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hi-c.comの日記 [全44件]
こんにちは。 八雲立ち、ゲゲゲに沸く山陰から、hi-c.comです。 私が引っ越してきた今年の春から、ゲゲゲの女房効果で、じわりじわりと熱を帯びて来たここ山陰。 先日の水木しげるさんのなんとか賞受賞により、米子の街は、まるで阪神の金村が逆転サヨナラ満塁ホームランを打った後の甲子園球場のような、ちょっとしたアゲアゲムードに包まれています。 私のmost favoriteなスポット、新鮮市場やoh湯ランドも、週末ともなれば駐車場が満車で、警備員が出るほどの賑わい。30日の「イオン感謝デー」にぶつかったさきの土曜日などは、ジャスコ店内がバブルの頃の大丸の「ジュウハン」を彷彿させるような熱気でした。 さて、今日は「バイリン教育」について。 さきほどお昼に見るともなく見ていた「ひるおび」というワイドショーで、最近よく出てる島田紳介に似た気持ち悪~い経済アナリスト・金子哲雄が、横浜中華学院を紹介するコーナーがあった。 物事をすべて「得か損か」で判断する芸風が持ち味の彼のレポートによると、ここに子供を通わせれば、中国語・日本語・英語の三か国語が話せるようになり、しかも、学費が欧米系インターナショナルスクールが月17万円、インド系が月6万円なのに対し、横浜中華学院はたったの2万2千円なので、断然お得!! なので最近は華僑の子供だけでなく、両親共に日本人の純粋な日本人生徒も増えている、とのことだった(かなり端折ってますが、言いたいことはこういうことだと思う)。 それに対し、司会の恵俊彰は「三か国語話せるなんて、すごいですねー。なんだか焦っちゃいますねー」とコメント。教育評論家の尾木直樹氏は、「でも、ここの子供たちはみんな自分でとってもとっても補習をしてるんですよ。学校の勉強だけではとてもとても間に合いませんのよ」とフォローしていた。 私自身、神戸の中華学校でバイリンガル教育を受けた身。 このレポートはじめ、最近のインターナショナルスクール人気や外国語教育熱には強い違和感を覚えるので、ちょっとブログに書いてみる。 私は欧米系のインターナショナルスクールを知らないので、何とも言えないけど、たぶん年間300万円くらいかかるインターの教育は、主に領事館や外資系企業の駐在員子弟を対象にしているのだと思う。 なので、欧米のスタンダードを元に教育が施されているのだと思う。 一方、中華学校は、日本に永住する華僑の子弟を対象に設立された学校である。 誤解してはいけないのが、中華学校で学ぶ最も大切なものは、中国語をはじめとする語学ではない。中華学校を出ただけでは、話せる中国語のレベルなんて知れている。 それよりも、中華学校で教えている最も大切なこと。 それは、己のルーツであり、祖国の歴史や文化であり、華僑としての立ち位置である。 なので、学費は安い。 だって、華僑の子供たちの親の収入は、日本人のそれと変わらないのだから。 むしろ、一流企業に勤めるサラリーマンよりも低いことだって多々有る。ていうか、日本人と同じ、所得の高い人もいれば、低い人もいる。 それでも、自分が何者なのか、家族がどうやって暮らしてきたか、中華街を中心とする華僑コミュニティはどのように形成されてきたか、それを我が子にも身体感覚として身につけてもらいたいと願うから、日本の公立ではなく、中華学校に子供を通わせるのである。そのために、設立された学校なのである。 学費が高いとみんなが通わせられなくなるから、値上げしないのだ。 そして、日本の小学校が日本の地理や歴史や国語を教えている時間に、中華学校では、中国の地理や歴史や国語を教える。 つまり、純粋な日本人が入学した場合、彼らは自分の国のことを「知識として」しか知らないまま大人になってしまうのだ。 それでいいのか? 本当に、それがお得なのか? 教育ってのは、語学が話せるようになるとか、そういう目に見える成果で計るものではない。 ましてや、それを損か、得かで語るのは、どっか違うのではないかと激しく思う私であります。
