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佐藤竹善のオフィシャルブログ『OKRAの軍艦巻き』

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Copyright (C) 2007 Den Laboratory... All Rights Reserved
May 28, 2012
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カテゴリ:想うこと
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AORというジャンル(ちなみに日本だけのジャンル)で、日本に芯のある名盤は少ない。
自分たちを棚に上げまくっておいて、あえて申し上げるなら、それはAOR好きの人が『AOR』を目指して作るからだろう。
AORと呼ばれるジャンルの海外の個性的アーティストには、AORという一概念は一切ない。
そこにあるのは、例えばブルース好きや逆にカントリー好きがジャズも取り入れよう。。。とか、そこにクラシックの誰それ系を混ぜてみたい(実際は混ぜてみたいというよりは、頭の中に聴こえてきてしまう)とか、60年代のソウルミュージックを入れ込みたい、とか、エレクトロの空気をオーガニックなものにぶつけてみたい、とか。。。もう無数にある組み合わせが、各アーティストの音楽遍歴や趣向や思いつき(思いつきは実はでかい)で作品に昇華されたものだ。

日本のフュージョンも然り。。
70年代に一世を風靡したフュージョンが日本でも、たくさんの演奏者が追走したが、輸入されたフュージョンの作品を追随したものと、そもそもロックやラテン、R&B、ジャズ、アフリカ、ブルース、etc...etcを想いのままに融合、結合、競合させながら新しいものを目指した精神性とは差が生まれる。
上に記した各ルーツ音楽をどれほど知り、身に染み込ませ、楽しんだかが大きな鍵だ。
スティーヴガッドのドラムのフレーズ、音色ひとつとっても、ガッドっぽい人とガッドでは次元が違う。
ガッドが何を聴き楽しみ体に染み込ませたのかを知らなければ、ガッドにはならないし、逆にガッドのとは違う個性のガッドの継承者には成り得ない。
そもそもフュージョンは、上手さの競い合いではないし。

閑話休題。。
AORの話に戻ると、上記の動機から生成された音楽が、たまたま70年代後半から80年代初頭にかけて、ひとつの当時らしさのカラーがあったものに、当時のマスコミやレコードメーカーがAORと括って売りやすくしたものだ。
それ自体はなんら悪い事ではないし、逆にその世界の音楽を広めるのに大きく貢献した事は事実だ。
聞き手は気軽に楽しみ各々AOR論を一杯やりながら語るのは、どんなジャンルでもある素敵なワンシーンだ。

しかしながら、作り手がそうだと話は変わってくる。
例えば、プリンスの音楽がJBでGeorge Clintonでジミヘンでカウントベイシーでその他無数の先達への憧憬と研究と愛情で成り立っているように、AORも全く同じだ。
そして、全てのアーティストに例外はない。
たとえ、JBですらも。ツェッペリンも。もちろんベートーベンやバッハですらも。
もちろんGAGAやケイティー・ペリーですらも。
そしてビートルズは、その最たるものとして君臨した。
ぼくの音楽遍歴にはAORの始まりはビートルズという事になる。

音楽は感性の賜物だが、それが本能的、野獣的だろうが、理性的、論理的だろうが、意識、無意識を問わず知識と知性の土台なしには形にならない。
破壊を基軸にしたピストルズを代表とするパンクですらも、破壊という意識、行為は既成の構築美への挑戦だから、因あっての果である以上やはり例外にはならない。

カート・コバーン(ニルヴァーナ)は
「おれの曲は所詮はベイシティーローラーズに毛が生えたメロディーに、有名無名のフォークシンガーの裸の言葉に影響を受けたオレが詞を乗っけて叫んでるにすぎない」と言い切った。

ポール・マッカートニーを観た時、
「ファッツドミノの曲みたいの書きたくて書いたのがこれです。」と述べてOh,Darkin'を歌った。

すべてのアーティストは無からモノを生み出さない。
SLTの曲を作る時、そんなわけで『AOR』という概念の曲を書くのだけはしないAORバンドじゃないと、AORじゃないんだよ、とよく若気の至りで呑み語っては曲作りに挑んだ事だけには誇りを感じている。

繰り返しになるが、AORは、そんな世界中の音楽が、過去のDNAの組み合わせの上に、組み合わせを越えた感性でだるまの目を入れるという、例外ない過程を踏んで生まれて来た中の一形態にしかすぎないのである。

そんな最近、ヒダカトオルくんがAORの作品にトライした。
まだ聴けてないのだが、パンクだったビートクルセイダーズの彼が自由な目線で、確信犯でAORと言ってリリースした事に、とても期待を持っている。
少なくとも、名う手の演奏者がとても上手に『AOR』というジャンルをナゾるよりも、ずっとAORな魂であるのは確かだ。





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Last updated  May 29, 2012 01:46:17 AM
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