7.7.「オヤジサン。クレハを借りてもよろしいですか? この坊、服のサイズが合っておらず見苦しいので私服に着替えさせます」 風雅さんの指摘でオヤジサンが気付いた。 袖口からずるりと伸びた俺の手首を持上げて目を白黒させた。 自分でも格好悪くて、人前に出たくなかった。今更ながら恥かしい。 「何だ、この寸足らずなスーツは! 早く着替えろ、クレハ。男は着る物一つで価値が決まるのだぞ。風雅、よく言っておけ」 「はい」 「それからルリさんが気掛かりだ。わしのことは良いからクレハを自宅に送れ」 「承知しました。では見舞いも兼ねて果物の籠盛りと花束を誂えます」 「それで良い」 オヤジサンが満足げに頷くのを見て、風雅さんが恭しく一礼すると、俺を抱き上げた。 「一人で立てますよ!」 「暴れるな! こんなに軽い体がどこかに吹き飛んだらどうする」 すると座が再び笑いに包まれた。 「クレハは確かに軽すぎる。わしの膝に花が乗ったかと思ったわ」 オヤジサンが笑うので皆が釣られたようだ。 あの湿っぽさが消えたし、これで帰れると安堵したが風雅さんは俺を下ろしてくれない。 俺を脇に抱えたまま、バーカウンターまで歩き、そこでようやく下ろしてくれた。 「灰皿を出せ」 言われても何処にあるのか知らない。見渡すと洗ったグラスの横に重ねてあった。 「はい。どうぞ」 すると風雅さんはカウンターチェアに腰掛けると煙草を出して銜えた。 そしてライターを俺に渡して「点けろ」と言う。 風雅さんが銜えている煙草の先にライターで火をつけたら、先端から白い煙が漂う。 「似合わないな」 白い息を吐きながら俺を見やる。 「やらせておいて、そう言いますか」 腰掛けている風雅さんの隣に立ち、頬を膨らませながらライターを返すと、風雅さんが吹き出した。 「クレハは面白い」 そして咽て、涙目になっている。 「あなたも面白いです。ちょっと怖いけど」 俺は火事にならないよう風雅さんから煙草を取り上げて灰皿に乗せた。そこから細い煙がたなびいていく。 「気に入った」 「はい?」 「怖い者知らず、世間知らずか見極められないが、今はこれだけは言える」 「何でしょうか」 俺は煙草の臭さに鼻を覆っていた。吸わないならこのまま押し潰して消してしまいたい。 「クレハは私の好みだ」 「は」 抱き寄せられて顔が近づいた。煙草臭い息がかかって、思わず眉間に皺を寄せ「近い」と抵抗したら微笑まれた。 「何がおかし……」 開いた口に風雅さんの唇が重なった。 そして遠慮無しに舌が絡み、俺の唾液を吸った。 胸を押してもびくともしない。煙草の苦い味が伝わってきて腰が跳ねた。 「…や」 くちゅ、と淫らな音がして唇が離れ、かすかに震えた。 俺は風雅さんの唇を見ながら自分の唇に指で触れた。濡れているし温かい。 どうしてキスをされたのだろう。俺はノンケなのに、気持が高ぶるのは何故だろう。 「さすがに照れるか」 え? 俺はからかわれたのか! 顔が熱くなり平常心が保てない。 「ひどい大人だ!」 風雅さんの頬を平手で打つと、すぐに尻を叩き返された。 「いたー!」 そこは今日、尻餅をついたばかりだ。 「子供だな。感情に振り回されて」 「……子供ですよ。いけませんか」 からかわれたのが悔しくて目が潤んできた。 「はあ。泣くのは女性の特権だと思うが」 大袈裟に溜息をついて足を組んだ。 「悔しい。どうして俺があなたに……」 「私に?」 「風雅さんといるとペースが乱される!」 俺の思うように動けないのも苛立つ。 「子供だからだよ。主導権は常に大人の側に準備されるものだ」 何が大人だ。大人なら子供をからかってもいいのか? そんな理屈は納得できない。 「表情がころころと変わるなあ。見ていて飽きない。見て楽しませ、触って喜ばせるタイプかな? 何にせよ、この器量と華奢な体で世間を上手く渡るんだろうよ」 「渡れません。あなたみたいな人がいたら」 ぼやくと風雅さんは真面目な表情になった。 「憎まれ口もクレハなら許せてしまうな。 この顔に産んでくれたルリさんに感謝しろ」 言われるまでも無い。 「感謝していますよ……」 見てくれが良いお蔭で教師や親戚に可愛がられてどんな我侭でも聞いて貰えたし、彼女にも恵まれた。 振った事はあっても振られた経験は無い。しかし追われた経験も無い。 8話に続きます。 |