『告白』(双葉社)で本屋大賞を受賞した湊かなえの第2作『贖罪』(東京創元社)を読了した。面白い。夏風邪を引いて体調がよろしくないにもかかわらず集中して一気に読了した。『告白』よりも面白かった。 
贖罪
5人の独白形式による短篇に終章が加えられた連作短編形式で、美少女殺人事件を転機とした5人の女性が罪を償う姿が描かれている。償う、と言っても、かなり歪んだかたちになっているのだけれど。『告白』に引き続き、湊かなえによる「藪の中」方式のミステリ作品だが、描かれているのは謎解きの過程ではなく、謎があるゆえに不安定に揺れ動く人間の姿である。
穏やかな田舎町で惨たらしい美少女殺人事件が起きる。小学生4年生の女の子が、何者かにイタズラされたうえ絞殺されてしまう。犯人と思われる男を目撃したのは、直前まで一緒に遊んでいた4人の同級生の女の子たち。犯人は逮捕されず、4人は被害者少女の母親から激情の言葉を投げつけられたことで運命が狂っていく。その結果、時効が迫った15年後、被害者少女の母親を中心として4人の同級生たちに罪の連鎖が起こってしまう。
犯人は誰なのか、事件の本当の原因は何だったのか、謎が解けたとして救済はありうるのか?まあ、読んでみて下さい。
独白形式による連作短篇という形式は、湊かなえが獲得したおもしろい手法である。常に一人称で語りながら、語る主体が完全に入れ替わっている。その主体は、語られる主体の外側で悲しくも切り離し難くかかわりあっている。そのもつれた運命の糸は断ち切ろうにも断ち切れない。多重人格者を演じることが極めて困難とされているように、この「藪の中」形式での叙述も作家としての力量を要求するものだろうと思う。作家・湊かなえの皮肉なトーンがいずれの語り手にも残っているものの、むしろ、次の短篇に読み進んだとき、語り手が入れ替わった際に感じやすい違和感をいい感じにうすめてくれていて、作品を読みやすくしてくれている。第3作、第4作も出版されているので、これからの読書が楽しみな作家である。
芥川龍之介の「藪の中」が人間のエゴイズムによって形成される相対的真実のあやうさを描いているように、湊かなえの独白による連作短篇形式も、知らず知らず人間のエゴイズムを描きだすことになる。他人のエゴイズムである以上、そこに読者として共感はおぼえないのだが、リアリティのある軽い反発を覚えながら、人間の罪深い世界へといつのまにか取り込まれてしまっているのである。結局は、読者も作中人物と同類ということなのだろうか。そこに湊かなえの最大の皮肉があるのかもしれない。