22螺旋階段を昇りきると、強い風が顔や体に容赦なくぶつかってきます。 明かりの無い屋上は足元がおぼつきません。 どこかに水溜りでもあったら、除けれないでしょう。 でも章は慣れた様子で、屋上に降り立つとスタスタと歩き出しました。 群青色の夜空には、一番星につられて顔をだした小さな星たちが見えます。 その星たちに包まれているひとがいました。 黒いナポレオンジャケットにダメージのあるジーンズ、先の尖ったウエスタンブーツのいでたち。 眼下に広がる街の明かりできらめく茶色い髪は、ミディアムウルフにゆるめのウエーブ。 キツネのような顎の小さな顔は、つまらなそうに街を見下ろしていました。 「こんばんは。宇佐美さん」 近寄りながら声をかけます。 「こんばんは。寒いね、章」 キツネのような顔をしたひとは、悪戯が見つかった子供のように笑いました。 「どうかしました?」 「いいや?今日もひとりか」 「ええ」 「まだ制服を着ているの。もう18時だよ」 「普通に部活をしていたら、やっと帰宅できる時間ですよ」 「そっか。大変だね」 章は先ほど拾ったクレヨンを差し出します。 「落ちていました」 「お。ありがとう。今日は描けないと思った」 白いクレヨンを嬉しそうに眺めます。 クレヨンは水彩絵の具やカラーインクとは違って、画材屋さんでもなかなかばら売りをしてくれません。 きっと、このクレヨンが見つからなければ12色入りの箱で買う羽目になっていたことでしょう。 宇佐美は抱えていた黒いスケッチブックを広げると、風の吹くほうへゆっくり歩き出します。 おでこにかかる髪を巻き上げていく冬の冷たい風に、ものともしません。 「ああ、気持がいいな」 「そうですか?寒いでしょう。さっき宇佐美さん、自分でそう言っていたじゃないですか」 「クレヨンが戻ったからかな。すごく気持がいいんだ」 強い風がスケッチブックのページをめくりたがります。 「宇佐美さん」 「なに?」 「部活動をする気になりません?」 「毎日言うね」 「ええ、何度でも。俺は宇佐美さんの絵が好きなんです」 「それも毎日言ってくれるね。ありがとう」 聞き流しているようです。 「宇佐美さん?」 「俺はさあ。群れるのは苦手なんだよ。 折角誘ってくれているのに悪いんだけど。好きに描きたいだけで」 宇佐美の足が止まりました。 視線の先には、サーチライトで浮かび上がる数キロ先のツインタワー。 この市が何億もの巨費を投じて作り上げた、市のシンボルです。 中には役所と図書館などの市の施設のほかに、文化施設と名づけた遺跡から発掘されたものの展示や小さなプラネタリウムも併設されています。 「あれがいいなあ」 「いつもは間近のビルを描くのに?今日はやたら遠いものを選ぶんですね」 章が白い息を吐きながら聞くと 「欲しいものはどうやら、すこし遠いらしいんだ」 ね?と言わんばかりに章の顔を見つめます。 「は・・?」 章は、よくわかりません。 「章。誰かを心配させていない?」 「は?」 「思い当たりがないならいいや。俺もそこまでひとがよくないし」 宇佐美の言い方では、章には全く理解できません。 何を言おうとしているのか、聞こうとしたら宇佐美はザリザリと黒い紙にクレヨンをなぞり始めました。 描きだしたら邪魔はできません。 黙って、黒い紙に描き出される白い絵を隣で眺めていました。 →→→→3話に続きます。 遊んでやってください→ |