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《イベントのお知らせ》
1.『ナースのおしゃべりティータイム』 私、看護師に向いていないのかな? みんな頑張れるのにどうして私だけ駄目なの? 私の愚痴を聞いてよ!! 他の病院や施設の情報を知りたいな。 同じ看護師だから「ウンウンわかるよ。」「つらかったね!」と共感してくれるかもしれない。 新たな活力が出るかもしれない。次の一歩に繋がるかもしれない。 土曜の昼下がり、お茶を飲みながら皆で語ってみませんか?情報交換しませんか? 詳しくはこちらをご覧ください http://i-nurse.co.jp/blogimages/tea.pdf 2.『ナースの脳と心のやわらか楽会』 私の常識はあなたの非常識かもしれない。 私の短所は長所かもしれない。 価値観って何なのだろう。 受けとめ方を変えると見えてくるものが違うかもしれない。 理解しようと頭を使うのではなく、心で感じてみませんか。 コチコチの脳をやわらくして楽しみませんか。 詳しくはこちらをご覧ください。 http://i-nurse.co.jp/blog/blogimages/nurse_brain.pdf 在宅看護のアイナースの看護師社長奮闘記 [全1007件]行ってきました、よしもと神保町花月に。 友人の落語聴いてきました。 神保町花月は高座と客席が近いのですぐ近くで友人が落語をしている、という状態です。 平日の日中なのに入場者は、多いのです。 それも若い人たちが。 落語のなんとも言えない間、可笑しいと思っても、チョッとの間をおいての笑い。 久々に大声で笑える、お腹の中から笑える、頬の筋肉も緩み、お腹の横隔膜も全運動、心のデトックスにもなりました。 会場を出るときは、心は軽く、笑顔いっぱいになっていました。 笑顔にできる仕事って素晴らしいですね。 友人をを見ながら、チョッとドキドキする母の気分にもなりました。 皆さんも是非とも落語を聴きに行きましょう。 昨夜は、ある勉強会に参加してきました。 参加者は異業職。 だから見えてくるものが違う、熱い熱い、白熱カフェでした。 1+2+3+・・・だけではない 1×2×3×・・・だけではない 1・2.3.・・・の2乗・3乗・4乗・・・ 違う視点での意見がたくさんあります。 私の仕事も、違う視点、異業種の視点で考えると広がってくる。 ワクワクです。
最近、急激な動きがある。 『看護師』というキーワード。 ず~っと看護師不足と言われている。 現実に看護師が確保できなくて、廃業せざるを得ない病院もある。 『看護師不足』というキーワードだけで仕事ができる業界もある。 看護師の国家試験を受験した人たちは、それなりに頑張り屋さんだと思う。 (もっと大変な国家資格があることは重々承知です。) 私は少なからず、看護教育から看護師という国家資格を受験する資格を取得するまでの条件は大変だと思う。 そして看護師という資格を得た。 みんな頑張ったのだよ。 医療の世界にいれば周りはすべて医療者、どうしても自分の狭い周りを見てしまう。 比べてみるのも自分の狭い周り。 だから、ついつい狭い世界でのこと。 それが、いつか負の部分だけが一人歩きしているような気がする。 でもね、医療や看護を知らなくても、堂々と医療や看護を語る人がいる。 研究や過去の実績で語っているのなら、まだ許せるのだが、看護を知らずして『看護師不足だから』ということだけで語るのは許せない。 看護師が看護師をビジネスにするのならわかるのだが、医療職でない人たちが看護師をビジネスにするということはどういうことなのだろうか。 看護師がもっと自信と誇りを持ったらいいのではないかな?と浅はかながらに思う。 看護師さん!! もっと看護師であることに自信と誇りを持ちましょう。
人生には幾つもの節目がある。 そして1年にも節目がある。 今日は私の誕生日。 誕生日、幾つになっても嬉しいものです。 その時々で、誕生日に対する思いは違います。 何かを行ったということではなく、 何をしてもらった(支えてもらった)か。 感謝の気持ちでいっぱいです。 支えてくださっている皆様に感謝です。 本当にありがとうございます。
最近、看護学生さんとお会いして話をする時、 それはどういうことなのだろう??? 私も正直、自分の卒業校を名乗りたくなかった。 でも、今は違うらしい。 看護専門学校でも看護大学でも、受ける国家試験は同じ。 そこには夫々の看護学校の看護教育のあり方にもよるようです。 卒業生が、自信をもって卒業校を語れるようになって欲しいと思います。
鉄腕アトムが遠い未来の出来事と思っていたのが、 それが当たり前のようにできる時代になっている。 ある人のブログを読んでいて、ふと昔を思い出しました。 初めて電気冷蔵庫に出会ったときの、驚きは今でも忘れることができません。 (年代がわかりますね。) 電気冷蔵庫??と思われるかもしれません。 冷蔵庫は冷やすための大きな器械です。 かつては氷を入れて冷やしていました。 家庭用に冷蔵庫があるのは、ある程度以上の生活レベルの家庭だったように思います。 我が家には冷蔵庫はありませんでした。 ご近所に一軒だけ冷蔵庫のある家があり、毎日、大きな氷が配達されていました。 冷蔵庫は『氷を入れるから冷える』子どもながらにも納得できました。 そして、ある日我が家にも冷蔵庫がやってきました。 ただの冷蔵庫ではなく、電気冷蔵庫です。 電気製品とは電気を使って明るくする(電灯) 電気を使って温める(炊飯器や電熱器) 電気を使ってモーターを回して動く(洗濯機) 電気とはそのようなものだと思っていた私には、電気冷蔵庫との出会いは衝撃的なものでした。 電気を使うと、温かくなると思っていた私には電気冷蔵庫は"冷やす!!"というのは衝撃的でした。 何度も冷蔵庫を開けては、冷えることを実感していました。 "電気なのに冷たくなる"子ども心に何故か不思議でならないことでした。 そういえば、テレビもそうでした。 電波が飛んできて、アンテナ(室内アンテナ)が受信して、画像が映る。 だったら、アンテナの前で電波を妨害したら、テレビは映らないのではないかと思い、テレビのアンテナの前で電波を遮る動作を、よく行っていました。 でも、私の動きに関係なく、テレビは普通に映っている。 電波って何なの??? 不思議な不思議なものです。 今まで無かった物が、突然、目の前に出てくる、それはそれは衝撃的です。 何もかもが???不思議です。 私の父が幼少時に初めて蓄音機に出会ったとき、『きっとこの中に誰かが入っていて声を出している。どこから入った。誰が入っている?』と不思議で不思議でならなかったそうです。 その時、母親が危篤になり、家に帰るように言われても、なかなか家に帰らなかった。 その時は母親の死よりも、蓄音機が衝撃的だったと、よく言っていました。 そんな経験を話しても???の我が家の子どもたち。 小さい時から当たり前のように物がある時代。 不思議と感じる間もなく便利さに流されている。 かわいそうな時代なのかもしれない。 |一覧| |