みなさん、こんにちは。米子より、久方ぶりのhi-c.comです。 最近はすっかりツイッターに移行してしまい、 とんとご無沙汰してしまいました。みなさんお元気ですか? さて、本日は「日中問題のとばっちり」について。 今朝のニュースによると、わが母校である神戸中華同文学校の窓ガラスが何者かによって割られているのが見つかった。 恐らくは(というか確実に)、この度の日中関係の悪化を受けた、明らかなとばっちりである。 つい先日は無意味な爆破予告を受け、授業は午前中で終了。 現在でも、児童生徒の集団登下校が続いている。 私の実家は、神戸の中でも超ど級ディープチャイナと呼ばれる地域にあり、 そこから15分ほどの道のりを、徒歩で通学する姪や甥が気にかかる。 もともとこの地で生まれ、ずっとこの地で育ち、 庭のように遊び、目をつぶっても歩ける道なのに、 日々の暮らしとは無関係なところで起きた「ある出来事」と、 テレビで見るだけの、やたらと自信満々で声の大きい「異国のおじさんとおばさん」の言うことに対する、 のっぺらぼうみたいでモゴモゴしゃべる「こっちのおじさん」たちによる「まずい対応」のせいで、 当たり前の日常が脅かされるなんて、まったくどうかしている。 今もテレビの「ミヤネ屋」では、冒頭から煽動するような鬼気迫ったナレーションで、中国問題をフォーカスしているし、ネットに至っては、言わずもがなの荒れ放題である。 05年の靖国問題の時にせよ、08年の北京五輪のときにせよ、こうした日中の問題が起こるたびに思うのが、日本の報道の根底に流れる悪意である。 05年は私がちょうど上海にいた頃で、日本で報道を見ていた家族や友人は、「中国では大変なことになっているが、大丈夫か??」ととても心配してくれたが、 上海の街はとても静かで、特別何か怖い目にあったとか、嫌な思いをしたことはなかった。 逆に、中国では、報道の偏狭さに寒気がした覚えもある。 しかし、どっちにしても、中国で激しく抗議行動をしているのは一部のキチガイじみたナショナリストだけだし、 中国人が思っているほど、日本人は性格悪くないし、バカじゃない。 一般市民はまるで遠い異国で起きた出来事のように思っているのが常だと思う。 なのに、現実には、日本では連日連夜、過剰な中国報道が続いている。 そして、こんな馬鹿げた報道に煽動され、子供たちの大切な学び舎の、大切な窓ガラスを割るなんて、悪意が過ぎるのではなかろうか。 1959年、決して裕福とは言えなかった当時の華僑たちの、 「有銭出銭、有力出力(金が有れば出します。力があれば貸します)」 精神の結晶として落成した現在の校舎。 1949年生まれの私の母は、今でも祖母が祖父の稼ぎのほぼ全額を寄付し、 自分はお年玉を全部寄付したことを恨みなのか誇りなのかわからない調子で語るくらい、華僑にとっては思い入れの深い校舎である。 この校舎、卒業生が言うのも何だけど、本当に美しく良い気に満ちた学び舎なのだ。(実際、美術の時間では、よく南側から校舎の写生をして、それの切り絵などが課題として出された) 南北のなだらかな坂道のてっぺん付近に、東向きの正門。 そこをくぐり、玄関ホールを抜けると、南西に面して大きく開けたグラウンド。 グラウンドを取り囲むように、東には中学校舎、北には小学校舎。 校舎にはグラウンドに面して回廊が設けられ、 菱形の石が美しく模様を描くその廊下は、 いつでもひんやりと冷たくて気持ち良かった。 日の出から日の入りまで、教室にはいつでもやわらかな陽射しが注ぎ、 南西の角(裏鬼門)には、校旗を掲揚するポールと五輪塔が子供たちを見守るように鎮座していた。 私はこの学び舎で9年間を過ごした。 春は桜、夏は朝顔、秋の銀杏に、冬の落ち葉の野焼きの香り。 春夏秋冬それぞれの表情がある中で、一番好きだった、秋の夕方。 けだるい感じの放課後、部活の声が響く中、 傾きを増した西日が、中学校舎とグラウンドの間にある小さな森の銀杏を照らして、本当にキラキラと黄金色に輝くあの瞬間。 樹の香り、かけ声の響き、砂埃の感触。。。 卒業して20年経った今でも、鮮明に蘇る。 廊下から眺めた、憧れの先輩の野球姿。 教室で交わした、好きな子との会話。 そんな一つひとつの思い出に彩られた、大切な校舎なのだ。 