楽園のセキレイ。(ヤクザ/心酔受)1.突然、暁は居場所を失いました。 昨日までは和やかに共に暮らしていた義理の父親から、いわれのない乱暴を受けてしまったのです。 撲られた頬の傷もそのままに、何も持たずに家を飛び出した17歳の少年は生きる術を知りませんでした。 頼れるものも見つけられないまま、時間が過ぎていきます。 最初は自分の居場所が欲しいだけだったのかもしれません。 ただ闇雲に歩き回った夜から解放されたかっただけかもしれません。 でも自分を救おうと差し伸べられた彫のある腕に、こころを捕らえられました。 やがて暁がその手にチャカを握ってからは、胸に抱え込んでいた孤独の不安は消え去り。 組織に属したという安心感が、世の中にはぐれた17歳の少年の家族に飢えた思いを満たしていきました。 組織が彼にとっては家族であり、居場所である家となりました。 なによりも「兄貴」、そう呼べるひとの傍にいられる。 「梨生(りいき)さんのためなら、俺は鉄砲玉になります」 心酔した暁の決意に、梨生は微笑するだけでした。 ・・・・・・・ 半月前のことです。 大阪は新世界。歓楽街の長い夜。 風俗店のピンクのネオンの看板が、酔客の揉め事で砕けるのを見ました。 「どないやねんな!」 ドスの利いた大声と共に数人のスーツの男たちが集まってきます。 ああ。またひとが蹴られる音を聞くのか。 ぼんやりたたずんでいた暁(あきら)の隣にも野次馬が集まります。 「またや。そろそろ来るで?」 この辺りをシマとしているアジア系外国人のマフィアがのそのそ出てきます。 生気のない無表情の男たちを見ていると、暁はまるで自分をみているようだと思いました。 「坊、邪魔や」 暁は誰かに突き飛ばされました。 そんなに強い力では無いのですが、空腹だった暁は足元がふらついて倒れこみました。 「なんやあ。腰が抜けたか」 わははと大声で罵声が浴びせられます。 腰が抜けたのではなくて、生きる気力が足りないのです。 暁は反論することもできないほど衰弱していました。 「・・あれ?どないしたんや、坊!」 さすがに様子がおかしいと気づいたひとがいましたが、 暁に近寄れません。 暁のすぐ近くで揉め事は続いていたのです。 やがてネオンに反射する刃物がちらりと見えました。 「あかん!巻き添えくらうで!」 野次馬たちが血相を変えて走り出します。 「警察や!早う!!」 それでも暁は動けませんでした。 立ち上がる気力も無く。 数日前に義理の親からの乱暴で傷を受けた腰が痛くて、正直なところ、もうどうにでもなれと思っていたのです。 「あの坊・・!」 遠巻きに見ていた野次馬が叫びました。 「あかん、踏み潰されてまう!」 その声を聞いて暁は 死 を感じました。 恐怖に顔を引きつらせた暁の前に誰かが立ち止まりました。 暁がゆっくり見上げると、スーツ姿の男です。 この状況で微笑んでいるではありませんか。 「だ・・誰ですか」 マフィアでしょうか。 それとも新手のヤクザ・・? 「標準語か。地のものでは無いな」 低い声が聞えたその途端に暁の周囲が静かになりました。 見回すと、暴れていたはずの酔客が地面に寝ています。 アジア系マフィアが蜘蛛の子を散らしたかのように姿を消していました。 「助けてやるよ。俺につかまれ」 伸ばしてくれた腕に、恐る恐る捕まるとぐいっと引張られ。 ぐらぐらしながらも立ち上がれました。 「軽すぎるな」 にこっと微笑むこの端整な容姿の青年を、暁はどこかで見かけたことがありました。 ああ。先週の夏のお祭りのときです・・。 まだ暁が普通に生活していたころの、幸せな記憶のなかにこのひとがいました。 <テキヤだ。テキヤのひとだ> ヤクザものと気づくと、どんな態度をとっていいものかわかりません。 でも助けてくれた・・? 「ありがとうございます」 細い声でお礼を言うと「泥だらけだな。連れて帰ろうか」 「え!梨生兄さん、それは・・。この坊はカタギでしょうに」 スーツの太い男が駆け寄りますが、制します。 「おまえ。帰る場所はあるのか?」 名前を知らないひとの声ですが、記憶のせいでなぜか無性に懐かしい。 磨かれた靴。仕立てのよいスーツには埃ひとつ付いていません。 ヤクザものなのに、こころ惹かれたのは・・・腕にしがみついた暁の指をそのままにさせてくれているから。 そして、暁よりも頭ひとつ分背が高いこのひとの黒目がちの瞳に引きこまれたから。 「俺は暁と言います、俺は・・居場所がありません。俺は、俺は・・」 無理に言葉を出そうとすると、今まで堪えた涙もこぼれてしまいそうです。 「どうしたいんだ?」 急かさずに、言葉を待ってくれています。 数時間ぶりに、温かい感情のある声を聞けた暁は衝動的に叫びました。 「連れて行ってください、どうか。お願いします」 しかし「どう見ても未成年ですよ」と忠告する声が聞えましたが。 「俺は梨生。テキヤ組織のものだ。 なあ暁、その幼い顔に無精ひげが似合うまで下働きでもしてみるか?」 2話へ。 ジャンル別一覧
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