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子どもを所有しているのは誰だ!?人類史が始まって以来、親殺し子殺しは絶えたことがありません。 そして最近多く目に付くのが、親による子どもの虐待、殺人事件です。 さて、本日のテーマは「子どもの所有権は誰にあるのか?」というものです。 このテーマを突き詰めていくと「自分を所有しているのは誰であるか?」という問いにもなります。 子どもというのは親が存在しなければ、世に生まれてこなかったわけですから、ほとんどの人は 「親が子どもを所有している」 と、なんとなく思っているわけです。 ちなみに“所有”という言葉は物品に対する呼び方ですから、人間には当てはめることはできません。 すなわち「子どもを所有しているのは親ではない」ということになります。 そこで質問を代えてみることにします。 「子どもは誰のものか?」 親は「自分の子どもは自分のものである」というかも知れません。 他にも「子どもは社会のものである」 「子どもは国のものである」などと言う人もいます。 さて、親は子どもを所有しているわけではありませんが、親権は持っています。だから親権者はいう 「この子はわたしの子だ」→「この子はわたしのものだ」 この意見に対して、法的な答えは「この子はあなたの子だが、あなたのもの(所有物)ではない」というのが正解。 つまり「子どもは、子ども本人が所有している」 大人であれば「自分本人を所有しているのは自分である」 という答えになります。 もし子どもが物品であれば法律ではどうなるか? 民法206条「所有者は法令の制限内において自由に其所有物の使用、収益および処分をなす権利を有す」 つまり所有者は、その物品を使用しようがしまいが、壊そうが売ろうが処分すなわち殺そうが自由なわけです。 ところが子どもも人間も物品ではない。 子どもにもアナタにも“人権”なるものがある。 人権とは「人が人として生きる権利」ですね。 だから親とはいえ「子どもを売ったり処分(殺し)したりしてはいけない」ということになっています。 では親権とは何か? 法律にはこうある。 第820条「親権を行う者は、子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う」 (監護とは子供を育てその子が成人するまで子ども育て教育し財産や利益を管理することができるということ) 第8022条「親権を行う者は、必要な範囲内で自らその子を懲戒し、又は家庭裁判所の許可を得て、これを懲戒場に入れることができる……」 (懲戒とは文字通り“懲らしめたり戒めたり”すること) つまり親権とは、子どもを養育し、教育を与える権利と義務があり、子どもの財産(例えば子どもの持ち物、働いて稼いたお金)をいかようにも“管理”でき、子どもを“懲らしめる”ことができる権利ということのです。 おそるべし憲法。 おそるべし法律。 おまけに法律には「法、家庭に入らず」という大原則があります。 昨年、ある有名な女優さんの息子が、親である有名女優の留守中に押し入り金品を盗もうとして警察の連行されるという事件がありました。 他人なら即逮捕となる所が、警察は親子ということで、親である有名女優に連絡、女優さんが「逮捕してくれ」という強い希望によって、ようやく息子が逮捕されたそうです。 「法、家庭に入らず」という原則はそれほど強い。 つまり家庭内での強盗、強姦、傷害という凶悪犯罪であっても、家族が許すのであればOKというのが現実と言えるでしょう。 許されないのは“殺人”くらいなものです。放火も他に害を及ぼさなければOK。 大人であっても家族ならこうなのですから、親権を持っている親なら子どもをどうにでもできると思ってもおかしくはない。 悪意・無責任な親が相手の場合、子どもを守ってくれるのは、「人権」のみ。 子どものもつ「人権」のみが、親からの暴力から唯一抵抗できる武器、法的根拠。 ちなみにわたしは、この「人権」なるものなど、本当は存在しないと思っているのですが、とりあえず子どもを守るためには、この“方便”を使うしかないのですよ。 いま一度いいます。 子どもを所有しているのは“親ではない” さらに、子どもを所有しているのは“社会でも国でもない” 子どもを所有しているのは、その子ども本人である。なぜならば子どもにだって人権があり、物ではないからである。 ということですね。 |