そんな中華同文学校に通うほとんどの子供たちは、 日本で生まれ育った華僑の子弟である。 中国人としての誇りは胸の奥底に灯火程度に小さくしまって、 ひっそりと、とにかく迷惑をかけないようにと、 教えられて育った子供たちである。 そして、その学び舎の備品の一つ一つは、 在校生の保護者や卒業生が経営する企業や中華料理店などから寄せられる なけなしの寄付でまかなっているのだ。 公立の学校のように、窓ガラスが割れました、 それでは予算で張り替えましょうっていうような、簡単な話じゃない。 使えるお金は全部、一人ひとりの署名付きのお金なのだ。 割られた窓ガラスはそうしてできている。 なので、どうか理不尽に傷つけないでください。
梅雨ですねー。ホント、よく降りますねー。 昨日から、うちのマンション上空にトンボの一群が飛来しております。 山陰では、梅雨が明けると、すぐ秋になるのかしら? さて、今日は子育てネタで。 以前、ベネッセから送られてきた「幼児英語教育」のDMに入ってた お試し版DVDを、昨日息子が久しぶりにひっぱり出して見ていたのだが、 そこの「宣伝文句」に、初めて見た当時から大変な違和感があった私。 今日、改めて聞いていると、やっぱ異議申し立てしないと気が済まなくなり、こうしてMacの前に腰を下ろした次第でございます。 以下、DVDのナレーションより抜粋 「この時期本当に必要な語彙、フレーズに絞ったカリキュラム」 「同年代のお子様と英語でコミュニケーションできることを目標に」 「英語が苦手なご家庭のお子様でも簡単に始められる」 などなど、噴飯もののコピーがずらり、なのである。 いやいや。 まず、2~3歳の子供にとって、 「本当に必要な語彙、フレーズ」ってなんやねん。 そんなもん、あんのか? 日本語でも特に思い当たらんぞ。 で、「同年代のお子様と英語でコミュニケーション」て、 2~3歳の子供同士のコミュニケーションに、コトバなんていらない。 「英語が苦手なご家庭のお子様でも」って、 親が英語もよう話さんのに、まだ日本語もちゃんと話せない我が子にしゃべらせようとするなよ。 こんなん見て 「まぁ!これは素晴らしい。うちもさっそく始めなきゃ」 って思う親がいるのかい? もし、これ書いたライターが本気でそう思っているとしたら、 その人、一回人生やり直した方がいいと思う。 だいたい、親ができないことを子どもにさせようって精神が浅ましい。 親が本も新聞も読まないのに、子どもが本好きになるかい? 家がいつも散らかってて、親も片付けしないくせに、 子どもに「片付けなさい」って、そりゃ無理でしょ。 親が食事中でも携帯ピコピコやってるのに、 子どもにはDSしたらいけないとか、言える立場か? いかん。怒りがどんどん増幅してきた。 ちょっと冷静になろう。 とにかく、なーんか、近頃のベネッセのやり方はいやらしい。 最近になって、うちによく入るベネッセからのDMは、 「オムツはずれはこれで解決!」の教材案内。 おいおい。 オムツをはずすことは、いわば子どもが人生で初めて経験する「自立」である。 親の唯一にして最大の仕事が子どもを親から自立させることだとしたら、 この最初の一歩も自力でできないような親子は、 今後、どのような自立のプロセスを歩めばよいのだろうか。 鳥だって、卵がヒナに孵ったその日から、 巣立ちに向けてのトレーニングを始めるように、 人間だって、乳が離れて二足歩行を始めた段階から、 巣立ちに向けてのプロセスが始まるのだと、私は思う。 だから、オムツをはずすということは、一体だった親と子が 別々の人格になって、それぞれの歩みを始める大切な一歩だと思う。 だからこそ、親が知恵を絞り、創意工夫と根気で子どもと乗り越えたとき、 初めて親が親としての最初の仕事をひとつ終えたことになるのではなかろうか。 だから、ここにマニュアルとか、教材とかが出てくると、 どうしても違和感を覚えてしまう。 親子で共有する最初の成功体験がマニュアル通りって、どうなんだろう。 そしてもう一つ(まだあるんかい!?)、 最近ベネッセからよく届くのが、「今夜の献立お任せ宅配」の案内。 