星影に眠るネコ。11.街路樹の黄色い銀杏の葉が、鮮やかに夕焼の空に映えています。 歩きながら見上げる空は薄い水色から赤紫を帯びて、 まるで平筆で塗ったように色が広がります。 「きれいだなあ」 呟いた口から、真綿のような白い息。 「あの赤を描いてみたいんだよね・・」 「ふうん?」 隣を歩く子は口を尖らせています。 どうやら話題がお気に召さない様子、首にゆるく巻いたマフラーをぶらぶらさせます。 「なあに?」 ほおっておけないのですね。 何気なく声をかけると、黒目がちの瞳をきっちり向けて嬉しそう。 「次の絵も一緒だよね?」 「一緒って。来夢は全然描かないじゃないの。もう俺、来夢とコンビは考えちゃうよ」 ため息を白く吐き出しました。 「え。イヤなの?」 急に声が沈みこみました。 「イヤじゃないけど。来夢も絵を描きたいでしょう? 俺ばかりじゃあ、同じような絵が続くし。好きな色ばかり使っちゃうし」 「章が描くのを見たい」 「そればっか・・」 呆れながら空を見上げます。 11月の空は、すぐに藍色に染まりやがて星が瞬きます。 この冷えた空気が瞬く星にぴんと張り詰めた緊張感をもたらすのか、 冬の夜空の美しさは寒さを我慢してでも見つめていたくなるのです。 「わ!な、なに?」 章が制服のポケットに突っ込んでいた左手を、来夢の冷えた手が引張ります。 そして、ぎゅううっと掴みました。 「あったかい!」 「つめたい!!・・どうしてこんなに手が冷たいの」 ぞぞっと背中に走る悪寒を堪えながら、抵抗せずに手を繋ぎます。 「章が最近、冷たいからだよ」 「冷たいかな?」 「だってさ。夜メールしても返事してくれないもん」 「・・学校で会っているから、別にいいじゃないの」 また口を尖らせています。 「どこかで誰かと会っていたりして・・」 びくりとした章は、反射的に繋いだ手に力をこめました。 「章?」 来夢が驚いて見つめてきます。 「なにもないよ。ごめん、」 ふたりはそのあと、何もお話をしませんでした。 黙って歩き続けて、とうとう分かれ道。 西へ進む章と、そのまままっすぐの来夢。 「じゃあね、また明日」 章が声をかけて離れようとしたら手が離れません。 「来夢、」 「あとでメールしてもいい?」 確かめてくるのは、なにか意味があるのでしょうか。 章は深く考えもせずに「うん」と頷いて、手を解いてさっさと歩き出します。 その背中を見送りながら、 「誰かと会ってるのかな・・」 疑問を呟いてしまう赤い唇を隠すためにマフラーを引き上げました。 「違うよね?」 エアリー感のあるパーマをかけた茶色い髪は夜風に揺れました。 冬の空は分刻みで黒い色を広げていきます。 一番星が見えました。 きらきら輝くあの星が見える頃に、章がたどりつく場所があります。 そこは、隠れ家ともいうべき場所でした。 章の自宅に向う道なりに、ブルーグレイ色のマンションが建っています。 5階建てのこじんまりしたマンションのせいか、管理が甘くて入り口ドアは開きっぱなし。 あと5分も歩けば地下鉄の駅があるし、向かいにコンビニもある。 生活に便利なこのマンションには、若いひとが主に住んでいるようです。 開きっぱなしのドアを抜けると足元でガサッと音を立てました。 風が散らかしたピザ屋の広告を拾い上げてゴミバコに入れると、 エレベーターを通過して非常用の螺旋階段に向いました。 錆びた手すり。 カンカンと上がっていくと、今度は踊り場に何か落ちているのに気づきました。 クレヨン・・ そっと拾い上げて、そのまま上に上がります。 →→2話に続きます。 「つま先立ちのネコ。」の続編です。お付き合いくださると嬉しいです。 遊んでやってください→ |