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ヒロガルセカイ。

ヒロガルセカイ。

3. 2/13UP

3.

アヤは、男の見下した言い方が許せません。
「おまえ呼ばわりするひとに、教える義務は無い」
「ほう」
男がアヤを値踏みするように、上から下までを眺めています。
「手ぶらか。隙だらけだなあ。飛び道具も持たないで、威勢のいいことだ」
ずんと体に響くような声がアヤにぶつけられました。
男とは距離がありますが、アヤは ひやっとするような冷気を覚えます。

「飛び道具なんて必要ない。ヤクザじゃないんだから」
アヤがまだまだ強気です。
「自分が手ぶらなら、相手も手を出さないとでも思うのか。いいねえ、その精神力。だけど・・」

男が右手で拳を作ります。「ふざけんなよ?」
大きな金の指輪も目立ちますが、この太い節。
「その顔に痣をつけてみようか」
この威圧感、そして空気をぎゅっと握りつぶすような力のため方。
一気に腕が伸びたら、間違いなく顔に痣ができるでしょう。
普通の子なら、恐怖で足がすくんで動けないでしょうが・・

アヤは、男の着けている指輪の趣味の悪さに、顔をしかめていました。
「とうとう怖くなったか?受付のガキ」
「そんな指輪をつけているひとを初めて見た。成金みたい」

「は」
男の腕の力が一瞬抜けましたが・・

「こんなひとに、瀧本の家の周りをウロウロされたくないな!」
アヤの一喝で、男の怒りが沸点に!
減らず口のアヤを吹っ飛ばそうと、勢いつけた腕がしなります・・


「帰れ」
低い声とともに、ぱしゃん・と音がして、男の顔に何かがかけられました。
やがてぷわんとブランデーの香りが漂います。
「いい度胸だな。敵陣の視察かと思いきや、警察沙汰にしたいのか」
志信さんが空になったグラスをアヤに渡します。
「どこの組のものだ?檻に入れる前に聞いておこう」
「誠信会です」
ベンツから、またひとり出てきました。
トレンチコートを着た若い男です。
「聞きなれない名前でしょう?つい最近こちらに出てきましたからね」
たしかに、志信さんの知る中に、そんな名前の組織はありませんでした。
「極西会・次期組長の瀧本志信さんですね。お初にお目にかかります。誠信会の竹中と申します」
落ち着いた声の竹中は、濡れた男に車に乗れと顎で指図しました。
男はそれにあっさりと随って、ドアの向こうに消えました。
どうやらあの男は、竹中の舎弟のようです。

「それから、あなたが新垣アヤさん・で よろしいですね?」
竹中がアヤを見ながら、
「命知らずですね。今度お会いするときは、どうか手ぶらで挑まれないように」
「今度?」
アヤが聞き返しましたが、竹中はスルー。
「会う気は無い」
志信さんが携帯を操作します。「警察を呼ぶ」
「では失礼します。近いうちに、またお会いしましょう。邪魔の入らないところで、できれば」
竹中がベンツに乗り込むまえに、「新垣アヤさん、卒業おめでとう。無事に式ができるといいですね」
まるで捨て台詞にも聞えたその言葉・・。


アヤは、部屋に戻ってからも妙に落ち着きませんでした。

何が起きたのか・・
志信さんのお父さんから「息子」呼ばわりされるし、お母さんは早々に床についた様子だし。
当の志信さんも、さっきから難しい顔をして大叔父と連絡を続けているし。

靴下を脱いで、ベッドの上で横になりました。
『無事に卒業式ができるといいですね』
竹中の言い方が、気になって仕方ありません。
卒業式には、アヤ以外の生徒も勿論沢山出席するわけで・・

皆を巻き込む抗争にならなければいい。

アヤが大きくため息をつくと、志信さんが携帯を耳に当てたまま振り返りました。
「・・また後で連絡します」
ぱちんと携帯を閉じて、背中を向けているアヤに
「スーツが皺だらけになるだろう。脱ぎなさい」
「脱いだら寒くなります」
「風呂に入れ」
「そんな気分じゃない」
「・・何がそんな気分だ。さっさと風呂に入ればいい」
志信さんがアヤを抱き寄せようとしたら、アヤが抵抗します。

「誠信会って、なにものですか」

「大叔父の調べがついた。京都に本部のある誠流会の分家だ。
元はテキヤだから、ヤクザの筋が通らないようだ。
素人集団に近いから厄介なところがある。
うちのシマを横取りしたくて、ハイエナのように街をうろついているらしい」

ここに根をはる極西会のアタマが交代すると聞けば、今が潰しどきと狙いを定めたのでしょう。
騒動を未然に防げなければ、地元の用心棒の意味はありません。
挑発しながら、お手並み拝見ときた・あの竹中の顔を思い出して、志信さんは苛立ちます。
「そんな顔をしないでください。俺も迷ってしまいます」


「怖くなりました」
アヤの体が小さく震えていることに、ようやく志信さんが気づきました。
「俺だけじゃなくて、皆が狙われるのですか?」
「あんな男の言うことを、真に受けるな」
志信さんは、アヤが泣くんじゃないか?と思ってなだめようとします。
「式を楽しみにしている奴もいるのに。そんなの、絶対嫌だ」
志信さんの胸に顔をうずめて、震えています。
相手はヤクザです。卒業式が潰されるだけでは済まないでしょう。


「アヤ、落ち着きなさい。大叔父と私がついているから。アヤの卒業式は潰させない」
アヤの腕が志信さんの背中に伸びました。

「おまえを育んだすべてを、壊させないよ」

破壊してばかりのひとが何を言うのでしょうか・・。
アヤが笑いそうになりましたが、うなじを撫でられてそのまま髪をかきあげていく指。
「ブランデーがかかったかな。髪から匂いがする」
「・・どいてください。洗ってきます!」

 
4話です。


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