これは、毎日のお買い物と夕食作りがおっくうなお母さんのために、 ベネッセからご丁寧に、夕食の献立レシピと人数分の食材が届くというシステムだ(調理は自分でするので、一応“手作り”)。 ていうか、健康な体を持っているのなら、 今日の晩ご飯何を食べるかくらい、自分で考えようや。 作るのが面倒くさかったら、出来合いを買ってきたらええんと違うの? 買い物に行くからこそ、旬の食材とか地域の特産とかがわかるし、 あそこの肉は質がいいとか、最近野菜が高いとかといった “生身の感覚”が身に付くのだと思う。 そして何より、献立を考えるということは、 自分と家族の身体と毎日対話するということだ。 それを、毎日毎日「今日はこれを食べましょう」と送られてくるなんて、 まるで自ら健康であることを放棄しているのと同じことだと思う。 もちろん、ベネッセのこれらのシステムによって、 大変助けられている人が多数いることは認めよう。 このような商売が成り立つのだから、 私のような考えが浅い人間には想像もつかないような、 困難な状況にある人が、世の中にはいるのであろう。 しかし、しかしだ。 こんな生きる力を根本から削ぐような便利さは、 もはやシャブとそう大差はない。 そんな便利さにスポイルされた親に育てられた子どもは、 気がついたら、人間として使い物にならなくなりはしないか、 彼らの20年後がとても心配だ。
米子に引っ越してきてはや2カ月。 かもめ幼稚園と新鮮市場と皆生温泉「OH湯ランド」のおかげで、 家族全員ずいぶんとごきげんな毎日を送っておりますが、 先週末、またしても山陰の奥深さに、hi-cが出会った~(ウルルン風に) ので、ちょっとご報告。 雨の降りしきる土曜日。 知直の幼稚園がお休みなので、どっかに連れていかなきゃーと思いつつ、 雨降ってるしなー、人の多いとこはイヤだなー、などと悩んでいたら、 知直が「『あーんあん』の絵本が欲しい」と言うので、 引っ越し当初からずっと気になっていた「今井書店 本の学校」へ行ってみた。 私は本屋と酒屋に行くと 興奮してモヨオしてくるくらいの本屋・酒屋フェチなのですが、 こちらの本の学校、私の本屋ランキングでも3本の指に入る素晴らしさ。 棚のエンドのみならず、企画コーナーが瀬戸内海の小島のように点在し、 店を歩いているだけでワクワクして体温が上昇してきたところに、 ぐいぐい読ませるPOPでノックアウト。 まるで呉服屋の外商さんのような店である。 とにかく、「そうそう、こんなのが欲しかったのよね~」って商品を 気の利いた文句とともにこれでもか、これでもか!と見せられるから、 もう買わずにはいられない。 この日も『あーんあん』一冊だけのはずが、 『大きなかぶ』と『ぴょーん』の児童書合わせて3冊と、 手に取ったが最後、もう離すことができなくなった 「古代出雲王朝」特集の『芸術新潮』を衝動買いしてしまった。 そしてもう一つ、「あぁ、いい店だなー」と思ったのが、 ポイントカードのシステム。 通常、購入金額に応じてポイントが加算されるところが多い中、 こちら今井書店は「1冊につきポイント加算」なのである。 どんな本でも本は本。 「本に貴賤はない」という本好きスピリットに、 思わずジーンとしてしまった。 ホント、泣かせる店である。 そんなこんなの今井書店、 後々あおやま姉に教えてもらったところによると、 ノンフィクション作家の佐野眞一さんが 『誰が本を殺すのか』でも取り上げたほどの本屋なのだとか。 いい店っていうのは、商品を売っているんじゃなく、 情報を売っているんだなー、と教えられた。 私もこれから酒屋をやっていくにあたって、とても勉強になりました。 ぜひいつか、こちらで開催している「本の学校」にも参加したいなぁ。 ところで、件の「古代出雲王朝」。 哲学者・梅原猛氏によると、 これまで古代出雲王朝というのは、古事記の中の神話であり、 まったくのフィクションだという説もあったほど 考古学界では「幻」とされていたそうなのだが、 1984年、出雲市からほど近い荒神谷遺跡というところで 銅剣や銅鐸が大量に発見され、一気に信憑性が増したのだという。 