ただ、少し突っ張った様な違和感が残っていますが。 明日死ぬかもしれない。 昨年3月の地震、7月の失神転落事故、関越道のバス事故、そして先日6日の竜巻。 そう、竜巻はその前日の5日に、茂木町から益子町、真岡町への、まさに竜巻ルートを車で走っていました。 いつでも、どこでも、災害に出会う可能性が有り、交通事故に出会うこともありうる。 今日を精一杯生きるしかないとは思いますが、ついつい怠け心が出ます。 40代おしまいの年なので、もっとおおらかに来年の「大台」に向け精進せねば。
![]() ![]() ![]() 係留されている姿に遭遇 ここをねぐらにしているのだろうか? 今は解体されてしまったツェッペリンNTとは比べ物にならない小型の軟式飛行船 でも現在国内を飛ぶ民間飛行船はこれだけかも 仕事帰りに立ち寄ったここは「キャッセ羽生」土日は客が多いが平日はガラガラ 飲食も平日休業 いがまんじゅうがモデルのいがまんちゃんも寂しそう
前の日記がお彼岸。 その時に、チタンのプレートが云々と書いてます。 ことのてん末は 7月23日に仕事で現場に赴き、脚立に乗っていたら、転落して左肩鎖骨の骨折と頭部挫傷、左半身強打僕、の負傷でした。 転落時の体の位置は地上から一メートル半ほどに足がある状態。 普通なら、きちっと足から着地するか、最悪でも受け身をとります。 しかし今回は、何の動作もせず左肩から落ちたのです。 つまり、失神して墜落したのでした。 墜落後、救急車の到着寸前に意識が戻りましたから、おそらく5~6分は意識消失状態だったのでしょう。 救急車で搬送された病院では、バンドによる固定だけで帰され、その後も一週間は手術をしない「保存療法」で経過を見たのですが、状況悪化で手術による修復を選んだのです。 手術は問題なく済み、10日間手術傷の回復と固定した骨の再生のために安静入院でした。 退院時には、上半身がすっぽりギプスで覆われていて、それがその後4週間続いたのです。 そして、ギプス除去後に「失神」の原因追及のため脳と心臓を詳細に検査しました。 その結果、脳は脳波もMRIによる画像診断でも全く異常が無く、特に脳内の血管は実年齢よりも若い状態で、つまったり切れたりする予兆も見られないと、褒められ(?)ました。 心臓も、想定した病気がいずれも否定される良い結果でした。 ただ、血圧が猛烈に高かったので「降圧剤」が処方されるようになりました。 なので、「失神」の原因が特定できませんでした。 そんな場合、医師は 「迷走神経血管反射」という事にするそうです。 これは、脊髄で起こる「反射」により、心臓の鼓動が急に早くなり、細動と呼ばれる状況に陥り、心臓が血液を圧送できなくなり、脳が貧血状態になり「失神」に至った。 という説明です。 ただ、なぜ反射が起こるのか、どんな状況で起こるのか、が、分からないらしく、全くの健康体の人でも起こるのだそうです。 対処法も予防法も無いので、結果として「異常なし」となりました。 ということで、立冬の今日もサイボーグな私です。 左肩に違和感を感じたまま過ごしています。
前の日記が6月15日なので約100日ぶりです。 お元気でしたか? 私は元気ですと言いたいですが、7月に一騒動ございまして、現在は人造人間と化しております。 体の一部が人の手によって改造されました。 鎖骨にチタンのプレートが入っていて違和感を感じつつの毎日です。 まあ、怪我はいずれ癒されますが、人の命のはかなさを感じた出来事でもありました。 3月の地震も大きな事ですが、私には7月の出来事の方がはるかに大きく重く、一時は行く末を案じるまでありました。 今、人造人間ながら旧来の生活に戻りつつあります。 涼しくなったこの頃、昨夜はお腹を冷やしてしまいました。
もう6月半ばですね。 毎年月日の経つのは早いのですが、今年は特に早いです。 ついちょっと前に大きな地震があったのに、もう三か月。 心配していた仕事の方の材料不足も取越し苦労で終わるようで安堵してます。 普段の生活で日々が過ぎていきます。 それは幸せなことです。 こういう日々がずっと続きますように。
未曽有の地震でした 我が家は皆元気です 部屋の中が本と本箱の瓦礫で埋め尽くされて、2日間二階の部屋で避難生活。 地盤沈下で敷地内水道管が壊れ、1日間だけ断水生活。 たったそれだけです。 ただガソリンが手に入らず、仕事に支障をきたしそう。 ガソリンが底をついたら、霞を食べて暮らします。 美味しいかな、霞
