12. 3/8UP12.筋の通らないテキヤあがりの代紋を、ベンツで破壊した張本人がドアを蹴って出てきました。 「もろいものだな。これしきのことで」 突っ込んだときに頭をかばったのでしょう、手に怪我をしていますが元気そうです。 「アヤ。足が速くなったな」 振り返りもしない背中です。 「お蔭様で。志信さん?大叔父を轢いたんじゃないでしょうね」 ゆっくり立ち上がると、砂埃を払います。 はあ、とため息をつくと「無茶しすぎです」 「アヤに言われたくない」 大叔父を追って闇雲に夜の街に飛び出したアヤを止めるべく、体をはった志信さんは大叔父のことよりもアヤが心配でした。 生意気な口の聞き方に安堵したようです。 口元に笑みが浮かんでいます。 しかし、ベンツの後部座席にいた舎弟たちが真っ青な顔色でどやどやと降りてきました。 「勘弁してくださいよ、志信さん!」 「俺たちの命は、替えがないのですよ~」 「誰だってそうだ。だから、ここまで来てやったんだ」 志信さんが、崩壊した建物の中に入っていきます。 崩れた壁に圧された誠信会の輩が倒れていますが、目もくれず。 「大叔父」 散乱したガラスの破片、壊された壁などの瓦礫の中に大叔父が腕組みをして立っていました。 「おまえは何を考えているんだ?こんな派手なことをして、世間が黙っちゃいないぞ」 「黙らせるためにやっているんですよ」 破片を蹴散らしながら大叔父の前に立つと、 「生きていて安心しました」 「まだ、地獄からのお呼びがかからないようだ」 「地獄には大叔父の席がありませんよ」 「そうかい?それなら、しばらくアヤちゃんといっしょに過ごせるってわけか」 「・・アヤだけじゃなくて」 志信さんが苦笑していると、倒れていた竹中たちが意識を取り戻したのか呻きだしました。 「救急車ですね」 「馴染みのところに送らせよう。うちのシマで暴れた落とし前をつけてもらわねばな」 自分のしたことは何も弁解せずに、のうのうと立ち去ろうとする大叔父に、 「あなたは組の頭なのですからね。舎弟を走らせて、自分はじっとしていればいいのです。 もう、無茶をしないでくださいよ?」 「それはアヤちゃんに言っておけ」 あはは、と笑いながらも倒れそうです・・。 ふらふらしている大叔父に、舎弟たちが駆け寄って騒いでいます。 後を追ってきた獄西会のベンツが数台滑り込んできて、大声で「オヤジサン!」「オヤジサンは無事ですか!」 何人もの舎弟が降りてきて、大叔父を車に運び込みました。 「おまえら、病室にはアヤちゃんを付き添いに」 体はガタがきても、精神力は通常のようで。 「そんなことは後で!オヤジサン!!」 「慕われていますねえ」 アヤが遠巻きに見ていると、 「志信さんも、じきにあの立場になられるのですよ」 紀章がアヤの髪についた砂埃を払いました。 思わず、そのまま指を絡めたくなる心境にかられます。 「・・そのときは、あなたも」 「俺はあのひとの傍にいられたら、それでいい。賞賛も賛辞もいらない。 欲しいのは、あのひとの隣の位置だけだ」 揺るがない瞳の力に、紀章が思わず息を呑んで・・深々とお辞儀をしました。 「・・なに?」 「あなたを護りたいと心の底から思いました。 その笑顔を護るためなら俺はきっとどんな無茶でもしますよ」 「お礼を言うべき?でも、俺の暴走を止められないと勤まらないんじゃないの」 「あなたの暴走は、志信さんが止めます。あなたがたをおまもりするのが、俺の務めです。 どこまでも、お供しますよ?新垣アヤさん」 「なら、もっと早く走らないと」 いたずらっ子のような可愛い笑顔に足元がぐらり。 照れ隠しに、いてて・と肩を押さえながら笑います。 遠くからバイクの爆音が聞えてきます。 騒ぎを見ていた見物人が「また暴走族だよ~」とうざそうに騒ぐのを聞くと、 「金で買われた奴等なら、すぐに崩壊させることができる」 志信さんがアヤに下がれ、と手で合図をしました。 「暴走族はヤクザのパシリになりやすい。金で買われた仁義のない奴らには」 やがて目の前に集結した暴走族は、手に鉄パイプを持っています。 「飛び道具での威嚇が一番だ」 志信さんの声に合わせて、舎弟が一斉にチャカを構えました。 「あんなの玩具だ」 間抜な少年が鉄パイプを振り回しながら突進してきます。 「くだらない」 志信さんがバイクのタイヤを撃ちました。 本当に撃ってきた?暴走族の少年たちは互いの顔を見合わせます。 「次はおまえ」 志信さんが少年に銃口を向けます。 「いい機会だ。住民に迷惑をかける奴らは、一気に掃除してやる」 数台のバイクを黒いベンツが取り囲みます。 出てくるのは屈強な男たち。 「どんな世界でも、護るべき規律がある。人として、最低限護るべきなのは他人に迷惑をかけないってことだろう? ひとのシマを荒らす奴。安眠を妨害する奴。まとめて潰す」 「どうして警察が来ないんだ?」 動揺する少年たちは自分たちのしたことも棚に上げて、逃げ場を探します。 自分たちのピンチに警察を呼ぼうとしても 「うちのことを全然知らないみたいだな。うちの組長は、警察の天下りだ。 こんなに騒いでも奴らが来ないのは、裏でがっちりパイプをつないでいるからだよ」 教えてくれた舎弟の腹に少年がパンチを繰り出しても、びくともしません。 それどころか、襟首をぐいっと持上げられました。 「おまえが頭か?人に逆らうには、気合と力がいるんだよ。こんな非生産的な走行を即、解散しろ。そうでなければ、一生・うちでこき使うぞ?」 大型のトラックが入り込みます。 「さあ、バイクを積め。警察署にお届けだ」 バイクどころか少年たちも、ほいほいと積荷扱いです。 「仕事が早いねえ」 「さすが親分さんのところだよ」 見物人たちは、大叔父が何者なのか知っています。 負債の取立てや、揉め事の介入。暗い部分もありますが、地元のお祭りごとにも参加しては協賛金を出して盛り上げる。 官公庁ではフォローできない、世の中の隙間を埋める稼業のヤクザ。 役所仕事の地元警察よりも、困ったときにいつでも動く極西会を支持してしまうのは大叔父の温厚な人柄のせいかもしれません。 「ヤクザが慕われてどうするんだ」 志信さんが呆れています。 その隣で汚れた上着を脱いだアヤが笑っています。 「あなたの代には嫌われていますよ」 「・・その減らず口を塞ぎたい」 13話です。 ジャンル別一覧
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