しかも、その開祖であるスサノオ(古事記ではアマテラスの弟)は、 朝鮮からの渡来人であり、 彼が退治したことで有名な「八岐大蛇(やまたのおろち)」については、 古事記では「高志(こうし)の八俣(やまた)のおろち」と表記され、 この「高志」とは今でいう「越前・越中・越後」の「越(こし)」、 つまりは日本海沿岸の北の方を指すのだ。 要するに、スサノオの八岐大蛇退治とは、 「越」の豪族が西へ勢力を拡大し、山陰の民衆を苦しめていたのを、 朝鮮から渡ってきた一人の勇敢が青年が、 見事追い出して民を救ったって話のようです。 さらに、この「越」ってのが、 中国の「越」(呉越同舟の「越」)であると言うから驚きだ。 でその後、スサノオの3代目の子孫にあたるオオクニヌシが 越のあたりまで領土を広げ、「出雲王朝」は栄華を極めたそうである。 つまり、紀元前8世紀頃、今から約2800年前の弥生時代初期に、 大陸からの渡来人により日本海沿岸一帯に「出雲王朝」が誕生。 ここ山陰地方がその「出雲王朝」の都であったというのだ。 なんともエキサイティングな仮説なんでしょう! でも、私がこの2カ月で目にして来た山陰の文化レベルの高さは、 やっぱり、この「出雲王朝」の都としての矜持なのではなかろうかと、 勝手にワクワクドキドキしながら山陰の人を見つめる私であった。 でも米子の人のファッションが 「オリーブ系」や「京都系」が多いところを見ると、 あながちウソじゃないような気がする。 しかも、美男美女が多いし。方言が妙にたおやかだし。 (「しなさる」とか、「してごなんす」って言うんです。こちらは) やっぱ、都だね。 絶対に、あったね。古代出雲王朝。 ますます山陰、ラブ。
iPhone導入からはや4日。 Twitterにハマりまくっているhi-c.comです。 あれ、ほんとに面白い。 イメージとしては、ラジオの投稿とか、漫談って感じですかね。 あるいは、かつて高校時代に毎日JR大阪駅のホームから眺めてた、 マルビル屋上の電光掲示板ニュース。 ちょっと手が空いたときに読んだり投稿したりできるから、 子育て中で自由時間が細切れにしかとれない私のような人間には、 本当にうってつけのメディアであります。 そしてもう一つ、私を一気にTwitter贔屓にした理由があります。 それが、友達との再会。 ずっとミクシィでも繋がっていたのだけど、 Twitterで彼女が彼女である所以を思い知らされ、 こうしてまた再び繋がった縁が、私をとても幸せな気分にさせています。 彼女とは、大学時代に語学のクラスで机を並べたアイサ嬢。 とはいえ、英文学科の彼女と心理学科の私は普段全く接点がなく、 ただ週に3コマ、英語の授業で一緒だっただけの仲。 それなのに、マイケル・ジャクソンの歌詞をプレゼンしたこと、 ジャン・ポール・ゴルチエの広告をプレゼンしたことなど、 彼女と共有した時間は、私のおぼろげな大学時代の思い出の中で、強烈な存在感を放っていた。 そんな彼女とも大学卒業後は音信不通となるが、 社会人4年目くらいのある日、 私が東京の出版社に中途採用試験を受けにいったとき、 なんと、表参道で偶然の再会を果たしたのだ。 そのとき、表参道にこだました 「ハイシ~~~!??!!??」 「アイサ~~~!!??!!??」の絶叫。 まぁ、こんなところでよく見つけたもんだってくらい、 不思議な縁を感じさせる再会であった。 その後、ミクシィや年賀状でお互いの近況を知ってはいたのだけど、 Twitterを始めて、そんな彼女がこんなことをしていると知った。 http://japanlovesu.blogspot.com/ 海外の若者に「リアル」で「なう」なニッポンを伝えるサイト。 いわゆる「Japanese Cool」の伝道師のようなことを、 彼女は「ぐうたら主婦」と称しながらやっていたのであった。 これが、めちゃくちゃ面白い。 ネタの選び方からオチのつけ方まで、 コラムとしての完成度がハンパない。 このサイトを見たときの私の衝撃度といったら、 終始半笑い。 もう、嬉しくって、嬉しくって、 「ときめき」って感情は、こういう心性を指すんだと、 図鑑に載せれるくらい、ときめいた。 いやー、ホント刺激をもらいましたっ! ありがとう、アイサ。 さすが、アイサ。 アイサがいる限り、ニッポンの外交は安泰だよ。 アイサとの「魂の再会」に導いてくれたiPhoneに、感謝。 そして、私をTwitterに導いてくれたあおやま姉に感謝。 私は、みなさまとのご縁によって生かされていると、 神様に感謝します。 英語の教科書に出てくるくらい、 親切で丁寧できちんとした英語で書かれているので、 高校英語の復習にもなります。 みなさまも、ぜひ一度ご覧くださいね。
