愛し合ってるかい?
清志郎が死んじゃった・・・相当ショックだったよ彼が喉頭癌になって治療して復活ライブをやったのはついこの前のような気がするのにやっぱり「癌」はきらい怖いとかじゃなくて、いや、きらい日曜洋画劇場で「像の背中」やってたね観たらやっぱりパパの事を思い出したあれからまる3年何人の人が癌に連れていかれたか私の大好きな親友のお父さんも癌になったそして連れていかれてしまった次はうちのパパ?と頭をよぎったあの時その通りにパパも連れていかれちゃった亡くなる前に子供の時のようにぎゅーってだっこして欲しいと泣いた私の言葉をママが伝えてくれたのかパパに会いに行った時パパが抱きしめてくれたよかった、最後に抱きしめてもらって3年経っても彼は私達の中でいまだにおっきな存在姫も不思議な事になにかがあると「じーじ」「じーじに聞いてみる」「じーじが言ってた」「じーじに会いたい・・・」私も会いたいよ映画の撮影で100人からのスタッフを抱えて九州にいたお兄ちゃんはパパの死に目に会えなかったどれだけ辛かっただろうどんな思いで仕事をしていたのだろうその時支えてくれた今の奥さんと結婚したパパに会った事ないSちゃんに事あるごとにお兄ちゃんはパパの話をしているパパの息がさっき1回止まったから早くおいでとママから電話があって急いで起きたあの朝すぐに着替えて出ようと思ったら相棒が洗面所で慌ててドライヤーをかけてた「急いでよ!」とどなった私正月にお酒が弱くて慢性疲労の相棒は実家で食事の後そのままリビングで寝てしまったりが続いた1月3日パパに「ちょっといいか」と部屋に呼ばれて怒られたパパは朝パジャマで部屋から出てきた事がないきちんと着替えて起きてくる病院でもはじめはパジャマでいたためしがない「だらしがない」「年上の前で失礼だ」という理由。パパらしい・・・相棒もまずいと思いつつ寝ていたらしいそうやって叱ってくれる大人がいて幸せだと言っていた結局病院に着いた時パパはもう息を引き取っていた後から相棒に向かって「急いでくれないからパパの最期に間に合わなかったじゃん」泣いてくってかかった私に「だってちゃんとしていかなきゃパパに怒られるじゃんか」と泣いた相棒ごめんねありがとねみんなの中でパパはほんとにでかい存在だそれは今でも変わらない自分勝手で理不尽で「父親とは理不尽なり」と言い切るパパだったけどあんなにでかい人はいないと思うでっかい「愛」を残していってくれたよそして残された私たちはパパの愛を受け継いでみんな愛し合ってるよ