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私は生まれてこのかた蛍を見たことがない。
最初は大して気になる話でもなかった、 どちらかというと寡黙の部類に入るバーテンダーの話からそ れは始まった。 彼は年齢不詳、歳は絶対に私より下だと思うけど兄さんみたいに落ち着いた人。 行きつけのバーのカウンターにいた、無口でもなく かといって饒舌でもなく流行のバーに多く見られる、 客とのかけひきを楽しむ感じではない。 「僕の郷里には蛍がたくさんいたんですよ」 ふと何かの話の隅だったか、彼はうつむき加減で涼やかにほほえみながら言った。 月光が似合う彼は、白い肌の色をもち、女性の私でもうらやむような 朝日を知らない透き通るような色の肌だった。 そして、彼が胸にいつも着けている青い光を放つ宝石が乗ったブローチは とても印象的で、暗い店の中でも彼をすぐ見つけることのできる 便利なアイテムだった。 次に彼の言葉を思い出したのは、病院の待合室にかかっていた大きな絵を見てから。 それは夕暮れの山あいにぽつりぽつりと小さな光がついている。 奥行きのある水路のデッサンは静寂を誘う情緒を漂わせ、 暑い外の蒸し暑さと苦しさを一掃させてくれるような、涼しげな感じ。 たぶんそのぽつりぽつりとある青白い光がほたるのようだ。 物心ついたときにはもう町のネオンがまぶしすぎるくらいの所に住んでいた私、 こんなわたしでもこの絵を見て何かを感じることができた 嬉しさがこみ上げた。 それはきっと彼の言葉が私の心とシンクロしてくれたからだと思う。 「僕の郷里には蛍がたくさんいたんですよ。」 その言葉はどんどん大きくなって心臓の鼓動が高まっていく。 ほほが熱い・・・ 「いこう、いかなきゃ。」 店に電話をすると、うまい具合に運良く彼がでてくれた。 「もういないかも知れない」 ぽつりとさみしそうにつぶやいていたけど、 行って見なきゃわからないと伝えた。 向こうについたら世話をしてくれる人まで教えてくれ、 彼は眠そうな返事をして電話を切った。。 電車はどんどん都心を離れていく。 いくつか乗り継ぎ、バスを待つころにはだんだんと 日暮れて赤く染まる田園風景が、心に染みていく。 どれくらいゆられたのだろうか? 都バスだって終点までは小一時間あれば着いてしまう。 終点の地、街灯もまばらなこの地、随分と辺境にきた心もちであたりを眺めた。 話をつけてくれていた人は、 「もうずっと見ていないけどね、まあ気が済むまで探したらいいさ。」 と、足もとが危ないからとそっけなく懐中電灯をひとつ渡してくれた。 「さて・・・と。」 暗い夜道をぽちぽちと歩く。 「蒸暑い日が続くでしょう」というアナウンサーの無味無臭な言葉が ぐるぐると頭の中でまわっている。 ときおりやさしく涼しい風がふくと、青い稲穂がざっざっとまばらに揺れ、 細い未舗装の道をアンシンメトリックに渡っていく。 そして私の先を道案内をするかのように風が先を越す。 いわれた場所に着くと、先客がいた。 目を疑ったが、まさしくあのバーテンダー。 服は違えど金髪に限りなく近い茶髪の頭はここにはいないだろう。 「どうしたの?」 「電話あってから、ちょっと気になって。いなかったら責任を感じるからね」 なんとなく沈黙が続く。黙っていても仕方がなく、 心配して来てくれたみたいだけど、わたしは彼の心の中は見ないフリをした。 「探そっか・・」 「うん。」 彼は私がどうしてこんな僻地に来たのかきかなかった。 わたしもまた彼が仕事を休んでまで、ここにいるのかをきかなかった。 そのかわり、自分がなぜ、あの店にいるかということ・・・ 彼は小さいころから太陽がきらいで、昼は、暗い森の中で本を読んですごし、 夜になると月明かりだけの夜道を散歩して、星を眺めたり蛍をつかまえたりして 過ごしていたそうだ、「だから、この夜の世界にいるのかもね」 と冗談交じりに話してくれた。 やがて、暗闇にふわっと浮かぶ2つの青白い光、懐中電灯を 消して息を飲んで見守る。 私たちの探しているものをやっと見つけた。 二匹は寄り添うようにして、じっとそこを動かない。 ふわふわと風に周りの草が揺れ、あとは静寂と漆黒の闇。 それと二つのちいさいひかりと、私たち。 それの光はまるで、闇の中で彼を探しあてる目標であった あのブローチが放つものにそっくりだった。 「蛍ってさ、一週間の寿命なんだ」 「短いね」 「短いっていうのは、僕たちの時間の尺度から比べたらさ」 「・・・私生まれて初めて蛍を見た、そして初めて失恋したんだ。」 誰にもいえない恋だってある、誰でもいいから私のこの気持ちをわかってもらいたい、 でも結局誰にも伝えなられなくてその恋が終わった。 多分、この突拍子のない行動もうまくいえないけど、あの場所から逃げたった ただそれだけのことだったのかもしれない。 けれど、それは結果的に彼とあの蛍に会って助けられた事。 「突発的な行動をとるときって大概何か理由があって。そんなときだよ。」 と、彼は黙って手をつないでくれた。 人を安心させるのが上手な人だ、きっと小さいころ ここでたくさんの愛情をもらって育ったのだろう。 少し湿った大きな手の温度が、私の心まで届き 思わず泣きそうになってしまったけど、年上のプライドで涙は見せなかった。 「帰りのバスはもうないから、送っていくよ」 素直に応じ、車に乗り込む。 私はこれから、どこで生きどこで暮らし、そしてどこへ行くんだろう? このほたるは明日にはもういないかもしれない、 私もいつかこの蛍と同じ場所にたどり着くんだろう、恋はまたすればいい、 でもこの場所で、このほたると私を心配してくれる彼に出会うことは、 もう多分一生のうち一度きりなんだろうから。 何を大事にしたいのか、何を大事にしなくてはいけないのか そんなことを考えながら、助手席に座って流れる暗闇を見ているふりをしていた。 ■■ (いつもの通りフィクションです) 久々に書いたショートストーリーでした、 なんか悲しい内容っすね。(苦笑 もっとこ~うライトに締めたかったんですが、 私の持病の胃痛がそうさせてくれませんでした。はは。 二人はどうなっちゃうんでしょうね。>モルBにーさん (W お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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