今日も文句なしの梅雨日和。 家のフローリングまでベタベタウエッティーな米子です。 さて、わたくしhi-c.com、そろそろ社会復帰をすべく、 とりあえず「なう」なアイテムを導入いたしました。 またどうした?って感じなのですが、 このところ、サッカーのワールドカップを見ていると、 「そういえば、前の大会は新婚旅行先のスペインのバルで見たよなー」 などと思い出し、ふと、私、そろそろ社会復帰したいなー、と お腹の虫がざわざわと騒ぎ出してきたのであります。 てことで、世間ではiPadやの、iPhone4やのと話題のなか、 今さらジローで「iPhone3GS」であります(苦笑) そりゃ、できることなら「4」が欲しかったのですが、 いかんせん、ここ“裏ニッポン・米子”にはなかなか入ってこないらしく、 せっかちな私が待てるはずもなく。 というのも先週末、私の街場の姉さんで、心から尊敬する編集者である あおやまさんに誘われ、Twitterなるものを始めてみたのですが、 私の使っていたヘボ携帯では、一向に「なう」できず、 今すぐにでも「なう」したい!!! と、久々の欲情にかられ、 昨日、一目散にソフトバンクショップへと駆け込んだのでありました。 とはいえ、今の私にはこの旧バージョンでも十分持て余していて、 昨夜から亀並みのスローペースで順応していってます。 昨夜丑三つ時を過ぎたころ、ようやくMacBookと「同期」して、 アドレス帳を整理するところまではいきましたが、 みなさまに携帯のアドレス変更のお知らせすらできず、、、 ていうか、iPhone使ってたら、携帯アドレスいらんよね? みなさんはどうされているのか、ご教示いただけると嬉しいです。 てことで、今後は少しまとまったものはこちらのブログに書いて、 その他瑣末な事柄は、Twitterでつぶやく形にしたいと思います。 あおやまさん言うところの"2丁拳銃”で、 いずれ乱射できるくらいになりたいな、と思ってますが、なかなかいかに。 とりあえず814_comでやってますので、よろしくお願いします。 取り急ぎ、ご報告まで。
今朝、衝撃の事実が発覚。 知直の幼稚園の担任の先生である「ルミ先生」が、 なんと、年上でした。 めるちゃんのお母さんが今朝、教えてくれました。 ていうか、ルミ先生がこの間結婚されたって話題になり、 「ルミ先生っていくつなんですかねー」と言った私に、 「私と一緒だから、50年生まれですよ」と言っためる母が、 私より年上だったってことの方がびっくりした。 「幼稚園の先生って、年わかんないですよねー」 とめる母は言ったが、あなたも相当のものですよ。 「50年生まれ」って言われたとき、 つい、自分が52年生まれであり、 50年は52年よりも以前であるという事実を、 方程式を解くように確かめなければならなかったほど。 菅野美穂似で、すっぴんの肌がとても美しく、 小柄でカワイイ印象なので、勝手に年下だと思い込んでいたのだが、、、 そうかー。 あの落ち着きっぷりは、やっぱ三十路も半分すぎてなきゃ出ないよね。 一方ルミ先生も、相当ファンタジーに包まれてる感じなので、 絶対に年下だと思っていたのだけど、まさか年上だったとは。。。 あんなかわいいエプロンして、ピンクのTシャツ着て、 髪の毛を編み込みして、ミッキーマウス体操を踊ってるのに、 35歳だったとは。 35歳で、あのラブリー感。 さすがは幼稚園の先生。本当のプロですな。 幼稚園ってとこは、ある意味ディズニーランドなんだね。 夢と魔法の国。 なんか、幼稚園に行かせて、本当に良かった。 親にも一緒の夢を見させてくれるなんて、 なんかいいね。幼稚園。 にしても、いやいや、まいった、まいった。 |一覧| |
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