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GINZA BE☆SEE

15 亜希菜のコラム

【亜希菜のコラム vol.3】

Titel「子供の頃に考えたこと・・・沢山重なって生きている」

text= AKINA IWAHASHI
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「像が踏んでも壊れない」そんな宣伝もありましたが、
小学校の頃、多分4年生の頃だったと思います。
筆箱を壊されたことがあります。

当時はプラスチックの筆箱を私も持っていましたが、友達がふざけて遊んで壊してしまいました。
壊されて手元に戻ってきた筆箱、悲しい思いで眺めながら考えたことを思い出しました。

『これを直せばもとの筆箱になる。そして壊れたとしてもこの存在は無くなってはいない。
壊れてばらばらになったとしても存在はしているんだ・・・

つまり今までは筆箱として存在していたものが、別のかたちとして存在しつづけている。
筆箱としては存在しないが、プラスチックという素材としては私のてもとに存在しつづけている。

プラスチックとしての存在が解体すると、また別のかたちでのありようがある・・・・

これを拡大して行くと、いろいろなものが同時に様々の形として存在しているに違いない。

そう考えたのでした。

1つの時間の中に1つの存在は多くの時間を内包し生きている。
これをその時私は「次元」と呼んでいました。

だからこそ、数も
一、十、百、千・・・・那由他、無量、そして
10の72乗である大数へと拡大し、
逆に、割、分、厘、毛・・・・10のマイナス18乗である刹那へ、さらにその先へと解体してゆくような概念があるのであろうと・・・・』

こんなことを考えたのでした。
以上は子どものことで、単純な発想ですが、
単純な分、意外と外れてないかも・・・・とも思うのです。

我々人間に当てはめて考えてみると、

石同様に鉱物としてあり、
植物同様に生きるものとしてあり、
動物同様に行動するものとしてあり、
そしてひととして考え意志するものとして立っている。

大雑把に分けても我々は同時に4つのありよう=4つの次元で生きている。

社会的にはまたさらに複雑になって、
例えば、
社会を構成するものとしてあり
建築家としてあり、
未来をつくるものとしてあり・・・・

きりがないほど多様に生きている。

年をますごとに自然と増え、人生を卒業する時期に向けて自然と減らしてゆく。

しかし、ともすると僅かな次元でしか生きようとしない自分もいます。
増やすも減らすも自分次第。
それぞれの密度を増すも薄めるも自分次第。

そんな人生の成果が良くも悪くも未来の自分の課題として、また戻ってくる。

精一杯生きられる限り、生き生きててゆきたいと思うのです。

良きものとして・・・・創り続けるものとして・・・


亜希菜


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