可愛いに間に合わない(ファッションと猫と通販な日々)

↓前回です♪
第百十八段　～パラノイア～

★☆★☆

『何故誰も駆けつけないんだ？』

ジョンは壁に向かって言った。

シアンが怪訝な目をした。

『どう言う意味？』

『ここには監視カメラがある。

あなたが、こんな目にあっても

誰も来ないなんて。。』

『ああ』

シアンはにっこり笑った。

『今日はさすがにカメラは作動していないよ。』

『どうして？』ジョンは言った。

『どうしてって、僕は今からここで裸になるし

君だって、そんな格好だろ。

いやじゃない？

君は昨日、情事を人に見られたくないって。。』

『なんでそこまで私を信じるんです？』

ジョンは震え上がった。

シアンはのんびりとローブを脱いで、

作業着の上着のボタンを外そうとしていた。

『あなたはもうすこしで窒息死だった。』

『そう？』シアンは人ごとのように答えた。

そして

『ジョン。

ニールから手伝えって言われた？』

と言った。

『え？』

ジョンは少しの間ぼーっとなった。

そして思い出した。脱皮だ。

『あ、ああ。聞いています。脱皮ですね』

『だっぴ？』

シアンはちょっときょとんとした。そして笑いだした。

『ニールなら言いそうなことだ』と言った。

シアンはボタンを外すのが苦手そうだった。

『"だっぴ"するには全部脱がなきゃね』と言いながら

悪戦苦闘している。

相当時間がかかりそうだ。

『その、、それも手伝いましょうか？』

見ていられなかった。

彼は宮殿では、身の回りの世話の全てを人に

してもらって来たのだ。

ここではホワイト、、か。

なにしろ誕生してからわずか十年だ。

日常、非日常の事柄にかかわらず必要な知識は充分以上、

脳にインプットはされているだろうが、

特定のこと以外実際にはほとんど何もしたことがない。

ある意味、耳年増なだけだ。

ジョンは手を貸して、彼が裸になるのを手伝った。

ふと、これもドールのテクニックのひとつなのかとの

疑念が浮かんだが、だとしてもどうでも良いことだ。

俺は彼のものだ。彼の下僕だ。


やがて欠点の見当たらない、すらりとした裸体が現れた。

ジョンはシアンのマネキンのように均整の取れた身体を見て

不覚にもドギマギしたが、

シアンはジョンの視線に全く恥じらうことは無かった。

彼は幼子のようにただジョンに正面を向けて無防備につっ立っていた。

そして『興奮する？』と身も蓋も無い言い方をした。

『いいえ、殿下』ジョンは首を振った。

彼は目をそむけて、『後はどうすれば？』と訊ねた。


興奮する？

人は天使の裸を見て、やりたくなるだろうか？

そう想像することも不敬なことに思われた。

ジョンの気も知らず『つまんない』シアンはぽつりと言って、

そばのレバーを操作し、

上から大きな金属でできた鳥籠のようなものが降りてくるのを

見上げた。

と同時に、近くの透明な樹脂製の円筒の中に

薄いピンク色の液体が注ぎ込まれはじめた。

『この籠に入って、籠ごとあの液体に浸かるんだ。

五分三十秒きっかり。

その後、僕は十分間純水のシャワーを浴びて

その間中機械が僕の身体をこする。

全てプログラムはされているけど、何かの原因でフリーズしたら

君は手動でそれをするんだ。』

仕組みは分かった。

単純な作業だが、フリーズすることもあるわけだ。

彼はざっと、壁に埋め込まれたパネルに刻まれた手動になったときの

手順を読んで頭に叩き込んだ。

それからシアンの手をとり、彼が鳥籠に入るのを手伝った。

『あなたは私を恐れるべきだ』

籠のドアを絞めながら、ジョンは言った。

『今ので分かったでしょう。私は人殺しなんだ。

あなたがドールであるように、私は殺人マシーンだ。

結局のところ私も、

軍に都合よく造られた人型ロボットなんですよ。

おまけに狂いかけている。

思い直すなら今しかありませんよ。』

『思い直す？

どうして？

君に殺されるなら本望だと心底思っているし、

君が僕を殺さないことは分かっている。

むしろそのほうが問題なくらいさ。

もし、ここに警備兵たちが飛び込んできてたら

きっと今頃は血の海だ。

僕以外の人間に対しては、君は君の主張どうり

恐ろしいほど冷酷になれるだろう。

そうならないように、僕はなんとかする。

いっそ僕だけを殺してくれた方がいいんだ、他の人を殺さないで』

そして籠の中から彼はすんなりとした腕を伸ばして、

ジョンに触れた。

『愛しているよ、ジョン。

君は人を殺すたびに自分自身も同時に殺し続けているんだ。

君の魂はもう極限状態だよ。

僕を信じて、僕についてきて。

そしてもう誰も殺してはだめだ。』と言った。

『なぜ私があなただけは殺さないと言いきれるのですか？

私は今自分がやったこと、

やろうとしたことの記憶さえ薄れてきている。

自分で自分を制御できないんですよ。』

『大丈夫。僕が君を守るから。』

『能天気なことをおっしゃっていないで、殿下お願いだ。

私をあなたに近づけてはだめだ。』

『ううん。そうはいかないよ。

君は嫉妬してたね、さっき。』

『え？』シアンの唐突な言葉にジョンの目が彷徨った。

『私が、ですか？』と言った。

『そうだよ。君は嫉妬してたんだ。僕が君以外の誰かと

こっそりここで会うかもしれないと思ったんだ。

君の今の暴発行動のきっかけはそれだよ。』

シアンの言葉は自信に満ちていた。

そうなのだろうか？

ジョンには分からなかった。

『そうなんですか？』と思ったままを言った。

『そうだよ。

この件に関してはドールである僕の見解を信じてもらいたいね。』

シアンは無邪気に胸を張ってみせた。未成熟な少女の胸。

『だから僕はすごく喜んでる。

君の気持ちが分かったから。

どんなことがあっても君を諦めるものか。』

そしてにこっと笑った。

『この顔、見納めだよ。』と言った。それからシアンは

籠に備え付けられた細いチューブの束になったものを咥え、

生き物のように蠢くそれをパスタのように器用に呑み込んだ。

そのチューブは八本のボンベとシアンの肺とを繋げたのだ。

シアンは"もうしゃべれない"と、

咥えたチューブのせいで唇をＯ型に尖らせ

おどけたようなジェスチャーをして見せた。

その姿を見た瞬間、ひとつの疑問に対してだけは解答が出た。

ある種の人間は天使とでもやれる。

そしてジョンは自分の節操のなさを今更のように呪った。

それから籠の中から操作して、シアンは持ち上げられ、ゆっくりと

液体で充分に満たされた筒の中に入っていった。

細かい泡がぶくぶくと湧いて、シアンの姿は全く見えなくなった。

ジョンは考えに耽った。

本当にシアンの言った通りだとして

嫉妬とは果たして愛に属するものなのだろうか？

疑問は尽きなかった。



つづく






↓次回です♪
第百二十段　～フリーズ～


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『三蔵、妊娠したってよ』シリーズ早見表
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ウィリアム・フォン、馮紹峰、フォン・シャオフォン、ペン・シャオペン　William Feng 以上全部同じ人（笑）

『三蔵、妊娠したってよ』シリーズ早見表ってことでヨロシク♪

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