6日の臨時理事会で財団法人日本相撲協会は3月開催の「大相撲春場所」を中止決定したとのこと。 あわせて今年中全ての地方巡業も中止するとのこと。 調査に専念して、真相が明らかになるまでは相撲を見せられないとの理事長の話。 「相撲協会」としては良いですけど、大阪の年に一度の「大相撲」で飯を食っている人々が、かなりたくさんいらっしゃるのではないかと想像されます。 また、今年予定されていた巡業先の関係者の方々。 そして、5月の領国での大相撲も開催されないかも、とのこと。 「相撲茶屋」の方々をはじめ、協会外で大相撲に携わっている方々のこと。 そのすべての人達の「生活」を保証する覚悟が「相撲協会」にはあるのでしょうか? 3月以降、関係各方面から「損害賠償訴訟」が起こされたら、「相撲協会」はどうするのでしょうか? やはり、過去を含め「ごめんなさい」を言って、「普通のプロスポーツ」として事業を存続させる道を選ぶのが賢明なんじゃないかと思いますが。 今報道されている「公益法人に認可が無くなると、基本財産(国技館等)を類似の団体に全て寄付して財団法人を解散しなければならない」と言うのは本当でしょうか? 現法律での「一般財団法人」に移行して、基本財産はそのまま継承して存続する、ってのは無理なんでしょうか? その場合は、当然法人税を本則通り納めて、寄付に対する「免税」も無くなるので、経営は大変になると思いますが、他のプロスポーツ興行団体だって同じ条件で頑張っているんですから。 上記の事、「類似の団体に全て寄付」ってのが解せないんです。 現在の「(公益)財団法人日本相撲協会」に類似って? 素朴な疑問なんです。
揺れてますねぇ「財団法人日本相撲協会」 もともと競技団体ではないのですよね。 相撲の競技団体は「日本相撲連盟」です。 アマチュア相撲の統括団体です。 なので「財団法人日本相撲協会」は、性格上は「日本プロ野球機構」と同じ「プロフェッショナルスポーツの興行団体」 報道では「公益法人」の認可を取り消すの消さないの、と。 なんでも大正年間に「公益法人」になったとか。 現在の法律では「公益団体」の定義が厳しく、以前は「公益法人」とされてきた多くの「財団法人」「社団法人」が「公益法人」と認められず、「一般社団法人」という名称に変わっている事を考えると、大きな収益事業(大相撲興行、巡業興行など)を行っているので、当然「公益」ではないような気もします。 まあ、「国技」ってことでのお目こぼしなんでしょうが。 で、八百長。 語源は「八百屋の長兵衛」とか 出っ歯の亀吉の「デバガメ」と似ている。 たしか、古典講談にも相撲の八百長の話があったと思うから、江戸時代の興行としての相撲の成立期から綿々と続いてきた「伝統」でもあるのでは? それをいまさら「正義」を振りかざして糾弾するのもいかがなものか? ただ、「公益」が引っ掛かる。 そこで、「公益法人」を返上し、株式会社でも何でもよいから営利団体として興行する。 そうして、こんな取り組みを行う 「八百長公表取り組み」 事前に八百長の内容、つまり、どう当たって、どこで引いて、どう投げられて負けるのか、を解説して、実際にその申し合い通りに相撲をする。 これ、結構面白い。 今回の報道で、NHKでは実際の取り組みのビデオを、メールの内容と同調させて放映した。 まさに、メール通りの展開で勝負が決まっていた。 その見事なまでの取り組みは、ある意味で素晴らしい職人技(笑) 興行として十分に成立するのではないかと。 ちなみに「プロ野球」では、八百長は永久追放。 大相撲と同じくプロフェッショナルスポーツの「興行」ですけど厳しい掟。 さて、同じ格闘技系の「プロレス」は? 今後の「大相撲」は、どっちの系統に属すのでしょうかねぇ。 「新大相撲」に期待します。
