3.3.「あれぇ」 藤江さんが変な声をあげた。 「車が無い」 「まさか、路上駐車していたんですか?」 路上駐車は禁止のはずだ。 交通量の少ない私道ならステッカーを貼られた上に後日罰金を払うと聞いたことがあるが、ここは駅前でタクシーやバスを始め、送り迎えの車も多い。 藤江さんの車は邪魔だから強制的にレッカー移動されたのだろう。 警察がそんなヘマをするとは思えないぞ。 「あー。参ったな」 「藤江さん。ここは家族の迎えの車でさえ、パトカーに追い立てられる程に厳しい管理下ですよ」 「へえ、そうなんだ」 「あなたは警察ではありませんね? そういえば身分を明かさないからおかしいと思った。この変態! 手錠を外せ!」 手首をひけば自分も痛い思いをするのは学習済みだ。 自由な足を上げて膝で藤江さんのお尻を蹴った。 「わ! こいつ……隙を見せるとろくなことがないな!」 瞬時に藤江さんが体勢を整えると、上着の内ポケットからIDカードを出して見せた。 「藤江陽斗。きみより年上の二十五歳、目下独身を堪能中で男子高生を日曜日の朝から襲う変態ではない。まだ聞きたいか?」 「肝心なことが抜けていますよ! あなたは警察ではない、探偵事務所の社員じゃないですか! この嘘つき……がっ」 大きな手で口を塞がれてしまった。 「探偵って大きな声で騒がないでくれるかい。営業妨害、甚だしい」 この人が警察の人間だと思わせる素振りをするからだろうに。 「嘘つき呼ばわりもいただけない。私は警察のものだと一言も嘘をついていないし」 確かにそうだが、手錠を掛けられたので納得できない。 「顔を覚えられたら仕事ができなくなるだろう。事情を察しろよ、蒼空ちゃん……わ! 指を舐めるなよ」 ようやく口から手を除けてくれた。 男の指を舐めるのは抵抗があったけど、背に腹は変えられない。 こんなおかしな人と、いつまでも関わる気はないんだ。 「はあ、息苦しかった。藤江さん。俺はアオイチャンって、その呼び方は好きじゃないんですよ」 一息つくと、藤江さんを見上げて睨む。 「早く手錠を外してくださいよ!」 「私の話を聞いていなかったのか? 可愛い顔なのに私を警戒して睨んでばかりだし」 「当然でしょう」 「進学率が県内トップのお坊ちゃま高校に通う子なら利口と思いきや、とんだ間抜けか」 「あなたに、そんなことを言われる筋合いはありません」 今度は身分照明のIDカードで額をぺしっと叩かれた。 「警察の振りをしたのは謝る。とにかく私は仕事だから、きみを連れて行く義務があるんだよ。言うことを聞きなさい」 (ああ。母絡みだったな) 「わかりました」 しかしお互いが違う方向に進もうとするので手首が赤くひきつってきた。こんなくだらないことでケガをするのはごめんだ。 「痛い? でもこの手錠もつけておかないと逃げそうだからねえ、あ・そうだ。蒼空、私のポケットの中に手を入れなさい」 「はああ?」 「そうしたら手錠が見えなくて恥かしくないよ。見えても、ブレスレットだと思うさ」 俺のことを散々に言ったけど、間抜けはこの人だ。 「そんなことはできません!」 「では、私がお邪魔しよう」 「げ!」 藤江さんが俺のボトムのポケットに、手を突っ込んだ。 「んー、でも居心地が悪いな。身長の差があるし」 俺は百六十五センチだが藤江さんは推定で百七十五センチはある。だからと言って……。 「ポケットの中でもぞもぞ動くなー!」 「あ、ここでいいや」 「……腿を触らないでくださいよ!」 「仕方ないだろう、私の手は大きいのだから。ほら、おいで。電車に乗るよ」 「はあ? 電車?」 「何を驚いた顔をするんだ。目の前に駅があるだろう。事務所までは二区間だから、すぐだよ。大人しくしているんだね」 ぐいぐいと引っ張られて駅に連れ込まれてしまった。 行き交う人が俺達をじろじろと見ているが藤江さんは涼しい表情だ。 その歩幅にあわせる俺は、やや早足だ。 誰が見ても俺達はおかしいだろう。 幾ら肌寒いとはいえ、日曜日に制服を着た男子高生がホストまがいの男と、身を寄せ合って歩いているのだから。 「藤江さん。事務所に行ったら手錠を外してくれますよね?」 「当然。もっとそうしていたいのか?」 「まさか!」 俺が睨んでも藤江さんは楽しそうに微笑み返してきた。何だよ、この大人は。 4話に続きます。 ジャンル別一覧
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