10。10。夕映が粉を手にしたときでした。 腰に何かが這いずる感触に、ぞっとしました。 「つか・・。」 司は暗闇の中でよく目が効くようです。廊下もまっすぐに歩けたくらいですから、夕映の乱れた着物の裾くらい・たくしあげるのはたやすいことでした。 「やめ!」 叫んだその口に手ぬぐいが押付けられました。 「!!」 抵抗しようと伸ばした細い腕も、力強い男の腕に束ねられてしまいます。 荒い息で、睨みつけてもこの暗闇。それに見えていても動じない相手です。 「夕映兄さん。いっつも清ましてはるから、憎らしいわ。」 司は細い帯で夕映の手首を縛り上げました。 「怖くないん?気丈やわ。それとも慣れてるだけか。」 足をばたつかせるだけの夕映に圧し掛かると、舐めるように夕映えの体を眺めます。「ふうん・・?」 そして裸足の足を撫でながら、着物の奥に腕を伸ばしていきます。 「うわ、きれいや。すべすべやんか・・。これが松葉屋の夕映格子かいな。教えてほしいわ。夕映兄さんがなんぼ・・よろしいのか。」 司はわざと自分の着物の裾を踏んで、肩から着物を落とします。 花魁は酒乱の客などに掴みかかられたときにすぐに逃げられるように、着物を紐などでは結んでいませんでした。 客に手をかけられれば着物が抜け落ちる。中身の本人は逃げられる。トカゲの尻尾きりのように対策を立てていたのです。 座敷用の着物の下は小袖を2枚。これも着物と一緒にずるりと脱げてしまいます。その下は現在では下着と言うべき湯文字(裁ちきりの布を1枚巻きつけただけの状態)姿です。 いくら暗闇でも、着物が脱げる衣擦れの音はわかります。 夕映は闇に慣れてきた目で司が肩を出していることを知りました。 抵抗しようと足で暴れますが、その奥に入り込んだ指が次第に力を奪っていきます。 口に押し込まれた手ぬぐいのせいでうめき声が出るだけで、助けが呼べません。 司の指が夕映の奥に潜り込んで、淫靡な音を立て始めます。 「兄さん、すごいわ。この状態でも感じてしまうんやなあ。」 舌なめずりをする司に、首を振ります。 「いややて?嘘やんか。・・なんやの、これ。」 指がどんどん奥に入ります。拒否したくても毎日慣らしてきた場所です。異物ではなく当然の進入として受け容れてしまいます。 「うわ・・。あかん、も。あかんわ・・。」 司は夕映の脚を持ち上げて湯文字の下に隠していたものをねじ込みました。 「!!」 夕映が反り返ります。 そして、腿のあたりから締め付けて、それ以上を許しません。 「・・!はあ?なんやの・・この体・・!」 司が焦りだしました。 たやすく篭絡できると甘く見ていたのですが、さすがは格子を張る体です。 夕映は最後の最後で、司を出し抜きました。 「はいらへん・・。」 ぎりっと歯を食いしばる司の顔を眺めながら、夕映は床を強く踏み鳴らしました。何処の部屋でも床がなされている遊郭です。畳の上で布がずれる音、喘ぎ声。方々から聞こえる音。畳を蹴るような・そんな音では誰も気づかないかもしれませんが。 行灯の油を取りに帳場に行った霜柱が早く戻れば。 いいえ、それよりも今ならきっと隣の部屋には・・。 「さすが夕映格子・・そんなことも高尾太夫に教わったんか・・!」 ええい、と夕映の着物を裾から引っ張って脱がせにかかりました。 「教えたことはない。」 声がしました。明りも足元に見えます。夕映は大きな影が広がる天井を見ていました。 逞しい腕が伸びて司の黒い髪をがっと掴んで引き倒します。 その腕が行灯を持ち直しました。ゆっくりこちらに歩いてきます。 霜柱です。 すぐに口にかませられていた手ぬぐいを外し、帯も解きました。 「すみませんでした。遅くなりました。」 侘びを入れると着物を直します。 そしてもうひとり。着物の裾が割れることに動じないすらりと伸びた脚が、司の体をまたいで両足で挟み込みました。 そのわずかな動きでも、部屋の中にふんわりと香を焚き染めた香りがしました。 「司。京は島原の・三浦屋にいたんだろう。」 裸足のつま先は司の顔のほうを向けています。 今にも蹴りだしそうですが・・花魁の顔も商品です。 「三浦屋の九重太夫は元気かい。」 抵抗を許さない毅然としたその声。後れ毛も艶かしい暗闇に浮ぶうなじ。 小袖の上に前帯を締めて豪華な内掛けを羽織った、松葉屋の高尾太夫でした。 島原は西の遊郭の代表です。その島原の三浦屋といえば、九重太夫という美貌で名のしれた花魁がいるので、この松葉屋と同じくランクの高い大見世ですが。そこに司がいたのなら、もっと花魁としての自覚があってもいい。兄と慕うはずの先輩花魁を手篭めにしようなどと思うはずがないのですが。 松葉屋の主人は、夕映はまだひとに物事を教えられる年ではないので、仕事に慣れているはずの司を新造に付けたのでしょう。 しかし。とんだ暴れん坊です。 「芸のたつ九重太夫から逃げて。どうしてここに来た?」 高尾太夫はそのまま、どっかと司の体の上に座り込みました。 豪華な打掛が汚れても構わない様子です。 その男らしい態度に、司は観念したようで、くくっと笑いました。 「聞くまでもなさそうやんか。高尾兄さんは、ようご存知ですなあ。」 「おまえに兄さんと呼ばれたくも無いな。」 高尾太夫は司の耳を引っ張りました。 「このままじゃすまないぞ。」 凄みのある声に、司の視線がさまよいます。 夕映に新しい打掛をあてがって、霜柱がようやく紐を持ってきました。 高尾太夫はなぜかそれを制します。 「折檻は好きじゃないんだ。」 「高尾太夫さん!」 力む霜柱に・いいから、と目で合図してきました。そして、ちらと夕映を見ました。 「よく耐えたな。たいしたもんだ。」 やさしい微笑を向けたあとに霜柱に耳打ちしました。 「格子がお付の新造に手篭めにされかけたことが広まったら、あの子はここで情欲や興味の格好の的になる。おまえはあの子を護ることだけ考えていろ。」 そして肩をぽんと叩きます。 そうです。男衆は、見張ることと同じに花魁を護らねばなりません。 護らねば自分の食い扶持がなくなるから。 霜柱は自分の仕事を思い出します。 沸き起こる・爆発しそうな怒りを抑えながら 「司さん。その身の程を知らぬ跋扈(ばっこ・上位者を無視した振舞)ともいうべき振舞。許されませんよ。」 紐をぎゅううと握りながら悔しそうに霜柱が言いました。 「霜柱。おもろいな。熱い男や。」 司は笑顔をひきつらせながら、まだ減らず口を叩きます。 「司。今日から俺の付きになれよ。おまえには仕込みたいことがあるんだ。」 高尾太夫が意外な言葉をかけました。 11話へ続くのでありんす。 一言でもいただけると励みになります。 WEB拍手を押してくださるとお礼がありまする。 ジャンル別一覧
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