所属している某組織の事業に「青少年交換事業」がある。 平たく言うと、青少年(おおむね高校生)を国際間で短期でホームステイさせるという事。 もう23年間も隣国の韓国との間で行ってる、とのこと。 今年度、私がその担当者になっていた。 毎年、韓国から50名の若者がやってくる。 私のクラブでは2名を引き受ける。 1月8日~13日のたった6日間だった。 ホストファミリーは、日本側から派遣する生徒さんの御家庭にお願いしている。 来日の8日。 韓国の仁川空港が吹雪のために出発が遅れてしまい、到着が1時間半遅れた。 ホテルの部屋にやってきた50名、女子34名男子16名だが、皆利発そうな顔立ち。 その場は時間が遅れていることもあり、さっさとセレモニーを済ませてホストファミリーのもとに。 わがクラブには、日本でいうところの高校2年生(3月から3年生)と中学1年生(3月から2年生)の女子二人。 翌9日には、我々の陰謀で二人に和服を着させて「小江戸川越散策」 初めての和服に中学生の娘はびっくりして絶句していたらしいが。 その後、韓国の生徒たちだけでディズニーランドに行ったり、日韓交えての交流会も開かれて、超多忙なハードスケジュールをこなす。 離日前日の12日には、地元の高等学校を訪問。 英語の授業に参加。 その時の韓国の生徒の感想 「どうして先生がいるのに騒がしいのですか?」 確かに私も騒がしいなぁと思い、自分の高校生時代とは違うなぁ、とも。 授業中も先生の話に聞き入っている生徒もいるが、後ろのほうでは髪をブラシでとかしていたり、生徒同士で何やら交換していたり。 それに先生に対して「タメ口」なのにも驚き。 そう、そんな教室風景はドラマでしか見たことなかったので。 韓国からの生徒さんに韓国での学校事情を聴くと 午前9時から午後5時まで学校で勉強。 帰宅後は2~3時間は勉強する。 学期は前期後期の2学期制、3月~7月が前期で8月はお休み、9月~12月が後期 1月と2月は休みで、入学試験は12月に行われるとのこと。 1年間で3カ月の90日間が休みとのことだが、1月の休みは、ほぼ毎日学校に通って「自習」するのだそう。 他の長期休みも、その期間で「奉仕活動」や「社会体験」を行い、それが学校の評価につながっているそう。 騒がしかった教室内の日本の生徒と比べたり、先日の従兄弟の子供と比べると、現在の日韓の経済的バイタリティーに大きな差が生じているのもうなづける。 高校生や大学生の「留学」も盛んだそうだ。 「内向き」になっている日本の大学生を考えると、ますます差が出るのだろうと思ってします。 日本はサッカーアジアカップでのサウジアラビアには完璧に勝利したけど、経済活動ではあちこちの国に完敗しそう。 がんばろう日本。 がんばってね青少年たち。
あけましておめでとうございます。年末は30日まで現場仕事があり、大みそかと元日は自宅でのんびりしたものの、2~4日は妻の実家に。 往復とも道中に渋滞が無く、スムーズに走れたのは幸い。 4日の帰り際に、自宅の隣町に住む叔父宅に寄る。 連絡をすると、従兄弟たちや従兄弟の子供たちが大集合とのこと。 ぼーっと走っていたら、隣りから「お年玉は?」と言われて、そうかお年玉かと考える。 幸いポチ袋は銀行からもらっていたのがバッグの中にあったので、数枚足らない千円札を妻から拝借して準備万端。 叔父の家に着き、入ってみると二人の従兄弟とその子供(高校生と中学生)がマージャンに興じていた。 こたつには叔父と叔母、それにもう一人の従兄弟の子供が二人(高校生と中学生)。 叔父と少し話をしたのち、マージャンの自動卓がトラブルでプレイが中断したタイミングで「お年玉タイム」 マージャン組の二人は、「ありがとうございます」と声を出して、しかし少しはにかみながら受け取ってくれた。 問題はこたつ組の二人。 この二人は兄弟だが、兄(高校1年生)は、私の隣であおむけに寝ている。卓を囲んでいる母親(=従兄弟)が、「お年玉だって、ちゃんと起き上がりなさいよ」と言っても無視。 妹(中学3年生)に至っては、ゲーム機から目を離さず、両耳にはヘッドフォンをつけたまま。これまた母親の声を無視。 さてどうしたものか、すでにマージャン組の二人(こちらは高校3年生と中学3年生)に渡しているので、こちらのこたつ組に渡さぬわけにもいかない、しかもすでにテーブルに二つのポチ袋を出してるし。 結局、兄のほうは「イヤイヤ」体を起こし、蚊が鳴いてももっと大きいだろうと思うような小さな声で「あ・り・が・と」と言ったような気がした(可聴範囲すれすれの声だったので)。 妹の方は、ついに私たちがお暇をして立ち上がるまでゲームから目を離さず、ヘッドフォンもそのまま。 こたつの上に出された「お年玉」も、そのままさらしものに。
ふぅ~
どぶに捨てたほうが、まだ良かったような気がした。
│<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||