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あなたも私も死ぬまで生きなくてはなりません。 直面しないとわからないこといっぱいあります。 人生の後半訪れるかも知れない介護役、または介護される身になるかもしれません。 どちらも楽しいことではありませんし、どちらも訪れないほうがよいですね。 介護される人がいなければ介護する人も必要ありません。 現状をお伝えすることによって、自分が少しでも介護されないよう今から出来ることはあるはずです。 日常少しでも関心を持って生活してほしいと思います。 心のこと、身体のこと、環境のことなどいっぱいあると思います。 もし介護役になってしまった場合は私の日記が頭に浮かんだら幸いです。こんな思いから開設しました。(2004年9月) 2005年2月、突然劇症1型糖尿病になってしまった我介護人。介護人の心身の状態に関わらず向き合わなければならない介護、家族の協力で支えられています。 しかし、2006年3月、介護と自分の血糖値管理と仕事は両立出来ず、24年間勤務した会社を退社することにしました。 インスリン生活にも慣れ2008年5月また再就職できました。 わたしのアイデア介護 [全375件]
義母の入所で、週2回の洗濯物交換の通いもしなくてよくなり、私の余裕時間が 大幅に出来るかと思いきやそうではありません。 時間って、余裕って不思議です。 今までと同じではありませんか。 気分的に病院に行かなくっちゃって思わなくてよいことは確かですが それが生活に直接どう影響しているかと言えば、さりとてかわりなし。 その後の義母ですが、1週間に1度は面会に行っている程度ですが 病院暮らしとは、全然違います。 まず着ているものが、つなぎの寝巻から普段着ってこともありますが 表情が全く明るくなりました。 そして、以前のように冗談が飛び出します。 スプンから箸使いに変ったことも大きな変化です。 所違えば、違った視点で見てくださるので、高齢とはいえ上向きに変わることがあることに 感謝しています。 ホームの職員さんも皆やさしく、とっても良い雰囲気です。
病院の大まかな荷物は、前日病院から家に持ち帰った。 そして当日、特養からの迎えは11時過ぎ。 入所先で必要な着替えを車に積み、10時過ぎに病院に着いた。 ツナギから普段着に着替えたら病人らしさは無くなった。 荷物をまとめ、挨拶をしたところで、迎えに来られた。 看護師さんたちから「さみしくなるね」って言われて退院した。 本人は、どこへ行くのかは分かっていないが、いやではなさそうだ。 入所先に着くと「病院では、みなさんがさみしくなるねって言われました」と職員さんたちに 報告していたのを聞いて 病院では冗談を良く話し、看護師さんや介護士さんたちの人気者だったんだなあ 入所先に到着すると、食事の用意が出来ていて食堂に通された。 話しかけてくれる大勢の人たちに、あいそ良く答えていた。 明るい雰囲気で、ホットな方ばかりで安心して帰宅しました。
特養老人ホームから病院へ本人の容態を確認に来られたのは5日 2日後の7日に電話があり入所OKですと言われた。 そしてなんと連休明け、11日に病院に迎えに行きますとのこと。 何と早いこと、早すぎますとも言えない。 せっかく、入所できるのに・・・。 病院の生活から抜け出すには色々準備が必要だ。 ●つなぎの寝巻は身体拘束するので、使用しません。 ●日中は洋服で過ごし、寝る前にパジャマに着替えてもらいます。 ということなので・・・・。 ここ2年ほどはつなぎの寝巻しか着ることがなかった。 もう着ることはないかもしれないと、しまっておいた段ボールから 洋服やズボン、靴下を出し、日光にあてた。 服は足りるか、ズボンは履けるかと腰のゴムのチェック。 枚数は十分ありそうだ、老健に入所の時の物が間に合った。 荷物の準備は出来た。 つづく・・・
手術をして結石を破砕した義母は、メキメキ元気になりました。 まだ入院中ですが 熱も出ることはなく、脳や手先のリハビリ、足の運動を続けています。 そろそろ退院を考えてくださいと言われていたので 3年ほど前に申し込みをしていた、特養老人施設に再度お願いをしておきました。 そうしましたら、このほど入所の枠が出来たらしく、本人の状態確認に来られました。 入所できるかどうかは、会議に掛け入所ポイントの高い人からになるようです。 元気で医療行為がない人を入院させておくわけにはいかないんでしょう。 でも手術後、病院のリハビリでずいぶん元気になったことは確かです。 家で介護することは無理なので、退院後が施設になることは心が痛いが仕方ないです。 見なれない人たちと暮らす羽目になることが心苦しいけど慣れてくれるのを待ちたい。
義母の入院先の病院で、このほど夏祭りが行われました。 年2回このような行事があるようですが、この2年、一度も見に行ったことはありません。 祭りは夜でしたが、ちょうど都合がついたので、少し遅れましたが行きました。 会場は病棟の食堂。 寝たきりの人たちも、全員が集まっていました。 職員さんの何人かは浴衣を着て、夏色満開でした。 すぐに、義母のそばに行くと、水風船のヨーヨーとお菓子を持っていました。 次にかき氷を食べながら、中庭でする花火を眺めました。 次はカラオケです。 皆とても楽しみにしていたのに、機械が故障。 アカペラとなったものの、昔懐かしのメロディが皆の合唱となって 楽しく幕を閉じました。 皆さんとても楽しそうでした。
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